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「生意気なんだよ! 『犬神憑き』のくせに!」




 悪の組織や怪獣被害に遭っても、日常は続いていく。むしろそれらが溢れている現代にとっては事件すらも日常だ。

 なので狛來は怪獣災害の翌々日にはいつも通り登校することになった。

 国の制度で病院にて簡単な検査を受けたが問題はなし。となれば、休むことはただの不登校だ。

 しかし狛來は、本音を言うならば休みたかった。学校には、楽しいことなど何も無い。それでも両親に心配をかけることだけはイヤだったから、重い足を引き摺って登校する。


(早く帰りたいなぁ……)


 溜息をつきながらがらりと教室の扉を開くと、いつも通りクラスメイトが騒いでいた。教室の一角、誰かの机を囲んで盛り上がっているようだ。


「じゃあじゃあ、怪獣見たの!?」

「あぁ、すっげーデカかったぜ! ぐわーっと!」

「ヒーローがたくさんいたって本当!?」


 どうやら、狛來と同じように怪獣災害に遭遇した子がいたらしい。そも狛來の家族があの街を訪れたのは新型のショッピングモールが開店したからだ。同じ理由であそこに居合わせた子どもがいても不思議ではない。

 だが囲まれている子とは違い、狛來の周りには誰も寄ってこない。静かに教室に入った狛來にそもそも気付かない生徒も多かったが、気付いても無視する子もいた。

 それもいつも通りのことだと、狛來は自分の席に着いた。


(寄ってこないなら、その方がマシだ)


 大人しく狛來はランドセルから教科書を取り出し授業の準備を進める。親しげに話しかけてくるクラスメイトはいない。別に狛來はそれでもよかった。無難に過ごせるのならば。

 だが、ここしばらくの狛來の運勢は余程悪いらしい。


「おいおい、『犬神憑き』がやってきたぜ!」

「何黙って座ってるんだよ」


 狛來の周囲に数人の男子が寄ってきた。そこに親しみの表情はない。浮かべたニヤつき顔も吐く台詞も、悪意に塗れている。

 狛來はそちらには目も向けず教科書を整頓する。


「別に。ボクの席なんだから座っていいでしょ」


 まるで興味のない、冷静なフリを装った。しかしその内心は、荒れ狂っていた。

 苛立ち、煩わしさ、侮蔑、そして――恐怖。


「生意気なんだよ! 『犬神憑き』のくせに!」


 ダン! と一人の少年が狛來の机を叩いた。突然の大きな音に驚き、狛來の身体が小さく跳ね上がる。それを滑稽とみた少年たちが嘲笑う。狛來は羞恥と屈辱にスカートの端を握りしめた。


 狛來は、いじめを受けていた。その原因は、自身の血筋にある。

 菖蒲家は代々、『犬神憑き』と呼ばれる一族だった。


 かつて犬神と呼ばれる憑き物を生み出す呪術があった。

 犬を首だけ出して地面に埋め、その目の前に食物を置きながらも決して与えず飢えさせる。そして餓死する寸前に首を刎ねると、首が飛んで餌にありつく。この残酷な儀式の成就によって、犬神は生まれる。

 犬神は願いを叶える。あるいは富を産み、あるいは誰かを呪い殺す。人に憑いてその人を守護し、代々栄えさせるとも言われている。そして犬神に憑かれやすい、もしくはかつて犬神を生む儀式を行なったとされる家系のことを『犬神憑き』と呼んだ。

 しかし犬神を生み出す呪法の悍ましさが故にか、『犬神憑き』は忌避されていた。汚らわしいとされ交際を拒まれ、村八分され続けた。そしてそれは、今現代にも続いている。

 迷信、血筋からくる差別。馬鹿らしいという人は日に日に多くなっていく。だが現代でも信じる人は少なからず存在し、それを子どもに教えた親もいたのだろう。

 それが伝播し今、狛來はクラスメイトからいじめられていた。


「やいお前! もしかしてお前も怪獣騒ぎにあったのか?」

「……それが、なにか?」


 少年の一人の言葉に狛來は頷いた。他の子と同じように一日休んで復帰したのだ。普通に考えれば分かること。隠しても意味が無い。

 だが、それを認めることが今日の災厄のスイッチだった。


「ふぅん、じゃあ……怪獣が出たのもお前の所為じゃね?」

「あ、それだよ! きっとそうだ!」

「なっ……!」


 あまりにも馬鹿らしい、絶句してしまう論理。ただ悪い物と悪い物を繋ぎ合わせただけの、根拠のない論説。それでも子どもにとっては、納得がいってしまう理由になる。


「じゃあ山中が怖い目にあったのってお前の所為かよ!」

「ちっ、違う! そんな訳ない!」


 椅子を蹴倒して立ち上がり否定する。少年たちにはそれが、ムキになっているように見えた。


「うわ、やべぇ! お前怪獣呼び寄せんのかよ!」

「最悪じゃん! お前山中に謝れよ!」

「なぁなぁ! 怪獣出たのってこいつの所為だって!」


 あくまで推測だったデマは確信の噂となって広まる。それはあっという間に教室に伝播した。四方八方から批難の刺々しい目線が、狛來を針のむしろにする。


「マジ? じゃあ私たちも危ないじゃん」

「いつこの学校に来るのか分かんないね……」

「ヒーローに通報したらやっつけてくれるのかな……?」

「怖ぇなぁ……ホントに」


 密やかに囁かれる言葉が、瘴気のように狛來に纏わり付いた。呼吸が浅くなる。謂われない筈の敵意が、差別が、現実となって襲い来る。


「……っ!」


 耐えられない。その場から逃げ出してしまおう。そう決意した時、


「いやそれはあり得ないよ」


 一人の少年の言葉がその空気を引き裂いた。教室の端に座った、唯一狛來に批難の目を向けていなかった少年。一体となっていた教室の空気に水を差したその少年にいじめの筆頭格の少年が抗議する。


「な、なんだよ、江時村(えじむら)! なにかショーコあんのかよ!」


 証拠を求める少年の声に、江時村と呼ばれた少年は眼鏡の奥に怜悧な光を瞬かせながら答えた。


「広域災害指定怪獣目ウェブデロスを始めとする怪獣種は巨大で、通常の食物でその活動エネルギーを賄おうとすると地上のあらゆる動植物を食べ尽くしてしまう計算となる。それでは怪獣たちもいずれは絶滅してしまう。なので怪獣種と分類される超巨大生物はとあるエネルギーを摂取することで活動を続けている。それがなにか分かるかい?」

「お……お? いや、分からねぇけど……」

「宇宙線だよ。成層圏外から降り注ぐ特殊な不可視光線、ウルトバルト宇宙線こそが彼らの主要エネルギー源だ。これは常に宇宙から地表に注がれ続けている為、怪獣たちも食うに困らない。あぁ、人体に害はないから心配しないで欲しい。だが稀に、一部地域にのみ降り落ちる量が増加することがある。それが昨日あの街で起こった。それを察知した怪獣が餌を求めて急速な大移動をした。これが怪獣が街を襲撃した理由だね」


 江時村は怒濤の勢いで説明した。その説明は難解で、小学生の知能ではまず理解が出来なかった。ほぼ全員が頭に?マークを浮かべている。


「で、でも、そのナントカ光線? が降った理由がこいつにあるかもしれねぇじゃん!」


 しかしその一部を拾うことに成功した少年が、拙い反論をした。

 その言いがかりのような論説に眼鏡の縁を持ち上げ、溜息交じりに江時村は答える。


「はぁ……同様の事象は世界各地で起こっている。怪獣被害は世界規模だ。君は菖蒲さんが世界一周旅行をしたとでもいいたいのかい? フランスのパリに犬神がいるとでも?」

「うっ……」


 論破された少年は押し黙り、教室は沈黙が支配する。江時村を超える根拠をいじめっ子たちは持たず、そも半分以上はまったく理解できていなかった。

 その時になって、ようやく始業のチャイムが鳴り響いた。それと同時に担任の教師が入室する。


「お前ら何やってんだー、早く席につけー」


 教師に見つからないようずる賢くいじめている少年たちは、素直に担任の言葉に従い席に着く。他の生徒も習う。いじめの筆頭格だけ憎々しげな目線を狛來と江時村に向けたが、どこ吹く風だ。

 狛來はホッとして、江時村の方を向いた。しかし既に江時村は椅子に座って見向きもしていない。どうやら狛來を庇ったわけではなく単純に馬鹿げた理論が気にくわなかっただけのようだ。

 それでも狛來は救われた。心の中で感謝する。だが胸の内にはモヤモヤが残ったままだ。


(どうして、いじめられるんだろ……)


 理由は勿論理解している。自分が『犬神憑き』だから。だけど、たったそれだけの理由でいじめられる少年たちの方が理解出来なかった。

 犬神なんて知らない。自分も家族も、普通の人間だ。優しい両親にそんな残酷な儀式が出来るわけがない。何もしていない。なのに、いじめられる。どうしてなのだろう?


(……ボクが、あの人みたいに強くてかっこよくなれば、いじめられないの、かな……)


 思い出すのは、常に颯爽としていたエリザベートの姿。

 憧れの存在で辛うじて心を支え、狛來は気持ちを強く保った。

 取り敢えず、授業は受けよう。両親を心配させたくないからこそ、自分は黙って耐えているのだから。

 狛來は持ち直し、担任の言葉に耳を傾けた。






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