「い、痛いのやぁ……。許して、許して下さい……」
随分とすっきりしてしまったジェットコースター跡地にて、こちらを睥睨するビートショット。さて、どうするか……。
こちらの攻め手は少ない。クルセイダー君は防御特化だし、私の攻撃は通用しないだろう。ヘルガーの攻撃もあの装甲を前には効果が薄いだろうし、イチコマンダーの武器もマシンガンだけ。正直倒す手段が無い様に思えるが、しかし風向きはこちらに向いている。
「確かに随分やられたが、お前もきついんじゃないか?」
『……どうかな、当方はそれほどヤワじゃない』
装甲の周囲に陽炎を立ち昇らせるビートショットが強がる。しかし分かっているぞ。さっきの攻撃はかなり無理をしていたのだろう?
超電磁シールドですら消耗が激しい筈なのに、全包囲攻撃などすればどうなるか。それは動きの鈍いビートショットを見れば明らかだ。
つまりチャンスである。
「15-3小隊、装甲車に金品を詰めたらこっちに来い。ビートショットを倒せるチャンスだ」
金品を接収していた第三小隊を呼び寄せ、一気に制圧する。マシンガンとて全くのノーダメージでは無いのだ。今のうちに数で押せば倒しきれるかもしれない。
が、通信先のイチコマンダーの様子がおかしかった。
『……■……■■……摂政殿ですか!? くっ、現在……■!』
「? おいどうした?」
向こうの様子がおかしい。通信はノイズに塗れ、イチコマンダーの声色はどうやら焦っている。
何が起きたのか? そう思った私はふと、この場に居ない人間に気が付いた。
雷太少年がいない!
「ビートショット君! 雷太少年をどこにやった……!?」
『さて……当方にも分からないな。だが雷太は必ずやり遂げる。仲間だからな!』
くそ、先の全包囲攻撃は目暗ましの効果もあったのか! 雷太少年がここから去るのを隠すための!
忘れていたが、ビートショットと雷太少年はテレパシーで会話が出来る。雷太少年が始めてビートショットと出会った時も、テレパシーで会話したという。
普段は口頭で会話する為、頭から抜け落ちていた。
雷太少年は非力では無い。
ビートショットや友人と共に開発したガジェットによって、一定の戦闘力を誇る。
殺傷は出来ないが、第三小隊の邪魔をするくらいならば出来るだろう。
捕獲して人質にすれば逆に一転攻勢の足がかりに出来るが、イチコマンダーがあそこまで追いつめられた様子じゃ望み薄か。
コントロールルームの第一小隊は動かせない。人質を確保している訳でもあるし、撤退の際コントロールルームからの支援無くしては逃走出来ないだろう。
つまり、現状の戦力しか使えない。
……駄目だな。千載一遇のチャンスだが駒が無いな。
撤退するしか、他ない。
「ヘルガー君! イチコマンダーを装甲車まで連れて撤退したまえ!」
「お前は?」
「もう少しデータを取ってから後退する。送り届けたら戻って来てくれ。私の足で逃げ切れるとは思っていない」
「……分かった。おい、行くぞ」
「すみません……」
怪人では無いイチコマンダーは通常の兵士と比べ指揮能力に優れてはいるが、通常の人間と左程身体能力は変わらない。私と同じように、小改造から中改造くらいまでしかしていないのだ。
イチコマンダーをを米俵の様に抱えたヘルガーがジェットコースター跡地を離れる。ビートショットは追いかけるか一瞬迷ったようだが、留まった。おそらくは電磁スラスターが使えないな? 好都合だ。
出力が下がっている今の状態の方が、目的を果たすのに都合がいい。
「さて、遊んでもらおうか、子ども好き!」
軽口を叩きながら、インカムを通しクルセイダー君に指示を飛ばす。
盾を構えて突進。私はその後ろから続く。
『舐めるなぁ!』
迫る私たちを見てそう叫んだビートショットは再び腕から超電磁ソードを伸ばした。見た目ほど電力を消費する技じゃあないのかもしれない。
ビートショットの振るったソードを、クルセイダー君の盾で受け止めさせる。その陰から、私は腰に佩いた光忠を引き抜いて切りつけた。
居合いの要領で振り抜いたほぼ完璧な一撃。装甲の合間を見事に射抜いたが……。
『そんな鈍らでっ!』
「名刀なんだがな……」
ビートショットのフレームには傷一つ付いていなかった。やはり硬い。日本刀は正しい使い方をすれば鉄すらも切り裂ける刃物だが、ビートショットの装甲は並みの鉄では無い。異星の技術によって強化された、未知の合金である。
歯が立たない。しかし刀術以外で通用する技もなかった。
放電能力は、あちらが完全に上位互換だ。出力、コントロール、応用性全てに劣っている。それに下手に使えば相手にエネルギーを与えてしまうかもしれない。充電ってそんなに単純な仕掛けじゃないだろうけど、相手は異星からの来訪者。どんな技術があっても不思議じゃない。
三回目の改造で施された能力も、使えない。あれは無茶苦茶限られた場合でしか発動できないのだ。
だから勝ち目が薄くても刀での攻撃を続けるしか他ない。
『オオッ!!』
「っ! 専制防御!」
クルセイダー君に指示を飛ばし、ビートショットの斬撃から私の身を守らせる。肉薄したここからは私とクルセイダー君の連携が物を言う。如何に私が動きつつ具体的な指示を出せるか。それに尽きる。
「押せっ!」
タワーシールドでソードを抑え込んだクルセイダー君に命令し、ビートショットを押し込ませる。が、身体能力は人間と左程変わらないイチゴ怪人ではパワーが足りない。逆に弾かれ、体勢を崩す。
その隙を、ヒーローは逃さない。防御が剥がれた瞬間、超電磁の輝きが私を襲う。
「ぐぅっ!」
頭部目掛けて振り下ろされたソードを、辛うじて避ける。しかし完全には避けきれず、二の腕にカスった。
その瞬間、体中を稲妻が駆け巡る。
「がっ……!」
腕に、全身に、そして脳に。人間の許容量を超える電圧による、まさしく雷に打たれたような衝撃が奔った。
だが、すんでの所で意識を保つことに成功する。
「ぐ……防御!」
追撃を加えようとするビートショットを遮るように、クルセイダー君の盾が割り込む。私の回復の時間を稼ぐために、しばらくは防御に専念してもらう。
さて……腕は動く。痺れは残っているが、刀を握り締められないほどじゃない。だが脚は麻痺し、満足に動かせない。頭は……こうして思考できるということは大したダメージじゃない。高電圧のビートショットの攻撃を受けた割には驚くほどに少ない被害だ。
これはどうしてかと考えれば、そもそも私に施された放電能力の影響か。自身が放電するならば、当然感電しないように処理をするのが当たり前だ。私の体には雷への耐性が備わっていたようだ。
しかし逆に言うならば、それでもなおこれだけのダメージ。耐性が無ければどうなっていたのか、考えたくもなかった。
二度目を受けて、もし耐性が破壊されるようなことがあれば私の命は確実にない。次の攻撃は絶対に受けられない。
『どうした! 守るばかりじゃ俺は倒せないぞ!』
うるさい。安い挑発には乗らないよ。それにアンタを倒す事はハナから諦めている。
「ヘルガー君、まだか?」
『今第三小隊を助けている。それよりも不味い、機動隊が到着した』
「くっ、来たか」
犯罪が起これば、当然警察も出動する。ヒーローの方が個人で活動する分身軽で早いが、警察だって無能じゃない。
人質がいる限り手は出して来ないだろうが、包囲されれば逃走は困難だ。
「……ヘルガー、第三小隊を装甲車に詰めたら発進させろ。接収した品は置いて行って構わん」
『了解した。行かせた後にお前の元に向かう』
「頼む。……第一小隊、そちらの撤退用の装甲車は無事か?」
『問題ありません、摂政殿』
「ならば準備しておけ」
今回装甲車は三台用意してある。一小隊につき一つ。第二小隊の乗っていた装甲車には研究員も同乗している。第二小隊は全滅したが逃走する為には研究員とイチコマンダーさえいれば運転可能だ。
二台は駐車場に停めているが、第一小隊用の装甲車だけはコントロールルーム付近に隠してある。二台は先に行かせて、第一小隊用の車体で私たちは逃げよう。
さて、ヘルガーが来るまで耐えなければならないが……。クルセイダー君対ビートショットの対決は急展開を迎えることになる。
『ようやっと、だな……。電磁スラスター、展開!』
待ちわびていたようなビートショットの叫びに、青い背部装甲が二つに割れる。しまった、先に相手が回復したか!
そして、鈍重なクルセイダー君には機動性は皆無だ。
『アサシネイトマニューバ!』
電磁の翼を広げたビートショットは、盾を構え防御したクルセイダー君を中心にCの字を描くように一瞬で旋回する。そのスピードに、クルセイダー君は対応できない。
背後を取られたクルセイダー君の首に、ビートショットは容赦なく超電磁ソードを突き立て切り裂いた。
焦げるような臭いと共に、イチゴ頭が宙を舞う。
「くっ!」
私は動き辛い脚を叱咤しその場から無理やり飛びずさった。案の定上手く脚が動かず倒れ込んでしまうが、なりふりは構っていられない。
何故なら怪人は倒されればお約束がある。
爆発だ。
頭部を失ったクルセイダー君はそのままふらりと傾ぎ、地面に向かって倒れていく。そして地面に触れる寸前光り輝いたかと思うと、次の瞬間には炎を噴き出し爆発四散した。
近い距離の衝撃波で私は転げる。
「っ痛!」
纏っていた軍服が破け、擦り剥いてしまう。が、それには構っていられない。より恐ろしい命の危機が迫る。
『さぁ……もうお前一人だ』
無理な軌道をしたのか、赤熱化したスラスターを閉じてゆっくりと私に迫り来るビートショット。その手には、未だ稼働した超電磁ソードが輝きを帯びている。
私は這いずり逃げる。脚はまだ動かない。腕の力だけで進み、少しでもビートショットの脅威から逃げようとする。
ガシャリ、ガシャリと響く重厚な足音。それは悪の組織の幹部である私を刈り取る為の青い死神の足音だ。
くそっ、やばい……。絶体絶命だ。
『滅びろ、悪の華……!』
一か八か、私は軍帽を捨てて振り返る。
「ひぃ! ご、ごめんなさい、ごめんなさい! もう悪いことしないから許してぇ……!」
両目に涙を溜めて、無垢な少女の表情を作った命乞い。
まだ少女の顔立ちを利用して、出来るだけ同情をかうように、なるべく無様に助命を願う。
「い、痛いのやぁ……。許して、許して下さい……」
ふるふると震え、恐怖に表情を歪める。少女の嘆願。大抵の人間ならば躊躇する。
しかし雷太少年との人間じみたやり取りに忘れそうになるが、目の前の巨人は機械であり異星の電磁生命体であった。
私の懇願を一顧だにせず、超電磁ソードを振り上げる。
『悲劇を繰り返させはしない……!』
……そうか、機械で、別の生命体だから人間の表情や年齢が通じないのか……。
迫る致命の刃を眺めながら、ぼんやりとそんなことを考える。
「エリザ!!」
ヘルガーの叫ぶ声を聞いて、私の意識はバチリという音と共に闇に落ちた。




