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「……あぁ、私も学ばないな」




 ヒーロー育成計画による弊害は、すぐに現われた。


「もうこんなに潰されているのか……」


 あの記者会見から一週間。私は手にした報告書を見て嘆息していた。そこにはこの一週間の間にヒーローの手によって発見され、壊滅に追い込まれたローゼンクロイツ支部について書かれていた。

 この短い内に、八つ。前例に無いペースだ。確かに本部と比べて支部に置いてある戦力は少ないが、こちらとてヒーローや警察機関に見つからないよう用心している。普段なら潰される支部は多くても月に一度。大体ローゼンクロイツが支部を増やすペースと同じくらいで、ヒーローと悪の組織は同レベルで鬩ぎ合っている。拮抗しているからこそ、ヒーローと悪の組織はどちらも居なくならない。その均衡がここ一週間でこうも崩れるか。


「こりゃ、大幅撤退しなくちゃならないな。まだ健在の支部にも撤収命令を出さなくちゃ……」


 今まで潰された支部の場所から広がったヒーローの活動エリアを推測し、そこに近い支部に速やかに撤収するよう命令書を作成しながらひとりごちる。


「思った以上に、増えたヒーローは多いみたいだな」


 記者会見の時、大臣の背後にはヒーローが並んでいた。その数は十人ほど。あれが全容なら、ここまで被害は広がらない筈だ。二倍……下手したら、三桁に及んでいるかも。


「だが……やはり問題はどうしていきなり増えたか、だ」


 どう考えてもこれだけのヒーローがぽっと出で現われるのはおかしい。これに尽きる。こんなことが誰にも出来るなら悪の組織なんて栄えない。だから何か絡繰りがある筈だ。メアリアードの調査で判明すればいいのだが。


「とにかく、今できるのは潜むこと、そして戦力を拡充することだな」


 調査はメアリアードに任せ、私はそれ以外に従事しよう。派手に動けない以上、やるべきは力を蓄えること。一番なのは、ヒーローに負けない怪人を作ることだ。

 なので、やることは……。


「はぁ……やっぱりそうなるか」


 私はため息と共に立ち上がり、改造室へ足を向けた。






 改造室はいつも通り盛況だ。特にイチゴ怪人というお手軽な存在が出来てからは、試作品を試しやすくなった為にいっそう賑やかだ。

 今日もまた実験場で何やらしていた。


「で、今日の哀れな犠牲者は?」

「おや、摂政殿」


 データを取っているらしいドクター・ブランガッシュの横に立ち、ガラスの向こう側を眺める。真っ白な壁に囲まれた実験場の中心には、やはりイチゴ怪人がいた。まぁ、オロチくんみたいに生身で試作されるよりかはマシか……。


「今度は何をする気だ? 機械で固めるのは、正直やめて欲しいが……」


 今までイチゴ怪人は様々な改造が施されてきた。だがいずれも、ハッキリ言って大赤字だ。

 確かに、手軽に量産出来て人的被害も無い、弱いことが一番の欠点であるイチゴ怪人を強化するために機械化するのは理に適っている。だが、そも機械で改造する怪人はコストばかりが掛かって割に合わないからこそ廃止したのだ。これでは方針転換した意味が無い。

 そんな私の不安げな目線にブランガッシュは力強く頷いた。


「ご安心ください。今回は本体に改造を施したのです。ご覧ください」


 ブランガッシュは部下に指示し、にわかに騒がしくなる。実験を開始するようだ。

 機械端末を操作する音が何度か響き、やがて実験場内に変化が現われた。ぽつんと一人きりなのは変わらないが、イチゴ怪人の様子がおかしい。身動ぎをしたかと思うと、まるで石化したかのように固まってしまったのだ。


「失敗か?」

「いえ……」


 早計する私を余所に、ブランガッシュはじっとガラスの向こう側を見つめている。そしてまた、イチゴ怪人に変化が起こる。


「!? 膨張した?」


 バリ、とイチゴ怪人の着ていた上衣が破れる。それは、中身からの圧力に耐えられなくなったからだ。イチゴ怪人の上半身はモリモリと盛り上がり、植物の茎を思わせる緑色の肉体が大きくなっていく。

 変化が止まった時には、成人男性の平均程度だったイチゴ怪人が2メートルを超える巨人へと変わっていた。


「まるでリフトアップの選手だな……これは?」

「筋力の一時的な強化を狙った改造です。今まで我々が研究をしてきたのは永続的な強化を狙ったものです。摂政殿が受けた施術もそれですね」

「あぁ、そうだな」


 無意識に二の腕をさすっていた。私が受けた施術は筋力強化。バイオ筋肉を埋め込んで永続的に筋力を向上するという小規模改造だ。これによって私は特に女流アスリートでも無い身であっても、成人男性と渡り合える並みの筋力を得ている。目立つことは少ないが、私を死地でも支えてくれている力だ。

 ローゼンクロイツの怪人は軒並み受けていると言ってもいい改造である。特殊な薬物を摂取しなければ維持出来ないが、基本的には永続的に有効だ。その分、効果は劇的では無い。


「しかしご覧の通り、今回イチゴ怪人に施した改造では驚異的なパワーアップが可能となったのです!」

「確かに、あれは強そうだな」

「我々はこれを『パンプアップ改造』と名付けました。ではその成果をご覧ください」


 実験場内の床がせり上がり、木造の柱が現われた。丸太のように見える。指示のアナウンスが鳴り響き、それを聞き届けたイチゴ怪人はマッチョな肉体を揺らしながら標的へのしのし近づいていく。


「……おぉ」


 至近距離へ接近したイチゴ怪人は拳を振り上げ、柱を破壊した。木で出来ているとはいえ、粉々だ。正に木っ端微塵と言える。

 次の的が出現する。今度は灰色の質感で、どうやらコンクリート製のようだ。同じく柱並みの太さがある。人間ではまず無理な硬さを誇るそれを、イチゴ怪人はまたもや難なく叩き割った。この時点で普通の怪人クラスの筋力はクリアした。


「さて、次です」


 ブランガッシュの言葉と共に現われたのは、鈍色に光る柱だった。明らかな金属製。中身までしっかり詰まっているとしたら、かなりの硬さだ。これを破れるのは怪人でもそうはいない。ヘルガーでもギリギリだろう。

 拳を振り下ろす。一発では無理。しかし柱の表面は拳状にへこみ、罅が入った。二発目。亀裂が大きくなる。そして三発目で、金属の柱は破裂するかのように割れた。


「ほう……」


 これは流石に感心せざるを得ない。ここまでのパワーを持つ怪人は稀だ。それをお手軽に作れるというなら、一考の余地は十分にあるだろう。


「悪くないな。しかしどうして急にこの研究を?」

「……巨大化研究を中止させられたので、開発した技術を他でどうにか生かせないか試行している途中で生まれました」

「お前……」


 目線を向けるとブランガッシュは慌てて逸らした。総統の命令で差し止められた巨大化改造の研究。確かに勿体ないからと他に転用するのは分からなくも無いが、見方によっては命令違反に取られかねない。一応巨大化はしていないが、グレーゾーンだ。

 諦めきれず危ない橋を渡るブランガッシュに湿度の高い視線を注ぎ続けたが、溜息と共に止めてやる。


「まぁ……有用なようだからな」


 そう言うと、あからさまにホッとした息を吐いた。まずいと分かっているなら止めろよ。

 しかし使えるのは確かだ。私はアメフト選手のようにスクラムを組んでヒーローに襲いかかるイチゴ怪人たちの姿を夢想した。コイツを大量に配備できれば、複数のヒーローを相手にしても戦えるかもしれない。

 そう頭の中で想像を膨らませていたが、それが皮算用であったことを思い知る。


「……あぁ、私も学ばないな」


 今日もまた、オチがつく。

 実験場内のイチゴ怪人ががくりと膝をつく。命令では無い。その証拠にブランガッシュが慌てている。


「これは……!」


 瞠目しているブランガッシュの目の前で、更にイチゴ怪人は変異した。膨張。さっきと同じように筋肉が盛り上がり、成長していく。更なる強化かと一瞬思った。だが、止まらない。止まらずに3メートル近くまで伸びていく。その姿はさながら破裂寸前まで空気を詰めた風船のようだった。

 爆発。多分ここにいる全員がその言葉を脳裏に思い浮かべた。だが事態は全員が思っていたのとは別方向に推移した。


 ぶちゃり。

 盛り上がった筋肉によって、イチゴ頭が潰された。


「……あー」


 そのままパタリと倒れ、動かなくなったデュラハン状態のイチゴ怪人。膨張し続けていた筋肉も生態活動の停止と共に止まり、今度はしおしおと萎れ始める。

 まるで干からびた枯れ草のようになったところで、私はブランガッシュに告げた。


「不採用」

「ですね……」


 ブランガッシュも慣れてきたのか、諦めたように首を横に振った。






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