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「それで、知り合いの複製ってことは、相手も知っている訳だ」




「ヘルガー!」

「来たか、はやて」


 私たちから離れたはやてが戦闘に参加し、流れは変わった。

 今までは怪人二人の肉弾戦闘しか攻撃手段が無かったが、魔法少女であるはやてには無数の魔法がある。はやてが魔法の武器を作り出して二人に渡すと、あっという間に魔術の盾は破られた。


「……! 『■■……」

「おせぇよ!」


 新たな呪文を唱えようとする黒いレインコートの男へ、ヘルガーは一瞬で間合いを詰めた。その手にははやてに渡された魔法の斧が握られている。脚力、腕力共に常人を遙かに上回ったヘルガーによって振り抜かれた一撃は盾を失ったレインコートを袈裟斬りし、その胴体を斜めに両断した。


「! ……!」


 二つになってどさりと崩れ落ちたレインコートは、やはり黒いインクとなってその形を失った。跡に残されたのは、二つの黒い水たまり。


「……終わったか」


 残心を終えたヘルガーがため息と共に呟いて魔法の武器を放り捨てる。魔法の武器は床に落ちる前に光となって消えた。

 はやてが参加すれば、一瞬だった。やはり魔法少女は強いな。

 同じく武器が手の中で光になって消えるオロチくんを横目に、私はインクへと近づき屈んだ。


「……同じものに見えるが……蝉時雨は、どうだ?」

「これだけじゃ魔術的な反応は分からないな」

「そうか……」


 そしてこれを本部へ持ち帰っても、また普通のインクだという結果が返ってくるだろう。収穫無しか。


「今回分かったのは、あのレインコート共に掴まれると新たなインク人間が生まれるということだな」

「インク人間?」

「他に言いようが無いだろう」


 死んだらインクに溶ける真っ黒な人間、インク人間以外に形容しようが無い。敵に凝った名付けをする理由も無いし。


「で……生まれるのは本人以外の偽物、だろうな」

「どういうこと? エリザ」

「あぁ、説明しても良いが取り敢えずここの魔道具を回収しよう。それから、地下空間の残りも探索しないと」

「……お前、それでやるつもりか?」


 満身創痍な有様の私を見てヘルガーが苦い顔をする。私は肩を竦め、分かっていると伝えた。


「流石に私と蝉時雨はリタイアだ。美月ちゃんのところへ戻って、待機させていた怪人二人と交代してくるよ。万が一の護衛程度なら、どうにかなるだろう」

「あぁ、それがいい」


 頷いたヘルガーがホッとしたように息を吐く。やれやれ、取り敢えず、これで百合には報告されなくて済むかな。






 ◇ ◇ ◇






 結局、地下空間から押収できた魔道具はそれだけだった。

 ただ、収穫が無いでも無い。

 他の部屋からも、あの地下空間が何者かに占拠されていたという証拠がいくつか見つかった。十中八九、黒死蝶だろう。

 残念ながら、奴らの正体を暴く決定的な手掛かりは見つからなかったが。


「なんてこと……みんなが働いている足元が、そんなことになっていたなんて……」


 美月ちゃんが口元を抑えて青ざめている。無理もない。今まで仕事をしていた場所の地下に得体の知れない組織が潜んでいたのだから。


「私たちの方で一通りの調査はしたけど、念の為昴星官でも調査をお願い」

「えぇ、分かりました。調査チームを編成して、後日検査します」


 美月ちゃんはこくりと頷いた。だがその後、首を傾げる。


「でも、どうやってここに侵入したんでしょう。夜間であっても警備は厳重な筈なのに」

「さてね、でも、これで内部犯の確立は高くなった」


 よりにもよって会社の地下室に敵がいたのだ。こんなこと、会社内に協力者がいなければ難しい。

 ただ、そいつを炙り出すのは私たちローゼンクロイツには無理だ。昴星官でなければ。


「内部犯の調査もお願いね」

「分かりました」

「うん、じゃあ私は一旦帰るから、また後日」

「はい、今日はありがとうございました」


 礼を言って頭を下げる美月ちゃんに別れを告げ、私たちは帰りの車へと乗り込んだ。ヘルガーと、それからオロチくんを含めた怪人三体を残しておく。オロチくん以外は夜勤から連続してだが、一日二日程度の連続稼働は怪人にとってなんということは無い。


 車内で私は呟く。


「とにかく、昴星官の社員のことは美月ちゃんに任せる他ない」


 私たちが手を出せる領域じゃ無い。大企業の(はらわた)へとメスを入れるだけの勢力も情報もローゼンクロイツは持ち合わせてはいない。美月ちゃんに任せるしかない。

 なので、別のことへと集中すべきだ。


「……多分、あの偽物を作る能力は『掴んだ相手の知り合いを作り出す能力』なんだと思う」

「そうなの?」


 後部座席で隣り合って座るはやてが疑問符を浮かべる。だけど私には確信に近い予感があった。


「あぁ、本人じゃ無くても複製出来るという性質も、生み出したのがはやてじゃ無かったという点から見てもそうだと思う」


 触れられたのははやてだった。なのに出てきたのは私。本人に触れなくても偽物は作れるようだが、しかしその一方で、本人は作れないのでは無かろうか。もし可能なら、はやてを複製した方が明らかに強い。

 以上のことから、触れた本人は作れず、その知り合いを複製する能力だと予測できる。


「参照するのは、記憶、か? もしくはイメージ。はやての中の私は、あの軍服姿だったの?」

「まぁ……うん。いつもあの服を着ている印象だし、初めて会ったときも軍服だったし」


 それなら現われた私が現在の私服姿じゃ無く軍服姿だった理由の説明が付く。複製する時に参照するのは現在の姿じゃ無く記憶、もしくはイメージの姿という訳か。


「……だったらすべきは、傭兵の調査だな」

「あの魔術師が俺の言ったとおりアンクレットかどうか確かめるのか?」


 運転する蝉時雨の言葉に私は首を横に振った。


「それもあるが、連絡が付かなくなった傭兵を知りたいな。おそらく、その傭兵の知り合いがあの複製の元だ」

「あ、そっか。あのレインコートたちも偽物なら、その知り合いが元になって生まれた存在だもんね」


 はやてが理解がいったという風に頷いた。その通りで、あの三人、それからまだ正体の知れない道具使いの共通の知り合いが元になって生まれた可能性が高い。


「もしくは、傭兵たち本人たちが攫われたか……」

「え、なんで? 本人から本人は生み出せないって、さっきエリザが……」

「……互い互いに生み出した可能性、か」


 思い至った蝉時雨が呟く。私はそれに答えるついでに、首を傾げるはやてに向けて解説もする。


「本人からは偽物を作れなくても、そいつから別の傭兵の偽物を作り出して、本物を捕まえれば良い」


 つまりまず、誰か一人傭兵を捕まえる。あの傭兵から誰か別の傭兵を複製し、その複製のオリジナルを襲って捕獲するのだ。偽物と本物は基本的に同じ能力で互角だ。一対一ではなく他の複製も補佐させれば捕まえるのは難しくないだろう。


「それで、知り合いの複製ってことは、相手も知っている訳だ」

「あ、じゃあその捕まえた傭兵から、最初の傭兵を複製すればいいんだ!」

「そういうこと」


 これを繰り返すことで強力な怪人の複製を増やすことが出来る。まったく、恐ろしい話だ。

 傭兵を狙ったのは、他の悪の組織を刺激して組織全体を敵に回すことを避けたからだろう。傭兵ならば多少いなくなっても誰も気に留めない。


「後は、一箇所に集めて一網打尽にするというのもあるな。誰か一人を掴めば複製出来て、また別の奴を掴んで複製して……」

「そう考えると、さっきは危なかったな」

「確かに、運が悪ければ危うかった」


 あの地下室の状況も近い。一歩間違えれば言ったとおり一網打尽にされていたかも。

 そうならなかったのは、複製されたのが私だったからだ。面倒な相手ではあるけれど、圧倒的では無い。


「ほんと、はやてのファインプレーだな。あの時庇われずに私が掴まれたら、はやての魔法で全滅していた」

「え、えへへ……」


 はやての髪をよしよしと撫でる。はやては照れくさそうにしているが、褒め称えるに足る功績だ。

 何せはやての一番得意な魔法は『掴んで』発動する訳だ。いつもの戦い方をするだけで複製能力もついでに発動する。厄介極まりない相手になっただろう。


「……つまり、掴まれない対策を講じなければな」

「あぁ、そうだな……あ、一つ思いついた」


 早速対策が閃いた。私は撫でられるがままになっているはやてを見て、にやりと笑う。


「触れられない対策……一度見ているからな」

「?」


 何のことかピンと来ていないようだが、これもはやてのおかげだ。今度パフェを奢ってあげよう。

 取り敢えず今は、本部に帰って休まないとな。






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