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「これは、どうも。挨拶が遅れて申し訳ない」




 秘密裏に通されたのは昴星官コーポレーション日本支社の一室だった。監視カメラの類いは見かけられず、急な訪問にも関わらず配慮してくれているのを感じた。一緒に着いてきたヤクトも、あまり目立たないように通してくれる。


「ごめんね、貴女と言えど、アポも無しに支社長には合わせられないの」


 連絡を取って直接会った美月ちゃんに告げられたのは、そんな言葉だった。

 半ば予想していた答えに、私は食い下がる。


「……お願い、少し話をさせてもらうだけでもいいの。お姉ちゃんの行方について何か知ってるかもしれない」

「でも、会った形跡は無いわ。支社長室には監視カメラもついてるけど、そこにも何も無かった(・・・・・・)もの」


 美月ちゃんは首を横に振った。でもそれしか手掛かりは無い。どうにかして会わなくちゃ。


「じゃあ、アポはいつ取れる? こっちの予定はいつでもよくて、なるべく早くに会えるように」

「ごめんなさい……ここしばらくは埋まってるの。早くても数ヶ月先になってしまうわ」


 ……やっぱり、会えない。

 お姉ちゃんはここに違和感を覚えたんだ。悪の組織と契約関係を結ぶなんて大事、支社長が関わっていないなんて筈無いのに。一切会えないのはおかしい。

 何かあるんだ。そしてお姉ちゃんは深入りして敵の手に墜ちた。だからお姉ちゃんを救うためには、その敵の懐へと自分から飛び込むしか無い。


「ねぇ、その支社長本当にシロなの?」


 私は支社長を疑う。自分で本当にそう感じたわけじゃない。でもお姉ちゃんが疑問に思ったのなら、きっとその方が正しい。ごく普通の高校生である私とは違い、お姉ちゃんは非凡だから。


「……お姉さんからそう聞いたの?」

「ううん。でも、そんなに会えないのっておかしいよ」

「………」


 顎に手を当てて考え込む美月ちゃん。う、確かに私、酷い事言ったかも。支社長はつまり、美月ちゃんのお父さんなんだから。誰だって自分の父親を悪く言われるのは嫌だよね。

 でもこれを逃がしたらお姉ちゃんに続く蜘蛛の糸は断ち切れちゃう。どうにか、通さないと……。


「分かった、いいわ」

「……え、いいの?」


 あっさりと出た許可に私は目を丸くする。


「えぇ、疑われまでしたら信じてもらう為に会ってもらうしかないわ。黒死蝶に対抗する為には貴女たちの力が必要なんだから」


 うっ、武力で脅しをかけているみたいでちょっと罪悪感。でもこれで支社長に会える。


「えぇっと、いつかな?」

「何だったら今日でもいいわ。そろそろお昼時だし、その時間ならなんとか会える時間を作れるわ」


 えぇっ!? なんかすごいトントン拍子だ。まさかこんなスムーズに行くなんて!

 喜ぶ私。でもその一方で隣のヤクトは唸った。


「……何故、今になって快諾を。摂政殿の時に了承してくれていれば」

「こちらとしても言い寄られたからの苦渋の決断です。支社長はお忙しいですから」


 そうヤクトに答えた美月ちゃんは椅子から立ち上がった。


「では早速行きましょうか。会うのは二人だけよね」

「うん。他の護衛は連れてけど、部屋の前で待たせるよ」


 ローゼンクロイツの総統である私には多くの護衛がついている。特に前に危険な目に遭いかけてからはその数は増員している。その一件の原因となった黒死蝶が襲ってくるかも知れないとなれば尚更だ。

 でも護衛の大部分は外を警戒していて、社内に入っているのは半分くらいだ。その半分も社内に散っていて、私についてくる護衛は基本的にヤクトともう二人だけだ。その二人も、基本的には部屋の外で見張らせている。

 ヤクトが私の隣につくのは、護衛の中で一番強いからだ。その為だけの怪人と言ってもいい。実際、ユニコルオンと対峙した時は守ってくれた。

 だからたった一人の直衛でも、もっとも信頼できる。


「じゃあ、行こうか」


 私とヤクトは頷き合い、美月ちゃんの後に続いた。






 案内されたのは支社の最上階。社内の中でも特に清潔で、その階には扉が一つだけ存在した。扉に掛けられたプレートには『支社長室』と刻まれている。


「支社長、入ります」


 軽くノックして美月ちゃんが入室する。私も後に続いて部屋に入る。勿論ヤクトも一緒だ。他の護衛は部屋の前に待たせる。

 部屋に入るといくつもの調度品に、一面の壁全部がガラス張りになった窓。そして執務机の向こうに……


 支社長らしき初老の男性が座っていた。


「これは、どうも。挨拶が遅れて申し訳ない」


 朗らかに話しかけてきたのは、間違いない。前にお姉ちゃんに持ってきてもらった資料で見たのと同じ顔だ。先に美月ちゃんが連絡していたのか、入ってきた私たちに驚くことも無く対応した。


「赤星大悟です。この度はご協力いただいているのにも関わらずお話しできず、すみませんでした」

「い、いえいえ! あ、私はローゼンクロイツで総統を務めているものです。名前は、えー」


 私は名乗ろうとして、ちょっと困った。というのも、お姉ちゃんからローゼンクロイツ総統として活動する時は名前を出さないようにすることを言いつけられていたからだ。もし私が悪の組織と関係の無い日常に戻れるようになった時の為に、悪名を広げないようにという配慮だった。お姉ちゃんは特にこの点を徹底していて、私の本名は外部へは全く漏れていない。

 だけど、支社長は美月ちゃんのお父さんだ。私が言わなくても、知ってるんじゃ……。


「ははは、大丈夫です。娘から詳細は伺っています。公言はしませんよ」

「あ、ありがとうございます」


 よかった。話の分かる人だ。物腰も柔らかい。

 私はまだ第一印象だけだけど、この人が悪い人のようには思えなかった。お姉ちゃんが行方不明になったのは、別件かも知れない。


「いやはや、本当に忙しくてね。挨拶ぐらいはしなくてはと思ったんですが、暇が作れなくてね」

「いえ、こちらも無理に押しかけてごめんなさい」


 どうやら本当に忙しかっただけかな? 何度も謝ってくれる支社長に、私はなんとなく親しみを感じていた。


「娘もお世話になったようで」

「あ、いえ! むしろ美月ちゃんには迷惑掛けてるっていうか……」

「ははは、いや貴女のお話は娘からよく伺いましたから。何でも親友とか?」

「え!? いや、えへへへ」


 親友……うん、親友だ。

 でもこうして他人から言われるとちょっとこそばゆいな。


「父さん、やめて」


 そんな風に照れていると、美月ちゃんが不機嫌そうな声でそう言った。

 支社長は戯けたように肩を竦める。


「やれやれ、最近は反抗期のようで」

「普通のことを言ってるだけ。父さんこそ変なこと言わないで」

「ははは、家でもこんな風ですよ」


 なんて言い合う二人はまさに父と娘だった。美月ちゃんは私と遊んでいる時もあんな感じになることはあったけど、お父さんに対してもそうなんだ。


 それからの対話は、次の予定までの限られた時間というのもあったが至極スムーズに進んだ。といっても私は本当に忙しいだけなのかということと、お姉ちゃんの安否を知らないかということが聞きたかっただけなので問うことも少なかった。後者は空振りに終わったが、前者は確認できた。どうやらお姉ちゃんの思い過ごしだったみたいだ。

 私はお姉ちゃんの捜索を続けながらも引き続き昴星官の護衛を務めることを約束した。


「では、そろそろ。次の予定も近いので」

「あ、はい。今日はお忙しいところ申し訳ありませんでした」

「いやなんの。こちらも娘の友達と話せて良い機会でした」

「父さん」

「ははは……」


 礼を言って支社長から退室した。美月ちゃんに支社の外まで見送ってもらいながら、印象を話す。


「疑ってごめんね。いい人だったね」

「……そうね。そう思うわ」


 丁度入り口前の階段を降りていたので、その時の美月ちゃんの顔は見えなかった。


「それより、力になれなくてごめんなさい」

「ううん! 疑いが一つ晴れて、よかったよ」


 口ではそう私は言ったけど、内心はそうじゃない。

 折角の手掛かりが消えて、どうしようとすごく焦ってた。

 でも美月ちゃんの前で取り乱すわけには行かない。元演劇部員の経験を総動員して取り繕う。


「じゃあね、美月ちゃん。また何かあったら連絡するから」

「えぇ、百合。またね」


 美月ちゃんと固い握手を交わし、私たちは別れた。

 そして帰りの車の中で私は頭を抱える。


「どうしよう……どうしようヤクト! これじゃお姉ちゃんが見つからない……!」

「メアリアードを待ちましょう。広範囲の捜索も、それ以外も」


 ヤクトはそう言って私を宥めてくれるものの、焦燥は収まらない。

 お姉ちゃんがいなくなったなんて、お父さんお母さん、竜兄に合わせる顔が無いよ……。

 ……あれ? そう言えば。


(美月ちゃんたちを見てても、あんまり寂しくなかったな……)


 ふと自分の家族を思い出しそうなその光景にも、あまり思うことはなかった。

 それが何故なのか釈然としない気持ちを残しながらも、私はどうお姉ちゃんを探せば良いかということに頭は占められていった。






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