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「そうだ。そして私たちには、それが君よりずっとある」




 車が真正面からぶつかり合ったかのような、大きな衝突音が森の中で盛大に響く。波が引いたかのように一瞬の静寂が訪れ、一呼吸遅れて零れるようなウォートホグの悲鳴が吐き出された。


「ぐおっ……!」

「ふん」


 跳び蹴りを決めたヘルガーは首から飛び退き宙で一回転。そして私の隣へ着地する。その反動かウォートホグの巨躯はぐらりと傾き、地面に倒れ伏した。

 状況が終わったことを確認した私は身体に着いた木の葉を払いつつ、ヘルガーを労った。


「よくやった。にしても早かったな?」

「誰かさんらが置いていったから、急いだんだよ」


 恨みがましげな視線を肩を竦めて受け流しつつ、私は倒れたウォートホグの方を覗き込んだ。

 胸は上下している。生きているようだ。ローゼンクロイツ屈指の怪人であるヘルガーの全身全霊の蹴りを受けて気絶するだけとは、並外れた丈夫さだ。普通なら首が折れるどころか、全身が爆発していてもおかしくはない。


「流石はヒーローだな。だが流石にすぐ起き上がってくるということはないだろう」

「だな。我ながら会心の手応えだった」

「今のうちに逃げよう」


 一応周囲を確認し安全を確保したと判断した私たちは、木陰の狛來ちゃんへと駆け寄る。


「怪我は無いかい?」

「……なんで」

「ん?」


 体力が少し回復したのか、小声ながらも狛來ちゃんは話すことが出来るようになっていた。その少ない声を絞り出し、私に問いかけてくる。


「なんで、ボクを助けてくれるんですか? ボクは……あなたも、傷つけようとしたのに……」


 狛來ちゃんの瞳が頼りなく揺れる。やはりあの時、私に向け斬撃を飛ばしたことを後悔していたのか。

 私は安心させるように狛來ちゃんの肩を抱き伝えた。


「悪の怪人である私にとってあれくらいは可愛いものだ。一日経ったらすぐ忘れる程度のことさ」


 確かに死にかけたが、死にかけることなんて日常茶飯事だから、間違いじゃない。

 それでもまだ狛來ちゃんの瞳は不安げだったが、ここでまごまごしていたらいつ捕捉されるか分からない。手早く撤退し、狛來ちゃんを本部へ迎え入れなくては。


「よし、おいで」


 私は狛來ちゃんに手を伸ばし抱きかかえた。狛來ちゃんはまだ躊躇いがちという感じだが、一応は私の身体に縋ってくれた。


「俺が持たなくて大丈夫か?」

「狛來ちゃんが怖がってしまうだろう? それより一気に森を抜けるぞ。先陣を頼む」

「応」


 ヘルガーは頷き、森の中を駆け始めた。私もそれに追従する。走って森を突っ切ってきたヘルガーに従えば方向は大丈夫だ。速度は私に合わせて遅いが、それでも森の中を迷いながら進むよりは断然早い。

 狼の風貌通りの鋭い感覚器を使い、警戒しながら先陣を切るヘルガー。そのおかげか、程なくして森の出口が見えてくる。


「よし。抜けたら休憩を挟んで、また駆けるぞ。空を飛ぶとまた打ち落とされるかもしれない。はやてちゃんの方も気になるし、一度通信を繋げて……どうした?」


 急停止したヘルガーに疑問を持ちながら、私も立ち止まる。ヘルガーは険しい瞳を眇めて出口の方を睨み付けていた。


「……いるぞ」

「! ヒーローか」

「そのようだ。嗅ぎ覚えがある……」


 ヘルガーが鼻をヒクつかせ、匂いを判別する。


「一人はコンバード。もう一人は……分からないが、似ている匂いだ。新ヒーローだろう」

「二人か……いや待て、ヘルガー。新ヒーローは似通った匂いなのか?」

「ん? そうだな。そういえば今まで嗅いだ奴らはどことなく共通する匂いがあった。さっきの猪野郎にもな」


 初耳だな……。やはり新ヒーローには同時期に出現した以上の共通点があるようだ。

 だが、考察は後回しだ。ヒーロー二人。厳しい戦いになるのは目に見えている。


「狛來ちゃん、ここに」


 危険に巻き込むまいと再び降ろそうとすると、嫌がるように狛來ちゃんは首を横に振った。


「っ、駄目、です……! ボクが、狙われてるんだからっ……ボ、ボクが、戦わないと……」

「……そんなことないさ」

「でもっ……!」


 私は苦しげに決意する狛來ちゃんを落ち葉の厚い地面にゆっくりと降ろした。戦いに巻き込むには彼女は憔悴しすぎている。悲壮な決意を抱かせるにはあまりに不憫だ。だから諫める。


「戦うには理由が必要だ。今の君のように、脅威を追い払いたいというだけでは駄目だ。戦うには、それ以上の強い理由がいるんだ」

「理、由……?」

「そうだ。そして私たちには、それが君よりずっとある」


 私はふっと表情を緩めた。


「恨み骨髄なのさ。ヒーローに対してはね」


 肩を竦めてそう私流の諧謔を飛ばしつつ、すっかり痩けてしまった頬を優しく撫でる。

 私は彼女を怪人の道へ引きずり込もうとしている悪人だ。だが、今はまだ凄惨な戦いを見る必要はない。


「ゆっくり休んでいるといい。後でおいしいパフェでもご馳走しよう。ウチに好きな子がいるから、結構リサーチはしてるんだ」

「……エリザベート、さん、待っ……」


 私に向けて手を伸ばす狛來ちゃんに背を向け、私はヘルガーと共に森の端から飛び出した。






 森から出たそこは水田の広がる光景になっていた。遠くにいくつかの民家が見えるが、人の気配は無い。格子状に広がる畦道の一つに仁王立ちする二つの影があった。どうやら向こうも私たちに気付き、待ち伏せていたらしい。


「中々の歓迎ぶりだね」


 影の一人は、見覚えのある白い装束。羽毛を纏う鳥のヒーロー、コンバード。

 もう一人は直接の面識はないが、遠目で確認したことがある。黒い縞模様の入った黄色い毛皮。虎の変化、タイガーマイトだ。


「出てきやがったな、悪の怪人」

「………」


 タイガーマイトは闘志を剥き出しにして、コンバードは無言で睨み付けてくる。少し違和感を覚えたが、どのみち逃がす気は無いらしい。


「幼気な少女を追い詰めるのによくもまぁ。新ヒーローは暇なのかい?」


 私の軽口にタイガーマイトは筋肉を漲らせ、ファイティングポーズを取る。


「お前ら悪を追い詰める為ならば、余暇なんぞいらねぇな」

「そうかい」


 私もサーベルを構え、隣のヘルガーも拳を握り臨戦態勢となる。一方でコンバードは一歩後退った。どうやら後方支援に徹するようだ。

 コンバードは羽根を飛ばす攻撃を得意とする。見るからに前衛型のタイガーマイトが壁となり後ろからコンバードが射撃で支援する。理に適ったフォーメーションだと納得しながらも、何故か首を傾げる私がいた。

 ……怪獣事件の時に戦ったコンバードなら、構わず突撃してきそうなものだが……。


「まぁ、余所見している場合でもない……か!」


 私は思考を止め、前触れも無しに跳躍して襲いかかってくるタイガーマイトをサーベルでガードした。不意打ちだ。サーベルを滑り込ませるのが間に合わなかったら、私の顔面にはその縞模様の拳が叩き込まれていただろう。


「乙女に容赦無いねっ、それにいささか汚い!」

「悪に容赦もマナーもあるもんか!」


 牙を剥き、二撃目を放とうと拳を引き絞るタイガーマイト。たがそれは、横合いから放たれた灰色のパンチが許さない。


「チッ!」

「お前の相手は俺だ!」


 そのままヘルガーの連撃がタイガーマイトを攻め立てる。殴打。蹴撃。掌底。踵落とし。打撃のラッシュが虎のヒーローを襲う。タイガーマイトはガードを固めて防戦一方だ。


「タイガーマイト!」


 焦ったような声と共に、幾本かの羽根が飛来した。コンバードの援護射撃。ヘルガーの猛撃を止める為に背に向かって放たれたそれは、私の紫電が全て打ち落とした。


「お互いお邪魔虫はやめておこうか! どうやら私は蠅らしいからね」


 シンプルな構図になった。タイガーマイトとヘルガーがパワーファイトで鬩ぎ合い、それを援護しようとするコンバードを私が差し止める。ヘルガーは純粋な力が、私は読みや知恵が試される盤面となった。


「くっ、邪魔だ!」


 コンバードが羽毛を逆立て、羽根を飛ばす。まだ少ない。十分打ち落とせる。怪獣事件の時は発電機関がオーバーロードして使えなくなっていたが、今日はまだまだ万全だ。羽根の投擲は弾丸並みの速度だが、流石に雷光には勝てない。防御だけなら、私が優位だ。

 が、私が有利でもヘルガーは違った。


「ガァオッ!」

「ぐっ!」


 虎のような吠え声が轟いたかと思うと、重い打撃音が鳴り響いた。紫電を放ちながら視線だけ振り返れば、そこにはカウンターを喰らって吹き飛ぶヘルガーの姿。

 しかも運の悪いことに、私に向かって飛んできていた。


「げっ――」


 避ける暇も無く、私とヘルガーは背中合わせで衝突した。


「はぐっ」

「うごっ!」


 そのまま私たちは一塊となって転がり、畦道から逸れて田んぼに落下した。茶色の水柱が立ち、私とヘルガーは泥に塗れる。


「げぅっ……重い、ヘルガー。早く立て」

「お、おう」


 恵まれた体躯の下敷きにされてしまった私は必死にタップし、ヘルガーを立ち上がらせる。あぁ、重かった。


「けほっ。……格闘でヘルガーに勝るか。流石はヒーローだな」


 タイガーマイトは強敵だ。だが……。

 チラリともう一人の方を見る。遠隔攻撃がメインとコンバードは追撃が得意の筈だ。しかし来ない。まるで気の抜けたように私たちを見つめるだけだ。

 明らかに精彩を欠いている。


 さて……今の私たちにとっては朗報だが、果たしてそれが良い結果に繋がるのだろうか。

 不気味な予感が背筋を掠め、私は小さく身震いした。






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