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「これでお終い?」




「……闘技場?」


 植物に教えてもらった場所は遠目から見てもすぐに分かった。

 森の一部が乱雑に切り開かれ、そこに黒色の建造物が打ち立てられている。周囲に転がっている木や抉られた土の様子から見て、以前に建てられたものではない。きっと今さっき、おそらくはイザヤの力で造られたものなのだろう。

 まるで海で荒れ狂う渦が固まってサスツルギになったかのような、現実ではあり得ない形状だ。それでいて円形の建物はどこかローマのコロッセオを思わせる。

 あの中心で、きっと待ち構えている。


「……行きましょう」

「待ってください」


 覚悟を決めて近づく。その隣でヴィオドレッドは私に警句を飛ばした。


「あの中に入れば植物操作は無意味になります。総統閣下にとって不利な地形です」

「……そっかそれであんな建物を」


 森の中では無類の強さを誇る植物操作能力。それを封じる為に闘技場もどきが必要なんだ。

 でも、だからといってここで立ち止まる選択肢は無い。


「ヘルガーさんたちには連絡したんだよね」

「はい。全速力でこちらに向かっています。しかし連絡に無線を使用しましたから……」

「向こうには聞こえている可能性があるってことだね。でもどのみち」


 待っているつもりは無い。囚われているお姉ちゃんはすぐそこだ。


「行くよ」

「はっ」


 私たちは黒い闘技場の入り口を見つけ、乗り込んだ。






 入り口から入った廊下は真っ直ぐに闘技場の中心部へと繋がっていた。スタジアムで言うフィールドの地面は土のままで、無理矢理雑草や木を引き抜いた所為か耕された畑のように柔らかかった。

 そのど真ん中。闘技場の真の中心に彼らはいた。


「……あなたが、予言者ね」


 中央に立っていたのは四人と一人。その一人がマスクをつけた、はやてちゃんの報告通りの人相だった。間違いない。この人が予言者。お姉ちゃんを攫った張本人。しかし肝心のお姉ちゃんの姿は無い。

 私の問いに予言者が戯けた仕草と共に答える。


「あぁ、そうだよ。そして君がローゼンクロイツの総統……」

「お姉ちゃんはどこ?」

「……せっかちだね。少しは話を聞けばいいのに。……でも君がそれだけ焦るということが、小気味いいね」


 予言者は言葉尻にジワリと黒いものを滲ませながら、自身の背後を指さした。闘技場の観客席。その中で張り出した、所謂VIP席に相当する舞台にそれはあった。

 黒い十字架。そこに聖者のように貼り付けられているのは……。


「お姉ちゃん!」


 やっと……やっと見つけた。

 お姉ちゃん……!





 ◇ ◇ ◇





「くっ……百合!」


 闘技場に現われた最愛の妹へ叫ぶ。


「逃げろ!」


 だが、その声は届かない。遠すぎる。百合の身体能力強化で鋭敏になった聴覚にも届かない位置。だけど、仮に届いたとしても逃げなかったかもしれない。それくらい、百合は戦意に満ちている。


「百合……」


 普段はゲームの中ですら戦うことを厭うような、優しい少女。それが今、予言者に向けて敵意を向けている。こんな遠くに居ても分かるくらい。

 分かっている。そうさせたのは私だ。


「くそっ……」


 拘束を解こうと藻掻いてみるが、十字架に縛り付けられた手足はビクとも動かない。発電機関を使ってみるが、電気が通らない。この十字架、絶縁体で出来ているのか……私への対策は万全ってことか。


 止められない。あの子たちが戦うのを。

 これ以上無くお膳立てされた状況。私を助けに来た百合。百合を罠に嵌めた予言者。単純明快、勝った方が全てを得られるバトルフィールド。

 話し合いは、当然無い。百合は手を掲げ、隣に立つヴィオドレッドは爪を構える。予言者はイザヤを出現させ、その周囲を固める四人の複製傭兵もそれぞれの戦闘態勢をとった。

 限界まで張り詰められた糸は前兆無く途切れる。睨み合いは唐突に終わり、戦いの幕は切って落とされた。


「貴女は……その子と戦っちゃいけない……!」


 私の想いは、届かない。

 空気に溶けるこの言葉は、何よりも貴女に伝えないといけない事実なのに。





 ◇ ◇ ◇





 まず動いたのは私の目の前の予言者。その身体から溢れたインクが形作り、百人近い兵隊となる。雑兵……まずは様子見するための駒。


「露払いを」

「必要ないよ」


 前に出ようとしたヴィオドレッドを諫め、私は掲げた手を少し下げた。

 ただそれだけで、兵隊たちは潰れひしゃげて、全て元のインクに還った。


「! へぇ……」


 これで全部終われば話は簡単だった。重力操作。指定した範囲の重力を強化して押し潰す単純明快な必殺技。でも予言者は兵隊の後ろにいて運良く避けた。

 重力場を予言者の方へとずらす。しかしそれを察知したレインコートが妨害する為に前に出てきた。


「まだ要らないよ」


 また私を庇おうとしたヴィオドレッドに釘を刺し、私はまた能力を使った。

 太鼓を叩くような衝撃音。私へ飛びかかったレインコートは突如弾かれ、百メートルは遠い闘技場の壁へと叩きつけられた。

 反重力。重力とは真逆の作用をする力で吹き飛ばす能力。


「……流石、ローゼンクロイツの総統紋……」


 予言者が悔しげな声音で呟く。それを常人より余程いい耳で拾っても、私の心に感情は特に湧かない。

 凪いでいる、波紋一つ無い平静な心。

 ただ、為すべきことを為すだけだ。


 まだ残っている重力場で予言者を無力化しようと試みる。しかし柔らかい地面を押し潰している重力は見た目に分かりやすい。予言者は馬を造り出し、それに騎乗して範囲外に走って逃げた。

 代わりに、レインコートたちが私たちへ迫る。


「一人お願い」

「はっ、よろしいので」


 残った三人の内一人をヴィオドレッドに頼む。それでも二対一なことにヴィオドレッドは懸念を示すけど、


「二人なら別に」


 確信を持ってそう答える。見栄でも慢心でも無い。ただそれが事実だと分かっているから出た言葉。

 黒コートの一人は刀を抜き、もう一人は二つの口から呪文を唱え始める。落水狐とアンクレット。お姉ちゃんたちが苦戦したという相手だとしても、平静は崩れなかった。


「止まって」


 瞳に力を籠めれば、その言葉は現実となる。アンクレットを複製したインク人間は、まるで時が止まったかのように静止した。

 私の魔眼、停止の魔眼は相手の時を止める。私が許可しなければ、息も吸えなくなる。

 動けなくなった相方を余所にもう片方の黒コート、落水狐は刀を振りかぶる。無駄が一切無い、達人の動き。後数瞬で刀の切っ先は私の首に届くだろう。

 でも、そうはならない。


「……!」


 落水狐の足が崩れ、地面に膝を突く。妖刀の切っ先は私に届くこと無く地に落ちる。言うまでも無く、私の起こした重力。

 膝を突くだけじゃ済まない。落水狐の身体は地に押さえつけられ、潰れ、そして厚みが全く無くなった。後に残るのはインクの染みだけ。


 一人片付いた。後のもう一人は……まだ固まっている。さっきと全く変わらない姿勢。当然だ、私が許可していないのだから。

 本当なら多種多様の魔術でかなり苦しめられたのだろう。報告ではお姉ちゃんのみならず、ヘルガーさんたちも苦戦していたとあった。

 でも今は、ただの彫像と変わらない。


「さよなら」


 重力で捻り潰す。親指で虫を潰すように。だからその末路は虫と変わらない。

 自分の作った二つのインク溜まりを一瞥し、ヴィオドレッドの方を見る。彼の相手はコールスローだったようだが、ヴィオドレッドの毒はコールスローの道具を全て溶解し、自身もまたその毒にドロドロに溶かされていた。

 最初に飛ばした黒コートも、戻ってくる気配は無い。


「これでお終い?」


 その言葉に他意は無かった。けれどもどうやらそれは、予言者の怒りを買ったみたいだ。


「……余裕だね。ならそのすまし面、歪めてあげるよ……!」


 怒りの声と共に、上空から巨大な何かが降ってくる。

 やはり黒い、見上げる程に巨大なロボット。はやてちゃんが逃げてきた、レイスロットの氷雪機神。


「これで凍らせ……!」


 その言葉が最後まで紡がれることは無かった。

 重力をかける。今までで最大に。自分でもどれほどになるか分からなかった。何せ全力でこの力を行使したことは無い。

 私は恐れていた。自分の力に。だってあまりにも強すぎる。全力の内の……ほんの少し(・・・・・・)で簡単に潰れる。

 でも、インクで出来た存在に遠慮は要らない。


「潰れて!」


 メキリ、メキリと軋む音が始まりだった。その音はみるみる内に大きくなり、やがて機神の頭がひしゃげてへこんだ。どんどん潰れて、機神はその巨躯を失っていく。


「な……」


 べしゃり。

 そんな音を立てて氷雪機神はインクの水たまり、というより沼になった。一軒家よりも大きな巨躯は影も無く、もう一ミリにも満たない低さ、いや薄さ。

 私は再び問う。


「これでお終い?」


 他意は無い。

 もうこれ以上やっても結果は同じだと思っただけだ。





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