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(……戦う。そして……こ、ころ……)




「ポイズンアロー!」


 降り立ち、名乗ったパイソンは間髪入れずに攻勢に移った。腕から発射された紫の鏃が、夜斗衆へ向けて乱れ飛ぶ。山羊とアリの怪人は避けるか防御の姿勢を取るが、最初に毒の雨を受けた魚頭の怪人は未だ動けずにいた。痺れている腕に、鏃が命中する。


「グ、がああっ!」


 当たった瞬間、その部分が腐臭と共に弾けた。肉は腐汁となって四散し、断面は醜く爛れている。まるで数週間放置した死体のように悍ましい有様だ。先程は恐ろしい形相で狛來をいたぶっていたその魚面が、今は苦痛に歪んでいる。


「魚の字! ちっ、おい、庇ってやれ!」


 無視できない攻撃だと悟った山羊頭は、防御に優れたアリ怪人に魚頭のカバーを任せた。実際、その甲殻は毒を受けても傷一つ無い。指示に従ったアリ怪人は腕を交差させ、魚頭の前に立って盾となる。


「悪のクセに生意気な。ならば」


 パイソンは鏃を放った構えを解き、足に力を籠め跳躍した。常人では為し得ない高みへ軽々と至ったパイソンは、空中で身を翻してアリ怪人目掛け急降下する。


「ポイズン、ギロティン!」


 宙で片脚を高く掲げたパイソンは、そのままアリ怪人へと踵を叩き降ろした。アリ怪人は交差させた腕で受け止める。

 だが直後、割れるような音と共に大きく仰け反った。


「ギチ゛ィッ!?」


 悲鳴を上げ後退するアリ怪人。その両腕は、ハンマーで割り砕かれたかのようにひび割れていた。それだけではなく、その亀裂の隙間に染み入るようにして紫色の毒が入り込んでいる。

 力なくダラリと垂れ下がる同胞の両腕を見て、山羊頭は舌打ちをする。


「ちっ、毒使いめ」

「あぁそうだ。お前らみたいなゴミを掃除するには丁度いいだろ?」


 悪びれなくそう返すパイソンは、既に次なる毒攻撃を用意していた。構えた手刀から滲み出た毒が、短剣のような刀身を形成する。


「ポイズンカタール! シィッ!」


 呼気と共に、パイソンは毒の刃を以て山羊頭へと肉薄した。他二人の有様からそれを受けてはいけないと悟った山羊頭は、慎重にそれを躱す。山羊頭は三人のリーダー格なのか、その体捌きは群を抜いており、二人を瞬殺に近い形で追い込んだパイソンも手こずっていた。

 その戦いを見つめながら、狛來はどうするべきかを考える。


(このままやり過ごす? いや、そしたら戦いの勝者が私を捕まえるだけだ)


 パイソンはブラックエクスプレスで自分を狙おうとしたヒーローの一人だ。ここに来たのも、きっと自分を捕らえる為に違いない。いや最悪の場合、あるいは……狛來はそう考え、恐怖に身を縮こまらせた。

 ならば、逃げるか。


(でも、素直に見逃してもらえる筈がない。ヤミに乗れば遠くへ行けるけど、また追いかけられたらきっと酷い目に遭う。……なら……)


 三つ目の選択肢。それを思い浮かべるだけで狛來の身体に冷たいものが走った。


(……戦う。そして……こ、ころ……)


 狛來の小さな肢体を、強烈なストレスが襲った。痛みが脳を締め付けるかのように苛み、吐き気がグルグルと内臓を巡る。記憶の底から這い出るあの光景が、本人の意思とは無関係に反芻される。

 何をされたのか理解できず落ちる怪人の首。知っている人間から吹き出る血飛沫。命が失われていく瞬間と、自分を化け物だと糾弾する叫び声。十代の少女が見るには凄惨すぎる煉獄。

 それを思い出すだけで、狛來は苦痛で身動きが取れなくなる。


「はぁっ……! はっ、うぐぅっ……!」


 そうして少女が苦しんでいるのなら、声を掛けるのが本来のヒーローなのだろう。

 だがこの場にいるヒーロー、パイソンは山羊頭の怪人を仕留めることに夢中だった。


「チィッ! ちょこまかと避けることだけが取り柄の雑魚が!」

「はっ! 毒蛇がほざいても雑音にしか聞こえねぇな!」


 パイソンが振るった刃は、山羊頭に掠りもしない。業を煮やしたパイソンは、武器を切り替える。


「ポイズンパルチザン!」


 毒の刃が空気に溶け、替わりに作り出されたのは一本の槍だった。刃は先端にしかないが、その柄まで全てが毒で構成されている。即ち全身が致命の劇物だ。


「む……!」


 山羊頭の表情も変わる。一気に広くなった当たり判定を振り回し、パイソンは山羊頭の怪人へ迫る。

 だがそんな背後を、甲殻を纏った腕が強襲した。


「何、ぐあっ!」


 完全に警戒を外していたパイソンは、その一撃を背に受け吹き飛ぶ。ゴロゴロと地面を転がって受け身を取ったパイソンは、跳ね起きて自分の身を襲った事象を目撃した。


「アリ野郎……!」

「ギッチチ!」


 そこにいたのは、パイソンが既に痛打を与えた筈のアリ怪人だった。両腕を潰し、とうに戦力外と思い込んでいた。砕いた上に毒を塗り込んだその両腕は再生能力があったとしても治療に多大な時間がかかる筈だった。

 現に砕けた両腕は力なくぶら下がっている。だがその脇下から、新たな一対の腕が生え揃っていた。

 パイソンは自身を襲ったのがその新たな腕であることに気付き舌打ちをする。


「四本腕か!」

「当然だ、アリだからな!」

「ギチギチッ!」


 装束の下から抜き放ったまだ元気な両腕を振るい、アリ怪人はパイソンへ迫る。槍を振るってパイソンは迎撃するものの、勢いの乗っていない攻撃は堅硬な甲殻を砕くには至らなかった。距離を離し、再び跳躍すれば割り砕くことは簡単だ。しかしアリ怪人もそれを理解しているが故、至近距離から逃さないよう攻め立てる。

 アリ怪人が優勢なのを見た山羊頭は……ジロリと、狛來の方を向いた。


「っ!」


 どうやらパイソンを倒すことを諦め、目標……つまり狛來自身を奪取することを優先することにするらしい。狛來はそう思い至り逃げるために身を起こすが、足が震えて上手く歩けない。


「ヤ、ヤミ!」


 その背に乗るためにヤミの名を呼ぶが、それよりも山羊頭が狛來の手首を掴む方が早かった。


「ひっ!?」

「山羊の跳躍力を舐めたようだな。この程度の距離なら一瞬で詰められるんだよ」


 そしてそれはそのまま、同じスピードで離脱できるということでもある。腕を掴まれている狛來は山羊頭が足に力を籠めるのを感じ取る。


「テメェ! ぐっ、邪魔だ!」

「ギチチ!!」


 パイソンも気付いて阻止しようと振り向くが、その隙を狙ったアリ怪人はすかさず攻める。同じ組織に属する怪人ならではのコンビネーション。

 だがヒーローは、容易く数を覆すからヒーローだ。


「うおおっ! ポイズンマシンガン!」


 最初に降り注いだ、毒の雨。それを全身から迸らせながらパイソンはその場で回転した。毒の礫は遠心力という自明の理に従って周囲へ巻き散らかされる。

 目の前のアリ怪人には甲殻で弾かれるも、離脱しようとした瞬間の山羊頭と狛來には命中した。


「ガッ!」

「ひぐっ!」


 山羊頭は痙攣して狛來を取り落とし、受け身も取れずに少女は落下した。毒の雫は最初と同じように麻痺毒らしく、一応は狛來を傷つけないようにと配慮されたものであるらしい。

 しかし毒の回った狛來は地獄を見ていた。


(身体、が、ビクビクして……痛いっ……息が、苦しい……!)


 殺さないように配慮したものとはいえ、毒は毒。その効力は狛來の筋肉を強ばらせ、呼吸すらも侵した。倒れた狛來は起き上がることもままならず、金魚のように口を開閉して空気を喘ぐことしか出来ない。動けない辛さと酸素が足りない苦しみで涙が零れる。

 霞んだ視界に映るのは、今も争い合う怪人(てき)ヒーロー(てき)。苦痛と低酸素が狛來の脳から正常な思考を奪う。この苦悶をもたらす敵を打ち倒せと、命の危機に晒された本能が叫ぶ。


(ヤ、ミ……)


 ぼーっとする頭のまま、狛來はヤミを呼ぶ。声に出さずとも、己の力たる骨犬が攻撃態勢をとるには十分だった。

 後は、決闘している二人目がけ斬撃を飛ばすだけ――本音では傷つけたくないと思っていても、弱った思考力では生存本能を止められない。


(……やっ――)


 遂にその指示を下したしまいそうになった瞬間、狛來の身体はふわりと抱き上げられた。


(え?)


 固い地面に横たわっていた身体が、所謂お姫様抱っこの形で持ち上げられる。

 最初は、復活した獣人に連れ去られるのかと身を固くした。ヤミの攻撃目標も、自分を抱き上げている相手に移る。しかし、止まる。何故ならそこにあったのは、優しげな紫の瞳だったのだから。

 自分を救ってくれるのは、いつも彼女だ。


「ぁ……ぅ……ぇりざべーと、さん……」

「やぁ、狛來ちゃん。一週間ぶり、かな」


 柔らかなその声は、最初会った時のように慈愛に満ちていた。






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