『ごめんなさい めいわくになりたくないです』
状況は再び動き出す。
「やれ、コンバード!」
「! おうっ」
タイガーマイトの檄に我に返ったようにコンバードが構えると、マントのように羽織った羽毛から弾丸のように羽根が飛び出した。マシンガンのように迫りくるそれを迎撃すべく私は左腕から――
「馬鹿っ! ここでやんじゃねぇ!」
――紫電を放つ寸前、首根っこを掴まれて上に投げ出された。ぽぉん、と私の身体は空に踊る。
何をするのかと一瞬声に出しそうになって、眼下に広がる水田を見て呑み込んだ。あぁ、そりゃそうだ。水に浸かりながら電撃を打つのはそりゃ馬鹿だ。
私を放ったことでヘルガーだけが羽毛の嵐に晒された。ブリザードの如き白の猛威はヘルガーの灰の毛並みを切り刻んでいく。
「ちっ……オォッ!!」
が、それも一瞬だった。すぐに立て直したヘルガーは両腕を構え、ハイスピードの乱打で羽根を打ち落としていく。早回しの映像を見ているかのような速度で放たれるパンチを連打は、過たず羽根を叩き落とす。マシンガンをジャブで凌いでいる訳だ。凄まじいが、流石に防戦一方だ。
ヘルガーがそうして耐えている一方で、私は電磁スラスターを展開して空中に留まった。そして敵方を見下ろす。
コンバードはヘルガーの攻撃に集中している。止めなければならないが、タイガーマイトがフリーだ。そして向こうもまた、私を見上げていた。
「ならまずは、一番手っ取り早い感じで!」
私は一旦急上昇し、十分な高度を取ると同時に電磁スラスターを止めた。埋め込まれた発電機構はアップデートを重ねているが、相変わらずこの技は同時併用できない。
自由落下の時間で左腕に電気をチャージする。必要な蓄電量は私の全身全霊だ。
コンバードを止めなければならない。だがタイガーマイトもいる。その二つを同時に解決できる方策。
つまり一度に二人を巻き込む範囲攻撃だ。
「ギガ・ワイド・ブラスト!!」
落ちながら撃ち放たれた雷は、畦道に立つ二人へ降り注いだ。私の手から放たれた雷撃は広がり二人を逃がさない。上空から放たれたそれは、横から見れば雷の檻のように見えただろう。
「チィ!」
「うぐっ!」
タイガーマイトは腕を傘にして防ぎ、ヘルガーへ向けて攻撃中だったコンバードはまともに背に浴びて痺れたように怯む。羽毛の雨霰が止んだ。その隙にヘルガーは泥土の中から跳躍した。その先にいるのは、絶賛落下中の私だ。
「――ナイスキャッチ!」
「っでぇ!」
ギガ・ワイド・ブラストで一時的に電力を使い果たした私は電磁スラスターを再展開できない。落下するしかない私を受け止めるのはヘルガーの役割だ。見事私を腕の中に収めたヘルガーは、しかし傷に障ったのか涙目だった。
宙で翻り、ヒーローズとは対岸の畦道に着地する。ヘルガーの手の中から地に降り立つと、丁度向こうも痺れから立ち直ったところのようだ。
相変わらず、大したダメージにはなっていない。それでもまともに受けてしまったコンバードには多少は堪えたのか、動きが僅かに鈍い。
それに気付いたらしきタイガーマイトが怪訝そうな声を出す。
「どうした、コンバード。お前らしくもない」
「……すまん」
やはり、私も違和感を覚える。今日のコンバードは妙にしおらしい。怪獣事件の時の彼と重ならない。相変わらずよく分からないが、攻め立てるチャンスに変わりは無い。
「ヘルガー!」
「応!」
私はヘルガーと示し合わせ、二手に別れて駆け出した。私は右、ヘルガーは左だ。畦道を回り込んで、ヒーロー二人を挟み撃ちにしようとする。
「! 小癪なっ」
いの一番に反応したのはタイガーマイトだ。一歩遅れ、コンバードも気付く。二人は背中合わせになって私たちを警戒する。私の正面になったのはコンバードだ。どっちでも良かったが、好都合だ。私はコンバード目掛け紫電を放った。
「ちっ!」
流石に真正面から放たれた電撃には反応できるのか、コンバードは羽毛のマントを閃かせ己に迫る電撃を弾いた。そんなことも出来るのかと感嘆したが、しかしある意味では想定内。
「でやぁっ!!」
裂帛の気合いが響く。ヘルガーが反対側でタイガーマイトに襲いかかる声だ。当然タイガーマイトは真正面から殴りかかってくるヘルガーを警戒し、その先手を打つべくカウンター気味の一撃を繰り出した。拳を握りしめ攻撃の態勢に入っていたヘルガーはその拳を――身を沈め、掻い潜った。
「何っ!?」
タイガーマイトを躱したヘルガーはその態勢のまま踏み込み、虎の戦士とすれ違う。拳を大きく振るったタイガーマイトはすぐには反応できない。
ヘルガーが向かう先は、コンバードの背中だった。
「!? ぐっ……」
私に対処していたコンバードは気付くのに一手遅れ、振り返った瞬間には既に拳が叩き込まれていた。
背筋に捻り込むように打ち出された重いパンチからは、背骨を軋ませる鈍い音が響いた。
「ガハッ!?」
ヒーローと言えど耐えきれない衝撃だ。特に背中から突き込まれたあの拳は、位置的に肺を潰している。強制的に空気を吐き出させられればいくらヒーローであっても大きな隙が出来る。
その時には既に、私は義手から雷の刃を抜き放っていた。
「超電磁ソード!」
紫電一閃。無防備になったコンバードの頭部に超電磁ソードが食い込んだ。人間相手なら唐竹割りといったところだが、装備がいいのか頭蓋骨まで食い込むことはなかった。
決まった。これが私とヘルガーが一瞬の目配せで立てた作戦、『弱い方を狙い撃ち作戦』だ。精彩を欠くコンバードを集中攻撃することでまず一体を倒す。悪役らしく姑息な戦法だ。
だが有効だったそれは、狙い通りコンバードに痛烈な一撃を与えることに成功した。
パカァン、という小気味いい音と共に鳥を模したヘルメットが真っ二つに弾ける。中から現われたのはごく普通の容姿をした青年だ。頭を金髪に染めているところも若者らしく普遍的だ。私の一撃の影響で青年は意識が朦朧としているのか、瞳に力は無い。
もう一撃、と私は構えたが、流石にそうは問屋が卸さないということだろうか。
私たちの連携に晒された同胞を救うべく、タイガーマイトが突撃を仕掛けてきた。
「ガァオッ!!」
虎のような咆哮を上げ、両手を広げたタイガーマイトが突っ込んでくる。あの肉弾戦車をまともに浴びれば紙人形のように吹っ飛ぶな、と悟った私は追撃を諦め後退する。ヘルガーも並んでタイガーマイトから距離を取った。
トドメを逃れたコンバードはガクリと膝をつき、タイガーマイトはそれを庇うように前に立つ。が、私たちが安全な距離へ飛び退くと、コンバードの胸ぐらを掴んで引き上げた。
「おいテメェ! 何グダグダしてやがる。倒すべき悪が目の前にいんだぞ、腑抜けてんじゃねぇ!」
コンバードの態度は同じ仲間であるタイガーマイトでも我慢ならないものだったようだ。怒鳴りつけられながらもしかし、コンバードの目は虚ろだ。
「あ、く……倒す、べき……だが……」
「テメ……ぐっ!?」
未だ朦朧としているコンバードへ更に活を入れようとしたタイガーマイトだが、突然頭痛に襲われたように頭を抑えた。
「……撤退!? しかし御大……ですが……」
苦しげな振る舞いに私らが首を傾げていると、タイガーマイトは何やら目に見えぬ誰かと話し始めた。通信かと思いきや、どうにも様子がおかしい。
「……了解、しました。一時退却します……」
何かの議論に決着がついたのか。タイガーマイトは観念したかのように項垂れ、コンバードを俵のように肩に担ぎ上げた。
そして私とヘルガーへ振り返り、仇を見るような目で睨め付ける。
「今は退く。御大の仰せなんでな。だが次は必ず仕留める。覚えておけ」
そう言ってタイガーマイトはブツブツと呟くだけのコンバードを抱え、その場を跳躍した。私たちとは別方向の畦道へと移り、そしてそのまま遠くへ駆けていく。
撤退――そう判断した私たちは構えを解いた。
「……どういうこと? いきなり退くなんて」
「俺に聞くな。だが、誰かと話していたようではあったな」
「うん。確か、御大とか」
顎に手を当て考え込む。御大。少なくとも彼らの所属するユナイト・ガードでそう呼ばれる人物に心当たりはない。もしやそれが新ヒーローたちのボスだろうか。
だが情報が少なすぎて、それ以上の考えに及ばない。
「っと、そうだ。狛來ちゃん」
そしてそもここへ来た理由を思い出す。タイガーマイトたちが去ったなら、もう障害はない。
「狛來ちゃん、大丈夫かい?」
私は森の端へ駆け寄り、狛來ちゃんがいる筈の木陰に声をかける。だが、返事はない。
「……どうしたの?」
私は茂みを掻き分け、木陰を覗き込んだ。そこには誰の姿もない。その代わり、木の幹には鋭い傷で文字が刻み込まれていた。
『ごめんなさい めいわくになりたくないです』
「……狛來ちゃん!?」
見誤っていた。
私が想像するよりもずっと追い詰められていたのだ。罪悪感が彼女を蝕んでいる。伸ばされた手を掴むことすら、出来ないほどに。
隣のヘルガーが首を横に振る。匂いは残っておらず、追跡は厳しいらしい。
私は拳を握りしめた。悔しさが身を焦がす。放すべきじゃなかった。あのまま掴んで連れ去れたなら、きっとこうはならなかったのに……!
「早くまた、見つけてあげなくちゃ……!」
最悪の展開が迫り来ている。
そんな想像をしながら、私は震える筆跡をなぞった。




