「だがこの状況を放っておくのか!?」
こっそりと戻った客車で目撃したのは、一人の男が別の男に喉を締められ持ち上げられている光景だった。それだけでも異常な光景なのに、持ち上げている方は派手な装束を着込んでいる。ヒーロー、それも新ヒーローだ。
蛇の意匠を刻まれたタイツに身を包むヒーローの名前は、確かパイソン。
「う、ぐぐ……」
持ち上げられている男は一見普通のように見える。ヒーローが一般男性を絞め上げている構図。それを目撃した雷太少年は当然声を上げた。
「な、何をしてるんだ!」
「何か、だと? 見て分かる通りだろうが」
パイソンが雷太少年を一瞥し、籠める握力を強める。すると段々、呻く男の姿がブレていく。ノイズのような偽装が剥げた男は、サイバネティックな銀色の装甲を身に纏った機械人間に変わっていた。怪人だ……。
「蟲が紛れ込んでいたようだからな。退治するまでだ」
「他の客がいる中でか!?」
客室内には多数の乗客が座っている。突然のヒーローの凶行に皆戦慄して呆然としている。締め上げられた男が怪人だったことで納得した表情の乗客もいるが、やはり大多数は恐怖で硬直しているようだった。
だがパイソンは、それを意に介してないようだった。
「どこであろうと悪を見逃すことは出来ねぇ! それにこうして即座に無力化した。被害はゼロだ」
確かに、そうだ。パイソンの手の中にいる機械人間はぐったりしている。機械である以上喉を絞められただけでどうこうなるとは思えないが、何かされたのだろう。抵抗する元気があるようには思えない。
しかしそれは、忍び込んだ怪人が一人だけだった場合だ。
「貴様ァッ!!」
客車の端に座っていた男が立ち上がる。サングラスにマスクの怪しい出で立ち。それらを剥いで現われたのは、ブリキ色の顔面だった。
パイソンは驚愕している。
「何ッ!?」
パイソンは一人の怪人の偽装に気付いたが、他に怪人がいるとは思わなかったらしい。そして仲間がいるとも、考えなかったようだ。
激昂した怪人が腕を突き出す。手袋が弾け、中から機械の腕が現われる。その指の先には銃口のような穴が開いていた。
「死ね……グハッ!」
それがパイソン目掛け放たれる瞬間、その男を横合いからの蹴りが襲う。下手人は別の新ヒーローだ。レオタードという過激な格好と頭に乗ったふわふわの兎耳がミスマッチの女性ヒーロー。名前はバニーホップ。
「悪は滅びな!」
蹴撃の威力は凄まじく、ブリキの機械人間は大きく吹き飛び壁に身体を打ち付けた。客車が大きく揺れ、乗客が悲鳴を上げる。パニック寸前だ。
しかも、それで機械人間を仕留め切れて無い!
「グッ……くそぉおおおぉぉ!!」
機械人間は自棄になり、全身の偽装を解き放った。破れた衣服の下から現われたのは……無数に搭載されたミサイル!?
「まずい!」
雷太少年がそう叫び止めるよりも早く、多数のミサイルは白煙を引いて発射された。
狭い客車の中でそれは即座に着弾。乗客と新ヒーローたちを巻き込み客車の中を爆炎が襲う。
「きゃあああぁぁーー!!」
「うぐぁ!」
「痛えよぉっ!」
たちまち地獄絵図だ。無数の怪我人が生まれ、乗客はパニックに陥る。
しかもその地獄は、そこで終わらなかった。
「チッ……ヒーローテメェ!」
「なっ!? くうっ!」
ミサイルから自衛する為変装を解いた怪人が、激昂し新ヒーローへ殴りかかる。標的とされたバニーホップはそれを避けきれず、咄嗟に腕を交差させたガードの上から殴りつけられた。
防御しても衝撃は殺しきれない。怪人の膂力のままに今度は自身が吹き飛ばされたバニーホップは、客車の中を飛び……そして、別の車両へ繋がるドアを突き破る。当然、そちらからも聞こえてくる悲鳴。
「何だ、どうした!?」
「報告せよ!」
騒ぎを聞きつけたユナイト・ガードが駆けつけるが、それを危機と見た別の怪人が姿を露わとする。袋叩きの憂き目に遭うよりも早く先制攻撃する算段だ。
「死になさい!」
悪魔的な羽を生やした少女が鞭を振るい、ユナイト・ガードの隊員を攻撃する。運悪くその射線上にいた男性が巻き込まれ、頭を強くはたかれ動かなくなった。それを見てしまったユナイト・ガードたちは乗客を守るために武器を取るが、混乱したこの場では逆効果だ。
「うわああぁぁーーっ!!」
「ひいぃぃいいーーっ!!」
伝播する混沌。乗客は完全にパニックになり逃げ惑う。ユナイト・ガードは彼らを落ち着かせようとするが怪人の邪魔が入り、それを仕留めようと新ヒーローが横槍を入れる。そしてそれに巻き込まれて更に乗客が倒れる。
阿鼻叫喚。そうとしか言えない地獄のような光景だった。
「なんだ、これは……」
ほんの僅かな時間で瞬く間に広がった混乱を前に、私も流石に動揺する。
ここで戦いを始めればこうなることは誰にも分かっていた筈だ。普通のヒーローも、怪人も、ユナイト・ガードの隊員も。だが、新ヒーローは分かっていなかったようだ。
無用な騒ぎを起こさないよう変装して乗り込んでいるとはいえ、怪人は怪人だ。最終的に優先するのは己の身であり、一般人を考慮するようなことはない。だからこのように争いが広がってしまう。
普通のヒーローなら、見逃した。ユナイト・ガードも、気付いても見ない振りをしただろう。
だが新ヒーローは……。
「どうして、こんな……」
……悪いのは、やはり怪人だろう。だが戦いの火蓋を切ったのは、新ヒーローだ。
いくら悪を許せないからといって、こんなことまでするのか? いくらなんでもおかしすぎる!
ショックのあまり呆然としている私より先に立ち直ったのは、私以上に修羅場を潜っているヘルガーだった。
「離脱するぞ! 取り敢えずさっきまでいた貨物車に!」
「だがこの状況を放っておくのか!?」
私は咄嗟に近くの客席を見た。客席にもたれ掛かるようにして、頭から血を流した女性が倒れている。まだ被害は広がり続けている。見過ごすのか?
迷う私の肩を掴んでヘルガーは怒鳴りつける。
「怪人である俺らが介入しようとすると更に被害が増えるんだよ! しかも俺らは丸腰だ。とても戦えない」
「ぐっ……」
……悔しいが、ヘルガーの言う通りだ。この混沌とした状況で私たちが動く方が、災厄が広がりかねない。
でも放っておくのも……。
雷太少年たちは、どうする気だ?
「ドクトル! 医療キット出して!」
「数に限りがある! というか、場所を移動させないと!」
「前の車両から消化器盗ってきたよ!」
『電磁シールドを張る! その範囲から出るな!』
どうやら彼らは人命救助することを選んだようだ。三人の子どもたちが協力して辺り一帯の怪我人をかき集め、ビートショットは小型のまま電磁シールドを張ってみんなを守っている。
正しい判断だ。巨躯のビートショットが戦いに加われば被害は更に拡大する。戦えないのなら別の方法で助けるしかない。
そしてアレなら、怪人としての介入にはならなそうだった。
「ヘルガー」
「……チッ、目立たず、だからな!」
私の乞うような視線に、ヘルガーは舌打ちをして渋々頷いた。雷太少年たちに交じり救助活動を始める。
ヘルガーと共に意識のない女性をドクトル少年の元へ運ぶ。
「この人を頼む」
「あぁ、分かっ……アンタらか」
運んできたのが私たちと分かると、意外そうにドクトル少年は目を見開いた。怪人だから、あの乱闘に加わるかさっさと逃げると思っていたんだろう。
「得になる悪以外はしない主義でね。他にやることはあるか?」
「……なら、クラスメイトたちがいる車両を見てきて欲しい」
ドクトル少年は前方のドアを見た。バニーホップが衝突し壊れたドア。確か彼らの学校の生徒がいた車両は向こう側だった筈だ。既に騒ぎはそちらへも波及してしまっている。
「雷太以外に友達がいるわけじゃないが、抵抗する手段は一般人以上にないだろう」
「そうだな……子どもたちがパニックになっているかもしれない」
「状況によっては、僕らも向こうに移るべきかもしれない」
大人と比べて子どもはあっさりと死んでしまう。そうしたら一刻も早い応急処置が必要となる。もし巻き込まれているのなら、この簡易的な医務室を生徒たちがいる車両に移動させなければならない。
脳裏に狛來ちゃんの顔が浮かぶ。私と関わりがあるだけで、あの子もただの子どもだ。助けなければ。
「分かった。ヘルガー行くぞ! こっそりとな」
「あぁ、だが気をつけるのはお前だ!」
私とヘルガーは救助した女性の手当を任せその場を離れた。ヒーローと怪人とユナイト・ガードの混乱の中、ひっそりと身を潜めながら移動する。銃弾や宙を舞う怪人たちを躱しながら、前方車両へ。容易くはないが、こうした乱戦はいくらか慣れている為にスムーズに前進できた。あっさりと破損したドアの前に辿り着く。
ヘルガーと頷き合い、クリアリングの為向こう側へ顔を出す。そこにはやはり、予想通りの混乱が待ち受けていた。
暴れる怪人と、戦うヒーローたち。そして恐怖に陥っている乗客と、それを守ろうとするユナイト・ガード。
乗客の内、ほとんどは子ども、生徒たちだ。その中に私は、見知った顔を見つけた。
「狛來ちゃん!」
無事だった。そのことに安心し内心でホッと息をつく。
だがその瞬間――狛來ちゃんは、同級生らしき生徒に、争いの渦中へと突き飛ばされた。




