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「……百合強くない? 能力テンコ盛りなんだけど」




「えっと、いいのお姉ちゃん?」

「構わないよ。ばっちこい」


 人工的に植えられた密林の合間、私の目前5メートル先には動きやすい服装をした百合の姿があった。

 軍服よりも丈夫そうで、ポケットなどの服飾も実用的な衣服は警察の機動隊の装備にも似ている。ローゼンクロイツの野戦用戦闘服だ。

 迷彩柄の上下に身を包んだ百合は私に気遣う様な声をかけてくる。


「慣れてないから、手加減とか分からないんだけど……」

「改造を受けて私もそこそこ丈夫になったから、大丈夫よ」


 私は嘘をついた。筋力こそ強化されているが、身体の頑丈さには然して関係が無い。精々が筋断裂の恐れが減るぐらいだ。

 が、妹に全力を出させる為の方便としては仕方ない。大怪我さえ負わなければ、嘘だとバレはしないのだから。

 いつも通りのローゼンクロイツ軍服に身を包んだ私は、上を見上げて問うた。


「じゃあ、初めていいか?」

『問題ありません、総統閣下、摂政殿。合図はこちらで?』

「そうだな。試合形式な訳じゃないが、そっちでやってくれ。公平性はあるに越したことは無いからな」

『了解しました。三十秒後に開始します』


 天井に設置されたスピーカーからドクター・ブランガッシュの応答する声が聞こえる。

 ここはローゼンクロイツ本拠内のトレーニングルームの一つ。密林型の訓練室であった。

 我が組織は様々な環境で活動している為、その備えも十分ある。極地での行動を想定した訓練も日常的に行われていた。密林型の他にも、砂漠型、雪原型などがある。

 人工的に植えられた植物が視界のほとんどを占領する中で、私たちは僅かに空いた空間で向かい合う。

 姉妹である私たちが対峙する理由は、百合の総統紋の定着具合を確かめるためだ。


 適合する者を超能力者に変えてしまう規格外の異能、総統紋。

 保有者が死なねば能力が移譲されず、かつ適合者の中でも転移がランダムという欠陥はあるがその能力だけを見れば破格の一言だ。

 しかし強力な能力ゆえに、定着まで多少の時間を要する。

 特に今まで戦いとは無縁で、運動神経も決して高いとは言えない百合ともなれば一層の期間がかかるだろう。


 なので、今出来ることを実戦形式で確かめようという運びになったのである。

 ヘルガーにやらせても良かったのだが、やっぱり妹の事だ。姉の私が見てあげたい。


『十秒前、カウントを始めます。10、9、8……』


 ドクターのアナウンスがカウントダウンを始める。私は手に持った木刀を構え直した。

 光忠じゃないのは勿論相手が百合だからだ。間違っても怪我をさせる訳にはいかない。……言うまでもないが普通の怪人相手の場合私は容赦なく実剣実弾を使う。その程度でくたばる怪人はウチにはいないからな。


『7、6、5、4』


 木刀を正眼に構えた私を見て、百合も見よう見まねで木刀を構える。得物は百合に特に希望が無かった為、使い易いであろう木刀を渡した。以前の百合では両手でも振り回すのは難しかっただろうが、総統紋の力の一つ、『身体能力増強』の力さえあればねこじゃらしのような軽さの筈だ。

 私たちは向かい合い、緊張を高める。


『3、2、1……開始してください』


 最初に仕掛けたのは私だった。

 戦うことに慣れていない百合は自分から仕掛けることが出来ない。だから私が先に動く必要がある。

 木の根に足を取られないよう気をつけながらも、地を蹴り一直線に百合へと駆けていく。

 迫り来る私に危機を覚えたのか、百合は私に向かって手を翳す。

 すると、たちまち私の周りに植物の蔦が伸びてきた。

 総統紋の力の一つ、『植物操作』。

 以前は精々話を聞いてもらう程度だった筈だが、いつの間にかある程度自在に動かせるようになったようだ。妹の成長を感じられてお姉ちゃん嬉しい。

 だけどこんな生ぬるい攻撃は喰らってやれないな。


「ふっ!」


 木刀を振るい、蔦を凪ぎ払う。自在に動くとはいっても所詮は蔦。木刀で打ち払えばへたれ、折れ、千切れ飛ぶ。

 蔦で動きが止まる気配が一切ない私を見た百合は、慌てながら更なる攻撃を試みる。


「う、動かないで!」


 そう言いながら百合が手を掲げると、目の前の景色が一瞬歪む。危険を察知して私が飛びのくと、先まで私がいた地面の草木が見えない何かに押しつぶされるようにへこんでいた。

 見えない力。サイコキネシス、いや重力操作か。押しつぶす以外の事もこなせるのだろうか。だとすればかなり強力で厄介な能力だ。

 外したと見るや百合は素早く重力を解除し、私に手の平を向けて第二射を放とうとする。

 だが遅い。見え見えだ。


「よっとぉ!」


 木の幹を蹴り、私は宙に飛び上がる。今まで一直線だった私の軌道が、突然立体的なものになったことにより百合に戸惑いが生じる。


「えっ、えっ!?」


 その隙を見逃さず、私は木刀を振り下ろした。当然、寸止めをするつもりだが……。

 百合の視線は私をしっかり補足していた。


「や、やぁ!」

「よく受けたね」


 百合は木刀を頭上に掲げて私の木刀を受け止めた。どうやら『身体能力強化』の能力は動体視力も上昇させるらしい。やはり極めて強力な能力だ。

 しかし防がれたからといってこちらの攻撃が終わった訳じゃない。私は受け止められた木刀を支えに空中で姿勢を変え、構えながら着地する。土を敷き詰められた地面でも足が滑らないように計算した着地だ。体勢を崩す事無く無事地面に立つ。

 一方で百合はまだ受け止めた姿勢のままだ。戦闘では行動の素早い切り替えこそが勝敗を分けるが、まだ百合はその辺りを理解しきれていない。それを教えてやるのも今回の訓練で、姉の役目か。


「そらっ!」


 木刀を横薙ぎに振り抜く。目標は脇腹。木刀を構えていない百合は対応できないだろう。

 しかしそんな私の予想に反し、その木刀の一撃が百合に届くことは無かった。


「どっか行って!」


 百合がそう叫ぶと、私は木刀ごと全身が弾かれる。不可視の攻撃……重力か? いやこれはおそらく反重力。重力と反重力の双方を扱えるってことか。予想以上に強力だ。

 弾かれた勢いのまま私は背中を樹木に強打する。


「ぐっ!」

「あ、お姉ちゃん! だいじょう……」


 背中を強かに打ちつけた私に心配そうに駆け寄って来る妹。優しい子だ。でもこれは戦闘訓練。

 私は手に持った木刀を駆け寄る百合の喉元へ突き付けた。


「ほい。……百合、相手が痛そうにしていても一応木刀を突き付け試合を終えた後にした方がいいわ。これは戦闘訓練だもの」

「あ……そうだった」


 しゅんとする百合。そんな百合を確認した私は目線を天井にやり、カメラの向こうのドクターに目配せを出す。


『了解。状況終了です。仕切り直しますか?』

「どうする、百合?」


 プチ凹んでいる百合へと私は声をかける。

 私の問いに百合は戸惑いつつ答えた。


「えと……もう止めていいの?」

「うん。現在百合がどの程度能力が定着しているか見るための訓練だからね。無理をさせるつもりはないし……そもそも能力が必要な場面に陥らせるつもりもないしね」


 積極的に前線に出るつもりのない百合が戦う事態に陥ったら、つまりそれはローゼンクロイツの中枢に食い込まれているということだ。そんな事になった時点でローゼンクロイツは大打撃を受けている事になるし、もしかしたら再起不可能な状況かもしれない。

 当然、ローゼンクロイツはそんな事態にならないよう最善を尽くす。なので、百合の総統紋の能力の確認は半ば実験のようなものだ。


「だから、絶対にやる必要はないよ」

「……でも、お姉ちゃんや構成員のみんなの仕事の役には立つんだよね」

「それはそうね」


 百合の協力があれば私の仕事やドクターの研究が捗るのは確かだ。能力のデータがあれば総統紋の再現が可能かもしれないし、総統に近い能力者が現れても対策が可能だからね。


「じゃあ、やる。私だって総統なんだし、お姉ちゃんに頼ってばっかじゃいられないもん」

「百合……」


 成長を感じさせる百合の一言に、私はじぃんと感動した。流石は我が最愛の妹……!

 百合は拳を握って奮起する。


「よし! 次はもっと頑張るよ!」

「その意気だ! ドクター! 訓練再開だ!」

『分かりました。一分後に訓練を再開します』


 私と百合は再び対峙し、武器を構え合う。

 そしてドクターの合図で駆けだした。

 ふふ、百合……やる気になった所悪いけど、姉としてそう簡単に負けてあげられないよ……!


 なお、身体能力に隔絶した差がある為、慣れてきた頃会いで勝てなくなった。






 ◇ ◇ ◇






「……それで? 総統紋の定着具合はどれくらいだ?」


 訓練を終えた私は改造室の一角、トレーニングルームをモニターし解析もできる研究室へと足を延ばしていた。

 部屋の中に居るメンバーは私、ヘルガー。そしてドクターを始めとする研究員たち。

 百合はヤクトをつけて部屋に帰した。慣れない訓練で疲れているからというのが表向きの理由だが、実際には百合にとってショッキングな情報が開示される可能性が無い訳ではないからだ。

 ドクターが手に持ったタブレットに目を落とす。


「結論からいえば、適合率はAクラスです。少なくとも、拒絶反応が起きることはまずありえません」


 その言葉に私はほっと息を吐いた。よかった。一番の懸念が解消された。

 総統紋は適合者に移る。しかし、適合者によっても差異はある。それが適合率だ。

 ドクター曰く、総統紋は臓器に近い一面があるという。体の一部として定着し、摘出はほぼ不可能。そしてもし適合でき無い場合、拒否反応が発生する。

 拒絶反応が起これば、手術で摘出出来ない以上ほぼ確実な死が待っている。

 無論たとえそうなっても私は最後まで諦めないが、適合率が高いに越したことは無い。しかしAクラスか。歴代総統の適合率をクラス分けして、Eを最下位としてAを最上位にしたと聞いているが……。


「しかしそれほど使いこなせているようには見えなかったが」


 訓練で相対した私の率直な感想だ。百合は最愛の妹だが、勿論の事万能ではない。少なくとも、手合わせした感触では総統紋の力を使いこなせてはいなかった。まぁそれでも終盤には負けっぱなしだったけど。


「失礼ながら、総統閣下は戦闘には向いておりません。気質の問題ですな」

「あぁ、それは分かる。争いはあまり好まないからな」


 百合は平和主義者で自己犠牲の精神も持ち合せている。他人が傷付くくらいならば、自分が傷付くという精神。

 そしてその精神は美徳として扱われるが、闘争心を育む精神性としては落第点も良いところである。

 戦いに向いていないから、使いこなせない。悪い言い方をすれば、才能があってもやる気は無いのだ。


「まぁ、その辺は仕方ない。それで、覚醒した能力は?」

「順を追って説明します。モニターをご覧ください」


 ドクターの言う通りモニターに注目する。モニターには歴代総統が扱い判明した総統紋の能力がリストアップされていた。

 総統紋は複数の能力を秘めるが、適合した総統によって目覚める能力には差異がある。いずれも強力なことに間違いは無いが、中には『身体能力強化』が目覚めない総統もいたようだ。その総統は代わりに強力な遠距離攻撃手段を持っていたそうだが。

 リストされた能力の一つがピックアップされる。最初にモニターに映し出されたのは、『身体能力強化』の文字だった。


「まずは『身体能力強化』です。最も基本的な能力で、歴代総統閣下もほとんどこの能力に目覚めています。例外はありますが……」

「それで、どれくらいのスペックが出ていた?」

「パンチ力はおよそ10t。キック力は20tといったところですね」

「……キックの威力が少し少なくないか? パンチ力の三倍は出るだろう」

「こればかりは体の使い方としか言いようがありませんね。パンチに比べればキックは難しいですから」

「あぁ、成程……」

「他には走力が100メートルで4.3秒といったくらいでしょうか。体の使い方をもっと覚えればいずれの数値も伸びそうですが」

「まぁ、それは置いておこう。他は?」


 モニターに次の能力が映し出される。


「次は、『植物操作能力』です。生きている植物を操ることが出来る能力です。現在の総統閣下は蔦を操る他、木の実を落として攻撃することも出来ます」

「アレは痛かったな……」


 思わず頭をさする。百合は植物を操作して私の頭の上にクルミを落としてきたのだ。予想外の場所からの奇襲に私は反応できず、見事脳天に直撃する羽目になった。


「しかし植物を急速成長させるといった現象は未だ確認されていません。樹木を倒れさせるといった力も」

「まだそこまで定着が進んでいないのか、それとも百合の能力の限界か……しかし強力なことに変わりは無い」

「森林では無敵の能力ですからね」


 足を取る、視界を阻害する、気を逸らす。直接的な攻撃能力に乏しくてもこれだけ出来れば十分過ぎるアドバンテージだ。


「続けて、今回判明した『重力操作能力』。重力、反重力を操り駆使出来ます」

「あれか……実際どれくらいのポテンシャルがあるんだ? 押しつぶす、弾き返す以外の事は?」

「歴代総統の中には、重力でビルを平らにしたり、反重力で空を飛んだりする例が存在しました」


 飛べるのか……。そりゃそうだ。反重力を足元に発生させれば簡単に浮ける。制御にも重力などを使えば空中浮遊、いや飛行は習得できるだろう。

 問題は、生身で空を飛ぶという度胸か。


「他は?」

「一瞬、総統閣下の瞳が紅く光りました。恐らくは『邪眼』の初期兆候かと」

「具体的な効果は」

「目を合わせた対象を麻痺、もしくは石化させます。どちらになるかは総統閣下の資質によるかと」

「ふむ」


 邪眼か……目を合わせるだけで発動する能力とは中々強力だ。

 石化ならば言うまでも無く超強力。麻痺でも十分強い。ほぼ無条件で動きを止められるなんて羨まし過ぎる。私なんて全力の放電でもユニコルオン痺れなかったぞ。


 ドクターはモニターを切りながら「以上です」と説明を締めくくった。


「御苦労。データの研究は改造室諸君に任せる。今日はもう解散だ」

「はっ。了解しました」


 研究員たちは皆敬礼して、退室していく。別の部屋でデータの解析をするのだろう。

 私は残ったヘルガーに振り返って問うた。


「……百合強くない? 能力テンコ盛りなんだけど」

「それが総統閣下の総統紋だ。まだ増えるだろうよ」

「えぇ……」


 百合の能力はどれも反則級で、改造した私ですら足元に及ばない強力な戦闘能力を秘めている。

 どれか一つの能力でもまともに扱えるようになったら、私は一瞬で完封されるだろう。

 ヘルガーの前で百合が強かろうが私が守ると断言した記憶があるが、さしもの私も手の平を返したくなる様な隔絶した能力だ。まさにラスボス級。


「……守らなくていいんじゃない?」

「お前、前と言っていたことが違うぞ」

「でも、強すぎじゃん。何、重力操作って。なんでも出来るじゃん……」

「歴代の戦闘員たちも、同じように感じたんだろうなぁ」

「あぁだから歴代総統は早死にだったのか……?」


 あれだけの力を見せつけられれば、戦闘員なら誰でも自分の存在意義に疑問を見出すよね。

 だが百合は争いを好まない。実際の戦闘では役に立たないだろう。

 だから、今代に限っては戦闘員も十分役割がある筈だ。


 問題は……あれほどの力を持った総統でも負ける相手こそがヒーローということだ。

 私たちが戦う相手。

 正直、敵う気がしないが……しかしそれでもやらなきゃならん。


「やれやれ……前途多難だな」


 いつかにも言った台詞を吐いて、私は軍帽を深く被り直した。






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