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「でも――可能性の映し身は、逆だ!!」




 動揺を押し隠し、改めて黒幕の身なりを観察する。

 複製傭兵たちと同じレインコート。顔全体を覆い、目の穴だけが空いたシンプルなマスク。声はボイスチェンジャーを通しているのか歪んでいる。身長は低目。男女どちらかは分からない。年齢も、からかうような態度が相まって見分けることが出来ない。少年のようにも若者のようにも、老練な知恵者にも思える。

 そして袖から出た両手が、人間であることを証明している。若く見えるが、手だけでは判別出来ない。


 敵。少なくとも味方では無い。

 それを認識した瞬間、はやてが私を庇うように前に出た。


「エリザ! アイツは……」

「うん、いやはや」


 いきなりの登場に内心動揺収まらないが、平静を装って黒死蝶に話しかける。


「つまりはアレかい? そもそも昴星官コーポレーションは黒死蝶の手に落ちていたと」

「そうでもないさ」


 黒幕は肩を竦める。


「実のところ会社の大部分は正常のままだ。それこそ、成り代われたのは支社長くらいでね。何も知らずに日々を暮らしている社員がほとんどさ」

「……本物の支社長は無事なのか?」


 支社長の椅子に座るインク人間を見つめながら訊いた。黒幕はやはり戯けた態度を崩さず答える。


「本物……本物ね。必要かい? 彼はまったく、機能を損なっていないというのにね」


 パチン、と黒幕が指を鳴らす。すると見る見る内に支社長の映し身が変化する。

 輪郭は変わりない。しかし色づく。

 黒一辺倒だった皮膚が血の通った肌色に塗り変わる。変化はそれだけに留まらず瞳が瞳孔を残して白く染まり、唇も赤くなった。

 そこにいたのは写真で見たのとまったく同じ、赤星支社長そのものだった。


「色が……!」


 私は驚きに唸った。今までのインク人間は真っ黒だった。レインコートを目深に被れば分からないが、それを剥げば普通の人間との違いは一目瞭然だ。私が複製された時も、見間違えられるようなことは無かった。

 だが今目の前にいる支社長は本物と瓜二つだ。

 これならば他の社員を騙すことが出来るだろう。

 

「新しいイザヤの力……ということか」

「そうだよ。まだ見せたことの無い、ね」


 ……私がイザヤのことを知っていても驚かない。ここに居たことといい、やはり盗聴されている。ローゼンクロイツの本部にどうやって……。

 私の内心の動揺を知ってか知らずか、黒幕は解説を始める。


「これは他のコレクション……君らはインク人間って呼んでるんだっけ? ナンセンスだね。……まぁ取り合えずコイツは、今まで君らに嗾けていた奴らとは根本が違ってね」


 タクトを握っているかのように黒幕が指を振るう。すると、その背中に突然巨大な影が浮かび上がった。


「!!」

「これは……」


 警戒に体を固める私たちが見上げるのは、白い翅を持った巨躯の蝶だった。

 広げた翅の幅は少なく見積もって3メートルはある。広い筈の支社長室が狭く感じるような大きさだ。翅の表面には何やら文字列のような模様が描かれており、まるで本のページのようだ。

 蝶は黒幕の肩に乗り、翅をゆらゆら揺らして佇んでいる。どうやら重さは無いらしい。


 突然現れた不可思議な存在。そうか、こいつが。


「イザヤ……か」

「そう。過去と未来を操り情報に潜む精霊。僕の力は全部この子の力だ」


 蝶は、イザヤは何の表情も浮かべていない。昆虫らしい複眼には感情は存在していない。これだけの巨大さでありながら、驚くほどの存在感の無さだ。おそらく意思のようなものは無いのか希薄なのだろう。つまり黒死蝶という組織の発端は、目の前の黒マスクの意志によるもの。


「……そういえば、お前の名前は?」

「あぁ、そういえば名乗ってなかったね」


 肩に乗った細い脚を撫でながら黒幕は答えた。


「僕は……『預言者』だね」

「預言者……」

「前にもそう名乗ったんだ。過去と未来を司る者っぽいだろう?」


 元ネタはこちらの世界でのイザヤが預言書として知られていることからだろう。成程、預言書を詠んで諳んじる者だから予言者か。


「本名を名乗る気概も無いか」

「それはお互い様だろう? ……話が逸れたね。とにかくコイツは、全く新しい傀儡なんだ」


 支社長の複製が動き出す。口を開き、言葉を発する。


「……私は、予言者様の忠実な僕……」

「しゃべった……いや、それはいいか」


 ちょっと驚いたが、別に言葉を発するのを見るのは今回が初めてじゃ無い。アンクレットの複製は呪文を唱えていた。聞き取れなかったが。

 支社長は言葉を続ける。


「……赤星大悟の可能性の映し身……」

「可能性?」


 可能性、可能性と来たか。だが今までのインク人間は過去、もしくは印象の複製だった筈だ。根本から違うというのはそういうことか?

 隣の予言者が愉快そうに肩を揺らす。


「ははは。当たり前だけど僕の前じゃインク人間はみんな言いなりだ。分かっていたと思うけどね」

「そんなことは分かっている」


 からかい混じりの予言者の言葉を斬り捨てる。しゃべらせた事実よりも、内容だ。


「可能性とはなんだ。今までのインク人間とどう違う」

「ははは……焦らない焦らない。言っただろう? 過去と未来を操る。過去と、未来だ」


 過去と未来……可能性とは未来のことか? なら過去は、過去の映し身は記憶から生み出された……複製傭兵のことか。

 過去を参照する今までのインク人間との差異。予言者の言いたいことは。


「その支社長のインク人間は、つまり……未来を元にして作られたということか?」

「そう! 中々理解が早い!」

「未来、だと……」


 理解が早いと言われても、どういうことか分からない。過去を、記憶を見て複製を造るというのはまだ分かる。だが、未来なんてどこを見れば?

 そんな私の疑問を見透かしたのか、予言者は両腕を広げ高らかに笑った。


「はははは! 未来ならここにある!」


 その言葉と共にイザヤの翅が広げられる。一枚が人の身長ほどにある四枚の翅。その表面に躍った文字が、七色の輝きを帯びる。

 私とはやては警戒した。


「何を!」

「実演さ! さぁ!」


 予言者が指を振る。応えるように、肩に留まったイザヤが蠢く。

 その六脚を、予言者の頭へと突き刺した。


「な!?」

「ははは! 痛みは無い! まずは君らもよく知る手法だ」


 どぷり、と予言者の身体からインクが染み出す。見たことのある光景だ。はやての身体から私の偽物が出た時と同じ。

 だが、量が多い。優に数十倍!


「ふぅ……ずっと掴み続ければ記憶からどんどん生み出せるのさ。インクの限りにね」


 インクが形を成し、人の形を得る。生み出されたのは兵士。何度も黒死蝶の手先として襲撃してきた、黒色の兵士だ。

 兵士たちはそれぞれ銃やサスマタを持っている。


「コイツらは記憶の映し身だ。僕の記憶にある兵士たちのね。まずはコイツらで。……行け」


 予言者の命を受けた兵士たちが動く。こちらへ向けて、殺到してくる。


「エリザ!」


 はやてが私を守るように立ちはだかり、両手に展開した魔法陣から光弾を乱打した。稲穂色に輝く魔法弾は兵士たちに命中すると、ぱしゃりと弾けてインクに戻った。一撃。

 だが、数が多い!


「うっ!」


 倒しきれず、敵の放った銃弾がはやての障壁にぶつかる。無論はやての障壁は一発の銃弾程度じゃビクともしない。はやての障壁を破るには何千発の銃弾が必要だ。それだけ撃つ間に光弾の乱射で十分殲滅出来る……筈だ、本来なら。

 だが、敵の数は減らない。まだ予言者が兵士を生み出し続けているからだ。

 予言者の身体から湧き出るインクは最早怒濤の滝のような有様だった。


「はははは! 今日は君から飛び込んできてくれた良い日だからね! 今まで温存していたインクも大放出さ!」

「くっ……」


 予言者の口ぶりからすると限りはあるらしい。しかし、これだけの物量では保つかどうか……。

 この無限湧きを止めるには予言者本体を倒すしか無い。そう考えた私ははやての陰から身を乗り出そうとして……。


「うおっ!」


 ヒュン! と鼻先を掠めていった腕の一振りに慌てて首を引っ込めた。

 危なかった。あの手に掴まれたら、複製が出てしまう。もしはやての複製が生まれてしまえばその瞬間アウトだ。これじゃ迂闊に手を出せないな……。


「はやて、迎撃は障壁に任せて、まず予言者を!」

「分かっ――」


 はやてが頷き、照準を黒い壁の向こうへ向けようとした瞬間。

 障壁に、巨大な穴が開いた。


「――えっ」


 呆然とする中で、視界の一角を捉える。

 独りだけ、兵士じゃ無い。黒いレインコート。あれは、複製傭兵。今生み出した奴じゃ無い。予めどこかに潜ませておいた……? そうか、罠と言っていたな。

 今まで出会った複製傭兵の中でこんな芸当が出来そうな相手。心当たりがある。アンクレット。そして穴開けの魔術。私では小さな穴を開けるのが精一杯だが、二重詠唱なら魔法に届きうるかもしれない。特に敵を捌くのに集中している今なら。

 そして開いた穴へ、兵士の黒い腕が殺到した。


「きゃっ! あうっ!」

「はやて!」


 二、三本は防いだが数が多すぎる。弾きかねた一本の腕が、はやての腕をねじり上げた。

 即座にその一本も紫電で弾いた。しかし、一度捉えられたはやての身体からは黒いインクが滲み出してしまった。


「くっ! だが……」


 してやられてしまったが、触れられたのがはやてなら幸いだ。かつての地下室のように、私が複製されるだけならやりようはいくらでもある!


「ははは! 『はやてが触れられたなら、はやて本人は複製されない筈』、なんて、考えてたりするのかい!?」


 嘲笑う予言者の声が、私の正鵠を穿つ。


「はは! 君の考えている通り、触れられた本人の複製は出来ない! それはその通りだ! ……ただし、記憶の映し身はね!」

「何……!?」


 そして気付く。さっきはやてを掴んだ手が、しゅるしゅると縮んで兵士の向こうへ去って行く手が、虫の脚のような形をしていたことに。


「でも――可能性の映し身は、逆だ!!」


 はやてから生み出されたインクが引いていく。予言者の方へ、イザヤの方へ。ずぞぞぞと意思を持ったようにインクは蠢き、予言者の前で渦を巻いて蟠った。

 兵士たちが、二つに割れる。まるでその誕生の瞬間を見せつけるかのように。


「紹介しよう! 彼女の可能性を!」


 イザヤの翅の文字から飛び出した七色の光がインクへと吸い込まれてゆく。漆黒の渦の中へ光が呑み込まれ消えた瞬間、インクの塊は蠢動し形を変えていった。


 そして変化が収まった時、そこにあったのは――






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