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「我が名はコンバード! 黒き悪を浄化する裁きの使者だ!」




 白に近い銀が、金属に似た光沢を放っている。しかし鉄のような硬質さはまったく感じず、むしろ人の柔肌ように滑らかな印象を受ける。何より大きい。壁の内にいるような、無類の安心感を覚える。

 それがオーバーナイトの背を初めて見た、私の感想だった。


「は、複製の私が巨大化を嘱望した理由が分かるな……」


 そう呟きながら身体を起こそうとして、想像以上の痛みに呻いてしまう。まぁ、交通事故に遭ったようなものだしな。

 そうしてモタついている私の隣に上空から飛んできた影が着地した。ビルを飛んで渡って来たヘルガーだ。


「おい、大丈夫か」

「肩貸してくれ。……あぁ、怖くないからほら、おいで」


 ヘルガーに肩を借りながら、突然降ってきた狼男に驚いている少女に手を差し伸べる。少女は戸惑いながらも私の手を取り、私はそれを握り返した。小さな手が年相応に温かいことに安堵する。怪我は無さそうだ。そのままヘルガーに引き摺られながら、ゆっくりとその場を離脱する。

 背後では奇声を上げて突進するウェブデロスと、それを真正面から受け止めたオーバーナイトの格闘が始まっていた。衝突の衝撃が粉塵を巻き上げ、両手が塞がっている私は軽く咳き込む。


「けほっ! ……大スペクタクルってこういうのを言うんだろうが、しかし間近で見ても感動より怖れの方が際立つな」

「無駄口が言えるなら平気そうだな」


 全身を打ち付けて動けないが、確かにそれ程重傷でも無い。幸い骨折は免れたようだし、少し休めば歩けるようにもなるだろう。

 しかし休むよりも、この子を早く安全圏に届けてやらねば。


「あの……お姉さん、この間の夜に会った人、ですよね……」


 歩きながら少女はおずおずと話しかけてきた。意外と度胸のある少女だなと思いつつも、私は怪我の具合を悟られないよう軽妙な調子で答える。


「あぁ、その節はお世話になりました。あの後、何事も無く帰れたかい?」

「は、はい。警察の人に事情を聞かれたけど、言われたとおりにしてたらすぐお家に帰してもらえました」

「それはよかった」


 巨大な肉体がぶつかり合う轟音鳴り響く中で交わすには軽すぎる会話だが、おかげで少女は無用に怯えずに済んでいると考えよう。むしろどこかテンションの高い様子で私との会話を続ける。


「そ、それで! ……お姉さんの名前、聞いてもいいですか?」

「え? あー、うぅん……」


 あの夜はその場限りの出会いだと思ったから名乗らずに去ったんだっけか。正直悪の組織の幹部である私の情報を知ることがこの子にとっていいことだとは思えない……だけどこの子の調子を崩したくもないし……。


「私の名は……エリザベート・ブリッツだ。見ての通り、悪の組織の幹部をやっている」


 悩んだ末、私は普通に名乗ることにした。勿論本名では無く、ヒーローたちに通している名だけど。


「エリザベート、ブリッツ……」


 私の答えを聞いた少女は、名乗った名前を反芻するように小さく呟く。

 さて、名乗ったわけだが、こうなるとこの少女について少し知っておいた方がいい。最初はお互い何も知らないことが少女の身を守ることに繋がったが、中途半端に見知ってしまった以上、今後少女が警察に疑われるなどの不利益を被った際に保護や補填が出来るように名前くらいは聞き出しておこう。


「それで、君の名前は?」

「あ、ボクは……菖蒲(あやめ)狛來(はく)です」

「ハク?」

「こんな字です」


 繋いでいない方の手でハクちゃんはスマホを取り出した。紫の花の描かれた可愛らしいカバーの裏側に名前が書かれている。狛來ね。難しくて珍しい名前だ。まだ小学校であろうこの子にはまだ書けないんじゃないか?

 というか。


「スマホがあるなら、親御さんに連絡を取った方がいいかもしれないな」

「あ、ホントだ」


 今気付いたかのような狛來ちゃんの答えにガクッと力が抜ける。この子はなんというか……肝が据わっているのか間が抜けているのか……。


「お父さん、お母さん、大丈夫かな。今頃、ボクを探してるかも……」

「絶対心配して探してるさ。無事を伝えたい気持ちは痛いほど分かるが、今はまだ止めておきなさい」


 今は、逃げる方が先決だろう。


「とにかく離れて、それから連絡を取ろう。場合によっては親御さんに迎えに来てもらうよりヒーローに助けを求めた方がいいかもしれない。その時はまたもう少し待ってくれ」

「は、はい……」

「聞き分けのいい子で助かるよ」


 背後をチラリと見れば、戦いはまだ続いている。オーバーナイトの繰り出した拳がウェブデロスの顎を穿ち、よろけさせる。すかさず追撃を放つオーバーナイトだが、それは僅かな差で立ち直ったウェブデロスの爪が邪魔をして無為に終わった。オーバーナイトの優勢だが、撃破まではまだ時間が掛かりそうだ。

 距離は、思った以上に開いていた。私たちが離れると同時に、二体が向こう側へとズレていっているのだろう。オーバーナイトが押しているのだから分かりやすい帰結だ。


「よし、この分ならもうすぐ……」


 安全圏。そう口にしようとした私の目の前に白い軌跡が過ぎった。


「え?」


 あまりに突然のことで、反応が出来ない。咄嗟にヘルガーが庇って腕で守ってくれなければ、私の頭は吹き飛んでいたかも知れない。


「ヘルガー!」

「問、題ない!」


 だって、ヘルガーの腕は貫かれ血を流していたのだから。

 私たちを襲ったのは、白い羽根だった。ヘルガーの、並みの銃弾なら弾き返す毛皮を貫通している。只の羽根じゃ無い。そしてそんな情報が、私の脳裏を掠める。


「っ、誰だ!」


 羽根が飛んできた方を睨み付ける。そこにはいつの間にか、白い人影が立っていた。

 全身が真っ白なライダースーツのような衣装に包まれているが、一目見て彼がバイクに乗ると考える人はいないだろう。何故ならその男は、肩から腕にかけてを純白の羽毛で出来たマントで覆っていた。鳥を模したヘルメットの頂点には、全身が目に痛いぐらいの白で彩られている中で唯一の異彩を放つ赤い鶏冠が乗っていた。

 こいつも、新ヒーロー! 確か名前は……


「我が名はコンバード! 黒き悪を浄化する裁きの使者だ!」


 私が誰何をしたからか、そいつは意気揚々と名乗った。裁きの使者だ……? こいつ、自分が何をしたか分かってないのか?


「今、こんなことをしている場合じゃないだろう! 遠くはなったが、いつ踏み潰されるか分からないんだぞ!」

「その通り! だからその子を放せ! ローゼンクロイツの悪魔、エリザベート・ブリッツ!」


 ! そうか、こいつ……私が狛來ちゃんを連れ去ろうとしていると思っているのか。だがそれにしたって危な過ぎるだろう。私が外道だった場合、この子を盾にすることだって考えられたぞ。

 だがそれなら問題は解決だ。この子をヒーローに引き渡せばいい。


「分かっ……」


 了承しようとした私に、再び羽根が投擲された。不意を突かれたが、二度目だったのでなんとか首を捻って躱す。だが、何故!?


「うおっ!? おい、何す……」

「悪魔の甘言は聴かぬ!」


 コンバードがマントを振るうと、そこから矢のように羽根が飛ぶ。私はヘルガーから離れた。彼に迎撃を任せるためだ。ヘルガーは片手が使えなくなっているが、幸いにしてそれで捌ける程度の数しか飛んでこなかった。まばらに飛んでくる羽根を手足を使って弾き、防御はなっている。狛來ちゃんも無事だ。

 しかし、こいつ!?


「おい、だから放すと……」

「悪め! 子どもを浚う外道が!」

「うわっ!?」

「ひゃっ!」


 すり抜けた羽根の一枚が危うく私たちを掠めるところだった。

 このコンバードとかいう奴、話を聞く気が無い!?


「頭が悪いのか……!?」

「貴様、愚弄するか!」

「そこは聞くのかよ!?」


 激昂したコンバードが、更に飛ばしてくる羽根を増やす。咄嗟に左手を突き出して電磁シールドを張ろうとしたが、義手からプスン、と黒い煙が噴き出した。しまった、さっきのスラスターの時に無理をしたから……!


「くそっ!」

「エリザ!」


 もう防御しきれないのか、ヘルガーを抜けて何本もの羽根が迫り来る。銃弾ほどは速くない。どうにか義手ではたき落とす。しばらくしたからか痛みはマシになっている。だが、喋る余裕もなくなった。


「ぐ、うぅ!」

「エリザベートさん!」


 避けきれない羽根を肩で受け止めた私に狛來ちゃんが悲鳴を上げた。逃がしてあげたいが、私の近くから下手に離すと羽根に当たってしまう。この鳥頭、マイナスにしかなってないな!?


「万全だったら焼き鳥にしてやるのに……!」

「まだ耐えるか! ならば更に、倍に!」

「何!?」


 ブワリと、羽毛のマントが盛り上がる。弾数無限か!? 羽根の弾幕が、マシンガンのように怒濤に迫り来た。


「うっ、ぐうぅっ!」


 ますい、捌き切れな……!


「狛來ちゃん!」


 遂に、迎撃し損ねた。しかも運悪く、狛來ちゃんへの直撃コース。


「ひっ……!」


 普通の少女である狛來ちゃんに、躱すなんてことは当然出来ない。命を張って庇うにも、体勢が悪すぎてそれすら無理だ。

 そんな、折角助けたのに……!


「う、うわああっ!!」


 だが、その時。

 叫んだ狛來ちゃんから赤紫のオーラが一瞬噴き出したかのように見えた。まるで陽炎のようにあやふやな揺らめき。それは流れ星のように一瞬のことで、すぐに何も無かったかのように消えた。残されたのは、そのオーラに押されるようにして羽根が軌道を変えたという結果だけ。

 見間違い、か? あまりに突然で一瞬だったので、私は今見たものの確信が持てなかった。


「何をしている!? コンバード!」


 不意に助け船が訪れたことも、私の意識をそこから剥がした。私は一瞬しか見えなかった紫色を忘却の彼方に置き去りにし、現実の状況に顔を上げた。

 羽根の連打が止まる。静止したのは、私にとって聞き覚えの深い声だった。


「ジャンシアヌ先輩!? 何故止めるのですか!?」

「今がそんなことをしている場合じゃないからだ!」


 ユナイト・ガードを引き連れた竜兄ことジャンシアヌは、私が言いたかったことと全く同じ事をコンバードに言った。






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