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「蠅、ね。鳥とか、せめて蝶と呼んで欲しいところだが」




 今にも木霊の響きそうな緑豊かなる山林。何も無かったら大きく深呼吸したくなるような絶景と言いたいが、生憎私にとって山の森はいい思い出がない。そんな緑の谷間を流れる河川の縁で、私は探し求めていた少女を保護した。

 一週間ぶりに見る狛來ちゃんは、見るからに憔悴していた。髪は乱れ、顔色も悪い。抱えた身体が怪獣事件の時より軽く感じるのは、決して気のせいではないだろう。


「……こんなになってしまって」


 幼い少女がここまでの苦慮に晒されてしまったことを憐れみながら、私は目の前で繰り広げられる乱闘を睨んだ。


「パイソン。そして、夜斗衆、か」


 ヒーローは見覚えのある姿。そして獣頭と装束から、ローゼンクロイツのデータベースで見た獣人會夜斗衆だと確信する。

 どちらも狛來ちゃんを確保に来たのか。克ち合ってしまったのは運がいいのか、悪いのか。


「テメェ……」


 パイソンとアリ頭の怪人は激しくせり合っていたが、私の登場に互いに手を止めた。刺すような鋭い視線を肩を竦めてやり過ごす。


「悪いが競争をしていてね。早い者勝ちなのさ。なのでこの子はいただいていく」

「待ちやがれッ!」

「ギチチッ!」


 目標を抱えた私を最優先としたのか、パイソンとアリ怪人は先まで争っていたことを忘れ同時に襲い来る。いやしくも新ヒーローと怪人だ。結局モドキに過ぎず、しかも人を抱えた今の状態で彼らを捌ききることは不可能だ。

 無論、一人なら、だが。

 稲穂色の光弾が、彼らの進路を遮る様に飛来した。


「グッ!?」

「ギチッチッ!?」


 パイソンは避け、アリ怪人は甲殻で凌ぎきったようだ。だが足が止まればいい。私は頭上を見上げ感謝する。


「助かったよ、はやて」

「うん」


 当然のことだと言うように小さく頷いたのは、捜索班の一員であるはやて。その更に空中では、百舌の使い魔であるビルガが旋回している。一方で、捜索班最後の一人であるヘルガーはいない。ちょっと遅れているのだ。

 私たちはヤミらしき姿の目撃情報を追い、この近辺に訪れた。しかしさりとて宛てもないので適当にビルガを偵察させてると、ヒーローと怪人らしき影が衝突している風景が映るではないか。狛來ちゃんを探して訪れた土地で起こる戦いに、狛來ちゃんが無関係だと思うほど私は楽観的では無かった。事は一刻も争うと判断し、私とはやてで文字通り飛んできた……と言うわけだ。

 つまり飛べないヘルガーは現在絶賛駆け足中である。


 さて、この場に敵性体は四体。内二体は戦闘不能気味だが山羊頭は痺れているだけだ。いつ復帰してくるか分からない。

 そしてパイソンたちを倒さなければならない理由も、特にない。


「……逃げるよ、はやて!」

「了解! 行って!」


 当然、逃げの一手だ。私はその場で狛來ちゃんを抱えたままパイソンらに背を向け駆け出した。


「! 逃がすか、ポイズンダート!」


 無防備な私の背中へ、パイソンが毒から作り出したクナイ状の刃を投げつけてくる。容赦無いな。受ければどんな苦痛が待っているか分からない毒刃は、私に命中するよりも早く光の弾に打ち落とされた。


「させない!」


 はやての援護。私はその有り難い支援を受けている隙に雷の翼を広げる。


「電磁スラスター!」


 電磁の作り出した偽りの翼の推進力で、私は空中へ飛び出す。逃すまいと背後から更にパイソンの攻撃が迫るが、はやてはそれもはたき落とす。アリ怪人の方は遠距離攻撃の手段がないのか、ただ悔しげにこちらを見上げるのみだ。


「よし、これなら……!」


 逃げ切れる。そう確信した時も、別に油断した訳じゃない。山羊頭、魚頭が復活して攻撃してくる可能性だってちゃんと頭に入れ、警戒していた。

 だがまったく別方向からの攻撃は、完全に想定外だっただけで。


「っ! うおわっ!?」


 何かが飛んできた。当たる寸前に気付き、身体を捻って躱す。何とか無傷で済んだが、その代償として大きくバランスを崩してしまった。空中でそれは致命的だ。私は錐もみ回転しながら森へ落ちていく。


「エリザ!」

「はやては、ソイツらを牽制しておいて!」


 振り返るはやてにそう告げ、私は狛來ちゃんが怪我をしないよう背中で受け身を取る。電磁スラスターを展開していた背中で受けたおかげでダメージはそれ程ではないが、それでも少なくない衝撃が肺腑を突き抜ける。


「かふっ!」

「エリザベートさん!」


 叫ぶような狛來ちゃんの声に大丈夫だと笑って答える。


「問題ない、さ。それより、ちょっとごめんよ」


 抱えたままでは戦えないと判断し、私は木の陰に狛來ちゃんを降ろす。そして背に庇いつつ、私は新手に備えた。

 さっきの攻撃は、岩のような物が飛んできたように見えた。あんな物を投げられる相手は只者じゃない。

 ガサリと茂みが鳴り、そちらへ素早く振り向く。のそりと現われたのは、茶色いスーツを着た巨躯だった。


「ウォートホグ……!」

「フン。チョコマカと逃げおる蠅めが」


 イノシシのマスクを被った大男は、こちらを睥睨する。遠目で見た怪獣事件の時と比べ、間近で見るとやはり大きい。狛來ちゃんを背に隠しつつ、私は腰のサーベルを引き抜いた。


「蠅、ね。鳥とか、せめて蝶と呼んで欲しいところだが」

「ハッ! 悪の怪人など、小蠅で十分よ」


 ウォートホグと対面するのは初めてだが、その口調からはパイソンやバニーホップと同じ悪への強い敵意が伝わってきた。つまり他の新ヒーローと同じで、躊躇しない。


「蠅は蠅らしく、潰れてしまえッ!!」


 会話は終わりだとでも言うように、ウォートホグはいきなり拳を振り上げ、地面に叩き降ろした。草木ごと地面が弾け、私たちは土の霰に襲われる。


「わっぷ!」


 目眩まし。私はそう思い至りウォートホグの気配を探る。目の前にはいない。ならば……と、神経を尖らせる。すると足元に伝わる微かな振動に気付いた。


「下かっ!」


 その場で地を蹴って跳躍する。一瞬遅れ、私のいた場所へ地面から拳が突き出された。凄まじい剛力が離れていても伝わってくる。まともに受けていたら土手っ腹に穴が開いていたかもしれない。しかしあの僅かな数瞬で土の中に潜ったのか。しかも恐らくは、強引に土を掻き分けて。やはり見た目通り、腕力が強いパワータイプのヒーローのようだ。

 私はそのまま木の枝に着陸した。土の中から出てきたウォートホグが私を見上げ、目と目が克ち合う。


「ブルル……やはりチョコマカ鬱陶しい奴だ」

「そちらも泥遊びがお好きなようで」


 揶揄する私の言葉に、ウォートホグは苛立ったように肩を回した。


「ブルルッ! すぐにお前も泥だらけにしてやる……死に顔でなッ!」

「おぉ怖い……そういうのは怪人側(わたしたち)の台詞だけどねっ!」


 突進。ウォートホグの強烈なタックルが私の立つ樹木を揺らした。とても立っていられなくなった私は別の木の枝に飛び乗り、落ちることを避ける。


「逃がすかァッ!」


 即座にウォートホグはその樹木にも体当たりする。そして私は同じ事を繰り返し、落下を防ぐ。

 私はチラリと狛來ちゃんの方を盗み見る。よし……段々離れつつある。ウォートホグの誘導は順調だ。コイツも新ヒーローらしく民間人より悪を倒すことを優先するようで、狛來ちゃんのことはすっかり頭から抜け落ちているようだ。こちらにとっても好都合なので、このまま私に引き付けて狛來ちゃんから引き離す。


 だが同じ手順で躱し続けられる事に業を煮やしたのか、ウォートホグはアプローチを変えてきた。

 何本目かの樹木に飛び乗った私の足場が、今まで以上に大きく揺れる。下を見れば、木に抱きつくウォートホグの姿。

 最初は私の乗った木を手で揺らす作戦なのかと思った。しかしそれにしては力を籠めている様子だ。一体何をするつもりなのか。それは、身体が浮き上がる感触によって思い知る。

 土の下にあった樹木の根が露わとなる。なんと、ウォートホグは木を無理矢理引っこ抜いたのだ。


「うわわっ」


 今までの比じゃないくらい不安定になった足場に、私は木の幹に縋り付くくらいしか出来ない。当然向こうからすればそれが狙いで、イノシシのマスクの下から笑ったような気配が伝わってくる。


「ブルァッ!!」


 ウォートホグは抱えた木を高々と掲げ、私ごと地面に向け振り下ろした。この時点で私の選択肢は二つ。このまま捕まって地面に叩きつけられるか、一か八か飛び出ることだ。

 私が選んだのは、後者だった。幹を蹴り振り下ろされる木から離れる。叩きつけられた木は、柄も言えぬ音を立てへし折れた。そのままだった時の末路を考えてゾッとする。

 だが飛び降りた場合でも、只では済まなかった。


「うぐっ!!」


 急なこともあり、私は受け身も取れずゴロゴロと森の中を転がる。落ち葉と土に塗れて停止した私は、当然の帰結のように全身に打身を負っていた。


「ぐっ……」


 体中を駆け巡る痛みに悶えているうちに、ノシノシとウォートホグが近づいてくる。


「グッフッフ……お前もすっかり泥だらけだなぁ」

「へっ……まだ、死んでないけどね……」


 フラフラと立ち上がりながら強がりを言ってみるけど、パワーの差は歴然だ。私に出来ることは、時間稼ぎくらいしかない。

 数少ない武器である舌鋒を振るいながら、私はウォートホグを睨み付ける。


「どうした、の? ヒーローさんは言った言葉も守れないのかな?」

「ブルッ……良い啖呵だ」


 ウォートホグが堪えきれぬ激情に身を震わせた。心なしか、マスクに青筋が浮かんでいるような気もする。


「望み通り……それを死化粧にしてやるッ!」


 拳を大きく振り上げるウォートホグ。トドメを刺す気だ。

 だがトドメを刺す瞬間という物は、どんな奴でも隙が出来る物だ。特に、他への注意は疎かになる。逃げようとした私みたいにね。

 私には聞こえる。森を疾駆する音が。大地を蹴って飛び上がる音が。


「あ……?」


 力を溜めた拳を振り下ろそうとしたウォートホグはようやくそれに気付く。だが、もう遅い。


狼爪蹴脚(ヴォルフ・ナーゲル)!!」


 摂政直属、ローゼンクロイツの最強戦士が放つ渾身の蹴りは、猪頭にクリーンヒットしたのだった。






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