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「美月ちゃんが、友達だからだよ!」




「――あ」


 弾け飛んだ黒い飛沫に、美月ちゃんは呆けたような声を上げた。

 それとは対照的に百合は重力を解除し喜びのままにヤクトに抱きつく。


「ヤクト! 来てくれたんだ! 怪我は大丈夫なの?」

「応急処置は済ませました。総統閣下にご心配いただくほどのことはありません」


 そういうヤクトだが、私には結構な損傷具合が見て取れた。私の義手と同じローゼンクロイツ製なので、壊れ方が何となく分かるのだ。だが機械音痴の百合は分かってないだろうし、言う必要はないので黙っておく。忠義者はかっこつけというのが相場だ。


「助かったよ、ヤクト」


 あのままではジリ貧だった。それをヤクトの質量という単純な攻撃がひっくり返した。高速飛行形態に変形出来るヤクトによる高高度からの一撃は百合クラスの防御能力が無ければ防げない。割と物理最強の可能性がある必殺技だな。

 私の礼に、ヤクトは律儀に答える。


「総統閣下の護衛に駆けつけるのは当然のこと。そしてまだ、終わっておりませぬ」

「あぁ、そうだな」


 頷いた私は頭上を見上げた。そこにはうつむいた美月ちゃんが浮かんでいた。拳を握りしめ、わななかせている。


「っ……どう、して」


 抑えきれない感情に震えるその姿は駄々をこねる子どものようだ。百合を守ろうと部下が駆けつける度にそうなる彼女に、何となく分かりかけてきた。


「分からないか、美月ちゃん」


 ショックを受けている美月ちゃんへ、私は更に追い打つ言葉を放つ。


「百合だからだ」

「っ!」

「妹だから、私は助ける。総統だから、構成員は従う。そして百合の人格を知っている人は守ろうとする。全部ひっくるめて百合だ。彼女の人徳だ」


 この結果は、百合が百合だからこそ生まれたものだ。そしてそれは、裏の意味も持っている。


「……そして、今君が追い詰められているのも君だからだ。百合を狙い、私を拐かし、傭兵たちを搾り取るために利用した。だから、今こうなっている」


 ここに至ってようやく、美月ちゃんの性格が見切れてきた。彼女は何かを求めている。それはきっと、私じゃなくて百合が持っているものだ。

 美月ちゃんが求めているのは、恐らく、


「確かに百合は遙かに恵まれているのかもしれない。だがそれでもひたむきに努力はしてきたし、百合にしか分からない苦悩もある。百合なりに頑張ってきた結果に、今は救われている。そして美月ちゃん、正反対だが君もそうだ」

「……やめて」

「君と百合は違う。だから――」

「やめて!」

「――君は、百合になれない」


 言い放った決定的な一言。それを受けた美月ちゃんは空中で呆然と立ち尽くした。

 ……きっと、美月ちゃんは百合に憧れたんだ。

 詳しい経緯は分からない。けど百合と、その周りの環境が羨ましくなった。屈託無い百合の性格と、それを作り出した温かな人々が。

 だから私を攫った。百合を支えている私が欲しくなって。

 だからローゼンクロイツを狙った。百合の持つ力である組織を。

 ……まるで子どもの我が儘だ。だが、そうしなければならない程追い詰められ、歪まされていたのかもしれない。

 なら悪は、彼女その物では無く、実行出来る力だ。


「美月ちゃん、じっとしていて、今、イザヤを――うおっ!?」


 その瞬間、足場が大きく揺れて私はバランスを崩した。見ると黒い蔦が大きく撓み、揺れている。所々が切れたり、消滅しているようだ。

 そうか、ジャンシアヌの複製が消えたから足場の消滅も始まったのか。このままだと危ない。


「百合、反重力で――」


 私と同じく足場に乗ったままの百合に空を飛ぶように言おうとして意識を逸らした瞬間、美月ちゃんが動いた。落下するような速さで百合に衝突し、そのまま抱えて足場から飛び出した。


「きゃあっ!」

「百合!」


 百合を攫った美月ちゃんが向かったのは、闘技場の壁。インクに戻すためにほとんど崩れた壁の隙間から滑り込むように中へと入っていった。

 すかさず私も電磁スラスターで飛び上がって追いかける。同じ隙間に入ろうとした瞬間壁が変形し、亀裂を塞ぎ始めた。


「何!?」


 咄嗟にスピードを上げて飛び込むが、塞がっていく速さに敵わない。このままだと迫る壁に押し潰される。

 万事休す。押し潰されることを覚悟した私を、背後からの衝撃が弾き飛ばした。


「うぐっ!? ――ヤクト!?」


 私を背後から蹴り飛ばしたのは、飛行形態に変形したヤクトだった。そのヤクトは私の代わりに、壁に挟まれて身動きが取れなくなっていた。


「ぐっ……拙は大丈夫です! 早く総統閣下を!」

「……分かった!」


 機械の身体を持つヤクトなら大丈夫と結論づけ、美月ちゃんを追う。

 内部は曲がりくねった複雑な道だが、幸いにも一本道だった。イザヤの羽音も微かに聞こえるから追跡は問題ない。

 しばらく追い、辿り着いたのは広間だった。天井の壁が崩れているのか、外の光が差して室内でも明るい。その中央で美月ちゃんは百合を投げ捨てた。


「百合!」

「ひゃっ!」


 すかさず滑り込んで百合をキャッチする。その様子を見た美月ちゃんはギシリと歯を鳴らした。


「……家族が、いないと……何も出来ないのが、百合、アンタでしょ」


 百合を見る目は相変わらず澱んだままだ。感情がぐちゃぐちゃになって、きっと自分でも何をしているのか分かっていない。ほとんど自失しているような状態だ。

 そんな美月ちゃんの視線を百合は真っ直ぐと見据えた。


「……確かに、そうだと思う。私一人じゃ何も出来ないし、みんな程すごくもない。……美月ちゃんにだって、勝っていると思うところは何一つ思いつかない。他の人が私の立ち位置だったら、きっともっとすごいことが出来たんだと思うよ」

「だったら!」

「でも!!」


 美月ちゃんを遮って百合は叫んだ。


「……それでも、紅葉家の末っ子で、ローゼンクロイツ総統の私は一人しかいないから。他の誰でも無い私しかここにいれないから」


 百合もまた、苦しんでいる。

 ローゼンクロイツの総統に選ばれて、悪の組織なんて嫌だって悩んだことだってあっただろう。私が百合の為に奔走することを重荷に感じたこともあったかもしれない。全部投げ出して別人になりたいと、そう思うことが皆無だった訳じゃ無い筈だ。

 でも、優しく在った。

 それが百合だ。


「いつかみんなを助けて、守れるくらいになりたいのは、私が紅葉百合だからだよ!」

「っっ!! どうして、お前は!」


 美月ちゃんが手を掲げると、周囲の壁の一部がインクに戻り、手の中で再び凝固する。そこにあったのは一振りの剣。漆黒の剣を振りかぶって、激昂のままに私たちへ迫る。

 私は抱えた百合を守ろうとして、しかしその手の中から百合は抜け出した。そして庇おうとする私を止め、美月ちゃんと向かい合う。


「お前は、私の欲しいものを全部持ってるんだ!!」


 刃が振り下ろされる。百合は丸腰だ。重力の渦も間に合わない。迎撃するために私は義手を構え、そしてそれよりも速く――百合が掌で受け止めた。


「っ、百合!」

「……大丈夫」


 思わず叫んでしまった私に対し、百合は平静に返す。手は……傷ついていない。刃は少しだけ浮いていた。重力か反重力で受け止めているようだ。

 そのまま百合は美月ちゃんの震える瞳を見つめ返した。


「……私は、美月ちゃんの方がたくさんのものを持っていると思ってるよ。勉強を頑張れるところとか、運動神経のいいところとか、こんな風に何かを為す行動力とか。全部、私にないものだから」

「だがお前は、嫉妬すらしない! どうして汚れない!」

「美月ちゃんが、友達だからだよ!」

「っ!?」


 驚愕に見開かれた美月ちゃんの瞳を真っ正面から見据え百合は断言した。


「そんなすごい人が友達だから、私は嬉しいんだよ! 美月ちゃんは、私の大事な、親友だから!」


 刃を押さえながら、二人は地面へ下降していく。地に足がついても、百合は力を緩めず刃を離さない。押さえつけるように、逃がさないように……抱きしめるように。


「わ、私は、アンタのことを……」

「最初から、恨んでたの? ずっと苦しめたいって、そんな風に思って近づいたの? ……そんな訳ない! そんな人と、友達になろうなんて、私思わない!」

「でも、もう友達なんて」

「言えるよ! 私は、言う! 美月ちゃんは自慢の親友だって言い続ける!」

「……百、合」


 百合が強く握りしめると、刃は溶けるように崩れ落ちた。それは百合が力尽くで壊したというより、美月ちゃんの攻撃の意志が弱まったからに見えた。

 残った柄を取り落とす美月ちゃんの震える肩を百合は優しく抱いた。


「本当のこと、話してよ」

「……わ、私、は」


 抱きしめられながら、美月ちゃんは零すように呟いた。


「私は……嫉妬、したんだ。百合、アンタに」

「……うん」

「か、家族に愛されて、誰にでも笑えるアンタが羨ましくて。だからアンタを曇らせれば、嫉妬させれば、気が晴れると思って」

「うん、うん」

「でも、アンタは、百合は、嫉妬なんかしなかった! ずっと綺麗なままで! ……だか、ら」


 美月ちゃんの瞳から涙が溢れた。透明な雫が堰を切ったように流れ出す。

 ずっと、我慢していたかのように。


「嫌いになったのは……私自身だ……」

「……そっか」

「私ばっかりが汚れているみたいで嫌だった……だから百合の綺麗なものを手に入れたら、綺麗になれる気がしたんだ……でも」


 美月ちゃんの手が、百合の背中に回った。攻撃か? 身構える私を余所に美月ちゃんがやったことは……百合を抱きしめ返すことだった。


「最初から無理だって、分からなかったんだ……」


 彼女はきっと、誰にも頼れなかったのだろう。だから自分の嫌悪に対して間違った手段を取ってしまった。間違っていることを教えてくれる人もいなかった。

 悪はきっと、その間違った手段を取らせた周囲だ。


「ごめん、なさい……百合、ごめん、ねぇ……っ」

「……うん。私も、ごめん。気づけなくて」


 互いの告げるのは謝罪の言葉。そしてそれは、この騒動を解決させる言葉。

 百合の胸に顔を埋めて咽び泣く美月ちゃんを見て、私はようやく戦闘態勢を解いたのだった。






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