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「なお、生身の部分はほとんど残っていません」




 怪獣事件の現場から撤退ししばらく、傷も癒えた私は改造室にいた。


「くれぐれも扱いには注意してください」

「分かってる。二本までだろ?」

「一本まで、です。二本目以降は安全性を保証できません。三本渡したのはあくまで予備で、連続服用の為ではありません」

「はいはい。気をつけるよ」


 ドクター・ブランガッシュと話し込んでいると改造室のドアが開き、二人の少女が入室してきた。我が愛しの妹閣下と、美月ちゃんだ。

 私はドクターから受け取った物を懐にしまい、二人を迎えた。


「やぁやぁ、総統閣下に美月ちゃん。忙しいところ済まないね」

「ううん、全然大丈夫だよ。ね?」

「えぇ、ですけど、一体何をするんですか?」


 首を傾げる二人に呼び出した理由を説明する。


「美月ちゃんの力、つまりイザヤの能力を少し実験したくてね。あぁ、心配しないで。改造室に呼び出したけど改造するつもりは一切無いから」


 今日二人を改造室に呼んだのはイザヤの力の検証だ。勿論基本的な能力は美月ちゃんから既に聞き及んでいるが、イザヤの力は汎用性に富んでいる。思わぬ応用法が見つかる可能性は十分にあるとドクターたちと推測し、検証の場を設けたのだ。改造室に呼んだのは実験設備を利用し、観測や記録のスタッフに改造室の人員を使うためだ。決して美月ちゃんの身体を改造しようとかそういう意図はない。


「インクはこちらで用意してある。まぁ、ちょっとイザヤでお遊びをしてくれればいいさ」

「私は?」

「総統閣下は、万が一美月ちゃんの能力が予想外の結果を生み出した際に鎮圧してもらう為だよ。もしヒーロー級の輩が出てきて言うことを聞かなかったら、ワンパン出来るのは百合だけだからね」


 この実験は色々やるつもりだ。予想外のことが起こる可能性も充分ある。それに未だ美月ちゃんが黒死蝶であったことに疑惑の目を向ける構成員も少なからずいる。そういった連中のためにも備えはしておきたかった。

 だがもし、例えばイザヤの生み出したインク人間が暴走したとかいう事態になったら、それを鎮圧できる要員は限られる。ローゼンクロイツの怪人は全員似たり寄ったりだ。ヘルガーは隔絶しているがそれ以外はどんぐりの背比べ。怪人を複製しても実力に大きな差があるわけでもない以上、鎮圧には時間が掛かる。なのでローゼンクロイツの誇る最強戦力である百合にお越しいただいたというわけだ。ホントはヘルガー辺りを呼びつければ良かったのだが、今は私の代わりに新ヒーローの偵察任務に赴いている。私? 私は怪我が百合にバレて禁止されてしまったよ。


「まぁ、保険だよ保険。総統閣下は椅子に座って見ていてくれればそれでいいさ」

「うん、分かった。美月ちゃん、気をつけてね」

「ええ、もしもの時はお願いね、百合」


 二人は互いに手を取り頷き合った。二人はすっかり仲直りしたようだ。黒死蝶の事件を思えば感動的ですらある。うっすら涙を滲ませながら、私は美月ちゃんを実験室へ案内する。

 そのまま私も実験室に入ったところで百合が「ん?」と首を傾げたが、私はそれを敢えて無視して美月ちゃんと部屋の中央に進み出る。真っ白い室内の中心にはインクがなみなみ入ったドラム缶が置かれている。複製に必要な原材料だ。イザヤの力の行使に必要なそれの傍らに美月ちゃんは立ち、そして私はその対面に立った。


「ということで、実験その一。まずは私の複製を作ってみてくれ」

『えぇ! お姉ちゃんがやるの!?』


 ガラス窓の向こうで驚愕する百合の声がスピーカー越しに響いた。そうだよ? でも言ってたら反対されただろうから言わなかっただけで。


「まぁ、危険は無い筈だから。じゃあ美月ちゃん、頼むよ」

「は、はい……」


 透明な壁の向こう側で頬を膨らませる親友の姿に苦笑しながら、美月ちゃんは力を行使する。一瞬集中するかのように目を瞑ると、次の瞬間にはその背中に一匹の巨大な蝶が羽を休めるように留まっていた。

 美月ちゃんの力の源、イザヤだ。


「では、いきます」


 美月ちゃんは宣言すると、イザヤの触腕を私へと伸ばした。軽く触れる。するとドラム缶の中のインクが渦を巻き、飛び出して輪郭を形作る。

 現われたのは、そっくりな私だ。


「私か、ふむ。過去の、記憶の複製は本人からは作れないということだから、これは可能性の複製なのかな?」

「はい。最初ということで、現在とあまり変わりの無い未来線から採択しました」


 色がないため分かりにくいが、どうやら現在の私より年が上のようだ。背も、ほんの少しだけ高い。……伸びないのだろうか。いや今それはどうでもいいな。


「ふむふむ……うん? ドラム缶の中身が思ったより減ってないな」


 しげしげと複製された私を眺めつつドラム缶へ目を向けると、その嵩があまり減じて無いことに気付いた。黒死蝶として戦っていた時には、もっと消費していたように感じたんだが……。私の疑問に美月ちゃんが答える。


「それは、複製に掛かるコストが小さかったからです」

「ふぅん、つまり?」

「複製の難しさによってインクの消費量は変わるんです。まず能力が高いほど、インクの量は多くなります。次にどれだけ複製元と離れているか。記憶なら、どれだけその人の中で印象深いか。可能性なら、どれだけ現在と近いか。それが遠くなるにつれ、コストは嵩みます」


 ふむふむ。そう言えば、氷雪機神はかなりインクを使ったようだった。複製する存在の強さによってインクの消費量は増えるのか。そして複製元と離れるほど複製しづらくなるということは、例えば私の記憶から作る場合なら、よく知っているヘルガーは低コストだが、この前会敵したばかりのコンバードとかは高コストになる、ということか。それで可能性の複製の場合は今と近ければ近いほど安くなる……。

 つまりこの複製の消費量が少ないのは、私と極めて近い未来であり、そして弱いからだ。……うぅん、悲しくなってくる事実だな。


「武器は……ふむ、サーベルを持っているな」


 今の私に近い将来というのは本当だったようだ。持っている武器も大差ない。


「まぁ、これくらいでいいだろう。解除して次を作ってくれ」

「いいんですか?」

「今の私と変わらない奴を性能実験しても、大して意味は無いさ」


 元よりまず最初の動作テストのようなものだったからな。インクの消費量が分かっただけでも収穫だ。


「では、はい」


 美月ちゃんが軽く手を振ると、複製の私は溶けて崩れ落ちた。一応私の形をしている物が崩れた事に百合は少し複雑な表情をしているが、当の本人である私はけろっとしている。別に私自身でもないし、最悪私でも動揺しないかもしれない。


「えと……それじゃ、次はどうしますか?」

「そうだな、上振れ……つまり最強の私を複製したいところだが、そうなるとあの竜が出てくるな?」


 黒死蝶との決戦を思い浮かべる。あの時百合に立ち塞がった巨大な竜。私から複製した最強の可能性、雷竜。いくら百合が私がそう成り果てることにショックを受けていたとはいえ、手間取った相手だ。今この実験でアイツを出されると少し困る。


「まぁまぁな強さにしてくれ」

「まぁまぁ……ですか」


 美月ちゃんは少し困ったように眉を寄せ、イザヤの蟲脚をこちらに伸ばした。再び触れ、インクが渦巻く。今度は先よりも大分多い。

 そうして現われたのは、甲冑を着た西洋騎士だった。


「これは……ヤクト、か?」


 その姿はヤクトそっくりだった。体長は私に準じているのか低めだが、鎧の衣装といい武装といい、ヤクトによく似ているだ。


「はい。エリザさんが機械化手術を受けた可能性の複製です。ヤクトさんとほぼ同じ性能に、電撃能力を持っています」

「それは、強そうだな」


 ヤクトは強い。私たち姉妹が就任してからの戦績はあまり良くないが、それは大抵相手が悪い。ローゼンクロイツ内の怪人では五指に入る強力な怪人だ。

 それと同じ能力が手に入るなら、多少コストが掛かったとしても機械化手術もアリかもしれない……。


「なお、生身の部分はほとんど残っていません」

『絶対駄目だからね!』

「あ、はい」


 美月ちゃんの注釈を聞いた百合が釘を刺してきた。まるで威嚇する猫の形相だ。やりかねないとみて、割と本気で怒っている。私は大人しく頷いて、機械化の夢を切り捨てた。

 だが可能性があるということは、どこかの世界の私は百合の静止を振り切ってその道を選んだのだろう。その時この私は、何を思ったのだろうか。いや、決まっているか。自分の身体を捨ててまで、百合を守ろうとしたのだ。それが、私だ。

 百合を裏切りたくも、悲しませたくもない。でも百合の命が失われるかもしれないと思ったら、私は躊躇無く己の身を犠牲にするだろう。


 この鎧は、あるいは未来の私なのかもしれない。

 硬く冷たい甲冑の表面をなぞり、私はそんな感傷的な気持ちになった。


 だがふと思いつき、そんな感傷は吹き飛んだ。


「美月ちゃん」

「はい?」

「これ、着れない?」


 ちょっとした思いつき。

 それが形となるのは、もう少し後のことだった。






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