「正確に言えば、反重力!」
「ルィイィィィ!!」
雷竜が吠えた。すると背中の水晶から雷が迸り、周囲を無差別に攻撃する。その雷を前にしても、私の脳は呆然と止まっていた。
お姉ちゃん、お姉ちゃんだ。姿形があまりに違いすぎるけど、もう私には疑いようも無く断言できる。姉妹の絆が、疑うことを許さない。
本物じゃない、複製だ。この竜を倒してもあそこで縛られている本当のお姉ちゃんが傷つくわけじゃない。でも……。
「リィイィィ!」
「くっ!」
ヴィオドレッドが毒を飛沫にして飛ばす。けど竜は紫電を身に纏い、弾いた。電磁シールド。お姉ちゃんの技。
……胸の内が強いショックで揺さぶられる。竜がお姉ちゃんらしい動きを見せる度にその衝撃は大きくなっていく。
目の前の複製は未来の姿だという。いつか辿り着く姿。お姉ちゃんが、こんな化け物に成り果てるという啓示。その事実に打ちのめされ、まともに戦えない。
「総統閣下!」
ヴィオドレッドの警告。雷の一部が私目掛けて飛んでくる。しかし私は避け損ねて、雷は見えない壁に当たって弾けて消えた。
重力のバリアはまだ解除していない。その壁に阻まれて雷は届かない。だけどそれ以上のアクションが、起こせない。
そんな私に、予言者が追い打つ。
「仰天したかい!? そうさ、この竜は君の姉、紅葉エリザのなれの果ての一つだ! 数あるその中でもコレは最強と言える! どんなに求めても足りない力を求めて、改造室の施術を片端から受け続けた姿だ! 恐ろしいだろう、醜悪だろう! 人の形を失い、言葉すら無くしてなお戦う、哀れな雷竜! お前がこうさせるんだ!」
「そん、な」
お姉ちゃんが、いつかこんな恐ろしい怪物に成り果ててしまう。私の所為で。
私が総統に選ばれたから、お姉ちゃんは戦いに身を投じた。
私の代わりに戦うために、お姉ちゃんは力を欲して改造を受けた。
私を守るためにヒーローに挑み、計略を謀り、危険な目に何度も遭った。
あの姿も、私の為に。私のために力を欲して。お姉ちゃんはいつか……あぁ成り果てる。
「う……あ……」
竜の雷はまだ止まない。紫電が雨のように降り注ぐ。私には重力の壁に阻まれて届かなかったけど、ヴィオドレッドは追い込まれていた。
「くおっ……! 総統閣下!」
あまりの雷の量に近づかない。ヴィオドレッドは後退せざるを得ず、竜から離れていく。
闘技場の中心には私と竜、そしてその足元で守られるように立つ予言者だけが残った。
「ふふ……あはは」
笑いを堪えようとしてそれに失敗して、予言者のマスクの下から嘲笑が漏れている。やがて耐えきれなくなったのか、予言者は肩を震わせて悶えだした。
「あははは……! 複製だってのに、本物じゃないってのに、こぉんなにショックを受けて! あはは! 笑っちゃうよ! 自分がどんなに恵まれていたのか知らないから! こうなるんだよ!」
悦楽、愉快、嫉妬、憎悪。入り交じった感情のままに予言者は嗤う。
私はそれを、半分も聞いていなかった。それだけお姉ちゃんがあぁなる可能性があるということがショックだった。自分の決意が、選択が、お姉ちゃんを追い詰めてアレに至る。それが私には恐ろしくて。
「……なんとか言いなよ」
無反応な私に業を煮やした予言者が片手を振るう。イザヤの力で支配された雷竜が鎌首をもたげ、再び口の中に雷電を溜め、発射した。強烈なブレスが私の重力壁を襲う。
重力の壁はまた雷を弾いた。しかし今度は綻びが生まれる。何度も受けていればそうもなる。早急に修復か、解除して張り直す必要がある。
それでもやはり、動けない。
「……そんなにショックならさぁ! ひけらかさなければよかったんだよ! 肉親に恵まれてるってさぁ!」
雷がまた壁を打つ。朝日を浴びたかまくらのように壁が崩れ始める。そして幾度か目のブレスが、重力の壁を完全に消し去った。無防備な私に雷が迫る。
私は……私は……。
「百合いいいぃぃぃぃっ!!」
聞こえた叫びにハッと顔を上げた。振り返った先にいるのは、あまりにも遠くにいるお姉ちゃん。声が聞こえるはずは無いのに、確かにその叫びは私の耳朶を打った。
その瞬間、重力の波が雷を押し返す。
「なっ!」
予言者の驚愕した声が聞こえる。私も驚いている。今のは無意識の行使だ。茫然自失になっていた私の意思ではない。この力を使わせたのは……お姉ちゃんだ。
「そう、だよね。ここに来たのは、お姉ちゃんを助ける為だもんね」
いつまでもショックを受けている場合じゃない。まずは本物のお姉ちゃんを助ける。そうしなければ、未来その物が無くなる。
「……分かったよ、お姉ちゃん」
私は戦うって決めたんだ。お姉ちゃんを助けるって。
だからあんな事にしない為にも、今は戦わなくちゃ!
「潰れて!」
全力の重力場。氷雪機神を押し潰した力だ。当たれば勝負が決まる。しかし雷竜は身体をくねらせ避けた。不可視の重力場をまるで見えているかのように。
「っ、そうか、お姉ちゃんだから……」
重力場を見ているんじゃない。私だ。私の目線や仕草から、どこに重力場を放つか予測している。そこから察知して躱しているんだ。私のことをずっと見てきたお姉ちゃんだからこその芸当。
大雑把な攻撃じゃ効かない。工夫を凝らさなきゃ。
「こ、のっ!」
地面を伝うイメージで重力波を放つ。足元を掬い上げるつもりの一手。私だけが分かる透明な波紋が雷竜の足に触れ、そしてその巨体のバランスを崩した。
「今!」
これなら回避できない。体勢を崩した雷竜へ、重力の球を投げつける。
それは所謂、小規模なブラックホールだ。中心へ向かって強い重力が働き、触れた物体を吸い込んで押し潰す球体。乗用車を一瞬でプレスしたかのようなスクラップに変える威力を持った技だ。欠点は着弾までが遅いこと。でも今なら。
重力球が竜の胴体に達する寸前、雷竜は吠え猛った。
「グ、ギュリィイイイイ!!」
背中の水晶からの無差別雷撃。さっき見た攻撃だ。範囲は広く威力もあるがこれじゃ重力球は破壊出来ない。自棄になった苦し紛れの反攻? そう思っていたけど、雷が重力球に飲み込まれて消えた瞬間、轟音と共に太い雷撃が重力球を貫いた。
「! 範囲攻撃をレーダー代わりにして……!」
無差別雷撃は透明で見えない重力球を探るための布石。位置を特定し、本命の一撃を加えるための捨て石だった。そうして見つかりブレスを叩き込まれた重力球はそれを吸収し切れず、キャパシティを超過し消滅した。
いくつかの攻撃を組み合わせて迎撃するこの手管、見覚えが無いとは言えない。
「くっ……」
全力を叩き込めば、多分倒せる。頑丈さは氷雪機神と同じくらいか、より劣るように見える。でも戦術が、数々のヒーローを相手に生き残ってきたお姉ちゃんの知略がそれを阻む。
「まだ、まだ!」
次の手を打つ。私がこの場で使える能力は身体強化を除いて二つ。一つは重力操作。もう一つは――
「止まって!」
瞳を見開き、力を奔らせる。停止の魔眼。目を合わせた相手の動きを完全に止める能力。
だけど雷竜には通じない。お姉ちゃんはとっくに知っているからだ。目を合わせた相手を止める。つまりは合わせなければ何も起こらない。対処法は簡単だ、目を逸らせばいい。
雷竜は首を曲げ、私から目線を逸らした。決まれば決定的になる妙手が、いとも簡単に回避される。
けど、それでいい。
一瞬の隙。私が欲しかったのはそれだ。
「崩、れてぇ!!」
私を起点とした重力の行使。四方八方、蜘蛛の巣を描くように重力が迸り、それは地面を砕いた。
ズタズタに引き裂かれた大地は割れて、全員が足場を崩される。ただ一人、私を除いて。
「はぁっ!」
目の前にある雷竜の顎を思い切り蹴飛ばす。下顎をカチ上げられた雷竜の体は大きく撓み、倒れ伏す。その足元で不確かになった足場で苦闘する予言者が私を見上げた。
「飛行、重力か!」
「正確に言えば、反重力!」
姿勢を大きく崩した雷竜にトドメの重力を放つ。しかし竜はその直前でその細長い体をヌルリと動かし、蛇のように這って回避した。まだ倒せない! なんて回避能力。
「でも地の利は私にある!」
反重力による飛行。コントロールにかなりの手間を取られるけど、自在に飛行できるという強力な力だ。
雷竜と予言者は足場が崩れ、私は空を飛んでいる。
このアドバンテージは大きい。
「これで、っ!?」
圧倒的に有利な状況を作ったと思った。けど、それは驕りだった。
「そう、だったね……飛べるのは、私だけじゃ無かったね」
雷の翼が羽ばたく、巨体が浮き上がる。
お姉ちゃんの将来の姿だというのだから、失念すべきでは無かった。
電磁スラスターという翼を備えた雷竜は、空中にて咆哮を上げた。




