「なら、競争だ」
窓越しだが、ビルガの優れた聴力はその向こう側の声を違えず聞き届けられるようだった。
「スピーカーにするね」
はやてがそう言うと、その手元に魔法陣が現われる。私とヘルガーが近づくと、そこから音声が流れ出した。
『……やっぱり、みんなへこんでるよね』
聞こえてくる声は間違いない、雷太少年のものだ。
『だな。僕のクラスの人間は特に』
『無理もないよ。同じクラスの子が死んじゃったら、誰でも悲しくなる』
ドクトル少年の声が答えた。
その口ぶりから察するに、死んでしまった三人はドクトル少年と同じクラスだったらしい。それはつまり、狛來ちゃんとも同じクラスだったということ。近くの席であったからとはいえ、彼女はクラスメイトを手に掛けてしまったのか……。
『そのクラスメイトは確か、菖蒲狛來って子が犯人だって言ってるんでしょ?』
『どうやら、そのようだな。正直僕は、いじめの延長から来る決めつけだと思っていたが……』
『いたが?』
『登校してきて無いんだ。行方不明、らしい』
ゐつ少女とドクトル少年の応酬に私たちは目を見合わせた。やはり、家には帰ってないようだ。
『それと、ユナイト・ガードからも連絡があった』
雷太少年が重々しく口を開いた。
『同じ学校のその子について、何か知ってることはないか……場合によっては事情聴取させてほしい、って』
『何ソレ。事情聴取……犯人だって言ってるようなものじゃない』
ユナイト・ガードとも接触があったようだ。学校の事情に詳しく、ユナイト・ガードとも繋がりがある。彼らは私たちより余程詳しい。
決めた。
「はやて」
私は魔法陣の上で指をクルクル回した。はやては頷き、二個目の魔法陣を垂直に展開する。音声の流れる下の魔法陣はスピーカーの役割を。そして上の魔法陣は――モニターの役割を果たす。魔法陣に、窓の内側で話し合う雷太少年たちが映った。はやてがビルガの視覚映像を投影してくれているのだ。
「よし」
私は今度は、手で扉をノックするジェスチャーを送る。はやてはやはり過たず理解し、ビルガを動かした。
コンコン、と音が響く。ビルガの嘴が窓を小突いた音だった。
その音に気付いた雷太少年が振り向く。
『ん? ……鳥?』
『わっ、かわいい~』
窓の淵に乗り教室を覗き込むビルガを見つけ、ゐつ少女が駆け寄ってきた。窓を開いても逃げない鳥に、ゐつ少女は益々テンションを上げる。
『わ、わ! 見て全然飛ばないよ! 手、手に乗るかな?』
無邪気に小学生らしく喜ぶゐつ少女。おずおずと手を差し伸べ、乗り移ることを期待している。丁度良いので、ビルガをそちらへ飛び乗らせることにする。
はやてちゃんにそう伝えると、ビルガはぴょんことゐつ少女の掌の上に飛び乗った。
『わぁ~! 見て見て! 乗った乗った!』
『へぇー、全然逃げないね』
『百舌か? それにしては見たことのない模様だけど』
三人の少年少女が覗き込んでくる。私がはやてに対して自分の喉元を指し示して見せると、頷いたはやては三つ目の魔法陣を展開する。今度は私の目の前だ。
少し咳払いした後、私はそれに向かって声を掛けた。
「あー、あー、テステス」
『えっ!?』
画面の中で三人が驚いた表情を見せる。当然だ。小鳥がいきなり喋り出したのだから。しかも向こうに伝わったのは私の声。はやてが使った三つ目の魔法はマイクだった。
私はそれを使って雷太少年たちへ呼びかける。
「よし伝わってるね。じゃあ挨拶といこうか、少年少女たち」
『その声……エリザベート・ブリッツ!?』
警戒したように雷太少年が眉を顰める。まず警戒から入ることは良いことだ。もう知った仲とはいえ所詮悪は悪。正義は正義なのだからね。
だが今日も協力を求めてきたので、その警戒をまずは解く。
「まずは謝罪を。我々のしたことではないとは言え、悪の組織がもたらした惨劇については、すまなかった」
『え、あぁ……いや、流石にそれでアンタらを責めないよ。救助活動に参加してくれていたのは見てたし……でも途中からいなくなったよね。その時逃げたの?』
「いや正確に言えば落車した」
『え!?』
私は当時の状況を事細かく説明した。狛來ちゃんが怪人の前に突き飛ばされたこと。骨犬は狛來ちゃんの力らしくはあるものの、決して明確な殺意があった訳じゃないこと。そして新ヒーローに追われていること。
『そんなことが……』
『だからユナイト・ガードが探してるんだ』
三人は得心がいったという顔で頷き合っていた。
私たちの情報を伝えたところで、今度はこちらが聞く番だ。
まずは、さっきから気になっていたこと。
「ビートショットは?」
『……学校では目立つから、隠してあるよ』
そりゃそうか。小さくなってもビートショットは超合金ロボットサイズ。登校時はランドセルに入れられても、校内で持ち歩くには目立ってしまう。
私は納得し、次の質問に移った。
「そうか。なら本題だが、さっき話していた狛來ちゃんが学校では行方不明扱いになっているというのは本当かい?」
『あぁ、本当だ』
ドクトル少年が肯定する。
『職員室で話し合っているのを盗み聞いた。少なくとも家には帰っていないのは確かだ』
「そうか……」
予想していたこととはいえ、これで発見は困難となった。もしかしたら両親に事情を話し秘密裏に匿ってもらっている可能性はあるが、十中八九、家族を巻き込むまいと離れているだろう。私ならそうする。
「ユナイト・ガードが追っているというのも?」
『あぁ、見かけたら通報してくれ、と言われたよ。あの口ぶりだと、もう指名手配されているのかも……』
『確認してみよう』
ドクトル少年がスマホを取り出してタップする。普通学校へは持ち込み禁止だと思うが、緊急時故か。
『……うん。ユナイト・ガード関係者がアクセス出来るサイトで、指名手配されている』
「やはりか……」
分かってはいた。あれだけの事件では、犯人を根こそぎ捕まえなければ世論が納得しない。自分の意思ではなくとも殺してしまった狛來ちゃんを追うのは必然の動きで……。
『……でも』
「ん?」
『抹殺は認められてないみたいだ。確保が指令されている』
「何? いや、普通か。だが……」
ドクトル少年が伝えてくれた事柄。それは狛來ちゃんの殺害が許されていないということだ。
ユナイト・ガードは悪の組織を相手取る関係上、かなり強い権限が与えられている。その最たるは相手が怪人、戦闘員ならばその場での抹殺が許されるというモノ。逮捕だとか裁判だとか面倒な行程を省くことが出来る。ヒーローと同等の、大変な特権だ。
だが狛來ちゃんに関しては許されていないようだ。私はそれを、狛來ちゃんが幼いからが故と最初思った。流石にそんな子どもを抹殺することはないと。しかし違和感を覚える。勿論、殺されない事実にホッとはしているが……。
だがユナイト・ガードは装備が充実しているとはいえただの人間の集まりだ。怪人に立ち向かう以上一切の油断は許されない。正体不明ながらも異形の力を発現している狛來ちゃんにそんな悠長な事を言っていられるのか……? それに、新ヒーロー。とにかく悪を憎んでいる彼らが介入すれば、狛來ちゃんも抹殺対象になりそうなものだが。ユナイト・ガードの上層部が決定した判断なのだろうか。いずれにせよ、こびり付いた違和感が拭えない。
「確認するが、保護ではない?」
『怪人として手配されているよ。行方不明となった民間人の保護ならそう書かれる筈だし』
「そうか……。いや、容易には殺されないと分かったのは朗報だが」
それでも彼女に危険が迫っていることには変わりない。確保対象ということは武力行使も厭わないという事。大怪我を負ってしまうリスクは存分に残されている。身体にも、心にも。
「保護しなければならないということは、変わらない、か」
『保護? ……ローゼンクロイツが?』
少年たちの表情が険しいものへと変わる。
『それって……怪人にするってこと?』
雷太少年の睨み付けるような顔と画面越しに目が合う。その問いに私は少し悩み……頷いた。
「……そうだ。彼女を我々の仲間として迎え入れる」
私の言葉に画面の中の少年少女だけじゃなく、ヘルガーとはやても眉を顰めた。少年たちは怒りと嫌悪の表れで、ヘルガーは呆れたような、はやては困ったようなという違いはあるけど。
だが、事実だ。私は怪人としてあの子を迎え入れる。そうでなければ守れないとしても、それが事実だ。
だから責任逃れの発言を切り捨て、そのままを伝える。
「あれだけの力を示したのだ。さぞ強力な戦力として貢献してくれるだろう」
『アンタ……! その為に俺らを利用したのか!』
『女の子を、怪人にする為に?』
『……正直、度しがたいね』
怒りを浮かべた雷太少年。嫌悪しているゐつ少女。瞳を冷徹に輝かせるドクトル少年。先程のどこか和やかな雰囲気が切り替わり、攻撃的な空気がビリビリと肌を刺す。
雷太少年が、吐き捨てるように呟いた。
『……アンタは、結構マトモな人だと思ってたのに』
そこ声音に含まれているのは失望だ。数度の協力を得て、彼らは私を信頼し始めていたのだろう。
だが……それではいけない。私は結局悪の怪人で、彼らは正義の味方。馴れ合いのしすぎは互いの為にならない。
正直、協力してこの件に当たりたいが……だが同時に、彼らとこれ以上仲よくなってはいけない。
私は彼らも、狛來ちゃんと同じように傷つけたくはないのだから。
「所詮、怪人という訳だ」
『……それは、許さない』
雷太少年の瞳に決意が浮かぶ。それは一人の少年としての、そしてヒーローとしての燃える闘志だった。
『そんなこと、させない!』
「彼女が人を殺していても、か?」
『俺はその子を知らない。けど何か事情があるのなら、絶対手を差し伸べる! 怪人になんかはさせない!』
あぁ、いいね。
そうしてもらえると助かる。そうすれば例え私が狛來ちゃんを失敗しても、ユナイト・ガード側に確保されても救いが生まれる。彼らが、ヒーローが手を差し伸べてくれるのなら、狛來ちゃんの心は少しは癒やされるのかもしれない。
だが、もうあの子は悪でしか幸せになれないという私の考えも、曲げる気は無い。正義の側に立てば人殺しは罪になる。もし彼らの尽力で表だって問われなくなっても、狛來ちゃんの心には罪悪感が生まれる。それは彼女にとって身を切られるような痛みとなるだろう。
白の中に、黒一点が刻まれるように。
だが周りが黒なら、気にならない。それが私の考えだ。
「なら、競争だ」
『……競争?」
「そうだ」
私の意志は変わらない。彼らの意見は正しい。
私は狛來ちゃんを幸せにしたい。彼らだって、そう願っている。
でもこうしてぶつかり合ってしまうから、悪と正義は交わらない。平行線。お互いに曲がらないなら、それは争いとなる。
「君らが狛來ちゃんを保護するか。私らがあの子を勧誘するか。どちらが早いか、競争だ」
私と彼らは断裂した。ならば、後は敵同士だ。争うしかない。
「こちらが先に見つけたのなら、狛來ちゃんは怪人となる。そちらが先に見つけたのなら、彼女はヒーローに保護される。簡単な理屈だ。シンプルだろう?」
『だから、競争……』
「不服かい?」
『……望む、ところだ。絶対に、怪人なんかにさせない! 俺が、俺たちがその子を守ってみせる!』
雷太少年の瞳が燃える。ゐつ少女と、ドクトル少年も同じように決意の表情を見せる。私たちを敵として認めた瞬間だ。
私はそれを少し寂しく見つめ、首下の魔法陣を操作する。
「では頑張りたまえ。あぁ、協力はありがとうね。ビートショットにもよろしく」
『待っ――』
音声を打ち切り、はやてにビルガの撤退を命じた。不意をついてゐつ少女の掌から飛び立った百舌は、空を舞い私たちの下へ戻ってくる。
それを確認して私は、学校の方向から踵を返した。
「さて、ある程度の情報を得た以上、長居は無用だ。一度本部へ戻って、次の情報収集の計画を練ろう」
「……いいの?」
ビルガを肩へ留め、隣に並んだはやてが心配そうに覗き込んでくる。逆サイドからは、ヘルガーの溜息が聞こえた。
「……お前はホント、偽悪が好きだな」
「何を言う。私は本当に悪だよ」
悪の方が狛來ちゃんが安らげるという考えは本当。あの子を怪人にするというのも本当。その為なら雷太少年たちとも争う覚悟というのも本当。
だから私は、本当に悪だ。
「ただ少し……スッキリしないだけさ」
折角仲良くなれた子たちと喧嘩別れするのは、やはり堪えるものがあった。
それだけだ。




