「まだまだ事後処理が残っているんだよ」
「という訳で、巨大化の研究は差し止める」
「……分かりました」
私の告げた沙汰を、ドクター・ブランガッシュは渋々といった様子で了承した。まぁ、無理もない。折角見つけた改造法を閉ざされるのだ。多少は恨みに思うのは仕方ない。だがこれは決定事項だ。
「特に総統閣下の拒否反応が激しくてね。理解してくれ。オロチくんのケアだけは、継続してくれたまえ」
「そちらも了承しました。……最後に一度だけお聞きします。ちょっとだけでも改造を受けてみる気は……」
「無いっつってんだろ」
未練がましいブランガッシュに容赦なくツッコミをいれる。というか、
「それが嫌だから差し止められたんだろうが……」
私が巨大化改造手術を受ける。それこそが巨大化改造の研究が中止されることになった最たる理由だった。
雷の竜。イザヤによって複製された私の可能性の姿。あれはおそらく、私が巨大化改造手術を受けた姿だ。力を求めるあまり人の姿を捨て、異形の力にまで手を伸ばした末路こそがあの竜だったのだろう。力欲しさにそこまでするのか? と問われれば、まぁ私はするだろうな。必要になれば人の形を捨てることを厭わず、竜になるだろう。例え戻れなくなっても構わないと力を求める。その姿が容易に想像できた。
なので、百合は私を万が一にでも巨大化させないよう今回の措置を命じた。方法が無ければ、その未来は訪れない。
「私も惜しいけどな……悪の組織っぽい能力だし……」
溜息と共に、私はラップトップに中止の決定を打ち込んだ。今後巨大化能力が必要な時はオロチくんを頼ることになるだろう。そうなるとオロチくんの地位が上昇したような気がしないでも無い。もしかしたら未来の幹部かもしれないな。
「取り敢えず改造室は、しばらくはヤクトの修復に専念してくれ」
「はい。それから、恭順を示した傭兵怪人の整備法の確立もですね」
「あぁ、そうだな」
ブランガッシュの言葉に頷く。黒死蝶に囚われていた傭兵怪人はかなりの数に上った。それこそ一つの悪の組織が作れてしまいそうなくらいだ。
私は、助け出した傭兵怪人たちに二択を迫った。ローゼンクロイツに恭順するか、あったこと全てを忘れて元の傭兵稼業に戻るか、だ。
結果ほとんどの傭兵が去って行った。奪われていた装備を出来る限り返却し、そこそこの金を払ってやってローゼンクロイツ勢力圏から追い出す。恨んで危害を加えることを阻止するためだ。
中には黒死蝶への仕返しを主張する奴原もいたが、"丁重"に叩き潰して"納得"してもらった。装備の返却を握っているのはこちらだからね。勢力圏から叩き出すのも復讐を禁じる為だ。
扱いが酷い? 怪人の扱いなんてこんなものだよ。犯罪者だし。
だが恭順した怪人は本当の意味で丁重に迎え入れた。
「コールスローは分かっていたけど、メタルヴァルチャーもか。逆にアンクレットと落水狐は出て行ったな」
私たちが何度も戦った(複製だけど)四人の傭兵怪人は、二人が恭順し二人が出て行った。まぁ、元々アンクレットも落水狐も組織から追い出されたタチだからな。組織に属することが苦手なんだろう。性格も難ありだし、むしろ来なくて助かった。
「コールスローは来たがってたしな」
「しかしメアリアード女史がすごい顔をしていましたな……」
「あぁ……」
今でも思い出す。コールスローをローゼンクロイツに迎え入れると情報部門でメアリアードに告げたら、すっごく嫌そうな顔をしていた。まるで、同居している人間にムカデを飼うと告げられたかのような顔だった。それだけ過去装備を盗まれたことを恨みに思っているのだろう。
「コールスローの奴、いざ入ったらそれはそれで針のむしろかもな……」
昔やった奴の罪の自業自得だ。同情はせんな。
「とにかく頼むぞ。やることが多くて苦労を掛けるだろうが、今はどこも同じだ」
「はっ。……この後はどちらに?」
「まだまだ事後処理が残っているんだよ」
私は改造室を後にし、廊下を歩きながら黄色い端末を手に取る。しばらくコールして出たのは、お馴染みの声だった。
『……エリか』
「おう、竜兄。働かずに食う飯は美味いか?」
『……悪かったよ、ホント』
バツの悪そうな声で竜兄は応えた。
今回の騒動、竜兄はまったく役に立たなかった。最終決戦の場にも来なかったし、逆に敵となって立ちはだかりやがった(まぁ、アレはイザヤの作った複製だけど)。ユナイト・ガードで捜査を進めると言っておきながらこのザマだ。苦労した私が少しぐらい意地悪を言っても許されるだろう。
「あーあー。頑張って悪の組織一つを潰してしかもヒーローを助けたのにさー。そっちにとって無茶苦茶得な行動したのにさー。それなのにこっちは大損だよー。これは埋め合わせしてもらわないとなー」
『……恩着せがましいが、言っていることは事実だな。分かったよ、何をして欲しい?』
「うん。赤星の検挙とユナイト・ガード側に残っている黒死蝶の証拠や情報の消去、かな」
頬を膨らませぶー垂れる私に折れた竜兄に要求を突きつけた。かなり無茶なお願いだ。竜兄は唸りながら答える。
『それは……難しいぞ。後者はともかく、赤星の検挙の方は。話は把握しているが、赤星支社長は特に犯罪を犯した訳じゃ無いんだろう? むしろ被害者だ。それにユナイト・ガードは悪の組織対策で出来た組織だから、よしんば赤星の不正を見つけたとしても検挙は出来ないぞ』
「うん、普通はね。でも昴星官コーポレーション日本支社の地下から黒死蝶のものらしき証拠が大量に見つかればどうなるかな~? ついでに赤星支社長との関与を匂わせる証拠も一緒に見つかれば~?」
『……悪辣な奴め。証拠の偽造じゃ無いか』
竜兄の苦み走った声とは逆に、私は笑みを深めた。
赤星は、今回の騒動全ての元凶と言っても過言では無い。一応美月ちゃんが監禁していた場所から救出された筈だが、美月ちゃんが安心する為にも、私の個人感情的にも今度は豚箱にぶち込んでおきたい。しかしそれは困難だ。まず本人は犯罪行為を犯していないし、その上社会的地位もある。大企業の支社長ともなれば有能な弁護士もいるだろうし、賄賂なんかも使えばすぐに牢屋から出てこられるだろう。そして竜兄が言ったとおり、そもそもユナイト・ガードは対悪の組織として出来た組織なので、普通の犯罪者相手の逮捕権は持っていない。
だがそこで、昴星官日本支社の地下から黒死蝶と繋がる証拠が見つかればどうか? しかも赤星支社長にしか書けないような書類とも見つかったとしたらどうだ?
そんな物が見つかれば流石に投獄は免れない。加えて悪の組織がらみの犯罪に出来ればユナイト・ガードが大手を振って逮捕できる。新興だが強い権力を持つユナイト・ガードには賄賂なんかも通じない。哀れ赤星支社長は無罪を訴えても誰にも聞いてもらえず、牢獄行きだ。
「証拠はイザヤの力でいくらでも偽造できる。何せ本物の黒死蝶だしな。しかも実際、『赤星』は黒死蝶の犯罪に協力している」
『複製が、な。だがいいのか?』
「何がだい?」
『赤星の投獄云々は、美月ちゃんの願いという訳でも無いんだろう?』
「……あぁ、そうだ」
今算段している赤星の逮捕には、美月ちゃんは関与していない。イザヤによる偽の証拠造りも、別の名目を用意してやってもらう予定だ。ほとんどの証拠はローゼンクロイツで造ってしまうつもりでもある。
美月ちゃんには何も話していない。何故なら、
「美月ちゃんはもう、自分の所為で誰かに迷惑を掛けたくないと思っている。昴星官にもね。だけど赤星は怖くてたまらない筈だ。いつ自分を連れ戻しに来るか分からない……そんな風に怯えると思う。だからぶっ込む。これは、私個人の判断だ」
赤星がいる限り、美月ちゃんが真に安堵出来る日は来ないだろう。あんなに歪んでしまう元凶だ。美月ちゃんの心の中を、悪い意味で大きく占めている。だから権力を剥奪し、臭い飯を食ってもらう。それに……
「だってほら、ムカつくだろう?」
子どもを蔑ろにする親は、地獄に落ちてもらわないと気が済まないのだ。
私たちは本当の親を知っている。慈しみ、叱り、一緒に笑ってくれた本当の親子というものを知っている。だから許せない。子を愛さない親を。
『……ま、同感だな』
そして同じ親の元で育った竜兄も同じ気持ちだった。
『だが生半可な偽装だったらお前らの方を追っかけるからな』
「ははは、まさか。じゃあそういうことで」
通話を切り、私は独りごちる。
「……悪の組織にも、気に入らない悪はあるんだよ」
溜息と共に吐き出したそんな言葉は、誰にも聞かれることなく宙に溶けた。




