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「――お姉、ちゃん」




「これが……総統紋」


 目の前で機神がインクに還ったことで、予言者がたじろいだように呻く。


「不公平な……力だ……!」

「……うん、私もそう思うよ」


 この力は強くて、そして迷惑だ。

 ただこれがあるだけで、あんなにすごかったお姉ちゃんを簡単に乗り越えてしまった。

 これの所為で私は悪の組織の総統にならなくてはいけなかった。

 もしお姉ちゃんにこの力があったなら……きっとすごいことが出来た筈なのに。


「だからお姉ちゃんを解放して。降伏すれば、酷い事はしないから」


 私は降参を促した。予言者の切り札は潰した。これ以上の戦闘は意味が無い。

 優しく諭したつもりだった。しかしそれを聞いた予言者はマスクを抑え怒りに震える。


「降伏!? お前はッ! 私に屈辱を呑めと言うのか! また私を貶めるのか!?」

「? 何を言って……」


 激昂する予言者の言葉は意味不明だ。だがとても降参する気があるようには見えない。


「なら……! 味わせてやる! とびきりの絶望を……!」


 警戒し構え直すと同時に予言者の肩でイザヤの翅が輝く。文字の模様が踊るが、インクは染み出ない。

 これは、今までとは違う。……呼んでる?


「っ、下!」


 鋭敏な耳が異音を捉えた。下から響く、何かを崩すような音。それと足に伝わる振動から、脅威は地中からやってくると判断した。

 跳躍しその場を離れた、その一瞬後。私の足場を喰らうように巨大な顎が出現した。

 ワニのような、しかし明らかに大きい爬虫類の顎。地面を砕いて飲み干した顎から続くようにしてそれが全貌を現した。


「これが、そうか、竜……!!」


 その威容を目にした瞬間、私はヤクトの言葉を思い出した。

 ワニや恐竜のように厳めしい頭。首は太く長く、馬のよう。身体に比べれば短く小さい手足と、それまでの全部を繋げてもなお長い尻尾。そして背中には、ビッシリと水晶の如き石が鶏冠のように生え揃っていた。

 まさしく、竜。その言葉が相応しい異形だった。


「それがあなたの真の切り札ってこと! でも!」


 一瞬威圧され掛かったけど、私には大した相手に思えなかった。

 竜は巨大だ。氷雪機神に匹敵する。でもその氷雪機神を、私は一瞬で倒している。

 だから私はまた同じように、全力の重力場を発揮する。


「潰れて、終わりに!」


 手加減無しの最大パワー。範囲も竜の身体を全部覆えるように。でも私の力が成し遂げたのは、竜の出現によって砕けた地面をならしただけだった。

 ずるりと、まるで蛇のように長大な身体をくねらせた竜は、いとも容易く重力を躱した。まるで来るのが分かっていたかのように。


「くっ!?」


 渾身の一撃を外した私目掛け、牙の生え揃った竜の顎門が開かれる。

 輝くは紫電。何が起こるかは明白だった。


「総統閣下!」

「大丈夫!」


 私を庇おうとヴィオドレッドが踏み出した一歩を止める。重力場を解除し、私の周りに集中。渦を描くようなイメージに固定し、流動させる。

 雷光が閃き、私目掛けて発射された。本物の雷のような轟音。だがそれは私に届くこと無く、見えない壁に散らされるように弾かれて霧散した。


「チッ、重力!」


 予言者の舌打ち通り、今の現象の答えも重力だ。私の周りを囲うように重力場を作り出し、斥力によって弾いた。お姉ちゃんの使っていた電磁フィールドに発想を得た、私なりの防御法。ただ私の操る力はお姉ちゃんの比では無いため、その硬さは段違いに堅硬だ。

 だからこそ分かる。今の攻撃は、ローゼンクロイツでは私以外に誰も防げない。


「……雷の、竜!」


 まるで余韻のように弾ける雷を口の端に残して、竜は顎門を閉じた。他の複製と同じように漆黒の体躯を持つ、雷を操る竜。こんな存在、今までに聞いたことも無い。


「どういうこと……? 怪人でもヒーローでも、見たことも聞いたことも無い……」


 まったく見知らぬ、見当もつかない存在だった。お姉ちゃん程では無いにしても、私だって他の悪の組織やヒーローの情報には目を通している。特に手酷くやられたユニコルオンに匹敵するような強者は憶えたつもりだ。これだけ強力な存在がいれば流石に目に留まる筈。なのに見覚えが無い。

 私の戸惑いに気をよくしたのか、先程の憤怒を微塵も感じさせない上機嫌な様子で予言者は答える。


「ははは!! 分からない? 分からないか! そうだよな、お前は所詮その程度だ! だが私は優しいからな! 大サービスだ!」


 高笑いと共に予言者は指を鳴らした。すると竜の表面が色を帯び始める。

 漆黒だった鱗は濃い灰色に染まる。何故か左前足だけは金属の光沢を持った鋼色に。背中の水晶は透き通った紫色に変わった。瞳の色も紫だ。

 色づいた。けどそれが何だ? 別に何も状況は変わらな――


「……えっ?」


 ぞくり、と悪寒が背筋に走った。何故か分からない。まるで気付いてはいけないことに、無意識だけが気付いたかのような感覚。

 竜と目が合う瞳孔が針のように細い、爬虫類の瞳。ただ……どことなく優しさを覚える。

 何? この感覚は……懐かしいような、求めていたかのような。


 ふと視界の端に映った物に目が行く。それは遠くで十字架に縛られた、お姉ちゃんの姿。何か叫んでいる、けど聞こえない。


「……お姉、ちゃん」


 ポツリと呟いたのは、遠くにいるお姉ちゃんのことだ。

 でも、まるで返事のように目の前の竜は喉を鳴らした。

 その瞬間、私は全てを悟る。


「――お姉、ちゃん」


 先程と一言一句同じ言葉。

 しかし込められた感情、向けられた対象は違う。

 震える視線が正面に捉えたのは、巨大な竜。

 まるで知らない、夢想したことすら無い異形。ただその中の一点。瞳だけは、どこか見知った色。


 お姉ちゃんの、瞳の色。


「……ク、アハハハハハハッ!!」


 予言者が嗤う。私の愕然とした呟きを、自分のしたサプライズを。

 それは私の疑問の答えを雄弁に語っていて、でも私はまだ信じられなかった。信じたくなかった。

 なのに理解が私の脳を襲う。


 雷の力。発電能力。

 左腕が機械。義手。

 灰色の鱗。これだけは知らないけど……ヘルガーさんによく似た色合い。


「う、嘘だ」

「アハハハハハ!!」


 違いすぎる。でもそれらの特徴は共通点として突きつけられる。

 違う筈だ。そんなのあり得ない。しかし私の脳裏に、一つの情報が浮かび上がった。


 予言者は、未来をも複製する。


「――これが、お姉ちゃん?」

「アハハハハハ!! アハッ、アハハハハハ!!!」


 予言者の哄笑は止まらない。それが答え合わせだ。


「グ、ルィイイイィィ!!!」


 竜が咆哮する。それは、私を呼んでいるのだろうか?

 疑えない。事実と直感が伝えてくる。


 この竜は――お姉ちゃん、紅葉エリザのなれの果てなのだと。






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