「快適だよ、って言って欲しいのかな」
「……いやぁ、しくったなぁ。まぁ牢屋暮らしには慣れてきたけど」
牢屋のベッドで横たわりながら私は――紅葉エリザは独りごちた。
あの時予言者に負けた私は、捕らえられて牢屋に放り込まれた。はやても一緒だ。
中々に清潔な牢屋は二人で過ごす分には十分な広さで、案外快適だった。衣服は囚人服だが拘束も特にされていない。しかも翼の生えたはやての為に背中の開いたデザインの服を用意してくれるくらいだ。至れり尽くせりだな。
そんな中ではやては目の前でずぅーんと沈んでいた。
「ごめんねエリザ……私が役立たずで……」
「いやぁ別に。仕方ないと思うけど」
俯いたはやてからは、陰鬱さがオーラとなって滲み出ているかのようだった。
こんな調子ではやてはずっと落ち込んでいる。もう一週間ほど経つのに。
「元気出しなよ。あんなものを見せられてショッキングじゃ無い方がおかしいし」
あれははやてにとって一番忌み嫌う姿だった。彼女は自分を調伏したバイドローンを嫌悪し恐怖している。そしてそれに屈した自分を情けないと思っている。そんな彼女にとって、完全にキメラと化してしまった『もしも』はこの上なく受け入れがたいものだった。そうなれば、ショックのあまり変身解除になってしまっても仕方の無いことだ。
そう私が宥めてもはやては落ち込み続ける。
「でも私はエリザの護衛だったのに……これじゃ百合にも申し訳が立たないよ……」
……百合か。
それは私も心配だ。連絡のつかなくなった私に、百合は狼狽していることだろう。優しい妹の心を痛めさせているという事実に胸が重くなる。
だけどこの場に閉じ込められている以上、外とは連絡の取りようが無い。
「脱出しようにも……ねぇ」
私は左手首に嵌まった腕輪を見て嘆息した。
この腕輪は電気を吸収する避雷針のような性質を持つ。つまり私の発電機関は完全に封じられてしまっていた。これでは私の戦力は九割方減だ。
はやても同じだ。といっても彼女は封印では無く没収。変身に必要な宝石であるアンバーを奪われ、魔法少女には変身出来なくなってしまった。
つまりこの場にいるのはちょっと力の強いだけの女と翼の生えた少女だけなのだ。脱出のしようが無い。
「……私が変身出来れば」
「だから無理でしょ。それより、羽は大丈夫?」
私は彼女の体を心配した。はやては定期的に薬を飲まねば発作を起こす。こんな牢屋に入れられれば、当然その薬は供与されない。心配だ。
「あ……うん。時折翼は動かなくなるけど痛みは少ないかな」
「そう? まぁ痛くなったら言ってね。撫でるくらいはしてあげられるから」
「え? ほんと?」
落ち込んでいた筈のはやては突然パッと顔を起こし私の方を向いた。心なしか瞳がキラキラ輝いている。その変化に私は首を傾げながらも頷いた。
「う、うん。それぐらいなら別に……」
「じゃ、じゃあ痛くなったら言うね! 絶対だからね!」
「なんか楽しみにしてない?」
まぁ、元気出たならいいけど。
そんな風に話していると格子の外に人の気配がした。
「誰?」
「僕だよ。どうしてるかなって気になってさ」
予言者だった。相変わらず黒いレインコートにマスクをしている。今日はイザヤを連れていない。というか、出していない、か。
はやてが敵意に満ちた視線で睨んでいる横で、私は肩を竦めて応じた。
「快適だよ、って言って欲しいのかな」
「それはそうだね。僕らとしては可能な限り厚遇しているつもりなのだから」
おや、と思う。どうやら私たちを無碍に扱うつもりは無いらしい。
「なら外を散歩したいな」
「残念だけどそれは無理だね。運動器具なら差し入れるよ」
「ま、そりゃそうか」
余程逃がしたくは無いらしい。それにしては尋問もされないが……。
目的が分からない。私たちを拉致してどうするつもりなんだ。
「こんなことをしても、ローゼンクロイツがいずれ突き止めると思うけど」
「それは無いね」
自信満々に予言者は言った。どこか憮然としている。
「君の欠けたローゼンクロイツじゃここを見つけることすら出来ないよ」
「……それはそれは、過大な評価は嬉しいが……」
なんだ? ローゼンクロイツを見くびっている、いや見下している? つまりそこまでの恨みを買っている相手と言うことか?
もしかしたら、狙われたのは昴星官では無く私たちローゼンクロイツか……?
だとするなら、昴星官コーポレーションという存在が巨大な罠だった可能性がある。というより、支社長が成り代わられていたんだからそうなんだろう。最初から私たちが狙いで。
「ローゼンクロイツを恨んでいるのか?」
「……さて、どうかな」
肝心な部分をはぐらかした予言者は踵を返した。
「とにかく、変な動きはしないようにと再三伝えておくよ。もし外と連絡を取る素振りなんて見せれば、君らを拘束しなきゃいけなくなる」
「肝に命じておくよ」
ひらひらと手を振って答えた私の言葉に予言者は頷き、去って行った。
見えなくなったところで私は息をつく。
「ふぅ。しかしなんだろうな。予言者は私たちローゼンクロイツに何か恨みを持っているんだろうか。確かに私は摂政だけど、私一人がいなくなれば瓦解するような脆い組織でも無い。何をもって私を攫った……?」
疑問は一杯だ。しかし考えても答えは出ない。
思案していると、背にした壁がコツンと鳴った。
「? 何だ、いや、誰だ?」
振り返ると同時に、もう一度鳴る。そこで私はその音がノックだということに気付いた。牢屋の隣は、やはり牢屋だろう。
「お隣さん、か」
「へへっ、ご名答」
聞こえたのは若そうな男の声だ。聞き覚えは無い。
「アンタ、ローゼンクロイツの幹部さんなんだろ? あのいけ好かない予言者さんとの会話を聞いてたぜ」
「盗み聞きとは流石に囚人だな。如何にも私は秘密結社ローゼンクロイツの摂政だが、お前は?」
私が問うと、男は名乗った。
「俺はまぁ、本名はいいか。人は俺を、残飯野郎って呼ぶぜ」
「コールスロー……コールスローだって?」
それは確か、レインコートの一員の可能性が高いとしてピックアップした傭兵怪人の名だ。
レインコートとして立ち塞がったインク人間は囚われている可能性が高いと予測していたが、まさか本当だったとは。
「つまり倒されたらお前から複製していたということか」
「おっ、そこまで知ってるのか。そうだぜ、あのインクの偽モンがやられちまうと、予言者は俺のところによって頭を触るんだ。そこからインクが染み出して、俺の知っている傭兵になる」
「成程、随分苦しめられたよ」
どうやらこのコールスローがあの複製傭兵たちの元だったらしい。つまりインク人間が一度消えたら、また複製元に触って生み出す必要がある。あの時予言者から染み出してきた兵隊は、予言者自身が知っていたからなのだろう。しかし強力な怪人を生み出すには捕らえた怪人から生み出さなければならない為、生かす必要がある。
……案外私もその為に生かされている可能性はあるな。私はローゼンクロイツの怪人は大体頭に入れてるからな。そうすると、彼と同じ境遇なにかもな。
「なら君も厚遇されているのかな? 姿は見えないが、外に出られない以外は快適だろう?」
「あ? これが厚遇なら犬小屋も天国だろうな」
「……何?」
隣の部屋から大いに嘆き悲しむ声が響いた。
「手は縛られ首には爆弾つきの首輪! 一切の自由は無く、酒も煙草も出来やしない! 拷問だよ! 俺はインク野郎を生み出せればそれでいいのさ! 何だったら必要なのは頭だけだからな!」
……どうやら彼は酷い状況のようだ。どうしてこうも違う? やはり私は特別なのか?
取り敢えず私は彼に同情した。酒はともかく、身動きが取れないのは哀れだ。
「それは可哀想に。私の方は特に拘束がされてないな。精々がこの電気を吸収する腕輪くらいか」
「畜生……あ? 電気を吸収する腕輪?」
コールスローの声音が変わる。
「それって、真っ黒ながら中央に赤いラインの走ったオシャレなやつか?」
「あぁ、言われてみればそんなデザインだな。オシャレかどうかは分からないが」
「……ククク、アハハハハ! 俺にもツキが回ってきたか!」
高らかな笑い声を上げたコールスローは、一転して声を潜めて私に囁いた。
「なぁアンタ、脱出したくないか?」




