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「それでは、順番にお乗りください!」




「政府も大胆なことをする……まさか再建されたシルヴァーエクスプレスに民間人を乗せるとはね」


 数百人はひしめいている広場に、変装した私とヘルガーは紛れ込んでいた。群衆の視線は基本一方向に向けられている。その先にあるのはカバーの掛けられた横長の建造物だ。人混みの所為で見えないが、その下には線路が敷かれている筈だった。

 今日はシルヴァーエクスプレスの再建セレモニー。そう、私たちがぶっ壊して略奪したあのシルヴァーエクスプレスの復活記念日だ。


「あんなコストの掛かりそうな物を再建するとは」

「まぁ、悪の組織に狙われない無敵の輸送列車はやっぱり需要があったんだろ。……その無敵神話は俺たちが破った訳だが」


 隣にいる人間態のヘルガーが相づちを打つ。今日は群衆に紛れられるように、目立つ銀髪を隠す野球帽を被っている。私も紫の瞳を秘匿する為の伊達眼鏡と、印象を誤魔化すためのキャスケット帽で変装していた。


「バイドローン、ひいてはシンカーがいなくなった今、もう襲撃は出来ないけどね」

「だな。……お、もうお披露目みたいだ」


 顎をしゃくったヘルガーに釣られ、視線を前に向ける。

 カバーの前に作られた壇上では、マイクを持った司会者が背後のエクスプレスを指し示していた。


「それではご覧ください! 勇壮なる無敵列車の復活です!」


 歓声と共にカバーが降ろされ、日の光に煌めく車体が明らかになった。しかしそれを見た観衆の反応は鈍い。予想と違ったからだ。

 その車列は黒かった。まるで鋼鉄をそのまま使ったかのような漆黒。かつてと同じ派手な銀色の装甲ではない。


「シルヴァーエクスプレス改め、ブラックエクスプレス! 今ここに竣工です!」


 予想外に一瞬どよめいた観衆だったが、司会者の声が響くと気を取り直して拍手を喝采した。ブラックエクスプレスか……。


「前より地味になったか? 同じ色は験が悪いと思ったのかな」

「装甲の材質を変えたのかもしれんな。いずれにせよ、前より手強くなっているだろう」


 周りに合わせて拍手をしながら、私とヘルガーは悪の組織目線で評価を下す。

 相手取るなら、かなりの苦戦を強いられるだろう。だが、今のところその予定はない。新ヒーローが跋扈している今、余計なところをつまむ余裕はないからだ。

 だがそれは今だけで、いつかは違うかもしれない。だから偵察できるチャンスは逃さない。この場にいるのはその為だった。


「それでは今日のメーンイベント! 一日限定試乗券を持つお客様はこちらにお並びください!」


 司会者の言葉と共に係員がブラックエクスプレスの前に整列した。一部の観衆がそちらの方へと流れていく。その表情はわくわくで一杯ってところだ。

 今日の再建セレモニーの最注目イベント。それが新エクスプレスの一日試乗だ。物資や重要人物を運ぶエクスプレスに一般人が乗る機会はない。しかし今日ばかりはそれが解禁されていた。整理券の配られた二百人だけ、だが。

 滅多にない機会に整理券を持った人々はウキウキだ。一方で持っていない人は羨望の眼差しで係員の前に並ぶ人を見送っている。

 私たちは、前者だった。


「さて、幸運な私たちもいくか」

「買収しただけだがな……」


 呆れ顔で整理券を玩ぶヘルガーに私は肩を竦めた。だって仕方ないじゃないか。二人とも普通に外れてしまったんだから。運良く当たった人に大金を握らせて、ようやっと二枚だけ手に入れた貴重な券だ。丁重に扱って欲しいね。

 それもこれも、怪しまれずにエクスプレスの内部を偵察する為だ。こんな機会が滅多に無いのは、一般人だけじゃなく悪の組織も同じだ。私たちは一度シルヴァーエクスプレスに乗り込むことに成功しているが、だからといって新エクスプレスの情報が要らないということにはならない。むしろ両車両の差異を比べてより詳細な情報が分析出来る分、全・悪の組織の中で一番欲しているのが私たちローゼンクロイツだと言えるだろう。


「くれぐれも言っておくが……今日はマジで戦闘は無理だからな」

「分かってるよ。私はそんなに暴れん坊に見えるかい?」

「こないだ偵察で命張った馬鹿はどこだっけな」

「ぐぬぬ……」


 釘を刺すヘルガーのお小言に歯噛みする。あれは狛來ちゃんの命を助ける為に仕方なくだもん!

 だが確かに、今日は本当に戦えない。何故なら仮にも国家の重要機密であるエクスプレスを守るため、ボディチェックが厳密に行なわれていたからだ。この会場内に入るまであった金属探知機や持ち物の検閲は厳重で、ローゼンクロイツの技術でも怪しまれずに武器を持ち込むことが出来なかった。いや頑張れば可能かも知れないが、発見されるリスクはどうしても高まる。もし見つかったら私たちは袋だたきだ。なので今回は私の義手や発電機関の隠蔽だけして会場入りした。だから、丸腰だ。


「本当に、万が一! の時は戦えるよう俺が護衛に選ばれたが、俺一人で勝てる訳は無いからな」

「分かったって、分かってるよ」


 小五月蠅いヘルガーに手を挙げて降参をアピールする。ヘルガーが同行しているのは彼の言う通り、素手でもコイツは戦えるからだ。だがそれで並み居るヒーローたちをくぐり抜けられるかというと、そうではないだろう。

 チラリと盗み見るように視線を逸らす。そこには今日の警備を担当するユナイト・ガードの隊員が整列していた。そこに紛れるように、派手な装束の男女が並んでいる。ヒーロー、それも育成計画の新ヒーローだ。


「……ユナイト・ガードが警備担当だったか。参ったな、新ヒーローもいる」

「総統閣下の作戦が裏目に出てしまったな。お前を新ヒーローから遠ざけようと今日の任務をお命じになったが……報告する時が怖そうだ」

「やめてくれ、今から気が滅入る」


 そう、今日私がこの任務に従事することになったのは百合の指示だ。私はこの間、新ヒーロー相手に無茶をした。なので心配した百合によって新ヒーローを調査する案件から外されてしまったのだ。まぁ百合の機嫌を損ねすぎるのもよくないので、それを甘んじて受け入れ大人しくしていたが……警備担当が新ヒーローの所属するユナイト・ガードだという情報は知らなかった。


「しかも竜兄はいない、か。これは本格的に暴れるのは難しそうだ」


 ユナイト・ガードの部隊ということで馴染みの姿を探したが、見つからない。どうやら今日は竜兄は不在らしい。竜兄の率いた部隊だけがユナイト・ガードではないので、当たり前と言えば当たり前だ。それに竜兄は一度シルヴァーエクスプレスの防衛に失敗しているからな……それで外されたのかもしれない。

 それを知ったヘルガーが再度釘を刺す。


「マジで暴れるなよ」

「分かったってば。他の奴らも、分かってるだろう」


 溜息をつき、辺りを見渡した。係員の前で並ぶ列。整理券を提示する中には、怪しげな人影もいる。

 全身を黒いコーデで染めた奴や、顔をマスクとサングラスで覆い隠した奴。少女の外見をしているが、私たちの目からは歳不相応の身のこなしをしている奴もいる。

 彼らは私たちと同じように、新エクスプレスの偵察に来た連中だ。彼らもエクスプレスの内部情報は喉から手が出るほど欲しい。今回のイベントに乗じ擬態の得意な怪人を派遣して探らせようと、数々の悪の組織が同じように目論んだようだ。

 奴らもまた、今日は暴れまい。新ヒーローに袋だたきされるのを避けたいのはどこも一緒だ。


「大人しく情報だけ持ち帰りますよ……ん、なんだ?」


 整理券を手に並んでいると、少し騒がしくなる。はしゃいだ甲高い声が、耳に届く。その方向を見れば、そこには黄色い帽子を被った百人近い子どもの群れがいた。


「なんで子どもが?」

「あぁ、貰ったパンフレットに書いてあったぞ。小学校の生徒たちも招待したらしい」


 特別なイベントということで、子どもたちも招いたらしい。社会科見学のようなものか。羨ましいな、偽装したり買収したりでやっと乗れるこの列車に、タダで乗れるとは……いや流石に大人げないか。

 百人と少しということは、一学年のようだ。なんとなしに子どもたちの表情を眺める。みんなテンションが高い。このエクスプレスに乗れることを楽しみにしていたようだ。だがその中に、一人だけ暗い顔を見つける。

 目についたので、注視してしまう。だから気付いてしまった。


「ん……? うおっ!?」

「あ? どうした?」

「狛來ちゃんがいる……」

「は? マジでか!?」

「シッ! 気付かれる!」


 驚きの声を上げたヘルガーの口を背伸びして塞ぐ。バレたら目が合っちゃうだろ!

 だが本当にビックリだ……呪われているのか? いや呪われているとしたら向こうか。悪の組織に付きまとわれている構図だもんな。

 そこにいたのは紛れもなく狛來ちゃんだ。周囲とは違ってつまらなそうに視線を落としているからか、こちらには気付いていない。だが顔は覚えている。確かに狛來ちゃんだ。

 ワイワイと喋る生徒たちの中で、一人だけ孤立している。それは気に掛かったが、気付かれる訳にもいかない。彼女のためにも、もう関わり合いにはならないと決めたのだから。

 列の中に縮こまって身を隠そうとして、目線を逸らす。だが、その瞬間、また見てしまった。

 生徒の中には、まだ見た顔が潜んでいたのだ。


「ら、雷太少年……」


 将来は精悍になりそうな、勇敢な顔立ちをした少年。幼いヒーロー。

 そして今度は、目が合ってしまった。


「……!? エリ――」


 隣のゐつ少女が塞いでくれなかったら、大惨事だった。


「それでは、順番にお乗りください!」


 呆然としている間に乗車が始まる。

 かくして不安すぎる車内見学はスタートした。






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