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「――お生憎、俺は道具使いなのさ」




 空からの蹴撃が、沢の縁へと着弾する。派手な水飛沫に爆ぜるそこは、一瞬前まで私たちのいた場所だった。

 脚部に仕込まれた鉄の爪が逃した獲物、つまり私たちを見据えてメタルヴァルチャーがゆっくりと立ち上がる。複製であり一人きりの怪人。しかし私たちにとっては魔王の如く恐ろしい相手だった。


「くっ……まさか空から追っ手が来るとはね……」


 メタルヴァルチャーの急降下攻撃に気付いた私たちは、一瞬早く飛び退いた。おかげで三人とも一応無事だ。だからといって、飛沫に濡れててらてらと黒光るあの怪人を倒せるとは限らないが。

 その姿を見たコールスローが舌打ちをする。


「ちっ……よりにもよってメタルヴァルチャーの旦那かよ」

「知り合い? って、そりゃそうか」


 コールスローは予言者によって集められたところを一網打尽にされたと言っていた。複製を生み出す素体として捕らえる為に。知己から知己を生み出すイザヤの性質上、集められたのは多少なりとも関わりのある相手だったのだろう。


「あぁ、仕事仲間さ。だからこそ、厄介なことを知っている……」

「奇遇だね、私もだよ」


 遊園地で戦った空戦の厄介さを思い出し、辟易とする。空を飛んで敵わなかった相手だ。それすらも出来ない今の私じゃどうなるか、確かめるまでも無い。そしてコールスローに道具は無く、はやても魔法少女に変身出来ない。

 戦うことは論外だ。


「! 来るぞ!」


 コールスローの警告に、私たちはさっと散開する。私たちの固まっていた場所を、機械の翼で滑空するメタルヴァルチャーが通り過ぎる。遅れていたら、脚の爪の餌食になっていた。


「森の中へ逃げよう!」


 そう私は叫び、木々の間へと走った。空けた場所である沢でまごまごしているのは絶望的に不利。少なくとも立ち並ぶ木の所為でまともに飛べない森の中なら、まだ逃げられる。私に続き、二人も沢から離れる。


「………」


 木の枝に着地したメタルヴァルチャーはそんな私たちを見下ろしながら、片手を口元へと持っていく。


 ピューィ!!


「!!」


 鳴り響く甲高い音に息を呑む。今の口笛は……明らかに他への合図! つまり増援だ!


「くそっ!」


 流石に追っ手がメタルヴァルチャー一体という訳はないか! 口笛の届け先は恐らく黒死蝶の兵隊たち。空と人海戦術の双方で私たちを追い詰める気だ。モタモタしていては囲まれてチェックメイトになる。

 いや、それすらも希望的観測か。待つまでも無いと言わんばかりにメタルヴァルチャーは再び跳躍した。


「な、飛べるのか!?」


 森の中は障害物の無い空とは違い、邪魔だらけ。木と枝と葉が邪魔して思うように飛べない筈。だからこそ私たちは森の中へ逃げ出した。

 だというのに、メタルヴァルチャーはすいすいと枝葉を避けて滑空する。


「嘘で、しょぉ!?」


 まるでレールが敷かれているかのように最短距離で接近してきたインクの猛禽は、そのまま私へと向かって右手を振りかぶる。咄嗟に私がしゃがんだすぐ上を、掴もうと振られた腕がすり抜けた。

 捕まえ……ようとしている! 目的は抹殺よりも、捕獲ってこと?


 空振ったメタルヴァルチャーはそのまま私を通り過ぎていく。地面か木にぶつかるかと思いきや、くるりと体の向きを変えて私の方を振り向き、木の幹を蹴って再び私へと跳んできた。


「や……」

「させ、っかよぉ!」


 しゃがんで躱すことの不可能だったその再襲撃を止めたのは、コールスローの横合いからのタックルだった。


「コールスロー!」


 もつれこんだ二人は私から逸れ木に衝突する。


「ぐへっ!」

「……!」


 二人は揃って地に落ち、そして即座に立ち上がって構える。


「! うおっ!」


 先に攻撃したのはメタルヴァルチャーだ。容赦ない蹴りがコールスローを狙い、そしてバックステップで躱された事で一本の木が犠牲となった。凶悪な鋭い音と共に大きく木が揺れる。身代わりになった木には、無残な爪痕が刻まれた。


「……コールスローは、殺しに来てる?」


 機械の爪を隠すこともせず、当たれば必死の攻撃をしてみせたメタルヴァルチャーに対応の違いを感じる。今さっき、メタルヴァルチャーは私のことを捕まえようとしていた。しかしコールスローには容赦ない。

 まただ。また明らかに私は優遇されている。いやはやてもなのかもしれないが……多分、はやては私の余録だ。私のために、はやてを傷つけないようにしているという気がする。


『ふふ……悪の組織の摂政も、流石に困惑するようだね』


 予言者は、出会った時から私を見ていた。やはり、予言者は私に因縁が……?


「のわぁ!」


 っと、思考に耽っている暇は無い。一方的な攻撃に逃げ惑っているコールスローの悲鳴で私は我に返り、一先ずここを脱する為に動く。


「こ、っちだ鳥公!」


 私はメタルヴァルチャーに向かって、電気を流すことで赤熱化させた腕輪ごと左手を振りかぶる。それに気付いて振り返ったメタルヴァルチャーは、流石に鉄を溶断する一撃を受けてはまずいと考えたのか、コールスローへの追撃を止めて飛び退いた。


「やっぱり」


 逆撃は無かった。今の攻撃、メタルヴァルチャーなら爪を展開した蹴りで私の腕ごと切断できた筈だ。そうしなかったのは、やっぱり私を無用に傷つけることを禁じられている。

 だったら逆に、私とやり合うのは戦いづらい筈だ。メタルヴァルチャーと対面し、這々の体で逃げるコールスローを横目にしながら私は叫ぶ。


「私が戦う!」

「エリザ!」


 はやての声が背中にかかるが、今は丸腰の少女であるはやてと、赤熱する腕輪があって筋力増強の施術も残っている私とじゃどう考えても私が戦うべきだ。

 メタルヴァルチャーは立ち向かってくる私に対して少し戸惑う仕草を見せた後、徒手を構えた。無手で私を制圧する腹づもりのようだ。


「流石にそれなら、私が有利!」


 リーチがほぼ同じ、そして素手なら腕輪のある私の方が断然有利だ。煌々と輝く左腕を振るう。


「……!」


 メタルヴァルチャーは身を逸らして腕輪を躱し、私を掴もうと両手を伸ばす。それを想定していた私は腕輪を引き戻して盾のように構える。すると警戒したメタルヴァルチャーは手を止め、距離を取った。

 思った通り、この腕輪に触れれば流石にメタルヴァルチャーもタダではすまないようだ。守りとしても十分通用する。だが私の電気を吸い上げて稼働している以上、長引かせると先に私が枯渇する。攻めるか守るか、難しいところだ。

 数瞬の硬直状態の後、私から動く。


「せりゃあっ!」


 左腕では無い、ローキック。メタルヴァルチャーの腿を狙った一撃だ。それをメタルヴァルチャーは、甘んじて受ける。左腕を警戒しているからだ。下手に躱して腕輪の追撃が来ることこそを恐れた。

 そして、それ以外の私の攻撃が痛打にならないと考えての行動だろう。事実、私のキックに何の痛痒も見せていない。

 何度かそれを繰り返す。状況は発展しない。業を煮やした私がそろそろ左腕を振るうかと考えた矢先、メタルヴァルチャーの方も鬱陶しく思ったのか向こうの方が先に動いた。

 数度目に腿に突き刺さった私のキック。その脚をメタルヴァルチャーは掴み取った。


「げっ!」


 やばい、と私が反応するよりも早く、脚を抱え上げたメタルヴァルチャーは私を振り回す。ジャイアントスイング。私の体が宙に浮く。


「うわぁっ!?」

「エリザ!」


 はやての悲鳴を聞きながら、ぐるぐる回る景色に目を回す。そして一瞬の浮遊感の後、私は投げ出された。


「っ……ぐはっ!」


 体勢を立て直す暇も無い。私は茂みに突っ込み、背中を地面に打ち付けた。


「ぐっ……痛っ」


 背中が痛い、痛いが、まだ戦える。しかし立ち上がった私へと近づいてくるメタルヴァルチャーと比べ、明らかに動きが鈍くなっているのも確か。


「くっ……」


 私はメタルヴァルチャーに背を向け駆け出した。このまま戦っても勝ち目は無い。

 走り出した私に対し、メタルヴァルチャーは慌てること無く跳躍した。当然だ。何せメタルヴァルチャーには機械の翼がある。木々があっても奴の技術なら走って追うよりも断然速い。

 全力ダッシュで逃げる私に、滑空するメタルヴァルチャーは悠々と追いつく。


「やばっ――」


 もう手を伸ばせば届く距離。だからこそ、見えない。


「――く無い、ね!」


 そして私はその場でスライディングした。そして私の体に隠れて見えなかったものがメタルヴァルチャーの視界に露わになる。


 木々の間に張り巡らされた、紐が。


「!?」

「――お生憎、俺は道具使いなのさ」


 逃げるフリして密かに罠を張っていたコールスローのニヤけ顔を前に、メタルヴァルチャーは勢いのままに絡まった。






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