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「無礼ですよ、総統閣下の御前で」




 位置の特定が完了したのは結局丸一日経った後だった。


「はやて殿が飛んだ距離、語った情報によるとこの山岳地帯である可能性が高いとみえます」


 メアリアードさんが指さしたのは、地図に描かれた一角。山と森しか無い地域だ。


「この周辺の山はとある企業の開発予定地でしたが、不祥事が折り重なって中断。手放した後は放置されています」

「とすると、現在の所有者は?」

「調べたところによると、昴星官の系列だそうで」


 昴星官? ってことは美月ちゃんの会社で、つまり黒死蝶の標的じゃ……? あ、でもお姉ちゃんが日本支社の地下で会敵したって言ってたし、今回もそんな風に灯台下暗しって感じで昴星官を隠れ蓑にしていたのかな。


「それで、これが決め手なのですが……その近辺に、水利施設が存在します。こちらも山と同じで、建設途中で放棄された物のようです。水道も繋がっていたようです」

「そこに、囚われている」

「情報部はそう見ています」


 はやてちゃんが命がけでもたらしてくれた情報。下水道と繋がった施設。そこにお姉ちゃんは捕まっている。

 ヴィオドレッドが音頭を取り作戦を説明する。


「部隊を三手に分けます。下水道の上流と下流から進む部隊。そして直接施設に乗り込む部隊です」

「下水道からも?」

「逃走をさせない為です。摂政殿が逃げた時と同じように敵の逃走経路になり得ります」

「そう、か」


 万が一逃がしたら黒死蝶との戦いは終わらない。最悪の場合は、お姉ちゃんも連れて行かれる。封鎖は絶対必要だ。


「ただ、敵もはやてが逃げたことから襲撃を予想している可能性があります。最悪の場合は、もう既に逃げられているかもしれません。その場合は残されている痕跡を情報部門が徹底的に洗います」

「うん……」


 突き止めるまでに時間が掛かってしまった。普通ならもう引き払っていてもおかしくはない。

 でも、なんとなくそれは無いような気がした。相手は待っているような……そんな直感がある。

 誰を? 私を? ……分からないけど。


 ヴィオドレッドが説明を続ける。


「当然、主力部隊は施設に直接乗り込む部隊です。主立った怪人、ヘルガー殿や私が指揮します。総統閣下は……」

「うん。勿論そこに行くよ」


 私は決めたのだ。お姉ちゃんを助ける。その為にローゼンクロイツの力を使うと覚悟を決めた。だから私も陣頭に立つ。


「……分かりました。全力でお守りいたします。それからヤクト殿には、足止め部隊の指揮を任せます」

「仕方ないけどね……」


 私はため息交じりで了承した。本当ならヤクトは私の傍にいてほしい。一番信用しているから。

 でも、黒死蝶の……予言者の能力は電子機器から盗聴できる。機械の塊であるヤクトは圧倒的に不利な相手だ。だからこの作戦会議にも参加していない。とは言ってもローゼンクロイツ内で大きく動いていたことは隠せていない。向こうにも察知されてるだろうな……。一応この作戦会議室に電子機器は持ち込んでいないけど、正直もう防諜は諦めている。それでも万が一私に危険が及ばないように、ヤクトは私から離れた位置で作戦に参加することになった。


「作戦概要は以上になります。ご質問は?」

「無い、かな」

「でしたら、号令をお願いします」


 そう言ってヴィオドレッドが手渡してきた紙には作戦名が書かれていた。ちょっと恥ずかしいけど、これを読み上げるのも私の総統としての役目だ。


「ではこれより――『囚われの姉姫救出作戦』を開始する! ……これ考えたのヴィオドレッド?」

「そうですが、何か」

「いや、何でも……」


 センス無いなって思ったけど、黙っておこう……。





 ◇ ◇ ◇





 移動する際は当然姿を隠しながら行く。怪人の軍勢で行進なんてしたらみんなを驚かせちゃうし、ヒーローだって飛んでくる。

 偽装したトラックに分乗して辿り着いた先は、成程確かに山奥だった。知らずに来たら迷ってしまいそうだ。隠れるにはうってつけと言える。

 そして目当ての建物はその山の中に紛れるようにひっそりと立っていた。


「ここね」

「そうです」


 ヴィオドレッドが頷く。灰色のコンクリートで出来た、三階建ての四角い建物。何の変哲の無い建造物だ。知らなければただの廃墟にしか見えない。

 だけど私たちは、敵の本丸であることを知っている。

 思い切り息を吸い、命じた。


「よし、突入!」


 私の言葉と共に何人かの怪人が飛び出していく。その先頭はヘルガーさんだ。


「オラァ!!」


 狼の毛を逆立ててまっしぐらに建物の扉に向かっていく。お姉ちゃんを真っ先に助け出すために。こんな時だけどお姉ちゃんがちゃんと慕われているのを垣間見て嬉しくなる。そしてそれを伝えるためにも必ず助けなきゃ。


 本隊である私たちの作戦は至極簡単。物量とスピードで押して押して、押し切ることだ。

 正直言って勢いが無ければ黒死蝶に勝てるかどうか怪しい。相手はインクから無尽蔵に(と思われる)兵士を作り出せるからだ。だから最初っから最後まで勢いを駆り、飲み込むくらいの気持ちで最後まで押し切る。

 そしてその勢いに押し出されて地下水道に逃げ込もうものならヤクトたちの率いる部隊が待ち受けている。シンプルで分かりやすい、その分隙の少ない作戦だ。


 先遣の怪人たちが扉を破壊しながら雪崩れ込んで、変化はすぐだった。


「……いるね」

「そのようです。逃げていないとは……」


 建物の中から乱闘の音が響き渡る。その余波で窓ガラスが割れ、中から黒い何かが飛び出してくる。

 それは黒一色の兵士だった。兵士は地面に激突すると煙を上げて溶け、インクの水たまりになった。私が目撃したのは初めてだけど、間違いない。予言者はいる。

 ヴィオドレッドが少し驚いた風に目を見開いていた。彼の中では十中八九既に逃げられていると思っていたのだろう。

 だけど私は不思議じゃ無い。ただの勘だけど。


「私たちも行くよ」

「はっ!」


 ぼーっとしている暇は無い。この作戦では私も立派な戦力の一部だ。当然突入する。

 壊れた扉を潜って中に入る。入り口付近の敵は流石に掃討されていた。だけど少し進めば撃ち漏らしが抜けて襲いかかってきた。

 対応しようと身構えると、ヴィオドレッドが私を庇うように前に進み出た。


「無礼ですよ、総統閣下の御前で」


 ヴィオドレッドが指を振るう。節くれ立った甲殻の指から紫色の液体が飛び出し、黒死蝶の兵士の顔面に付着する。

 するとたちまち、ドロリと溶けた。

 顔から崩れ、地に滴るように溶け落ちた。今までの黒死蝶の溶け方ではない。この、ヴィオドレッドの毒で溶けたのだ。その証拠に、インクの水たまりすらも溶けて床を腐蝕している。

 これがヴィオドレッドの能力、腐蝕の毒なんだ。


「さっ、閣下。今のうちに」

「うん」


 ヴィオドレッドの溶かした床を踏まないように超え、深部へと進んでいく。階段があったが、無視した。こんな山奥とは言え人の目に付くところに秘密基地があるとは思えない。それにはやてちゃんが捕まっていたという牢屋は地下にある筈だ。お姉ちゃんもまたそこに居る可能性が高い。

 一応幾人かの怪人たちを二階三階も探させる為に残し、地下へ続くルートを探す。流石に巧妙に隠してあったが、オロチという怪人が見つけてくれた。

 床板の開いた一部へと怪人が降りていく。


「先行いたします」

「俺も行くぞ」


 二人を始めとする勇敢な怪人が先に降る。彼らに続き降りて目撃した光景は、よく分からないものだった。


「……プール?」


 そこはいくつものプールが連なったような部屋だった。僅かな足場に立って覗き込むと、全部――()だった。


「貯水槽、かな。元からあった設備みたいだけど……」


 それ以外には何も無さそうな部屋だった。敵にもお姉ちゃんにも関係ない。私はその部屋を後にしようとして、その感覚を捉えた。総統紋の能力で五感が鋭敏になった私だから気付いた微かな感覚。

 ――火薬の臭い!?


「みんな! 脱出して!」


 周りの怪人はみんな驚いた表情で固まる。私が何を言っているのか分かっていない表情だ。だけど狼の鼻を持つヘルガーさんが次いで気付き、叫ぶ。


「爆発する! 全員退避だ!!」


 一斉に出口へ向かう。だけど間に合わなかった。

 火薬の臭いがブワリと強くなった瞬間、私たちは爆発と崩落に巻き込まれた。

 





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