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「……改めて、ごめんなさい。貴女には本当に酷い事をしました」




 喫緊で終わらせなければならない最後の書類を打ち終え、ここ数日連続稼働していたパソコンの電源を落とす。暗くなったディスプレイに、疲れ目をほぐす私の顔が映り込んだ。


「やっと一段落か……」


 黒死蝶と決着がついたあの日から、三日経っていた。その三日間、私はずっと後始末に奔走していた。三徹だ。仕事は嫌いではないが、休む暇も無いのは流石に堪える。

 負傷した構成員の治療。囚われていた傭兵怪人の救出。同じく囚われていたヒーローを起きない内にユナイト・ガードの元へこっそり届けたりと、やることは多岐に渡った。今でもその中のいくつかは決着がついていないが、取り敢えず真っ先に終わらせなければならないことは今ので済んだ。


「ヘルガー、お茶……って、いないんだった」


 休み無く働いているのは私だけでは無い。ヘルガーやヴィオドレッドも三徹組だ。ヘルガーは傭兵怪人の取り纏め、ヴィオドレッドは失われた装備の補填に大忙しだ。特にヤクトの修繕が大変らしく、廊下ですれ違った時には酷い顔をしていた。サソリ顔なのに表情が分かるくらいに疲弊しているなんてよっぽどだ。


 椅子に背を預け、深く息をつく。頭がぼんやりする。思った以上に疲れが溜まっている。


「寝る……いや、その前に様子を見てくるか」


 思い立った私は椅子から腰を上げ、自分の執務室を出た。

 向かった先は何度もお世話になっている、足を向けては寝られない場所、医務室だ。


「どーもー」

「どうも、摂政様」


 医務室へと入った私の気の抜けた挨拶に応えたのは、ここの主である医療部門幹部プラチナムだった。体力の余裕が無い私は即座に本題を切り出す。


「お見舞いに来たから、いい?」

「いいですが、しかしあなたの方を看たくなりますね」

「はは、倒れたらよろしく~」


 過労気味の私に対するじっとりと湿り気を帯びた目線を躱し、医務室の奥へ続く扉へと手を掛けた。扉の向こうは重症患者向けの部屋で、病院の個室のような物だ。いくつかある中の一つを開くと、そこには三人の少女がいた。


「おや」

「あ、お姉ちゃん!」

「エリザ、来てくれたんだ」


 元気よく笑顔を向けてくれるのは愛しの妹百合。そして小さくはあるが嬉しそうに微笑してくれたのはベッドで上体を起こすはやてだった。この部屋ははやての病室だ。百合はどうやら、先にお見舞いに来ていたらしい。相変わらず優しい子だ。だが、三人目はちょっと予想外だった。


「君もいるとはね、美月ちゃん」

「……は、はい。その、百合に連れられて……」


 病室にいた三人目は美月ちゃんだった。突然現われた私の質問に対し戸惑いがちに返答してくれる。


「どうかな、ローゼンクロイツの客室は。地上のホテルに部屋を用意するよりは安全性が高いと薦めたものの……もし気に入らないようなら無理矢理にでも用意するが?」

「あ、いえ、大丈夫です。不自由はしていません」


 慌てたように首を振る美月ちゃん。三日間禄に話も出来なかったが、取り敢えず不安で痩せているということは無さそうだ。

 現在、美月ちゃんはローゼンクロイツ本部に滞在してもらっている。決着の日に不自由はさせないと宣ったが、流石に数日では用意しきれない。なので安全が確保されるまでは地下で過ごしてもらっている。もし不満を覚えているようならローゼンクロイツを総動員してでも地上に安全な部屋を造るつもりだったが、どうやら杞憂らしかった。まぁ彼女が良ければそれでいい。


「それでえっと……見舞い、二人でか?」

「うん、そうだよ。はやてちゃんが早く良くなるといいね、って」


 私の疑問に百合は頷いた。

 はやては、黒死蝶本拠地から逃げ、見事ローゼンクロイツ本部へとそれを伝えた。しかしはやて自身は無理な逃避行がたたり倒れてしまったらしい。私の救出作戦時にはまだ目覚めていなかったが、帰還すると同時くらいに意識が戻った。しかしまだ回復しきっていないので、ベッドで寝たきりの状態が続いている。それを励ますために百合たちはお見舞いに来たようだ。かくいう私も同じなのだが。

 だが、美月ちゃんがいることはまだ疑問だ。何故?


「あ……その、これを返しに来たんです」


 私の疑問の気配を悟ったのか、美月ちゃんはバッグからある物を取り出した。それは拳大の美しい琥珀色の宝石で、強い見覚えがあった。


「あぁ、そうか……」


 それははやての魔法少女としての力の源、アンバーだった。そういえば、黒死蝶に没収されていたんだったな。どうやらそれを元の主であるはやてに返しに来たらしかった。百合と一緒に来たのは、背中を押したりしたのかな。

 美月ちゃんは恐る恐るといった風にはやてにアンバーを差し出した。


「その……ごめんなさい。貴女を監禁したり、魔法少女として大事な物も取り上げてしまって……そしてそれ以上に、その……」


 一瞬美月ちゃんは口を噤んだ。それは言いたくないからでは無く、あまりの罪の重さに躊躇ってしまうからだ。だがそれでも口に出した。


「……貴女のトラウマを刺激するようなことをしまって、ごめんなさい」


 予言者としての美月ちゃんの所業で、一番はやてに対して残酷だったのははやての複製をしたことだ。しかもそれがはやての一番直視したくなかった、バイドローンのバイオ怪人としての可能性であれば尚更だ。アレを目にしてしまった瞬間、ショックのあまりはやては過呼吸で倒れ込んでしまった。

 心の傷を開くようなあの行為は、場合によっては精神的に再起不能になってもおかしくなかった。


「謝って許されるとは思っていない。けど、言わなくちゃと思って。……本当に、ごめんなさい」


 美月ちゃんは、深く深く頭を下げた。その様子は罰の執行を待つ罪人のようにも見えた。一方のはやてはじっと美月ちゃんの手の中にあるアンバーを見つめているだけで何も言わない。

 傍から見ていても重苦しい沈黙がしばらく続いた後、はやては口を開いた。


「……まず、エリザには謝ったの」


 あっ、と美月ちゃんは顔を上げた。その様子に険しくなるはやての表情を見て私は咄嗟に割り込んだ。


「まぁまぁまぁ! いやほら、私忙しそうにしていたから……!」


 事実、私用で会うことが出来ないくらい仕事に追われていた。はやてのことはずっと心配していたが、こうして見舞いに来ることが出来たのは三日目にしてようやくだ。なので美月ちゃんと話す機会も無かった。謝れなかったのは当然だ。

 だが私とは裏腹に美月ちゃんは悔いるように顔を歪め、懺悔するように絞り出した。


「……ごめんなさい。先送りにしてしまって……」

「いやいいって。というより、謝罪も別に……」


 いらない、と答えようとして、背後の怒気が強まった気配を感じる。ひぇっ、なんで自分より他人の謝罪を欲して、そして当人よりも怒るの……?

 遮ることが出来なかった所為で美月ちゃんの謝罪は続く。


「私は……っ、的外れな憎しみに目が眩んで、あなたたちを酷く、傷つけてしまった……っ! 償っても償い切れませんけど……それでも」


 今度は私に対して、美月ちゃんは深く頭を下げた。


「本当に、ごめんなさい!」

「ん、んんー、あー、いいよ」


 本当は別に気にしてないと言いたい。実際、気にしてない。監禁されている当時は如何に予言者をぶちのめしてやろうか頭を巡らせたものだが、相手が美月ちゃんと知れれば恨みもない。というかここしばらくの忙しさで上書きされ既に忘れかけている。

 だからいらん謝罪なのだが……しかしこれを受け取らなかったら背後の魔法少女が鬼か何かになりそうだ。なのでここは謹んで受け取っておく。


「まぁ、些細な行き違いだ。百合と仲直り出来た今、遺恨も無いしね。その謝罪はありがたくもらっておく。……君が自分を許せなくても、私は許すよ」

「っ、ありがとう、ございます」


 顔を上げた美月ちゃんの目端には涙が滲んでいた。隣でははらはらと百合が落ち着きなくしている。かくいう私も内心ではオロオロしている。しかし雰囲気を乱すわけにもいかないで、成り行きを見守る。

 次ははやての番だ。


「……改めて、ごめんなさい。貴女には本当に酷い事をしました」


 ……私はともかく、確かにはやてに対してしたことはちょっと許せない気持ちはある。さっきの私に対してのはやてと同じような感じだろう。だがこれは当人同士の問題で、仲裁してそれ以上に広げるつもりもない。だからどうなるかは、二人次第だ。


「……正直言って、私はエリザみたいに許せはしない」


 それは当たり前の話だ。もっとも辛いトラウマを具現化されて突きつけられる。そんな行為を簡単に許せるはずが無い。


「でも事情を聞いた今は、少し違う」


 だがはやての言葉はそこで終わらなかった。


「アンタが辛い境遇にいて、そこから抜け出したくて藻掻いたのなら……それはそれで、よかったと思う自分もいる」

「……え?」


 戸惑う美月ちゃんを前にしてはやては更に続けた。


「私も、苦しかった。それはアンタも私の記憶を覗き見たから知っているだろうけど」

「っ、はい……」


 イザヤの力で可能性の複製を造る際、美月ちゃんははやての記憶を垣間見ている。その中で一番辛い記憶を引き出したのだ。


「不自由で、希望なんてなくて、救われるまでは本当に苦しかった。だから……だから、そんな場所から抜け出せたのなら、私はそれを素直に祝福したい。自由になれたのなら、よかったと言いたい」

「はやて……」

「はやてちゃん……」

「辛い過去に囚われて共感も出来ないのなら、私は一生そのままだ。バイドローンの苦痛に怯えた、奴隷のまま。……だからこそ」


 そう告げたはやての表情には苦しみもある。突きつけられたトラウマはまだ消えていないのだろう。だがそれでも、


「許せるよう、努力したいと思う。きっとそれが、私も本当に自由になれる唯一の手段だから」


 はやては、拒絶では無く受け入れる道を選んだ。


「私からも、ようこそ、ローゼンクロイツへ」


 美月ちゃんの手をはやてはそっと優しく包み、アンバーを柔らかく受け取った。その手つきに憎しみによるぎこちなさは無い。はやては本当に、許すための一歩を踏み出したのだ。


「っ、っぅ、あり、がとう……っ」


 涙腺が決壊し、透明な雫がいよいよ零れ落ちる。百合はそんな美月ちゃんの肩とはやての肩を抱え、ぎゅっと引き寄せた。


「よかったよかったぁ! じゃあさ、はやてちゃんが治ったら三人でどっか遊びに行こうよ! 快気祝いってことで!」

「え? いや、謝れたけどそれは図々しいんじゃ……」

「私はいいよ。でもその時は快気祝いにパフェを思いっきり食べたいな」

「おーいいね! 私もスイーツ好き! 美月ちゃんもそうだよね!」

「あ、うん。でもどっちかと言うと和菓子の方が……」

「じゃーそしたらさ……」


 姦しく騒ぎ出した三人を置いて、私は病室を後にした。

 誰かに理不尽に奪われた青春を取り戻し始めた三人に、摂政様は野暮ってもんだ。

 その場をクールに去って寝るために自室に帰ろうとしたところで、プラチナムに声を掛けられる。


「……病室では静かにして欲しいんですがね」

「あっ、スミマセン」


 私はちょこちょこっと舞い戻り、声のトーンを落とすように言った。






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