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「……お前は、幸せで、力もあって」




 雷竜は電磁の翼を広げて舞い上がった。開かれた顎門から紫電の奔流が私目掛けて迸る。


「っ!」


 回避するも、ギリギリだった。動きに少しぎこちなさが出てしまった所為だ。いつも飛行する際は高速移動形態に変形したヤクトの背に乗るので自力で飛ぶことそのものに慣れてない。

 逆撃に重力を叩きつけるが、竜は落ちない。出力が低い。私は内心で歯噛みした。

 反重力を使用している時は、重力を全力で扱えない。真逆の性質を持つ重力は干渉し反発し合ってしまう。だから反重力で飛んでいる今、全開の重力場で押し潰すようなマネは出来ない。

 失敗したかも。そんな思考が一瞬掠めるけど、そんなことはない。姿形は違ってもあの雷竜はお姉ちゃんだ。私の普通の戦い方は全て読まれると思った方がいい。だったら、私自身も慣れないような戦法の方が勝ち目がある。


「反重力……そうだ」


 重力が使えないなら反重力を頼ればいい。そんな当然の帰結を思いついた私は攻撃を反重力を使用した物に切り替えることにした。

 闘技場の壁、その一角を反重力で打ち崩す。サスツルギのように尖った一部の壁はバラバラに壊れて破片となり、私はそれらを弱い重力で捕まえた。破片は鋭く尖っていて、今はまだインクに戻る様子も無い。使える。


「行って!」


 重力で照準を合わせた破片を反重力で撃ち出す。いくつもの破片は雨霰のようになって勢いよく竜に向かっていく。真っ直ぐに飛来した破片は巨大な胴体に突き刺さった。ただし、一部だけ。ほとんどは竜の鱗に弾かれてダメージになっていない。


「うっ……でも当たった、このまま……ってうわ!」


 手応えを感じていた私を戒めるかのように雷が奔る。例えダメージが小さくても破片での攻撃を嫌ったのか。蜷局を巻いた雷竜が発生させた多方面への雷撃。広い範囲へ及ぶ驚異的な攻撃、だけど。


「全方位……じゃない。死角がある」


 わざわざ蜷局を巻いてから雷を放射した。しかも全方位ではなく、上下へ拡散した雷は薄い。そう気付いてみると、雷は背中の水晶からしか発していなかった。

 どうやら雷竜は身体のどこでも雷を発生させられる訳ではないようだ。口、そして水晶。ここからしか雷を起こせないらしい。

 お姉ちゃんは身体に四つ埋め込んだ発電機関で電力を生み出していた。お姉ちゃんが基になった存在なら、そこから大きく外れることは多分無い。発電させられる場所は限られているということ。それが背中と口。


「つまり……お腹側が弱点!」


 私は距離を詰めるべく雷竜に向け加速した。目指すは懐。そんな私の目標を察知したのか、雷竜が大きくうねる。視界に長い胴体が飛び込んでくる。身体全体をしならせた体当たり!


「負け、るかぁ!」


 掌に反重力を発生させ、押し返す。雷竜の巨体と私の反重力が拮抗し、やがて互いに弾き飛ばされた。

 飛行にリソースを割り振っているとはいえ、互角。巨体はその存在その物が脅威。


「リィイイィィ!!」

「っ!」


 雷竜の顎門が開き、慌ててその射線から退避する。私が過ぎ去った空間を一条の雷が貫いた。雷雲から落ちたかのような威力。あのブレスを今受けるとちょっとまずい。反重力を纏って飛行している今の状態では防御のフィールドを張ることが出来ない。当たればすごく……痛そうだ。

 だからその分機動する。動き回って攪乱し、隙を見つけて潜り込む。……私よりもお姉ちゃんが得意そうな戦法だ。


「グ、ルイィィ……」


 雷竜を囲うような軌道で舞う私を捕捉しきれず、紫の瞳が迷うように巡らされる。それでも決定的な隙は見せない。お姉ちゃんらしい、自分の弱さを理解している慎重さ。でも私はお姉ちゃんのもう一つの側面を知っている。


「……ルイイイィィ!!」


 動く。身体を蜷局に巻き、多包囲への雷撃。お姉ちゃんは状況が膠着した時、自分で動いて打開しようとする。だから必ず向こうからアクションを見せると思っていた。

 お姉ちゃんが私を知っているように、私もお姉ちゃんを知っている。


「やあああぁぁ!!」


 幾多もの雷の線が迸る。私はそこに敢えて飛び込んだ。

 数えるのも億劫になる雷の数。普通ならそのどれかの餌食になる。だけど、私の強化された身体能力、その五感なら!

 目で捉え、耳で聞き咎め、鼻で予測し、肌で空気の震えを察知する。味覚すら、雷の残滓を感じ取る。

 私の力は、総統紋の力はお姉ちゃんが認めた力だ。私は私以上にお姉ちゃんを信じてる。だから、強いって知っている!


「ここ、だぁっ!!」


 蜷局の隙間。胴体と胴体の間。竜の巨体と比べて小さな私の身体は、その間隙をすっぽりと通過した。


「グ!?」


 懐に入られた雷竜が慌てるが、もう遅い。


「……ごめんね。偽物だって分かっても、でもごめん」


 反重力を解く。本物の地球の重力に引かれて落下するより早く、力を解き放つ。

 雷竜は本物のお姉ちゃんじゃない。そして命がある訳でもない。だから胸の内をチクリと刺す痛みを無視して、全力を出す。

 さっきは防御に使った渦のフィールド。それを全開で解き放てばどうなるか。


「これが私の――メガブラスト!!」


 不可視の竜巻が巻き起こった。

 重力の波が回転し、螺旋を描いて上下に伸びる。生じた斥力が光を歪め、微かに光って見えた。


「グ、ギャ……!」


 竜の身体が引き絞られる。竜巻に巻き込まれ、捻れていく。強靱な鱗がそれを押しとどめても、重力の竜巻が持つ力は私の全力。氷雪機神を潰した力がそのまま雷竜の全身を引っ張り、ねじ曲げ、そして――


「ギャ、アアァァアァァァ!!」


 引き裂いた。

 まるで限界を超えて引っ張られたゴムが千切れるように、竜の身体が音を立てて千々に裂かれていく。首が、手足が、尻尾が。小さな破片になるまで重力の力でズタズタにされ、竜巻に呑まれ四散する。


「………ギャ」


 竜巻を舞う竜の頭、雷竜の、いやお姉ちゃんの瞳と一瞬目が合う。

 そこに籠められた感情は分からない。でも、助けた後でお姉ちゃんに聞けばいい。

 その為に私は、雷竜(おねえちゃん)を倒したんだから。


 重力の竜巻が弾け、消え去った。落ちるより早く反重力を纏い、空に留まる。

 空を見上げれば、黒い水滴が頬を濡らした。雷竜の死骸がインクに戻り、降り注ぐ。

 私はどことなく感傷的な思いでそれを見上げ――下から聞こえた怨嗟の声に向き直る。


「お、前は……お前はどこまでも……!」


 マスクの下から響く機械で歪められた偽の声。でも音に乗った憎しみは偽物ではあり得ない。

 本物の憎悪を浴び、それでも私は怯まずに怒りに肩を震わす予言者の前に降り立った。


「もう終わりでしょう。あなたに、もう力は残されていない筈」


 あれば先の攻防で邪魔している筈。それは私にとって煩わしさを煽るだけの結果に終わったかもしれないけど、余力があるならやらない理由が無い。それをしなかったということは、もう予言者に戦う力が、恐らくはインクがもう残されていない。

 予言者に一歩ずつ近づいていく。逃げるかと思ったけど、その様子は無い。私は途中で地面に落ちていた、私の飛ばした黒い破片を拾い、至近距離まで詰めた予言者の眼前に突きつけた。

 黒い仮面が、目の前にある。この人を捕らえれば全部終わる。


「降参して。もう勝ち目は無いでしょう」


 降伏勧告。これでこの戦いは終わり――になる筈だった。私の中では。

 予言者は、まだ諦めていなかった。


「……いつも、いつもお前は自分が正しいなんて顔して。自分が中心だと勘違いして、私の気持ちを、知らずに踏み躙って……!」

「? 何を……?」


 訳の分からないことをまくし立てられて、困惑する。この人は、何を言っているの?

 混乱する私とは対照的に、予言者はその勢いを増していく。


「お前さえいなければ! 幸福なお前さえいなければ! 私は! こんな気持ちに――!」

「っ、寄らないで!」


 咄嗟に私は手にした破片を横凪ぎに払った。反撃されることを恐怖した、反射的な行動。人間を傷つけてしまうかもしれないその行為に一瞬肝が冷えたけど、それは杞憂に終わった。

 破片の一撃は、仮面を弾くだけに終わった。


「……ふぅ……大人しくして。お姉ちゃんを解放して、それから――っ!?」


 誰かを傷つけなくて吐いた安堵の息も、この場を終わらせる為の説得も、その瞬間に忘れる。

 仮面の下、予言者の顔の下には、私が予想だにしない素顔があった。


「……お前は、幸せで、力もあって」


 機械を通さない生の、女の子の声。少し大人っぽくて、私がいつも憧れた声。

 目に映るものが、信じられない。だって、その顔は。


「いつも私には無いんだ。だから憎いんだ」


 そこにいたのは、私の親友、その筈の、


 ――夢見崎美月の憎悪に歪んだ顔があった。







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