表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
158/281

「また……会えるかな?」




 その少女は、一人蹲っていた。

 闇の帳の落ちきった、夜の公園。休日の昼間であれば笑い声が響く場所も、日が暮れて一時間も経ってしまえば、寒々しい風が吹きすさび遊具の冷たさが木霊する別世界だ。少女は、街灯に照らされる象を模った遊具の中で、膝に顔を埋め静かに泣いていた。

 小学3、4年生くらいの年頃の少女だ。背中には赤いランドセルを背負っている。そんな歳の少女がこんな夜に一人でいるなど只事では無い。普通なら家に帰って家族と団欒を過ごすか教育熱心な家なら塾に通うか、少し悪童の兆しがあるなら友達とデパートなどを遊び歩いているような時間帯だ。それなのに、彼女はただ一人で泣いている。

 その泣き声を聞く人はいなかった。まだ深夜ではないにせよ、左程都会でも無い住宅街ではわざわざ夜に出歩かない。誰もいない、一人きりの世界。

 だからこそ少女は一人存分に泣いた。家では家族に心配される。只でさえおばあちゃんが死んでしまって大変なのだ。更に迷惑を掛ける訳にはいかない。ここでひとしきり泣きはらしてしまえば、家には笑顔で帰れる。そうすればまたいつもの日常に戻って、全部忘れられる。その目元の赤さをどう隠すかまでは、考えが及んでいなかった。


 そんな少女の涙を止めたのは、夜半の公園に鳴り響いた轟音だった。

 日常ではまず聞くことの無い、巨大な衝突音。あるとしてもそれはアニメの効果音で、生で聞く機会など一生無い筈の音。

 ビックリして涙が引っ込んだ少女は顔を上げ、恐る恐る外の様子を確認した。


「いっつー……くそ、新型の電磁シールド、攻撃は受け止めても反動は軽減できないじゃないかよ。こんな住宅街まで飛ばされて……改造室に文句言ってやる。いや装備部門か?」


 公園の中心には円形のクレーターが出来ていた。衝撃の大きさを指し示すかのようにもうもうと砂埃が立ち上るその合間から、一人の人影が闇夜に起き上がった。静謐な一人きりの世界を壊した正体が、白い光に照らされて露わとなる。


 少女は目を奪われた。

 古くさい軍服を身につけ、サーベルを片手にした黒髪の美女。左腕は金属のような光沢を放ち、纏った空気には微かに火花が散っている。整った柳眉の下には吸い込まれそうな紫の双眸が、夜の闇で星のように瞬いていた。

 夜に浮かぶ、非日常な光景。

 例え彼女を照らす光が蛍光灯の光でも、公園の砂場に突っ込んで砂まみれでも、少女にはまるでアニメの1シーンのように神秘的に映った。


「幸い公園っぽいところに落ちれたけど、もしそうじゃなかったら大惨事でしょ。改修の余地ありだなぁ。ただでさえ夜闇に紫電は目立つというのに……ん?」


 ふと、その双眸がこちらを向いた。遊具の穴から覗く少女に気付いたのだ。少女は息を呑んで硬直する。一方少女と目が合った軍服の女は困ったように頭を掻くと、少女の方へ近づいてくる。

 来る? どうしよう。逃げる、逃げられる?

 明らかにただ者では無い女性を前にして、小学生である少女はただただ混乱していた。防衛本能が逃げろと警鐘を鳴らしても、パニックになった身体は言うことを聞かない。心の中で大慌てして、身体はカチコチに固まってしまう。逃げたいのに、手足もどこも動かない。

 女はそんな少女の目の前に立ち、


「……お嬢さん、驚かせてしまったね」


 目線を合わせ、にへらと笑いかけた。


「えっ、あ、あのっ」

「今夜はもう遅い。早く家に帰って、お家の人と夕ご飯を食べるといい。君の夜遊びの時間を邪魔してしまったことは、すまなかったね」


 女はウィンクし、右手で頭を優しく撫でた。慈しむようなその手つきがおばあちゃんを思い起こさせ、和らぐような、寂しいような気持ちになった。身体の硬直がお湯でほぐれるように解けていく。


「本当は送ってやりたいんだが……むぅ」


 軍服の女は撫でる手を止め立ち上がり、警戒するように一方向へ顔を向けた。遠くからサイレンの音が聞こえてくる。


「手際がいいのか悪いのか。長居は無用だな」


 そう言うと女は身を翻し、一瞬目を離した隙には公園の塀の上に立っていた。


「あっ、あの!」


 去ってしまう。そう直感した少女は女の背中に声をかけた。咄嗟だった。何故そうしたかは分からない。


「えぇと、その……」


 どうして呼び止めたのか。何を言いたかったのか。

 言葉を続けようとして、分からなくなる。戸惑っている内に、女は半身だけ振り返った。紫の瞳が少女を映す。見とれるような美しさ。呆ける少女に対し美女は人差し指を口に当て、告げた。


「今日のことは内緒にしておきなさい。誰かに何かを聞かれたら怖かったとだけ答えてね。……私との約束だ」

「はっ……はい!」


 少女の元気な返事を聞き届け、今度こそ女は去った。塀を飛び、痕跡一つ残さず消え去る。いや、クレーターは残っているが。

 まるで嵐のような人だった。

 自分の感情を整理できない内に様々な出来事が立て続けに起こり、少女は呆然と取り残される。

 何が起こったのか、まだ幼い頭では理解しきれない。さっきまで泣いていたことも、もう吹き飛んでしまった。

 ただ……その心の奥に、一つの感情が残された。

 それは、憧れだった。


「また……会えるかな?」




 ◇ ◇ ◇




 やれやれ……びっくりした。

 私は夜の街を警察に見つからないよう疾駆しつつ溜息をついた。

 今日は色々あった。

 ローゼンクロイツ系列組織に所属するヤクザの取り立てに付き合って、ヒーローとうっかり会敵してしまったことは、まぁいい。同行していた組員を逃すために一人ヒーローと対峙したことも、別にいい。

 しかし持ってきた新装備が欠陥品だったのはいただけない。私の電磁シールドを収束させ防御力を向上させるという触れ込みの装備だったのだが、ヒーローの攻撃一発で壊れてしまった。しかも衝撃を吸収できなかった為に吹っ飛ばされてしまう始末。あわや住宅街に落ちて大騒ぎになるところだった。

 幸い公園に落ちることが出来たが、それもそれだ。一般人に目撃されてしまった。しかも幼い少女に。驚いて固まっていたようだから慰めはしたものの、夜中いきなり落っこちてきた私の姿はさぞ恐ろしく見えただろう。彼女のトラウマになってしまったかもしれない。

 はぁ……散々だ。


「いたか?」

「いや、あっちを探そう」


 物陰に隠れて警察官をやり過ごし、本部を目指す。警察官の一人や二人を倒すのは流石の私でも簡単だが、騒ぎが大きくなればまたヒーローと会敵してしまう。それは避けたかった。

 しかし最近、ヒーローの動きが活発になってきたな。今日のシノギもヒーローの警戒範囲を正確に把握した上での活動だった。だが本来なら出会う筈の無い場所で、私たちはバッタリ出くわしてしまった。悪の組織である以上ヒーローは最優先で警戒している。それなのにエンカウントしてしまうなんて、何かがおかしい。


「それはそれで調査が必要かもな……」


 だけど今日の内は、さっさと帰ろう。百合が私の帰りを待っている。夕食を一緒に食べる予定なのだ。一秒でも遅れる訳にはいかない。

 帰りと言えば、公園のあの子はちゃんと帰れただろうか。夜中だから顔はよく見えなかったが、小学生だったように見えた。あのくらいの年頃の子が夜一人なんて心配だ。


「でももう会うことは無いだろうな……住宅街で戦うのは流石の私でも避けるし」


 せめて名も知らぬ少女の無事を祈りつつ、私は帰路を急いだ。


 だが近い将来、そんな私の予想と反して少女とは再び邂逅することになる。

 次に起こる騒動、その渦中の人物として……






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ