「……はっ、個性的でそっちの方が好み、だよ」
「がっ……くはっ!」
吹っ飛ばされた衝撃で背を壁に打ち付けた。全身が痛い。耳鳴りがする。酷い……ダメージだ。
視界も悪い。ただこれは私の目が霞んでいるというよりか、紫電の名残が未だ空中でスパークしているからだ。どれだけの大衝突だった。
チカチカと星のように瞬く火花が完全に散った時、そこにいたのは最早私では無かった。
「……はっ、個性的でそっちの方が好み、だよ」
そっくりだった造形は既に保たれていない。黒い私の半身は溶解し、ドロドロと崩れ落ちつつあった。まるでストーブの上のチョコ細工のように溶けて崩れて、みるみる内に小さくなっていく。
一つだけ残った目とあった気もしたが、それもすぐに溶けて消えた。
跡に残されたのは、いつか見たインクの水たまり。
「……取り敢えず、耐久力は本物には及ばないみたいだね……」
判明した事実を一人ごちるが、その代償は大きい。
発電機関は全部オーバーロードしていた。元々メガブラストを全力稼働で放っていたところへ、同等の電流を流し込まれたのだ。本部に帰って修理をするまで使えない。
吹っ飛ばされた時の衝撃で全身も痛い。青あざがいくつも出来ているだろう。骨は……分からない。取り敢えず、手足は微かにだが動く。内蔵も多分、大丈夫だろう。
「……ふぅ」
これは駄目だ。もう戦えない。我慢する痛みにも限度がある。全身をくまなく強かに打ち付けたダメージは、我慢の限度を越えていた。
もう私は戦力にならない。となれば、気になるのは他の趨勢だ。
残る敵は魔術師。こちらは偽物の私より手強いようで、怪人二人でもどうやら手間取っているようだった。
「くっ……盾が破れねぇ!」
ヘルガーが拳を魔法陣の盾へと打ち付ける。コンクリート程度なら容易く破壊できるその拳は、硬質な音と共に弾かれる。
オロチくんが追撃を加えて叩き割ろうとするが、魔術盾はひび割れつつもなんとかその形を保った。
「■■■……」
魔術師の口から呪文のような声が紡がれる。しかしその内容が聞き取れない。呪文に使う言語を履修している私でさえだ。
だがその効果は見て明らかだった。ひび割れ壊れそうだった魔法陣の盾は、拳を受け止める前の綺麗な形へと巻き戻されていた。
「くそっ、うぜぇ!」
「イタチごっこでござるな……」
中々壊れない盾に怪人二人は苛ついているようだった。
「直る盾、か……あっちもやはり、厄介そうだ……」
「エリザ!」
壁にもたれ掛かった私へと、はやてと蝉時雨が駆け寄ってくる。蝉時雨は自身の応急処置を終えたようで、憔悴してはいるもののある程度動けるようになったようだ。
「う、くぅ……二人とも……」
「エリザ、動かないで大丈夫だから」
「治すぞ。じっとしてろ」
蝉時雨が触媒を取り出し、治療の呪文を唱え始める。打撲の痛みが少し引くのを感じながら、私はため息をついた。
「はぁ……自分相手にこのザマだ……これじゃヒーローには勝てないな」
「またそんなこと……」
「まぁ、それよりもあの魔術師だ……」
体は動かせないので、頭を働かせる。今考えるべきはあの魔術師の攻略法だ。
私は魔術を少し囓った程度だが、それでもあの魔術師がしていることはなんとなく分かる。さっき蝉時雨が説明した二重詠唱が本当なら、アイツがやっているのは盾を張る魔術とそれを修復する魔術の同時行使だ。
一つの呪文で盾を維持しながら、もう一つの呪文で直す。壊れた端から直っていく訳だ。厄介な魔術だ。
「穴開けの私の魔術は有効だろうが……はぁ、動ければな……」
「全身打撲しているぞ。骨が折れていないのは幸いだな」
私を治しながら蝉時雨が症状を説明する。骨折はしていないか。
「それはよかった……ところで蝉時雨、あの魔術師に心当たりは無いか?」
一応聞いてみる。魔術師のことならば、蝉時雨の方が詳しいだろう。
私の質問に、蝉時雨は眉根を寄せる。
「……二重詠唱は俗世を捨てて魔術を極めようとするなら誰でも通れる道だ。多額の費用と顔面の奇形を引き換えに、より強力な魔術が使えるようになる。だから俺が知っている二重詠唱の魔術師は多いから、判別は難しい……」
しかしチラリと魔術師の方向を向いた蝉時雨の顔は、どこか引っかかるものがあるという表情をしていた。
「……だが、レインコートたちの中には傭兵が存在したという話だったな。傭兵の魔術師……それでも数は多い。が、その中で有名な魔術師というと」
「心当たりが?」
「アンクレット……魔術を求道するあまりにアル・カラバを追放された魔術師だ。基本的にアル・カラバは魔術に寛容だが、子どもを攫っては魔術炉の薪にくべるアンクレットは流石に許されなかった。それ以来傭兵に身をやつしたとは聞いたことがある。相当な実力者で、あの戦闘力にも頷ける。しかし……」
そう言いつつも、蝉時雨は納得が言っていない様子だった。
「……それにしては戦い方が大人しい気がする。伝え聞く性格は残虐非道。弱っている奴がいれば敵味方関係なく焼き尽くすと聞いていたが」
「恐ろしい奴だな。だが確かに、そんな奴にしては理性的だ」
魔術師の戦い方は理に適ったもので、残虐性とは無縁だ。まるでコンピューターのAIのように、合理的な戦闘を進めている。蝉時雨の言ったとおりの性格ならば、怪我を負っている私や蝉時雨は格好の獲物だ。狙わないわけが無い。だが奴は現状、無視している……自分に迫る怪人二人の方が脅威というのもあるだろうけど……。
「……AI、か」
遊園地のレインコート二人も、後から本人の性格を調べると共闘するような相性には見えなかった。言葉を発しないことといい、自我が無いのかもしれない。恐らくは誰かの命令を受けてその通りに動く操り人形か。
だがだとするなら、あの箱の中に潜むというのは誰の命令だったんだ?
「……まぁ、その辺は後でじっくり考える、か」
右手を握り、開いて具合を確かめる。辛うじて動けるようになった。震える足を踏みしめ、立ち上がる。
「よ、し……戦力にはならないが、いざとなれば自力で逃げられる」
つまり、必ずしも守ってもらう必要はないわけだ。
「はやて、加勢してきてくれ」
「う……大丈夫、なの?」
エリザは肩越しに私を振り返りながら問う。言葉のニュアンスに含まれているのは、心配。どうやら私が怪我を負ったことに関して責任を感じているらしい。やれやれ、蝉時雨を守るように言ったのは私なのに。
「大丈夫だよ。すぐに部屋を出られる位置にいるさ」
「……分かった。絶対、すぐ逃げてよね!」
後ろ髪引かれながらも、はやては二人の加勢に向かった。聞き分けの良い子で助かるよ。
震える私の足を見た蝉時雨が一言。
「……で、本当のところは?」
「立っているだけで限界……!」
「だろうな。僕の魔術じゃ大した治療出来ないし」
それはつまり、蝉時雨自身も大して回復できていないということ。
「ちゃっちゃと片付けてくれることを祈るしかねぇな……」
「そうだな……」
満身創痍の怪我人ズは、他力本願するしか無かった。




