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「……諦めない。お姉ちゃんを助けるって、決めたから」




「総統閣下! ……ッ!?」


 天井の崩落から私を庇おうとヴィオドレッドが覆い被さろうとするのを私は手で止めた。必要ないからだ。服の埃を払いながら立ち上がる。瓦礫は……落ちてこない。

 爆発で崩れ落ちた瓦礫は、全て空中で制止していた。


「これは……!」

「ヴィオドレッド、ヘルガー、損害は?」

「は、はっ。……ありません」

「こちらも」


 二人の返事を聞いてホッと息をつく。よかった。瓦礫は全部止められても爆発は防げなかったから。巻き込まれて被害が出なくて本当よかった。


「重力操作……しかしこれ程の規模とは」

「あの馬鹿と模擬戦やってた頃から無茶苦茶進化してるぜ……」


 空中で落ちること無く止まっている瓦礫を小突いて二人が感心している声が聞こえた。えへへ、ちょっと照れる。

 でも、ここで立ち止まっている訳にもいかない。


「ここを爆破したってことは、更に下には行かれたくないってことだよね」

「おそらくは」

「なら急ごう」


 私は重力操作で浮かせていた瓦礫を部屋や通路の脇にどかし、進む道と退路を作る。結構な規模で力を使ってみたけど、思ったより疲労は無い。まだ全然動ける。


「ほら行こう? この先にお姉ちゃんが待ってるよ」

「……末恐ろしいな。今代の総統閣下は」

「不敬ですよ」


 二人を促し私たちは更に降りる。地下二階。そこへ続く扉は電子ロックで施錠されていたが、これだけ派手に潜入している私たちに今更躊躇は無い。


「ヴィオドレッド」

「了解です」


 私の命令に応じ、ヴィオドレッドが毒爪を振るう。紫色の液体が付着した扉は、見る見る内に煙を上げて溶けていく。


「行きましょう」

「装備部門のトップが一番装備いらないって矛盾だよな……」


 扉を溶かしきってヴィオドレッドとヘルガーさんが中に入る。私も毒と鉄の混じり合ったなれの果てを跨いで続く。

 扉の向こうは……左右に檻の続いた回廊。牢獄! 目当ての部屋だ。


「お姉ちゃん!」


 私は走り出す。ここにお姉ちゃんが居る筈だ!

 だけどすぐに異変に気付く。


「……誰も、いない」


 いくつもある牢屋は、全部もぬけの殻だった。誰もいない。お姉ちゃんも、誰も。はやてちゃんが伝えてくれた情報によると他の囚人もいる筈なのに。


「これは、やはり逃げられましたか?」

「いや、上の建造物に大人数を運び出した形跡は無かったが」


 二人も首を傾げている。その横で私は一つの牢屋を見つけた。


「穴……お姉ちゃんたちが開けた穴だ」


 牢屋の一つに、床に人が潜れる程度の穴が開いているものがあった。間違いない。お姉ちゃんたちの脱走路だ。

 脱走劇が昨日今日だからか、穴はまだ塞がっていない。いや……待って。


「縄梯子……」


 穴には下へと続く縄梯子が掛けられていた。しかも所々黒いインクが付着してる。これって。


「下だ! 下に逃げられた!」

「イチゴ怪人隊はこの場で残留! 残りは俺と来い!」


 私が気付いて叫んだ瞬間、ヘルガーさんが穴の中に飛び込んでいく。一方でヴィオドレッドは私の隣で通信機を起動させた。

 イザヤの電子機器に干渉できるという性質上、通信機は今回オフラインになっていた。それを今解放したようだ。


「こちら本隊。両部隊、無線封鎖解除。状況報告」

『ヤクト隊、異常なし』

『こちらも異常ありません』

「本命が地下水路に逃げた。警戒しろ」


 ヴィオドレッドは地下水路に展開している二つの部隊に命じて警戒を促した。そして無線機をしまって私に頷いた。


「我々も行きましょう」

「うん」


 この場をイチゴ怪人たちに任せ、私たちも穴の中へと降りる。重力操作で浮いて降り立った地下水路は、異臭で満ちていた。

 首を振って左右を確認する。上流、下流。どっちに行った。


「ヘルガー隊は上流方面へ追ったようですね」

「そう、じゃあ私たちは下流へと向かいましょう。確かヤクトが展開している方だよね」


 ヘルガーさんの向かった方とは逆に行くことにした。これで黒死蝶を挟み撃ちできればいいのだけれど。

 全力で駆ける。人を超えた速度で走っても、総統紋で強化された私は疲れない。怪人であるヴィオドレッドも遅れること無く続いてくる。

 それにしても、逃げる、か。私は黒死蝶の行動に違和感を感じていた。単に逃げ出すのならば、はやてちゃんがローゼンクロイツを目指して飛んでいた三日間、そして私たちが場所の特定に手間取った二日間の間に逃げ出せば良かった筈だ。合計五日間もあれば余裕でこの場を後に出来ただろうに。でもそうはせず、今地下水路に逃げ込んだ……。

 ……誘っている?

 ふと浮かんだ考え、しかしそれがキチンと形を結ぶよりも早く私は思考を中断せざるを得なかった。

 目の前に、壊滅状態の怪人部隊が現われたからだ。何十人の怪人が倒れ、呻いている。これは、下流を封鎖していた筈の部隊!


「うそ、なんで……ヤクトっ!」


 慌てて私は見知った黒鎧を探した。この部隊を率いていたのはヤクトだった筈。


「う……総統閣下……」

「ヤクト!」


 聞き覚えのある呻き声。駆け寄ると、そこには半身を崩壊させたヤクトの姿があった。なんて酷い……。


「ヤクト、大丈夫?」

「機械ですので……しかし面目ありません。抜けられました」


 ヤクトの謝罪に私はハッと気付く。そうだ、この部隊がやられたってことは、黒死蝶は……。

 部隊の様子を見ていたヴィオドレッドが問う。


「……インクの跡が無い。つまり黒死蝶の兵士を一体も倒せていないということ。ヤクト、貴方と貴方が率いる部隊にそんなことがあり得るのですか?」


 その言葉に私も気付いた。確かに、インクの水たまりがどこにもない。黒死蝶の兵士を倒せば必ずある筈なのに。封鎖していた部隊は数十人の怪人からなる大部隊だ。まったく抵抗出来ずに突破されたっていうこと?


「……その通りだ。拙らは一方的に蹂躙された」

「まさか……あの程度の兵士程度なら、百人いた程度で一方的に負けることは無いでしょう?」

「兵士はいなかった」

「……何?」


 ヤクトはその時の状況を端的に答えた。


「予言者、それらしき人間はいた。その傍らに黒いレインコートを着たインク人間が四人いて、そしてその内の一人が抱えていたのは……摂政殿だった」

「お姉ちゃん!?」


 私はいきり立った。お姉ちゃんが、やっぱり連れ去られてた。ここに来ていたんだ。


「そうです、総統閣下」

「……その四人に、やられたということですか。たった四人に?」


 信じがたい、と言わんばかり声音のヴィオドレッドの呟きにヤクトは首を振った。


「いや……拙らがやられたのはそれらを乗せた一体だ」

「何……?」

「巨大な……竜だった。黒かったから恐らくは敵の能力で作られた存在……だが桁違いに強かった。一瞬のことだったが、拙の経験で例えるなら……ユニコルオン級に強かった」

「ユニコルオン!」


 ヤクトの口から出た名前に、私は戦慄した。あの時相対した、強力なヒーロー。命からがら逃げることは出来たけど、ユニコルオンが躙り寄ってきたあの瞬間、私はもう少しで死んでいた。その黒い竜は、ユニコルオンに匹敵するって言うの……?


「……もしそれが本当なら、残った戦力では敵わない可能性が……総統閣下、如何いたしますか?」


 ヴィオドレッドが問う。確かに、ユニコルオンを相手にして私たちは敵わなかった。今回もそうなる可能性は十分に高い。

 けど、私は。


「……諦めない。お姉ちゃんを助けるって、決めたから」

「……御意」


 その為の力を使うって決めたんだ。今更戻れない。

 でも逃げた黒死蝶たちをどう追えばいいのか。それに私が頭を悩ませていると、どこからか声が聞こえた。


「これは? ……こっちから」

「総統閣下?」


 突然歩き始めた私に戸惑いながらもヴィオドレッドが付いてくる。ヤクトも来たそうにしていたけど自分の損傷具合に足手まといにしかならないと判断したのか、意識のある怪人たちに負傷者の手当を指示する為にその場に残った。

 声を辿って行き着いたのは、鉄製の扉。


「ここって……」


 多分、はやてちゃんが伝えてくれた下水道の出入り口。

 そしてその扉には、黒いインクがこれ見よがしにへばり付いていた。


「これは……!」

「誘ってるんだ、黒死蝶が……予言者が」


 扉を開くと、そこは外の世界。細く舗装の荒い山道。

 声の正体は、すぐに知れた。


「山、森……そっか、そういえば私の力だったね」


 総統紋の能力の一つ、植物操作。私の力は植物を操るだけじゃ無く、その声を聞くことも出来る。

 植物たちが教えてくれる。黒死蝶たちが……お姉ちゃんがいる場所を。


「うん……そっか、ありがとう」


 植物の言葉によると黒死蝶たちは森の一角で待ち構えているそうだ。

 そこにお姉ちゃんが待っている。


「今行くよ……待ってて」


 もうこれ以上、待たせはしないから。






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