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「菖蒲狛來ちゃんって知ってる?」




 ガタゴト足場が揺れる。車輪が線路を叩く音だ。最新技術を駆使してはいても列車の範疇を超えるものでは無いこのエクスプレスでは、リニアモーターカーにでもしない限りはどうしても付きまとう音だ。

 そんな床の上で、私たち五人と一体は揃って溜息をついた。


「はぁ……なんでいるのかな」

「それはこっちの台詞だよ!」


 私の嘆きにすかさず雷太少年が吠える。その隣に並ぶドクトル少年とゐつ少女も頷いている。だが言いたくもなるだろう。悪魔的な不運だ。


『……それでお前たちは、一体何をしにきたんだ』


 雷太少年の腕の中で、電子音が響き渡る。そこにはカメラアイを明滅させる小型化したビートショットがいた。彼らがいる以上、コイツもいるのは当然だ。

 我々は今、ブラックエクスプレスの倉庫車両に紛れ込んでいた。示し合わせてガイドの目をこっそり抜け出したのだ。以前シルヴァーエクスプレスに潜り込んだ経験が生き、誰にも見つかることはなかった。周囲の席の人間にはトイレにでも行ったのかと思われているだろう。その時間を利用し、私たちはここで密談していた。


「……まず言っておくが、俺たちは本当に戦う気は無いぞ」

「あぁ、ここには偵察に来ただけだ」


 私たちは素直に吐露した。誤魔化しても意味は無い。

 そんな私たちの言葉に雷太少年一行は懐疑的な眼差しを向けてくる。


「本当に?」

「本当だとも。……まぁ、君たちの立場から信じるのは難しいってことは理解している」


 私は肩を竦めた。正義のヒーローが悪の言葉をそう簡単には信じないって事はこの間のコンバードで嫌って程理解した。

 だが目の前の彼らはアイツよりも柔軟だ。特に、雷太少年は。

 雷太少年は悩む素振りを見せたが、やがて頷いた。


「……一応、信じる。この前の遺跡の件は本当に危なかったし。無駄な人死には出さないって事ぐらいは、信用できる」


 彼ら雷太少年とビートショットは世界を守るヒーローだ。

 今は超合金の玩具のように小さくなっているビートショットはその実、三メートルを超える巨躯の機械ヒーローだ。そして雷太少年はそのビートショットをサポートする少年たち。

 彼らと私たちは何度も争った関係にある。だが同時に、共闘したこともある。

 かつてバイドローンが全世界の人間を自分たちと同じバイオ怪人に変えようとした事件。その舞台となった空中遺跡にビートショットは駆けつけてくれた。世界の危機を前に私たちローゼンクロイツとビートショット、そしてユナイト・ガードは一時的に肩を並べ、バイドローンの幹部三人へ立ち向かった。

 いくら世界の危機と言えど悪の組織の打電を信じてくれたのだ。彼らには因執を呑み込む柔軟性がある。

 だからか、私たちを信じてくれた。有り難い限りだ。これで無用な血を流さずに済む……主に、私たちが。


「助かるよ」


 気取られないようホッと息をつく。本当に助かる。丸腰の私たちが彼らと戦えば、負けるのは十中八九私たちだ。ヘルガーも流石にビートショットとの一騎討ちでは勝てない。

 しかし……何という偶然か。


「まさかブラックエクスプレスに同乗する小学生たちが君らの学校の、しかも君らの学年とはね」

「ここから近いからね。行けることが決まった時はウキウキだったのに……」

「ドクトルなんか気持ち悪いくらい興奮してたよね」

「気持ち悪いとは何だ気持ち悪いとは。最新技術の塊に搭乗出来るチャンスなんて誰もが興奮するものだろう」


 まぁこんな機会は滅多にないから、気持ちは分かる……と考えたところでふと思い出す。


「ちょっと聞きたいんだけど」

「ん? 何?」

「菖蒲狛來ちゃんって知ってる?」


 私の質問に雷太少年は首を傾げ、ゐつ少女も同様だった。二人は知らないらしい。ビートショットは論外だ。ただ一人、ドクトル少年だけがピンと来た表情で口を開いた。


「僕のクラスメイトだが、その子がどうしたんだ?」

「あーえっと……前に少し知り合ったんだが」


 ここに乗る前の様子を思い出す。普通の小学生ならドクトル少年と同じようにウキウキでいっぱいといった様子でもおかしくない。そこに大なり小なりはあっても、みんな遠足気分で楽しげなのがスタンダードだと私も思う。だが、狛來ちゃんだけが違った。

 あの沈んだ表情。その原因がもしかしたら、私にあるのかもしれない。


「事件に巻き込んでしまってね。怪我をさせることなく解放したんだが……今さっき見かけた時には浮かない顔をしていたのでね。もしや、何かあったのかなと思って」


 悪の組織との関わりは、レッテルを作り出すことがある。特に子どものうちは何にでもレッテルを貼りたがるものだから、その所為で彼女が嫌な目に遭ってるんじゃないかと危惧した訳だ。私といたところは警察やらユナイト・ガードしか知らないが、噂というものはどこから漏れるか分からないからな。

 だがドクトル少年は少し顔を顰め、首を横に振った。


「いや、ローゼンクロイツの話は聞いたことが無い。だけど……」


 ドクトル少年は嘆息した。


「あの子は、いじめられているみたいだ」

「いじめ?」


 穏やかでない言葉に私は眉根を寄せた。ドクトル少年は続ける。


「正直僕はあまり周囲に興味がないから、具体的にどういういじめを受けているのかは知らない。ただこの間は、『犬神憑き』云々の間違った知識を披露している馬鹿がいたから、訂正したけど」

「『犬神憑き』?」


 その言葉に私は首を傾げた。随分古い因習だ。犬を殺して作った犬神を使役、あるいは昔憑かれた一族……だったか。その所為でいじめを受けているのか?

 馬鹿げている。と思いつつも、小学生ならそういうこともあるかと納得してしまう。無邪気ということは必ずしもいいことではない。欠如した想像力で間違ったことをしてしまうのも、青春の一端ではある……愉快ではないが。

 その話を聞いた雷太少年は私同様に顔を顰めた。


「ひどいな……止めさせられないの?」

「僕以外の奴はみんな加担しているといった有様でね。後正直言って僕はそういうことが得意ではないから」


 ドクトル少年は肩を竦めた。彼は正義のヒーロー側だが、決して聖人ではない。むしろマッドサイエンティストに近い性質だ。自分に興味のあることに集中力の全霊が向けられ、それ以外が疎かになるタイプの人間だ。だからクラスで起きているいじめも、彼はほとんど気付いてないのだろう。

 逆に言えばドクトル少年であっても気に掛かるレベルのなのだから、狛來ちゃんが受けているいじめは相当のものなのかもしれない。


「雷太、君がいればなんとかなったのかもしれないけどね。クラスが違うのだから仕方ないよ」

「でも止めさせなくちゃ……!」


 雷太少年はそう意気込むが、実際には難しい。外から見ればいじめでも、クラスメイトたちの間では『正しい』ことだ。『正しい』という力を覆すのは難しい。私たち、悪の組織がヒーローに勝てないように。

 しかしどうにかしてやりたいのは私も一緒だ。だがそれは、後で考えるとしよう。


「あまり関係の無い質問をして済まなかったな。今は今のことを考えよう。それで、ここにいる間は互いに手を出さない、ということでいいのかな?」

『雷太?』

「うん、それでいい。乗客を巻き込むわけにはいかないから……」


 取り敢えず私とビートショット一行の間では停戦合意が成立しようとしていた。新ヒーローたち多数に叩かれたくない私たちと、乗客を犠牲にしたくないビートショットたちの利害が一致し、束の間の休戦が確立する。

 その証として握手しようとした、その瞬間だった。


「きゃああぁぁーーっ!!」


 絹を裂くような女性の悲鳴。荒事に慣れた私たちは即座に聞こえた方向に振り返る。客車!


「ビート!」

『おう!』


 ヒーローとしての習性か、悲鳴を聞き咎めた雷太少年はすぐさまビートショットを抱え飛び出した。ゐつ少女とドクトル少年もそれに続いていく。

 残された私とヘルガーは目を見合わせた。


「どうする?」

「……蚊帳の外というわけにはいかんだろ。コッソリ客車に戻って、成り行きだけでも見届けよう」

「だな……」


 武装がないため消極的な作戦を立て、私たちは足音を立てないように客車へ向かった。






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