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「ヒーローが急に増えた理由さ」




 ヒーローが増えた外界は悪の組織の構成員にとって危険地帯だ。当然の帰結として、自然と外出は控えるようになる。

 だが外に出られないというのは、存外ストレスが溜まるものだ。


「いけいけ、あー!」

「残念ね。一位は私がいただくわ」

「む……させない……!」


 現在総統室は、三人の少女が姦しくゲームを遊ぶ部屋と化していた。コントローラーを握った百合、はやて、美月ちゃんがモニターの前で白熱している。遊んでいるのはレースゲーム。家族で集まって遊べる国民的なカートのレースだ。まったく、こんなゲームではしゃぐなんてやっぱりまだ子ども……


「おらおらー! 私が一位じゃー!」

「あー! お姉ちゃんずるいー!」

「わははー! 手加減は無しだよ!」


 忘れられがちだが私も子どもなんでね! 別に熱くなってもいいじゃないか!

 順位が低い時にしか出ないアイテムを使い、四人の中で一番後ろだった私が最前列に躍り出る。そのままゴールイン。栄えある第十三回総統室杯の栄光は私の元へ転がり込んだ。


「アイアムナンバーワン!」

「もう、もうー!」


 大逆転を決めた私を百合がぽかぽかと殴る。わはは、全然痛くない。


「もう! 結局私が最下位だよぅ」

「まぁまぁ、百合にしては頑張ったんじゃない?」


 頬を膨らませる百合を、美月ちゃんがなでなでと慰める。実際、今のレースは最後までデッドヒートを繰り広げたので百合にしてはよくやった方だ。

 機械音痴である百合はゲームも弱い。壊滅的、ということは無いがコントローラーを操るセンスが無い。ので、こういう一瞬の操作が重要になるゲームはあまり向いていないのだ。

 逆に、私はそつなく強い。よく竜兄と切磋琢磨したものだ。この四人の中でも一位獲得率が一番高いのは私だ。まぁプロゲーマーという訳じゃ無いしあくまで息抜きなので、そこそこ負けるが。


「……私も、勝てなかった」

「ふふ、はやてもいい勝負だったわよ?」


 地味に悔しがっているはやては、意外と負けず嫌いだ。慕っている百合や私相手でもゲームでは容赦しない。結構執念深く、勝った相手を執拗に追い回す。なので次のレースは私が追われることになるだろう。その割にゲームは上手くないので、百合と最下位を争うこともある。

 この中で一番順位を気にしないのは美月ちゃんだ。手を抜くわけでは無いが、二位や三位でも悔しがったりしない。美月ちゃんの生い立ちを考えれば意外だな、と思ったが、その訳はとある一回のレースで判明した。

 色々なことが積み重なって、珍しいことに百合が三着、美月ちゃんが四着のレースがあったのだ。初の最下位に、私は残念だったねー、と声を掛けようとして、ぎょっとした。そこには修羅がいた。静かに拳を握りしめ、声を出さずに眉間に皺を寄せ悔しがり、瞳に真剣な光を宿した美月ちゃんに、私は立ち上る闘志の炎を幻視した。

 つまり美月ちゃんは、百合に負けることだけが我慢ならんのだ。ゲームは和気藹々と遊ぶだけで楽しいし、百合とも和解したが、それでもそこは譲れない。学生時代や黒死蝶時代の対抗意識をまだ引き摺っている。最早本能と言っていいかもしれない。改心しても、長年染みついた性格は簡単には消えないようだ。

 次のレース、美月ちゃんは一言も喋らない程集中し、一位を独走した。


 まぁそんな風にして四者四様にゲームを楽しみ、連続してやり過ぎると身体に悪いという理由で休憩時間を取りみんなでめいめいにお菓子を食べる。丁度いいので私はクッキーをつまみながら美月ちゃんに話しかけた。


「それでどう? ローゼンクロイツ構成員としては慣れた?」

「はい。ご配慮いただきありがとうございます」

「あー、別に上司部下したわけじゃなくて……」

「ふふっ、分かってますよ。今のところ不自由はありませんね。メアリアードさんにもよくしてもらっています」


 美月ちゃんは結局、ローゼンクロイツに所属することになった。

 私としては美月ちゃんに新たな人生を与えてあげたかったのだけれど、彼女からすると世話になったのに何も返せないのは許せなかったようで、私たちに協力してくれることになった。

 肩書きは『独立諜報員』。メアリアードの情報部門に新設した美月ちゃんだけの役職だ。自由裁量権を与えられ、好きに動くことが出来る。この権限はかなり強く、情報部門の長であるメアリアードの命令すら聞く必要はない。誰の部下でも無い、スタンドアローンな存在だ。

 そうしたのには理由がある。まず、イザヤの能力だ。

 イザヤにはインクから複製を作り出すという並外れて強力な能力がある。それに隠れがちだが、もう一つチートじみた能力も持っていた。それが情報への潜伏能力だった。

 改めて説明もしてもらったが抽象的な部分も多く、私も完璧な理解は出来なかったが、要するに電子機器に潜り込む能力だ。ローゼンクロイツのように、外部とほぼ繋がっていないネットにも潜り込める。ちゃちなクラッキングなど目じゃない程にスペシャルな力だ。

 だがこの力は美月ちゃんにしか使えない。諜報員を方々に潜り込ませるメアリアードの部下たちとは連携の取れない能力だ。だからこそ、既存の上下関係には組み込まず個人で独立した地位を新たに作った。微妙な立場にメアリアードは持て余すかもしれないが、責任は私が持つとも言い含めてある。まぁ私の抱える子がまた一人増えたようなものだ。

 それから……色々なしがらみに翻弄されてきた美月ちゃんに少しでも自由に過ごして欲しいという願いも籠められている。最悪彼女は働かなくてもいい。私が許す。そう言っても、美月ちゃんは恩を返そうとするのだろうけど……。


「あまり根を詰め過ぎないようにな」

「大丈夫ですよ。少なくともエリザさんほど無理はしていませんから」

「む、言ってくれるな。とはいえ、言われても仕方ないか……」


 疲れを覚えて首を捻る。しばらくデスクに座りすぎた。仕事疲れが溜まっている。私がこうしてゲームに興じているのもリフレッシュの一環だ。

 私の顔色に気付いたのか、心配そうに百合が覗き込んでくる。


「大変なの? やっぱりヒーローが増えるのって」

「そうだな。やはり悪の組織である以上、活動すればヒーローとの衝突は避けられない。その頻度が増えるということは被害を被る機会も増加するから、損害も増えていく」


 前の月と比べ、今月は大幅の赤字だ。今はまだいいが、この状況が続くとまずい。


「どうにか打開策を考えるか、あるいは今回の騒動の原因を調べるか、だな」

「原因?」

「ヒーローが急に増えた理由さ」


 やはり今回の件の肝は、どうしていきなりヒーローがこんなに増えたかに尽きる。

 さっぱり見当もつかないが……丁度いいので、私はお菓子を頬張っているはやてに聞いてみる。


「はやて、元ヒーロー側として心当たりはない?」

「むぐ……ごくん。あんまり。魔法少女は自由で、横の繋がりも縦の繋がりも希薄だったから」

「そうか……まぁ、そりゃそうか」


 ある日突然やってきた妖精や幻獣に乞われて契約を結ぶのが、魔法少女というヒーローのスタンダードだ。勝手気ままな魔法生物たちに選ばれるから、規則性も少女である事以外には特にない。変身を解けば正体も分からなくなるから、社会に名も知れない。隠匿性の高いヒーローなのだ。更に少女たちには自分の日常があり、ヒーローを職業にはしづらい。なのでどこかに所属する魔法少女というのは稀だ。それこそ、はやてのように悪の組織に墜ちでもしなければまずない。はやてが分からないのも無理ない話だった。


「会見も見たけど、あの中に魔法少女はいないと思う」

「だな。見た感じ、典型的なヒーローばかりという印象だった。それこそ、ユニコルオンみたいな正統派って見た目の……」


 会見の時並んでいたヒーローを思い返してそう呟くと、ふと気付く。


「待て、ユニコルオン……そうか」


 ここに集まったメンバーを見渡す。百合、はやて、美月ちゃん。三人ともかつては普通の女の子だった。それが突然、力を得て全てが変わった。

 ヒーローもそうだ。ユニコルオンは幻獣ユニコーンの力を手に入れ、竜兄もといジャンシアヌは森の精霊アルラウネと出会ったからヒーローになった。

 いきなり総統紋の宿った百合を除けば、みんな何かと出会っている。


「契約……」


 その考えに思い至った私は美月ちゃんへ振り向く。


「美月ちゃん。独立諜報員である貴女にお願い……いや命令します」

「はい、摂政殿」


 一瞬で美月ちゃんは表情を切り替え、キリリとした眼差しで私を見つめ返す。彼女を危険に巻き込むのは心苦しいが、私の思いつきレベルの胡乱な考えで情報部門全体を巻き込むわけにはいかない。自由で縛られない、美月ちゃんが適任だ。


「ユナイト・ガードは……いや、国は何か、理外の存在を匿っているかもしれない。それを暴き出して」


 それが判明するか、先に私たちが撲滅されるか。

 これは、そういう競争かもしれない。






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