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「こっち来い。モフらせろ」




「くっそあいつら、結局半日拘束しやがって……」


 施術を終えた私は割り当てられた寝室のベッドに座り込んだ。

 可愛いパジャマだとかに興味の無い私は寝る時は基本的に裸だ。壁に立てかけてある姿見に、私の裸身が映る。

 背中に届く黒い髪、未だ見慣れぬ薄紫の瞳。そして白っぽい肌に三か所刻まれたバーコード……。

 一つは左目の下、発電能力の証。

 二つは左二の腕。筋力増加施術の証。

 そして三つ目は左の鼠径部辺りについた、三回目の手術を終えた証拠。

 全部左側に集中しているのは私の要望だ。左半身を見ればどれだけ施術したのかが分かりやすくて助かる。

 まだローゼンクロイツ摂政に就任してから半月も経っていない。短期間で随分様変わりしたものだと、己の体ながら感心してしまった。


 結局、新技術の小改造はすぐさま効果を発揮するような類では無かった。

 私の強さはあまり変わらず、ついでに増加筋力の調整をおこなったくらいで対して施術前と施術後で変化は無い。

 しかし全くの無駄では無いだろうから、いずれ役に立つのを待つだけだ。


「はぁ……」


 背を倒し、仰向けにベッドに倒れ込む。

 やっぱりというかなんというか、悪の組織の運営というのは疲れる。まぁ悪の組織に限らず大抵の団体はそうなのだろうけど。

 しかし弱音を吐いてはいられない。百合の将来がかかっているのだ。手を抜いて百合を煩わせる訳にはいかない。

 ……だが疲労が蓄積してきたのは確かだ。結局昨日の休憩もほとんどドクターに付き合った訳だし。


「むぅー……癒しが欲しいな」


 無論私にとって最大の癒しは百合であるが、今百合は新総統に就任したばかりで忙しい時期だ。仕事の大半を私とヤクトで肩代わりしているが、それでも女子高生にとっては荷が重い量の仕事がある。なので、休ませられる時は出来るだけ休ませてあげたい。

 癒されたいからと、就寝中に突撃するなどもっての外だ。

 どうしたものかと頭を悩ませていると、寝室のドアがノックされた。


「おい、頼まれていた資料持って来たぞ」


 ヘルガーの声だった。

 あぁ、そう言えば今日図書室で見かけた気になる資料を持ってくるように頼んでいたんだっけか。結局ドクターに呼び出されて図書室を見学する時間は無かったからね。

 部屋に入る許可を出そう起き上がって、体にかけていたシーツが腿の上に滑り落ちる。そういえば今、裸だっけ。

 まぁ、いっか。


「入りたまえ」


 私は許可を出し、白いドアがガチャリと開く。

 部屋に入るや否や、複数の本を抱えたヘルガーはぎょっと目を見開いた。


「お、お前服……!」

「なんだ? 少女の裸を見て嬉しいのか変態?」

「ばっか、お前……ちっ!」


 ヘルガーは舌打ちをして目線を逸らし、本を机の上に置いて立ち去ろうとする。その際、軍服から伸びる尻尾が揺れた。

 ……柔らかそうだな。


「ヘルガー」

「あん? まだなんか用か?」

「こっち来い。モフらせろ」

「はぁ!?」


 狼男が何やら驚愕の声を上げるが、知ったことではない。今や私はヘルガーの狼らしい少しボサついた灰色の毛皮を触りたくて仕方が無かった。


「早く来い」

「いや、どうしたお前……」

「上官命令だぞ。はよ」


 有無を言わさず、手招きする。

 ヘルガーは私の気が変わることが無いと察したのか、溜息をついて私の座るベッドへと歩み寄って来た。


「別に触っても楽しくないと思うがな……ほらよ」


 そう言ってヘルガーは私の目の前に腕を差し出した。

 違うそうじゃない。


「こっち来い」

「んな、だぁ!?」


 私はヘルガーの出した腕を強引に引っ張り、ベッドに引きずり込んだ。体勢を崩してベッドの上に倒れるヘルガーの隙を突き、軍服の上着を剥ぎ取った。灰色の上半身が露わになる。


「なぁ!?」

「これでよし」


 満足した私は、ヘルガーの胸の中へと飛び込んだ。

 その胸毛を存分に堪能する。


「むふー……チクチクする」

「お前……いやもう何も言うまい」


 諦めたように顔を覆ったヘルガーは、私が飛びこむ際に放り捨てたシーツを手繰り寄せて私に被せる。まぁ私がヘルガーの毛皮をモフって擦りついている為、上半身にはかからなかったが。

 両手いっぱいで抱きついて、毛皮の感触を楽しむ。灰色の毛は意外と硬くて、期待していた程の柔らかさはない。けど触り心地は案外悪くなくて、落ち着く手触りだ。分厚い胸板の安定感と相まって、まるで原っぱに寝転がるような安心感が得られた。

 うん、いいモフっぷりだ。癒される。


「んー♪」

「……なんだよお前、疲れてたのか?」


 崩れた私の髪を撫でつけつつ、ヘルガーが問う。

 否と答えたいところだが、癒しを求めるということは大なり小なり疲労、疲弊していることに他ならない。誤魔化す事は出来ないだろう。


「んー、まぁね。やっぱり慣れるまでは、さ」

「……別に無理して組織に居る必要は無いんじゃないか?」


 ヘルガーは私の腕に刻まれたバーコードをなぞりながら言う。


「総統閣下はお強い。今はまだだろうが、もう少しすればそんじょそこらのヒーローを圧倒出来る力が身に付く筈――」

「いや、歴代総統早死にしてるじゃん」


 ローゼンクロイツ総統の代替わりは早い。ここ十年で五回のペースだ。

 単純計算で百合の寿命は後二年と宣告されたようなものである。


「お前ら不甲斐なさすぎだよ……そう思わないの?」

「むぅ……否定は出来ん。しかし、仕方のない部分はある」

「と言うと?」


 ヘルガーは少しバツの悪そうな顔をしながら答えた。


「歴代総統閣下の悪口を言うようで心苦しいのだが……。実は歴代総統のほとんどは前線に出たがることが多いのだ。なまじ圧倒的な力を持っているだけにな」

「あー」


 つまり「部下共にちまちまやらせるぐらいなら俺の圧倒的な力で全部ブッ潰してやるぜぇ!」っていう総統が多かったのだろう。総統紋の与えるパワーならば並大抵のヒーローや軍隊を相手にして不足は無い。

 しかし、決して無敵では無いのだ。その証拠に先代は討たれている。しかも記録によれば警察の放った銃弾が致命傷らしい。

 強靭な肉体を以てしても、生物である限り無敵はあり得ない。今までの総統はその辺りを理解していない人間が多かったのだろう。

 というか、普通に総統の細々とした業務が嫌だったのかもしれない。総統紋は唐突に現れる物だから、突然職種の変更を余儀なくされて激務に放られるとしたら、そりゃ楽に暴れて解決する手段を取るだろうな。

 しかし百合はそんなことしないし、させない。

 そう考えると、百合が総統になったのはローゼンクロイツにとって大きなターニングポイントかも知れないな。


「だから、お前らも百合を……」

「エリザ?」


 言葉が上手く紡げない。意識が遠のく。

 あれ、なんで……?

 その答えが出る暇もなく、私の瞼は降りて思考は闇に閉ざされた。






 ◇ ◇ ◇






「エリザ? おい……」


 突然言葉を断ったエリザの肩を揺らす。

 その返答は、寝息だった。


「……寝たのか」


 見下ろせば、目の前には穏やかな表情で眠るエリザの姿。

 そういえば疲れているようだった。もしかしたら寝られたのも久々なのかもしれない。それくらいの激務だったからな……。

 ベッドに寝かせてやろうとエリザの手を持ったが、離れない。

 見てみれば、俺の胸毛ががっしりと握られていた。


「げ、おい……」


 筋力増強しているエリザは握力も強化されている。迂闊に引き剥がそうとすれば俺の胸毛もごっそり引き抜かれていしまうだろう。

 それに、もう片方の腕は俺の腰に回されている。こっちも抱きつくような強い力だ。改造している俺の体ならばビクともしないが、こっちも剥がそうとすれば力がいる。そうなれば怪我を負わせてしまうかも知れない。

 目の前の一見華奢な体は、それを躊躇わせる外見をしていた。


「……しゃあねぇ」


 俺は起こさないよう移動しつつ、背中を壁に預けた。ついでにシーツも手繰り寄せ、肩まで掛けてやる。

 すやすやと俺の懐で眠る摂政殿は、まるで生まれて数日の赤子のようだ。


「……仕事が無くて助かった」


 コイツがいなけりゃ、今の俺には仕事が無い。ここを離れる理由は無い。

 初めて今の身分に感謝した。






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― 新着の感想 ―
[一言] 疲れて弱みを見せてしまうエリザさん、そしてなんだかんだ言いながら受け止めるヘルガーさん、好きです
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