「待ってて、お姉ちゃん」
「……お姉ちゃん」
私は――紅葉百合は祈るような気持ちで総統室の椅子に座っていた。目の前ではヤクトが各処への通信を繰り返している。私はそこから言い知らせが聞こえるのを待つしか無い。
「どこ行ったの……」
――姉、紅葉エリザが行方不明になった。側近のはやてちゃんごと。
最後の足跡は、昨日昴星官コーポレーション日本支社の警備をしていたこと。でもお姉ちゃんがいなくなった瞬間は監視カメラに映っていなかった。美月ちゃんが社内を捜索してくれたけれど、痕跡の欠片すら見つからなかった。
失踪、あるいは誘拐。
自分から監視カメラの視界外に出た疑いがあり、お姉ちゃんの意思で失踪したのでは無いかという意見があるけど、私には信じられなかった。
お姉ちゃんは無茶をしても、私一人を残すようなことはしない。それは妹である私が一番良く知っている。
なら、どうして……。
「……総統閣下」
「何か分かった?」
藁にも縋る思いでヤクトに訊いても、首を横に振るだけだった。
「支社内をローゼンクロイツ構成員で再捜査しましたが、どこにも」
「……そう」
震える手を握り込んで抑える。心配で心臓が張り裂けそうだ……。
お姉ちゃんは誰にも言わずにいなくなることは無い。私か、ヤクト。それかヘルガーさんに必ず言う筈だ。でも、誰も聞いていない。
だとするなら、これは誘拐だ。何者かの仕業も見当がつく。今私たちローゼンクロイツが敵対しているのは謎の組織、黒死蝶。
「……無事でいて、お姉ちゃん」
捕まっているのなら助け出す。
でも最悪の想像が脳裏を過ぎる。
もし、殺されていたら――
「……っ」
ぎゅぅっと強くなった胸の痛み。苦しくて、たまらない。でも、私がなんとかしなきゃ……。
『姉や兄ってのはね、下の子に頼られるのが何より嬉しいのよ』
この総統室でお姉ちゃんが言った言葉を思い出す。お姉ちゃんはずっと変わらず、私を支え続けてくれた。どんなに怪我を負っても、危ない目に遭っても。
でも最後いつも、何事も無かったかのような笑顔を見せて帰ってきてくれた。
今度も、そうだって信じたい。信じたいのに……。
「総統閣下」
「……何? ヤクト」
「情報部門のメアリアードが面会を求めています。至急お伝えしたいことがあると……いかがなさいますか?」
……出来ることなら誰とも会いたくない。
けど、お姉ちゃんがいないからこそ総統として毅然と対応しなければならない。だから、私は頷いた。
「会います。通して」
しばらくすると、総統室の扉がノックされ女性の声が響く。ヤクトが入室を許可すると、黄色い薔薇を頭咲かせたキリリとした顔立ちの女性が現われた。
情報部門の幹部、メアリアードさん。会議の時はいつも顔を見てるけど、実際に話したことは少ない。
「……どうしたの? メアリアード」
総統としての演技を心がけ、背筋を伸ばして問う。目の前に立つメアリアードさんは如何にも仕事の出来る女性という感じで気後れしてしまうけど、立場は私の方が上だ。だからキチンとしなければ。
だけど、そんな私の心構えはあっという間に吹き飛ばされた。
「情報部の総力を挙げて捜索しているにも関わらず、摂政殿が未だ発見出来ない現状をお詫びに参りました」
『盗聴されている可能性があります』
思わず叫びそうになった私は慌てて口を塞いだ。
まったく違うことを口にしながらメアリアードさんが掲げている端末を見て、私は仰天した。ヤクトからも驚いた気配が伝わってくる。
盗聴? なんで?
「え……と……?」
戸惑う私を余所にメアリアードさんは続ける。
「現在広く捜索の手を広げていますが、何の手掛かりもまだ見つかっていません」
『摂政殿は本部が盗聴されている可能性を疑い、細心の注意を払っておりました。恐らくは罠に掛けられたであろう現状を見ると、どうやら本当のことだったようです』
端末に書かれていることはなおも私を驚かせる。
お姉ちゃんは盗聴を警戒していた。だから、私たちに何も伝えずに行動を起こして……それで、敵の罠にかかった。
「支社内も懸命に捜索しましたが、何の痕跡も見つかりませんでした」
『摂政殿はイザヤという存在についてと、昴星官支社長について調べておられました。摂政殿は後者に接触し、何らかの罠に掛けられた可能性があります』
また口から出そうになった声を無理矢理呑み込む。
昴星官の支社長……つまり、美月ちゃんのお父さんだ。
その人を調べて、お姉ちゃんはいなくなった……?
「現在、成果は上がっておりません。申し訳ありません。今後も捜索に尽力を尽くします」
『摂政殿が調べていたことを総統閣下の端末にダウンロードします。情報部でも秘密裏に調査しますが、今後の方針立てにご活用ください』
メアリアードさんがそう端末に映すと、私の端末にダウンロードが始まった。『イザヤ』『赤星』『黒死蝶』……様々な情報がディスプレイに映し出された。
「……うん、報告ありがとう。下がって良いよ」
もっと詳しく問いただしたい欲求を抑え、総統の仮面を被ってメアリアードさんに告げた。盗聴されているのなら、引き留めすぎるのは怪しまれてしまう。詳しい話はまたの機会に聞こう。
メアリアードさんは礼を言って下がり、総統室にはヤクトと二人きりになる。
「……ヤクト」
「はっ」
「美月ちゃんに話を聞きに行こう」
椅子から立ち上がった私は部屋に備え付けられたクローゼットの前に立ち、目立たなそうな服を選びながら言った。
「総統閣下自らが、ですか?」
「いつもお姉ちゃんは私の代わりに動いてくれた。だったら、今度は私が動く番」
選んだのは、ジーンズ。
私たち姉妹のファッションはお姉ちゃんがズボンで私がスカートなことが多かった。お姉ちゃんは動きやすい方が好きで、私は可愛い方が好きだから自然とそうなった。
けど今日は、私が動く。
「待ってて、お姉ちゃん」
私が絶対、助けるから!




