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「そんなことより、早く掴まって!!」




 ヒーローの敵は悪の組織だ。基本的には。

 だが世の中に例外という言葉があるように、時たま別の存在と戦うヒーローもいる。

 例えばそう、怪獣だ。


「でっかいなー」


 並み外れた巨体がビルの間を掻き分けるようにして歩いている。邁進するのは40m超えの巨躯。鱗に覆われたその姿は恐竜と似ているが、その肩には滑らかな金属で出来た突起が、頭部には色鮮やかに光る発光体がついている。

 光線怪獣ウェブデロス。数いる怪獣たちの中でそう呼ばれる種別だった。

 ウェブデロスが行く手を阻むビルを豪快に割り砕きながら進んでいるのを双眼鏡で見てひとりごちる。


「うーん、ああいうのを見ていると巨大化改造を打ち止めたのは早まったかなーと思っちゃうな。まぁあんなに目立つ怪人を運用しても悪目立ちする上にコストが掛かるだけって理解はしてるんだけど……」

「それより大丈夫なのか?」


 掛けられた声に双眼鏡から離れて振り返る。そこにいるのはヘルガー。相も変わらず私の護衛役だ。

 ヘルガーはしきりに周囲を警戒していた。ここはビルの屋上で周りには何も無い。その上見晴らしがいいので何かあればすぐ気付く。だから行き過ぎた警戒は必要ないのだが、まぁ彼の気持ちも分からないでも無い。


「問題ないよ。怪獣の行動範囲はキチンと予想を立ててるし、飛び道具であるビームの予備動作も把握済みだ。空を飛べる私とお前の機動力なら十分回避できる」

「そうじゃない。増えたヒーロー共の話だ」


 あぁ、そっちか。だが、それも問題ない。


「怪獣が出ている間、ヒーローたちは避難誘導でてんてこ舞いさ。市街地にいる住民を避難させるのに人ではいくらいたって足りない」


 双眼鏡を滑らせて地表を見れば、そこには派手な衣装を着たヒーローに先導される市民の姿があった。ヒーロー育成計画で数は増えたが、この手の作業はどれだけの人数がいても余裕は無いものだ。案の定この辺りのヒーローたちは総動員されているようで、こうして白昼堂々偵察に来ている私たちに気付く輩はゼロだった。


「ヒーローは手一杯。注意は全部怪獣が惹き付けてくれる。新ヒーローたちを観察するには絶好の日和だ」


 そして私たちも怪獣を見に来たわけでは無い。避難誘導で他に手が回らない今だからこそ、ヒーローを偵察するチャンスだ。

 一応怪獣には気をつけつつ、地上へ双眼鏡を向け目当ての物を探す。捜し物はユナイト・ガードと連携している。黄色い装備を目印にすれば、簡単に見つかった。


「いたいた」


 パニックになった市民を必死に宥め、誘導している黄色い腕章をつけた集団、ユナイト・ガード。そこに交じり遠くの怪獣を警戒している姿を発見する。

 ユナイト・ガードと似ている黄色。だがそこには黒い縞模様も走っている。虎柄の全身はスーツでは無く、生身だ。

 毛皮に覆われたヒーロー、タイガーマイト。新ヒーローの一人だ。


「肉体が変化するタイプのヒーローだっけ。顔は虎を模ったマスクで隠されているな。会見にいた一人だ……」


 先んじて調べてくれたメアリアードの情報のおかげで顔と名前が一致する。ヒーロー育成計画の深淵ならともかく、既に活動しているヒーローの情報程度ならお茶の子さいさいだ。優秀な諜報員に感謝しつつ、実地情報と摺り合わせる。


 私たちがわざわざ怪獣が出現した現場にやってきたのは、増えたヒーローを偵察する為だ。

 巨大で頑丈な怪獣は人の営みに甚大な被害をもたらす。通過されるだけで瓦礫の山が量産される悪夢だ。ましてや今日のようにビルの乱立する市街に侵入されると、被害の規模は未曾有の領域に達する。最早災害。普通の市民たちにとっては、抗うどころか逃げることすら困難だ。

 そして、ヒーローですら戦える者はごく少数だ。なので大多数のヒーローは避難誘導に徹する。そして今日のように人の密集した都市に侵入を許すと、人手はいくらあっても足りない。総動員してでもかき集める。折角ヒーローが増えたのなら、そいつらも当然。

 新ヒーローを観察するのにはもってこいの場だ。


 新ヒーローたちの実際の動きを観察しレポートする。それが今回の私の任務だ。


「ん、急に慌ただしくし始めたな? ……あぁ、放置された車がガスに引火し爆発したのか。事前に察知したのは虎の嗅覚か? どうやら肉体だけでは無く感覚も鋭くなるらしいな」


 そのままタイガーマイトの集団は双眼鏡の届く範囲から逃れていく。私はそれ以上の追跡を諦め、別の獲物を探すことにした。


「お、今度はえー……ウォートホグ、だったか」


 今度は猪に似たヒーローだ。しかし毛皮を纏っていたタイガーマイトとは違い、プロテクターを全身に身につけている。マスクも猪の意匠を盛り込んだヘルメットで、先とは違い機械的な印象の強いヒーローだ。

 こちらの一団も避難民を連れている。だが、前方が瓦礫で塞がれてしまっていた。ウォートホグはその瓦礫に手を掛け……


「おお、持ち上げたか。コンクリートでしかもあれだけの大きさ。ショベルカーでも苦労するであろう重さの筈。それをいとも簡単に、しかも……連続でか」


 まるでダンボールをどかすかのような気軽さでひょいひょいと瓦礫をどかし、埋まっていた通路を瞬く間に開通する。怪力、そしてスタミナがある。プライマル・ワンを思い出すな。もっとも、流石にアレほど化け物じゃないが。

 そのままウォートホグが率いる一行も開通された通路を通って避難していく。


「さて、次は……ん?」


 ウォートホグが完全に見えなくなったので新たな偵察対象を探そうと双眼鏡を巡らすと、ふと怪獣の進路が気になった。


「んー……想定方向から逸れたか?」

「そうか? ……確かに、ちょっとズレてるな。だが一応、誤差の範疇だ」


 首を傾げた私に端末で情報を確認したヘルガーが同意する。どうやらウェブデロスは予想外の動きをしているようだ。畢竟、怪獣は生き物だ。気まぐれを起こしたり腹具合や機嫌によって、こういうことになる時もある。完全な予測は不可能だ。

 しかし私たちの予定を崩すほどもものでもないらしい。だが一応、進路上に双眼鏡を向ける。万が一市民が踏まれでもしたら後味が悪い。ヒーローがいるなら大事ないとは思うが。


「まぁ……流石に粗方避難は終わってるか、ん?」


 きっちり無人になっている道路を確認し視線を外そうとした矢先、視界の端にちらりと動く影を捉えた。視点を合わせると、なんと小さな子どもだ。しかも一人きり。

 嘘だろ!?

 背後から迫る怪獣に怯えたように走るその姿に私は愕然とした。


「おいおい、ヒーローは何をやっているんだ……!」


 辺りを見渡して救助するヒーローを探すが、いない。この辺りの避難は完了していると思い込んでいるのか。

 どうする。通報するか? いや間に合うか微妙だ……。

 思い悩む私の視界に、逃げる子どもの顔が映る。女の子だ。年の頃は小学生くらい。


「? どこか見覚えが……?」


 あの夜、あの公園の記憶がフラッシュバックした。


「……くそっ、ヘルガー! 通信で逃走経路を指示して!」

「あ、おい!?」


 思いがけない邂逅に、堪らず私の身体が飛び出した。電磁スラスターを展開し、ビルから飛び降りる。

 怪獣の動きは緩慢だが、巨大な分歩幅は大きい。並みの乗用車は目じゃない速度で驀進する。だが幸い、私の紫電の翼はそれよりかは速かったようだ。


「お嬢さん!」


 少女のすぐ傍に降り立って声を掛ける。息を切らせて走っていた少女は、私の姿に気付くと目を丸くした。


「え……はぁ……あの、時の、お姉さん……?」

「そんなことより、早く掴まって!!」


 少女を拾い上げ、抱きしめながら怪獣を振り向く。近い! 最早怪獣の足は、視界いっぱいを覆うくらいに近づいていた。


「くっ!」


 安易に曲がったり上昇したらぶつかる。私は咄嗟に怪獣の進行方向に舵を切った。


「ヘルガー!」

『真っ直ぐ行くしかない! 他のルートは瓦礫で塞がって……おい、あれ……』


 ヘルガーの声が小さくなる。なんだと聞き返そうとして、私は目の前に影が伸びていることに気付いた。

 影が前に伸びているということは、背後から強い光が当てられているということ。光……。祈るような気持ちで首だけ振り返る。


「……嘘でしょ……」


 いつの間にか足を止めていたウェブデロスの頭部についている、虹色の発光体。イルミネーションのように淡く輝いていたそれが、蛍光灯のように強い光を放ち始める。その光量は、段々と増していく。

 ウェブデロスの二つ名。予習した予備動作。

 光線。


「う、あああぁぁぁあああ!!!」


 全出力を使って電磁スラスターを吹かす。だが、間に合わない。


「お、お姉さ……」


 何が起こっているのかを悟った少女が、絶望の声で私を呼ぶ。

 させるか! そんな声を、最期の言葉には……!


「う、ご、けぇええぇぇぇっ!!」


 全力を超えた、全開。

 ビシリ、と背中に違和感が走った瞬間、光線は放たれた。

 まだ射程圏外にはほど遠い、道路の上。せめて少女が助かる確率を少しでも上げるため放り投げようとして――


 目の前の道路を、巨大な影が覆った。


「っ!」


 投げるのを中止し、もう一度抱きかかえる。その瞬間、凄まじい衝撃波が私たちを襲った。


「ぐうぅぅっ!」

「ひ、きゃああっ!!」


 電磁スラスターの制御が効かなくなり、私たちは道路に叩きつけられバウンドした。少女が傷つかないよう強く抱きしめる。ボールのように転がる私たちは何度も跳ねて身体を強く打ち付け、ようやく停止した時には埃だらけの満身創痍だった。


「う……げほっ」


 全身が痛い。けど生きている。光線が命中すれば、そんなことを考える暇無く蒸発していた筈だ。

 震える手で少女を解放する。怪我は、パッと見はなさそうだ。

 少女は私に何か声を掛けようとして……ソレ(・・)を見上げた。私も、倣う。


 先程までは怪獣が埋めていたその風景に、今は巨大な背中(・・)がある。存在感が大きいという意味の比喩では無く、本当に巨大で、でも無類の頼り甲斐を感じさせるその背に心から安堵する。


「あぁ……手放しで歓迎できるのは久々だね、ヒーロー」


 巨人ヒーロー、オーバーナイト。

 光線を防いだ怪獣専門ヒーローの勇姿を眺めて、私は助かったことを悟った。






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