「その名は『イザヤ』」
さて、現在私たちローゼンクロイツは昴星官コーポレーションに雇われ警備を担当している身ではあるが、それはそれとして悪の組織としての通常業務も欠かせない。勿論、警備に力を割いている分余計な行動は起こさない。どこかを襲撃するなんて真似はもっての他だ。
だが悪の組織は普段のシノギでさえヒーローに絡まれるものなのだ……。
「で、竜兄かよ……」
私はげんなりして小さく呟いた。
現在私がいるのはローゼンクロイツの経営するフロント企業の一つ、『蔓薔薇製菓』だ。街中から少し離れた場所で細々と飴を作っているこの工場は、その地下で他組織へ輸出する武器弾薬類を製造している。当然違法だ。
それを竜兄率いるユナイト・ガードの部隊が嗅ぎつけたらしい。
工場へ乗り込んできたユナイト・ガードを迎え撃つ為に、本部で待機していた私が駆り出されたという訳だ。
工場の二階から見下ろす一階の様子は混沌としている。あちこちで構成員とユナイト・ガードの兵士が戦い、銃や槍を向け合っている。
「この悪党が!」
「何を、偽善者め!」
構成員がIランサーを突きつければ、ユナイト・ガードの兵士は銃で迎え撃つ。隊列も何も無い様子に、私は少しだけ違和感を覚えた。
「妙だな。襲撃された側であるこっちが浮き足立つのは仕方ないが、ユナイト・ガードの方の隊列も崩れている……? 竜兄が指揮している割には情けない……」
どこか釈然としないものを感じつつ、態勢を整えさせる為に私は連れてきた怪人たちに指示を出す。
「比較的纏まっている部隊を軸にして立て直せ」
「はっ」
「必ず連携して事に当たれ。でないとヒーロー相手には……」
ヒュンと風を切る音と共に、目の前の怪人が壁に叩きつけられた。
それが蔦によって鞭打たれたのだと悟った時、二人目の怪人も蔦に巻き取られて階下に放り出される。
「わっ、うわぁ!?」
「チッ、怪人を抑えに来たか? 慎重派だな、竜兄」
悲鳴と共に落ちていったのと壁に叩きつけられて気絶するのとで怪人がいなくなってしまったので、私は気兼ねなく二階へ降り立った人物の名を呼んだ。目の前に着地したのは、緑色の花を咲かせたジャンシアヌ、竜兄だった。
竜兄は天井からぶら下がる為に使っていた蔦をしまいつつ、私と対峙した。
「この前ぶりだなお転婆娘。まぁ怪人を無力化するつもりもあったが、目的はどちらかというとお前と二人きりになることだった」
「? それは、どういう……っ!?」
意味が分からず首を傾げた私に、竜兄はいきなり切り込んできた。ジェンシャンフォームへと切り替えて突き込まれたレイピアに、抜き放ったサーベルを合わせる。
「っ、っとぉ!?」
あまりにも急な一撃だ。竜兄らしくも無い。強くなっていく違和感に戸惑ってる私の目の前に、鍔迫り合う形で竜兄のフェイスガードが近づく。
ほとんど顔の触れあうような至近距離。そこでしか聞こえないような声で、竜兄はポソリと呟いた。
「……電子機器に気をつけろ」
「!? ……何?」
「黒死蝶は盗聴している」
「は、はぁ!?」
ギャリン! と音を立てて剣が弾かれた。私じゃ無い、竜兄だ。しかし竜兄の筋力なら、そのまま押し切ることも可能だった筈。
竜兄に私をどうこうする気は無い? それに今の言葉は?
「……ここを襲って『どういうつもりだ』!」
私は竜兄に怒鳴りつつ紫電を放つ。しかし重要なのは紫電が当たることではなく、怒声に潜ませた疑問の言葉だ。
難なく紫電を避けながら竜兄が返答する。
「悪の組織に答えられるか? 『答えられる訳がない』!」
キラリと竜兄のレイピアが不自然に光を反射する。言葉の後半のタイミングで。つまり伝えたいのは後半部分。答えられない……盗聴されているから?
「ったく、ヒーローは勝手だな! 『どこで』何をしているか分かっているのか!?」
私もサーベルを問いたい場所で閃かす。死闘を演じながらも、私と竜兄は会話を交わす。
「悪の組織がいる限り、『どこであっても』駆けつける! それがヒーローだ!」
『どこであっても』……それは、今ここでもか?
「『ローゼンクロイツ本部は無理だろう』!!」
これは発言全部が問いだ。敵が盗聴器をどこかに仕掛けていても、流石にローゼンクロイツ本部は無理な筈。
だが竜兄も、レイピアを翻して答える。
「『無理じゃない』!」
「!!」
ローゼンクロイツ本部にすら、盗聴が可能だって?
そんなこと、原理的に無理な筈だ。だってローゼンクロイツ本部は地下に存在し、常にジャミングをしている。盗聴器の電波を受け取ることがまず不可能だ。更にネットワークも独自のものを使用し、ハッキングすら困難だ。
それなのに、盗聴の可能性が……?
「いいか? ヒーローは『どこにだって現われる! 神出鬼没! 安心できる場所は無いと思え』!!」
「……!」
……確かに黒死蝶は神出鬼没。ローゼンクロイツが対応出来るのは、あいつらが襲ってくるのが昴星官コーポレーションの系列のみという条件があるからだ。その縛りが無くなれば、私たちに安住の地は無い。どこでだって敵襲の危険がある。
昴星官から私たちへ狙いがシフトする可能性を指摘しているのか……? それとももっと別の警告なのか?
駄目だ、即席の符号じゃ上手く会話できない。
私は一気に距離を詰め、再び竜兄と肉薄した。激しい音を立てて剣がぶつかり合い、至近距離で私は竜兄に問いかける。
「何を心配している? 何があった?」
「……黒死蝶のことはこちらも知っている。確保したし、インクになるのも分かっている」
最初に黒死蝶を見かけたときのことを思い出す。塗装会社の襲撃、あれを鎮めたのはヒーローと、ユナイト・ガード。そう言えば黒い兵士たちを捕らえていたな。
「その性質を持った存在を、とあるヒーローが知っていた」
「!!」
黒死蝶を……その能力を知るヒーロー! 盲点だった、悪の組織の情報網に引っかからない奴らが、まさかヒーローの知識に正体があったとは。
「その名は『イザヤ』」
竜兄が、その正体を告げる。
「過去と未来を識り、その似姿を創り出す、異世界よりやってきた精霊」
「イザヤ……」
それが、黒死蝶の正体。
だが竜兄は苦々しく続ける。
「しかし……その存在を告げてくれたヒーロー、レイスロットはその後、姿を消した」
その言葉に私は目を瞠った。
レイスロット……あの時のヒーロー。氷の魔法で巨大蜘蛛を捌いて見せたあのヒーローが行方不明に。
「彼の言うには、過去を視てはそれを複製し、未来を詠んではそれを選び取る力があるそうだ。そして情報に潜むと」
「……どういうことだ?」
「分からない。要領を得ない説明に後日改めて話を聞こうとした途端、いなくなった。恐らくは連れ去られて」
……ヒーローが連れ去られた? そんな馬鹿な。いやだが、黒死蝶なら可能性はあるのか……?
「……ユナイト・ガード本部での出来事だったと推測される。そしてその情報を詳しく聞き出そうとした矢先の出来事だ。ユナイト・ガード上層部は、盗聴と侵入の危険性を指摘した」
「それでか。だから私たちにも気をつけろと……」
「あぁ、ユナイト・ガードの諜報対策は万全だった。それでもなお、レイスロットは……。俺は、彼を連れ戻すつもりだ」
ギリ、と竜兄の剣が押し込まれる。力んでいる。義憤に。
「黒死蝶は俺も追う。だが盗聴の可能性があるなら、表だっては動きにくい。しばらくは偽装しながら潜む。だから……」
「私たちには派手に黒死蝶を追って、囮になって欲しい、と?」
「お前たちが昴星官に雇われていることは俺たちも把握している」
耳聡いな。あまり知られたくは無いことなんだが……。
だが、竜兄の言いたいことは分かった。ユナイト・ガード側も黒死蝶を追うから、既に敵対している私たちには派手に動いて黒死蝶の目を惹き付けて欲しい、ということだろう。そしてこのことを告げるために私たちへ襲撃を仕掛けた。普段のように連絡を取るのでは盗聴される危険があるから。
話は分かった。あまり長く続けていては不自然に思われる鍔迫り合いを弾き、先程と同じように剣で光を反射させながら答える。
「誰がお前に『頷く』ものか! 『ローゼンクロイツは』戦うぞ! 『派手に』な!!」
「……『そうか』」
黒死蝶の正体、その片鱗が掴めたのは大きい。ユナイト・ガードが黒死蝶を追い詰めるのも賛成だ。最終的に黒死蝶が撃退できれば私たちは昴星官から報酬が支払われるのだから。
竜兄は秘かに頷き、密談は終了した。これでここでの目的が達成された筈だ。後は流れで適当に痛み分けを演じれば良い。
しかし私には、まだ納得の行かないことがある。
「……この工場での損害は、誰が払うのかな」
「………」
押し黙る竜兄を前に、私はニコニコと微笑む。その裏に怒りを隠して。
いくら怪しまれないようにする為とは言え、ローゼンクロイツの秘密工場に攻め込まれたのは痛手だ。まぁユナイト・ガードに知られていたのなら、他の部隊が襲撃してくるのも秒読みだったのかも知れないが……。
それはそれとして、ムカつく。
「落とし前、つけてもらうぞ!」
私は鬱憤と共に、竜兄へと斬りかかった。




