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「イザヤを殺す。それで全部終わる」




「……はしゃぎすぎたかな」


 久々のかっこいい場面だから放電多めにしてしまった。私が一撃で敵を倒せるなんて珍しい。兵士がインクに戻っていく様にそんなことを思いながら、抱きかかえた百合に目を落とした。


「大丈夫? 百合」

「お、お姉ちゃん……なんで」

「部下のおかげさ」


 どうやって脱出したのか。それを問いかける目線を察して朗々と答える。


「百合が頑張ってくれている間に助けてもらったのさ。まぁ、一人は部下予定だが」


 その言葉と同時に私の両隣に人影が進み出る。一人はこの場に最初からいた者、ヴィオドレッドだ。彼の毒が私の拘束台を溶かし、脱出に成功した。だがそれにはもう一人の人物が必要だった。


「紹介しよう。部下予定の方のコールスローくんだ」

「部下予定ねぇ、待遇次第だな」


 そう言って脱走仲間、コールスローは肩を竦めた。

 私が助かったのにはコールスローの活躍もあった。というのもこの闘技場の内部は入り組んだ形をしていたからだ。百合は外から真っ直ぐと中心まで来られたようだが、私の拘束台に続くまでの通路は非常に難解な迷路となっていた。予言者、いや美月ちゃんも私が奪還されることを警戒していたということだ。

 ヴィオドレッド単体では私の元へ辿り着けなかっただろう。そこで現われたのがコールスローだった。私たちを見捨て――もとい別れて逃げ延びたコールスローはしかし義理を感じてはくれたのか、森に潜伏し隙を見て闘技場に侵入。内部構造を把握してくれていた。その案内のおかげでヴィオドレッドは私の元へ辿り着き、解放の至ったという訳だ。


 解放された私がやるべき事は一つ。この事態の収拾だ。


「さて、予言者改め美月ちゃん。悪いがこの場は私が預からせ――」

「お姉ちゃん!」

「うおっ」


 美月ちゃん相手に啖呵を切ろうとしたところを百合に抱きすくめられる。


「お姉ちゃん……ぐすっ、よかった……」


 ……あぁ。

 涙混じりの震える声を聞いて、私は百合の頭を優しく撫でた。


「ごめんね、怖い思いをさせて」

「……うん。怖かったんだよ? お姉ちゃんがいなくなったらって」


 そうだ。この涙は全部私の所為だ。この子が笑顔でいられるよう頑張る筈だったのに、私が一番泣かせている。

 私は駄目なお姉ちゃんだ。百合の為といって奔走して、結局心配掛けて。どうしようもない姉だ。

 だけど、それでも私は。


「……もう少しだけ待ってね」


 それでも私は、百合の為に命を使う。

 百合から視線を逸らし向き直った先には悔しげに歪んだ少女の貌。私の前ではいつも穏やかそうな表情を浮かべていたとは思えない程、焦げ付くような激しい感情を露わにしていた。


 予言者の正体が美月ちゃんだと知れば、今までの黒死蝶の不可思議な動向に納得できる部分が出てくる。

 何故昴星官の系列を狙ったのか? それはマッチポンプだ。自分の父親の会社を襲わせ、ローゼンクロイツに救援依頼を持ち込むための自作自演。支社の地下に複製がいたのも自分で潜ませておいたからだ。あそこまで強い権限を与えられていたらそれも余裕だろう。

 私を攫い、そして拘束するだけで何もしなかったのは? それは狙いが私では無かったから。始めから予言者の目標は百合で、私やローゼンクロイツは余録に過ぎなかった。私を傷つけるつもりは最初から無かった。ただ百合から引き離すことで戦力的にも精神的にも削ろうとしただけで。


 だがまだ分からないことも多い。どうして実の父親である赤星支社長を複製にすげ替える必要があったのか。どうしてその父の会社に大損害をもたらすような策をわざわざ選んだのか。そして……どうして親友である筈の百合にここまで強い憎悪を抱くのか。

 疑問は多い。だから引き出す。


「やぁ、美月ちゃん。いやはや遺憾だね。妹の親友に今まで気付かなかったのだから」


 本音だ。よく見れば予言者の扮装は黒いコートを着込み、ただボイスチェンジャー付きの仮面を被っていただけ。体格などは美月ちゃんのままだ。それなりの観察眼を自負しているつもりが情けない。あるいは、美月ちゃんは最初からそんなことはしないと思い込んで無意識に候補から外していたのかな。

 私の溜息交じりの言葉の中、美月ちゃんは親友という部分にピクリと反応した。


「そう、ですね。聡明なエリザさんらしからぬミスだと思いますよ。妹の言葉を鵜呑みしすぎたのがいけないんじゃないですか?」

「こればかりは性分だからな。家族に盲目的なのが私の血筋だ」


 手痛い指摘に、改めるつもりはないと意思表示する。私はそういう生き物だ。変える気も変えたいと思う気もない。


「さて悪いけど……引け、とは言えないな」


 私はそう美月ちゃんに言いながら右手を横に伸ばした。横からヴィオドレッドが棒状の物を差し出し、それを掴む。

 百合を優しく離して両手で持ち、スライドさせる。現われたのは刀身だ。

 サーベル。アル・カラバで蝉時雨からもらった(徴集した)物ではない。装備部門の長であるヴィオドレッドが開発させた、新素材の刀身。電撃と合わせて攻撃力を高めてくれるという。私の為に持ってきてくれたらしい。ありがたい。

 私はそれを右手で軽く持ち正眼に構える。切っ先の向こうには美月ちゃんを捉えて。


「ここで引かれても黒死蝶の脅威は消えない。力を蓄えればまた百合を襲うかもしれない。だからイザヤを殺させてもらう」


 イザヤの強みはインクさえあれば無限に戦力を整えられる点だ。適当な怪人一人を捕まえるだけで相当数の複製怪人を生み出せる。インクの調達もそう難しいことじゃない。ここで逃がせば、今度は今以上の戦力で攻め込んでくるだろう。

 ここで決着をつけるしかない。勿論美月ちゃんを傷つけたい訳じゃない。百合の友人……いや、もうそう言っていいか分からないが、それでも美月ちゃんを害することは私も百合も許せない。

 イザヤを殺す。それで終着させる。


「美月ちゃん。君に何があったかは分からない。だがもう限界だろう。インクの総量はもう無い筈だ」


 地面に染み込んでいくインクを眺め、そう諭す。

 イザヤの力はまだ謎が多いが、分かっていることもある。

 一つはインクの再利用は不可能なこと。一度敗れインクに戻った複製を復活させることは無い。出来ればさっさとやっている。なので闘技場の地面に大量のインクが広がっていても、それを使うことは不可能だ。

 もう一つは美月ちゃん自身からも自分がよく知っている存在しか複製出来ないということ。過去の複製は知人の記憶からしか作れないという制約を美月ちゃん自身も受けている。怪人たちを出すことは出来ない。いつも美月ちゃんが作り出していたあの兵士たちはおそらく美月ちゃんが知っている部隊なのだろう。昴星官の警護部隊。そんなところか。


「恐ろしい力でも、源が無ければ何も出来ない筈だ」


 だから三人程度しか兵士を生み出せなかった時点でイザヤの底は見えていた。いつもなら最低でも1ダースぐらいは出てくる兵隊がそれだけしか出せないのなら、もう本当にインクが枯渇しかけているということだろう。


「諦めなさい。イザヤさえ倒せれば後はもうどうもしない」

「……でしょうね。貴女は……興味が無い」

「うん?」


 美月ちゃんは一歩下がる。逃走か? だがヴィオドレッドが通信機にしきりに話しかけている。恐らくは下水道から出てきた部隊がやっと来たのだろう。この闘技場を囲うように展開すれば、逃げ道を塞げる。

 問題ない。そう判断して美月ちゃんの会話に応える。


「興味が無い、とは?」

「貴女は百合以外に興味が無いんだ。他の全部がどうでもいいと思っている」

「それは……違うつもりだが」


 美月ちゃんの指摘に苦い顔をしてしまう。

 確かに私は百合が優先だ。末っ子の百合を守るのが次子の私の使命だと思っている。だがかといって、それ以外に興味が無いというつもりは無かった。

 だが、断言は出来ない。自分ではそう思っていても実際には違うのかもしれない。私が興味があると思い込んでいるだけで、本当は誰にも興味を持っていないのだろうか。それは精神の深淵の部分で、自分でも計り知れない。だから表情を歪めてしまう。指摘されても違うと言い切ることは出来なかった。


「……だとしても、君を無暗に傷つけるつもりが無いことは本当だ。イザヤを差し出してくれ」


 私はもう一度諭すように言った。これで聞いてもらえなければ……捕まえるしかない。ヴィオドレッドに視線を送る。何か妙な動きをしたら即時拘束するという合図。


「イザヤを殺す。それで全部終わる」

「……嫌です」

「そうか……」


 手荒なまねはしたくなかったが。否定の言葉に私は諦めて手を挙げた。美月ちゃんを拘束するためにヴィオドレッドが進み出る。

 だがその甲殻の手が美月ちゃんに届くその寸前、ふわりと遠のいた。


「! 飛んだ!?」


 美月ちゃんは空へと浮かび上がった。その背にはイザヤの翅が広がっている。背中に張り付いて持ち上げているのだ。

 しまった、確かにイザヤは蝶の姿をしている。だがあの頼りない姿で人を持ち上げられるとは。

 まずい、逃げられる!


「勘違いしているようなので訂正しておきますよ、エリザさん」


 だが美月ちゃんはそのまま空の果てに消えることは無かった。飛び上がって触れたのは闘技場の壁だった。


「貴女は一度溶けたインクは再利用できないと推測したようですね。それは確かにそうですが、逆に言えばインク人間にしていないインクならまだ再利用出来る……」

「何、まさか!」


 私はハッと周囲を見渡した。この闘技場、何かの複製では無くただ大量のインクを固めただけの物か!


「インクに過去未来を映し込むイザヤが、その前段階であるインクを操ることが出来ないなんて、あり得ないでしょう?」


 黒い壁が蠢く、否、崩れる。

 渦が固まっていたような外見の闘技場は今、正に渦そのものになろうとしていた。

 この闘技場全てが、余力!


「まだ負けない。百合……アンタの顔をもっと歪めるまでは!」


 私を拘束する必要の無くなった闘技場を力に変え、第二ラウンドが始まろうとしていた。






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