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「君は、本当は何がしたいんだ! 百合を……どうしたい!?」




 出会った時から、百合は何でも持っていた。

 ひとりぼっちの(みつき)には無い、優しいものをたくさん。

 立派な両親、かっこいいお兄さん、そして過保護だけど愛情深いお姉さん。

 家は裕福で、飢えた事なんてない。身体が弱かったそうだが、その時も甲斐甲斐しく世話されて孤独を感じたことは無かったという。

 正反対だ。私とはまるで違う。

 だから――惹かれた。まるで誘蛾灯に釣られる醜い虫みたいに。

 それが自らを焼くことになるなんて知りもしないで。


 クラスメイトになって親しくなって、私と百合はすぐ友達となった。過保護なお姉さんのお眼鏡にも私はかなったようで、すぐにクラスで特に仲のいい二人組という称号を手に入れた。人を傷つけるようなことをしない百合と一緒にいて、諍いが起こることは皆無だった。居心地は、良かったと思う。

 それでも親しくなればなるほど、気に入らない部分が目に付いた。

 勉強好きで、成績はトップクラスに優秀。身体が弱かった所為で運動は得意では無いけど、その分身体を自由に動かせる喜びを全力で楽しんでいて、体育の時間はいつも人気者。誰にでも分け隔て無く優しくて、悪意というものを知らない、想像もしない人格者だった。

 一方の私は、正反対だ。

 勉強は好きじゃない。知識は大嫌いな人間の所為で無理矢理詰め込まれたから。運動も好きじゃない。無駄に動いてもお腹が減るだけだと貧乏の中で思い知っていたから。優しくなんて、悪意を持たないなんて、そんなこと出来ない。出来る筈が無い。

 まるで光と闇。白と黒だ。


 段々一緒にいるのが辛くなった。百合の清廉な輝きに、私の中の醜悪さが照らされているみたいで。

 ならいっそ、百合の醜い所を暴いてやりたくなった。だって不公平じゃ無いか。私ばかり惨めな思いをするなんて。

 だから嫌いな勉強をして、百合の成績を追い越してやった。そうすれば悔しがるだろうと思って。

 けど百合は素直に私を祝福するだけだった。成績なんて彼女にとってどうでもいいものだった。

 運動でもトップを取った。最底辺の百合との格差を明確にする為に。

 それでも彼女は私を褒め称えた。百合の中に嫉妬という感情は皆無だった。

 優れようとする程、彼女の優れた部分が浮き彫りになる。

 ただ劣等感と屈辱が増していくばかりで、気持ちいいことなど何も無かった。


 そんな黒い物を抱えて親友生活を過ごしていると、百合は急に学校に来なくなった。

 悪の組織、ローゼンクロイツの総統に選ばれたからだ。しかしその時の私は知る由もない。

 それを知るよりも早く、私にも運命の分岐点が訪れた。

 父の、赤星の命令が下る。

 私は、名も知らぬ男に嫁ぐことになった。






 ◇ ◇ ◇






 美月ちゃんのイザヤの力によってインクから生み出された黒いジャンシアヌは、完全に形が固まると同時に落下を始めた。当然だ、ジャンシアヌに飛行の力は無い。だから落ちていく途中に蔦を伸ばし、未だ形を残す壁の一角にぶら下がった。ジャンシアヌの形態の一つ、蔦を操るガーベラフォーム。臨機応変に四つの力を使い分ける、ジャンシアヌの最も厄介な能力。


「なんてこったい……」


 間違いない、ジャンシアヌだ。非常に厳しい相手を複製されてしまった。確かに私の良く見知った相手だ。複製するのに記憶が重要だというのなら、これ以上無く作りやすい奴だろう。

 だがよりにもよって……。私は背に庇った百合をチラリと見る。


「あれって、ジャンシアヌ、ってヒーローだよね……」


 現われた黒い銃士に対して身構えている。だが、よく知りもしない相手を前にした戸惑いの表情も浮かべていた。それもその筈。百合にとってジャンシアヌは初見の相手。今まで私の提出した記録の中でしか見たことが無い筈だ。対面の経験は無い。そしてそれは、私が恐れ遠ざけていた事態でもある。

 当たり前だ。百合とジャンシアヌ――竜兄を戦わせる訳にはいかない。戦いの最中で竜兄の正体が知れればどうなるか。実兄と戦わなくてはいけない苦しみで百合の心は深く傷つくだろう。敵同士になっての戦いも私と竜兄の間でならじゃれ合いと大差ない。しかし優しい百合にとっては酷い苦痛になる。竜兄もそれが分かっているから、百合の前には姿を現さない。

 だからこの対面は現実で決して起こってはいけない事態だ。例え複製とはいえ、だ。出来ることなら戦わせたくは無い。


 しかし……私一人では叶わないのも事実。

 相手は、複製だ。本物じゃない。割り切れ。現実を見ろ。


「百合! ……お願い!」


 迷いを振り切った私はその場で上昇し、百合の前から消えた。百合とジャンシアヌの間に射線が通る。


「! うん!」


 私の意図を察した百合は即座に手を掲げ半重力を使う。しかし反応が少し遅い。それは戦い慣れていないが故の遅さだ。

 対するジャンシアヌは歴戦のヒーローだ。だから射線が開いた瞬間に行動に移っていた。サスツルギ状の突起に器用に立ち、タリスマンを素早く切り替える。

 百合の強力な半重力と、空中に出現した十数のマスケットから放たれた銃弾がぶつかり合う。

 ジャンシアヌのマスケット、リリィフォームの火力は実体験として知っている。だからこそ、その威力が鮮明に想像できる。

 無数の火線と目に見えない反発力の対決。その軍配は、百合に上がった。


「うおっ、マジか」


 思わず感嘆した。予想以上の力だ。やはり百合の戦闘能力は凄まじい。不可視の力場が銃弾を弾き、マスケットまで吹き散らかした。ジャンシアヌも体勢を崩す。

 隙だ。すかさず攻めて決着をつけようと意気込む。そんな私の鼻先を、ムカデの顎が過ぎ去った。機先を挫かれた私はそちらへ注意を向ける。


「くっ、互いに遊びは無いか」


 下手人は当然、美月ちゃん。流石にこの窮地においては複製だけに任せるという訳にはいかないらしい。


「だけど好都合だ。そっちがそう来るなら!」


 イザヤを倒せば全て解決するのだから。

 電磁の翼を翻し、美月ちゃんへと接敵する。振るわれた白刃は黒い蜷局に阻まれるが、更に力を籠めて押し込んだ。ムカデの身体越しに、美月ちゃんと目が合う。


「……っ! まだ、戦う気があるんですか、百合なんかの為に!」


 私に吠えるが、どことなく覇気に欠けていた。

 相変わらず、私に対しては敵意の曖昧な目をする。


「ならどうして、私を一息に潰さないのかなっ!」


 押し込んだ刃が弾かれる。その隙を逃さず牙を剥くムカデをいなしながら、私は美月ちゃんに問いかけた。


「百合の餌だから? ならもう用は済んだ筈だ! 百合の曇らせたいというなら、それが一番速い!」


 そうだ、疑問だった。

 先程美月ちゃんはずっと百合の顔を歪めたかったと言った。百合に絶望を与えたかったと。だがそれが目的なら、私を殺すのが一番手っ取り早い。

 私は百合より脆弱で、何度も手の中に落ち、イザヤの全力を傾ければ容易く磨り潰せる相手に過ぎない。百合本人を狙うよりも格段に楽だ。百合をこの場におびき寄せる釣り餌としての役割はあったのだろうが、それならば百合がこの場に訪れた時点で潰してしまえばより百合を絶望の中へ落とすことが出来ただろう。我ながら嫌な考えだが、私が逆の立場ならそうする。本当に我ながら嫌な考えだが。

 なのに、そうしない。敵意は百合だけに向けて、私にはどこか手加減している。

 百合以外の人間を巻き込みたくないのか? それもおかしな話だ。本当に百合を心の底から恨んでいるなら、なりふり構わずに百合を追い詰める手を打つ筈。私を生かそうとする時点で、その憎悪にズレのようなものを感じる。

 良心? いや、それも違う気がするが……。


「君は、本当は何がしたいんだ! 百合を……どうしたい!?」

「っ! うるさい!」


 激昂し、美月ちゃんはインクを操作する。

 ムカデが増えた。合計三匹になったムカデが私に襲いかかってくる。


「くっ、邪魔だぞ……!」


 一匹になら捌くのも簡単だったが、三匹となると厳しい。一気に決めるためにサーベルに紫電を纏わせる。


「超電磁ソード!」


 振るった刃が一匹のムカデの頭を切り落とす。やはり超電磁ソードは有効だ。


「道を空けろ、虫ケラ!」


 すかさず二刀目でもう一匹の胴体を両断する。二匹はインクに弾け、下に向かって降り注ぐ。


「これ、でぇ!」


 三刀目で決着を、しかし逸った。

 サーベルの切っ先を黒い蔦が止めた。


「っ、ジャンシアヌ!」


 超電磁ソードを止めるほど硬質な蔦を扱う奴など、一人しか知らない。またいつの間にかガーベラフォームに戻っていたのか。

 そう思い振り返った私は、大砲と反重力がぶつかり合う光景を目にした。


「なっ」


 衝撃波で姿勢が崩れる。しかし目の前で起こっていることの方が余程衝撃的だ。


「そこまで再現するのかよ、イザヤは……」


 蔦だけじゃない。剣、銃、盾すらも操る万能の形態。


「オールブーケ・フォームかよ……!」


 最強のジャンシアヌが、百合と対峙していた。






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