「私らしい軽口が無いのは減点だね!」
「なぁ、にが……!」
起きたか分からない。数々の異常現象を目の当たりにしてきたが、その中でもとびっきりのイレギュラーだ。
まさか自分が増えるなんて……。
「エリザ、はやて! 下がれ!」
呆然としていた私たちは、ヘルガーの警句に我に返った。はやての腕を掴んでいた黒い手を打ち据え、はやてを抱きかかえて素早く下がる。
箱の前には私の映し身。そして、箱の中から這い出してきた黒い手の正体は。
「……やっぱりレインコートか」
最早お馴染みとすら言える、黒いレインコートを着た男だった。
「どれだ……?」
今まで遭遇したレインコートは全部で四人。道具使い、魔術師、メタルヴァルチャー、落水狐。こいつはその内のどれか。
答えはレインコートの裾からこぼれ落ちたおどろおどろしい意匠の銀鎖で判明した。
「魔術師!」
レインコートが呪文を紡ぎ始める。その言葉は聞き取れない。魔術の専門家である蝉時雨が目を瞠る。
「二重詠唱! 生粋の魔術師かよ!?」
直後、激しい光が私たちを覆った。
一瞬遅れ、轟音と衝撃が襲い来る。何らかの強力な魔術か。
「わぷっ!」
「エリザ!」
少しよろけてしまうが、大したことはない。はやての障壁で守られているからだ。心配なのは他三人だが。
「大丈夫か!」
「全員無事だ」
ヘルガーが返答してきた。光が薄れ、三人とも健在であるのが見えてくる。蝉時雨はオロチくんに庇われて無事だったようだ。
強力な魔術だったが、損害は無い。
となれば、追撃がくるだろう。
「! うおっ!」
地を舐めるように這う紫電が、ヘルガーを襲う。なんとか間一髪で避けたが、当たっていれば痺れていただろう。
何をするんだ、とヘルガーが私を見る。
「エリザ!?」
「違う、私じゃない!」
普通なら、電撃を使うメンバーはここには私しかいない。
だが今は、私は二人いる。
「……」
偽物の左の指先がスパークする。発電機関がある証拠だ。どうやら私と姿が似ているだけじゃなく、同じような能力を持っているらしい。
「……!」
紫電を避けられた黒い私は、腰のサーベルを抜刀し男三人へと向かっていった。その軌道は蝉時雨を狙っている。
障壁に守られた私とはやてはどうにも出来ず、怪人二人も仕留めるには手間取る。だから一番容易い蝉時雨を狙う。
……私と同じ考えだ。コイツ、姿や能力だけじゃ無く戦い方まで私にそっくりだ。
「こいつ! くっ!」
ヘルガーがインターセプトしようとするも屈んですり抜ける。オロチくんは私の姿に一瞬戸惑い、その隙を抜かれる。
「くそっ!」
蝉時雨が咄嗟に取り出した札を破き障壁を発動した。短時間しか発動しないが呪文の詠唱無しに応急の障壁を展開できる魔術師の必需品だ。これで普通の攻撃は蝉時雨に通らない。
だが私は、黒い私はその対策を備えている。
「『泡沫よ弾けろ』!」
短い呪文によって、蝉時雨の障壁に穴が開いた。かつてマハヴィルに使った、私の穴開けの魔術。小さな穴だがサーベルの切っ先を穿つには十分。
「がっ!」
「蝉時雨!」
サーベルを突き入られた蝉時雨が転がる。零れた血が床を汚す。
追撃を加えようと黒い私はサーベルを振り上げるが、自分を襲う鋭い蹴りを受けて中断した。
「くそ、蝉時雨! 無事か!」
黒い私に一蹴り浴びせたヘルガーが庇いつつも蝉時雨に問う。起き上がった蝉時雨は血の流れる右肩を押さえていた。
「ぐっ……生きてるが、痛ぇ……」
傷口を押さえても、指の隙間から血は溢れている。深手だ。
「下がってろ! はやて、蝉時雨を庇ってくれ」
「でも、それじゃエリザが……」
「アイツが回復の魔術を自分で使う間だけだ」
蝉時雨の傷は深そうだが、命の心配は無い。傷口を塞ぐ魔術を持っているからだ。ただそれには少しの時間が必要になる。その間ははやてが守ればいい。
問題は、それまでの時間私の防御が消えることだ。
「行って」
「……うん」
はやては心配そうな表情を浮かべながらも一応言うことを聞いてくれた。
私たちは蝉時雨の治療を妨げないよう立ち塞がり、改めて黒い二人に向き直る。
レインコートの魔術師と、黒い私。
黒い私の顔は柳眉などの輪郭は存在しているが、まったくの無表情だ。だけど。
「……アイツの動き、私と同じだ。多分、戦い方は同じ……」
「確かにな。真っ先に蝉時雨を狙う辺り、お前らしい嫌らしさだ」
「喧嘩売ってる?」
ヘルガーの減らず口にイラッとしながらも、敵からは視線を逸らさない。特に注意すべきは、レインコートの方だ。奴の魔術は侮れない。
立体駐車場の戦いを思い出す。
「アイツの魔術ははやてを障壁を揺るがす程に強力だ。魔法でも無いのにどうしてあれだけの威力が出せるのか……」
「それは……ぐっ、二重詠唱だ……」
「蝉時雨?」
肩越しに後ろを振り返る。蝉時雨は治療中らしく己の肩を魔道具で塞いでいたが、何かを伝えようと苦悶の表情を押さえて口を開いた。
「魔術を唱える際、それを補強する魔術を一緒に唱えて威力を向上させる詠唱術だ……普通に魔術を行使するより何倍の威力も出る……」
「成程、火に風を送ることでより大きな炎を燃やすようなものか……」
一つの魔術では力不足なところを、別の魔術によって補うことでより威力をアップさせる技術。アイツの強力な魔術の秘密はそこにあったのか。
だが解せない。
「二つの呪文を唱えるには二人必要になる。だが私にはそんな魔術は使えない。偽物もおそらく。一人では……」
「それを……可能とするために、魔術師は口を増やす外科手術を受ける奴が多い……魔術師の間ではありふれた話だ……」
「それは……おぞましい」
口を増やす。簡単に言うが、絶対にまともじゃない。普通の生活は望めない筈だ。そこまでして魔術を極めようとする魔術師に戦慄するし、目の前にいる相手がそんな類いの相手であることに気後れする。
いや待て。案外、本人では無い……のか? 私の偽物が生み出されたように、アイツも誰かの偽物?
答えが引っかかる感覚を覚えるが、現実は待ってくれない。黒い私が再び紫電を奔らせた。
「むっ!」
ヘルガーが身構える。かつて私と相対した時にヘルガーは私の電撃に痺れて敗れた。その時のことを思い出しているのだろう。
だが今は味方にも私がいる。
「同じ出力なら受け止めるに訳ない!」
左の義手で紫電を受け、吸収する。私だって電気を使う。ビートショットのように大出力というならともかく、同程度の電気ならば受け止めて自分のものに変換出来る。
「偽物は私が相手する! 二人は魔術師を頼む!」
「おう!」
「承知しました!」
私たちは二手に分かれた。本物と偽物の私と、魔術師を抑えにかかる怪人二人。
相対した私と偽物は似たような構えを取った。
「……分かってはいたけど構えも似ているね」
地下室の探索に備えて持ってきていたサーベルを構える私の姿と、黒いサーベルを持った偽物の姿は生き写しだ。
だが……格好は微妙に違う。
偽物が私の本部での普段着である軍服なのに対し、今の私は会社を見学していてもおかしくない一般的な洋服姿だ。私はそこに違和感を覚えた。
どうやら偽物は……私の今の姿をコピーしたわけじゃないらしい。
「どういうことだ……っとぉ!」
切り込んできた黒い刀身を、私のサーベルで受け止める。鍔迫り合いの形になり、黒い私の顔が間近に迫る。
「こうして見ると、造形はまったく一緒だな……!」
至近距離で見る私の顔は自分で覚えている限り寸分の狂いもない。ただ一点、真っ黒な点を除いては。
「私らしい軽口が無いのは減点だね!」
ギャリンと音を鳴らし、サーベルを弾く。互いの身体が離れ、距離が開く。その隙を狙って前蹴りを相手の腹目掛けて繰り出すが、読まれていたらしくサーベルの柄で打ち据えられる。
「っ、動きが読まれている……流石自分ってところか」
やはり同じ思考なのだろう。戦い方も一緒。だがそれは同条件だ。今度は相手の切り込みを私が躱す。
「で、私も読める。……成程? これは千日手だな」
互いに読み合える。これでは決着が付かない。
そういう場合、私がいつも実行するのは強行突破だ。
最大威力の攻撃を叩き込む。
「……そして、やはり同じ考えか」
私と同じように左手に紫電を集め始めた偽物を見て、狙いが同じだと察知する。きっと技の威力も同じだろうな……。
「まぁいいさ。検証と割り切ろう」
こうなったら勝敗云々よりもこの不可思議な現象を解決する手掛かりを探す。なので相打ち狙いだ!
私は、私たちは集めた紫電をサーベルに纏わせて、互いに切っ先を向けた。
「いざ! ――紫電抜刀超放電!!」
大量の紫電が迸り、衝突する。
閃光が弾けた。




