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「……あのさ、美月ちゃんのお父さんって、どんな人だった?」




 さて、お相手が盗聴できるということなので、今後はより一層用心しなければならない。ローゼンクロイツ本部での盗聴の可能性もあるというのならどこでだって安心は出来ない。それに相手は異世界の精霊という話だ。科学を超越した手段で盗み聞いてくるかもしれない。

 しかしそれはそれとして、黒死蝶への対応も続けなければならない。


「この一週間で三件か……」


 執務机で報告書を睨みながら呟いた。

 黒死蝶は未だに昴星官の系列会社を襲撃している。だが今のところ、ローゼンクロイツの精鋭たちは迎撃に成功していた。

 しかしペースが早まっている。かつてローゼンクロイツが警護する前はあっても一週間に一件だったのが、ここ最近は増え続けている。

 やはり、私たちローゼンクロイツが呼び水となったのだろう。警護していること自体か撃退していること自体かは分からないが、とにかく彼らを活性化させてしまっていることは確かだ。

 あるいは、彼らにも襲撃以外の目的があるのか。


「そしてやはり、複製傭兵は復活しているな」


 問題は襲撃の回数だけでは無い。黒死蝶の部隊はその大半が黒い兵士で構成されているが、中には以前倒した筈の怪人の姿も見られた。

 特にアンクレットが厄介で、蝉時雨が用意した対魔術用の護符が無ければ被害は大変なものになっていたかもしれない。


 ……しかし、法則は少し見えた。

 おそらく、同じ人物を二人以上は作れない。

 今まで何度か黒死蝶と遭遇しても、同時に同じ怪人が二人出てくることは無かった。アンクレットだらけの魔法部隊、なんてのが出てきたら恐ろしいことこの上ないが、今のところその気配は無い。複製のそのまた複製、というのは無理らしい。別人物から更に増やすことも。

 それは朗報ではあるが、しかし奴らは倒しても復活する。そこの対策は今のところどうしようも無いのがやはり厳しいな。


「……一番良いのは、奴らの本拠地を突き止めて攻め込むことなんだが」


 それが難しい。黒死蝶は神出鬼没で、その出現パターンが昴星官コーポレーションを襲うこと以外は掴めてないのが現状だ。諜報部の捜査している目撃情報も、霞のように手応えが無い。これでは奴らの拠点を特定ことなど夢のまた夢だ。


「そろそろ一計を案じるべきだな」


 守ってばかりではどうしようもない。こちらから打って出なければ。作戦が必要だ。

 しかしここで、盗聴が邪魔になる。作戦を立てて敵を罠に嵌めようとしても筒抜けでは意味が無い。


「うぅむ……」


 悩んでいるところで、ドアがノックされた。


「ん、誰だ」

「メアリアードです」

「そうか、入ってくれ」


 入室してきたのは先日も私の部屋にやってきた諜報部の長、メアリアードだった。


「それで、どうだった」

「はい、ご依頼なさった二件の内の片方、隅々まで調べましたが、どこにも見当たりませんでした」


 具体的な名詞を出さない返事。盗聴対策だ。だがそこから読み取れる成果は芳しくない。

 メアリアードに依頼していたのは盗聴器の可能性、もしくはローゼンクロイツ防衛の穴だ。

 黒死蝶が前もって盗聴器を仕掛けたのならば見つけ、もし私たちがまだ気付いていない穴があったのなら塞ごうという、単純な考えからお願いした。

 しかし、成果は無いようだ。

 それもそうだ。悪の組織なのだ。恨まれやすい稼業故、そういう対策は常日頃からしている。

 だから盗聴されている心配は無い、と思いたいのだがな……。


「……ご苦労だった。それで、もう一つの方は」


 メアリアードに依頼していた件はもう一つある。

 彼女は頷くと手に持ったタブレットを操作し私の端末へとアクセスした。データがダウンロードされ、ディスプレイに映る。


「……ありがとう。下がってくれ」


 私は流れてくる情報を読みながら、メアリアードを退出させた。

 ディスプレイには、メアリアードが調べ上げたイザヤについての情報が書かれている。


 イザヤとは、予言者のことだ。旧約聖書にてユダを糾弾し、メシアに関する予言も残した。大昔の聖人だ。

 そして、イザヤ書というものもある。イザヤの語った言葉を記した預言書。

 竜兄の言った、「過去と未来を識り、その似姿を創り出す」という言葉には当てはまっているように思える。

 これは異世界の知識では無く現世の事柄だが、無関係とは思えない。


 だが肝心の、異世界のイザヤに関しての情報は無かった。

 それもそうだ。情報源であるレイスロットはヒーロー。悪の組織の情報網では分からないのも仕方ない。

 「情報に潜む」という言葉の意味も分からずじまい。


 ……駄目だ。これじゃ正体を掴めないな。

 私は心の中でだけため息をついた。愚痴であっても呟けないのは、中々ストレスが溜まる。


 切り替えて何か別の作業をしようとした矢先、再び扉が開かれた。


「お姉ちゃん、いる?」

「ん、百合? どうしたの?」


 珍しい来訪者に私は目を丸くした。百合が私の執務室に来ることは滅多に無い。大抵は私が総統室に訪ねに行くからだ。

 だからヤクトを連れ立った百合が部屋の散らかり具合に驚きながら椅子を引っ張り出して座る、なんて光景、初めて見るかもしれない。


「お姉ちゃん、私にはいつも片付けなさいっていうくせに……」

「しまう場所が無いだけだよ。それで、珍しいね。ここに来るなんて。用があったら呼びつけてくれればいいのに」

「ちょっと聞きたいことがあっただけだから。後ホントに片付けてね」

「分かったってば。それで?」

「……あのさ、美月ちゃんのお父さんって、どんな人だった?」

「うん? いや、それは……」


 百合が問うてきたのは美月ちゃんの父……赤星支社長についてだった。

 だが、私はその問いに何も答えることは出来ない。


「まだ会えてないんだ。忙しいらしくてね」

「そっか……」

「何か気になることでも?」


 急にそんなことを聞いてきた百合の意図が分からず、私は首を傾げた。

 少し迷ってから、百合は口を開く。


「……昔、美月ちゃんから聞いたことを思い出して」

「ふむ。どういう話?」

「家族のこと。私は良く話すから、たまには美月ちゃんの家族のことも聞いてみたいなって思って」


 私もそうだが、百合も家族が大好きだ。私が暇さえあれば百合の自慢話をするほどじゃないが、百合もよく私や竜兄の話をしていると伝え聞く。それを時たまシスコンやらブラコンやらとからかう人間もいたが、百合と仲よくない輩は粛正してきた歴史がある。

 だから百合にとって家族の話は幸福そのもので、だからごく普通に話題に出しただけだったのだろう。


「でもそしたら、美月ちゃん、「母が一人だけ」って言って……それで口を閉じちゃったから、それ以上聞けなかったんだ。きっと駄目なんだって」

「……ふむ?」


 万人の家庭が円満とは限らない。中には片親だったり、上手くいっていない家族がいたりするだろう。だからそういった話題が出た際に、触れて欲しくなくて口を噤む人がいるのは普通のことだ。それが美月ちゃんでも何の問題も無い。

 だが、「母が一人だけ」? それは妙だ。赤星支社長が父親だと美月ちゃん本人が言っていた。父の名代で活動しているとも。名字が違うことから、多少事情が込み入っているであろうことは予測していたが……。


「あまり触れちゃ駄目だと思って、それっきり忘れてたんだけど……。さっきそれを思い出して、あれ? って思ったから。お姉ちゃん、何か聞いてないかなって」

「いや、残念だけど……」

「そっか……まぁ、あんまり踏み込んじゃ駄目なところだよね」


 百合は持ち前の良識を発揮して疑問を呑み込むと、気を取り直して立ち上がった。


「うん、お姉ちゃんが聞いてないならきっとなんてこと無いんだよね! お仕事邪魔してごめん」

「いや、別にそれはいいんだけど……」

「戻るね。後、ご飯ちゃんと食べてね」

「善処するよ」


 ヤクトと共に去って行く百合を見送って、私は顎に手を当てて思案する。

 父親と名字が違うことは確かに妙と言えば妙で、デリケートな事情があるものと思って触れずにいた。それに支社長が忙しくて会えないというのも、不自然じゃ無い理由だ。

 だが、ここまで会えてないのは確かに少し……気になるな。






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