「わた、し……!?」
「ヘルガー、何か見つかったか?」
「いや、何も」
翌日早朝。私たちはロビーで夜間警備のヘルガーたちと合流した。
はやての報告を受けた私はヘルガーに指示し地下への入り口を探索させたが、特に何も発見出来なかったようだ。夜勤の社員に聞いても要領を得ず、地下の存在もまだ聞き出せていない。
だからこれから探す。
「はやて。反応はまだあるか?」
「うん、あるよ。消えてない」
よし、逃げられてはない。なんとかして地下へ到達できれば押さえられる。
その為には当然、内部に詳しい人間の協力が必要だ。
今ロビーへと降りてきたのは、私が呼びつけた人物だ。
「おはようございます、エリザさん」
「おはよう、美月ちゃん。早速だけど聞きたいことがある」
私たちが簡単にコンタクトを取れる中で一番昴星官に詳しいのは美月ちゃんだ。昨日は既に帰宅し就寝の準備をしていたので、明日話を聞きたいと連絡を入れていた。
私は美月ちゃんに事情を説明する。
「……成程。魔術に関わりのある物品ですか……しかし当社は一切把握していない話ですね。魔術の品物は非合法品であることが多いですし」
「やはり昴星官は関係ないか。それで地下室の存在は」
「一応、存在します。ただ今は誰も使っていない筈ですが……」
その返答で、一気に緊張感が増した。誰もいない筈の地下室。そこに潜んでいるのが……黒死蝶だとしたら。
「既に潜入されている……」
そうなれば堅固なセキュリティだってどれほど持つか。地下から溢れるように湧き出す黒い軍勢が社内に雪崩れ込む……そんな不吉な光景が脳裏を過ぎる。
「急いで確認する必要がある。美月ちゃん、危険だが案内してくれないか」
「承知しました。確かに大変ですね」
美月ちゃんも焦燥を顔に浮かべる。事態の重さを把握したようだ。
「こちらへ」
美月ちゃんの案内で導かれたのは、一つのエレベーターだった。これは前の案内でも乗ったが……。
「地下行きのボタンなんてあったか?」
「普段はカバーで隠されているんです」
そう言って美月ちゃんは操作パネルの下にあるカバーを外し、中にあった電子キーボードを小気味よく叩く。すると一拍の間の後にエレベーターは動き出す。少し浮く感触。下へと沈んでいる。
「地下は本社の重要機密の保管庫として利用しようと建設したのですが、資料のほとんどが電子化で済んでしまったので結局使われずに放置されているのです。パスワードを知る人間でなければ降りることが出来ないので、監視カメラも設置されていません」
美月ちゃんの言葉を聞いて眉根を寄せる。どんどん不安になる要素が嵩んでいく。これは本当に黒死蝶がいるかもしれない。
やがて電子音と共にエレベーターが停止する。
「……つきました」
「よし、美月ちゃんはこのエレベーターで待機していてくれ。後は私たちが探す」
安全の為、地下室の探索は私たちだけで行うことにした。護衛として二人怪人を置いていく。
今回連れてきたのは夜勤だったヘルガーと怪人二人。そして昨日と同じメンツの私にはやてに蝉時雨。そして本部で待機していた怪人が一人。
「オロチくん、頑張ってくれよ」
「は、はい!」
まだ戦力として未知数なので留守番を命じられていたオロチくんだ。確かに巨大化はまだ未知数だが彼自身は勤勉で優秀な性格をしていた。今回の任務も任せられる。
「至らぬ身ではありますが、誠心誠意努めさせていただきまする!」
オロチくんは怪人となる前は普通の構成員だった。怪人となってからは初の任務だ。緊張しているようでそこは不安だが、まぁ戦力には違いない。
怪人二人を置いた五人で探索を開始する。
「……地下だけあってなんとなく暗いな」
地下階は地上と特に変わりの無い構造に見える。電気をつけることで視界も確保できた。しかしどことなく暗く感じるのは、やはり地下だからだろうか。
地下はそこそこに広く、いくつか部屋があるようだ。私たちは通路を進み、その一つの前に立った。
扉のスリットにカードキーをスラッシュすると、扉は問題なく開いた。セキュリティが乗っ取られている訳ではないか……。
「ここは……普通の部屋か」
最初に入った部屋には何もなかった。空の棚が並んでいるだけで、怪しい物は何も無い。資料保管庫として活用するつもりだったという話は本当のようだ。
「……うん、探知の魔法には何も引っかからないよ」
「よし、次だ」
探知役のはやての言葉を聞き、私たちは次の部屋を目指す。魔術的な物体の在処ははやての魔法で予め分かっている。それでも部屋を一つ一つ確認していくのは、どこかに伏兵が潜んでないかクリアリングしているからだ。
二つ目、三つ目も特になし。次の部屋の前ではやてが警告する。
「ここに魔術の反応がある。魔法かもしれないけど」
「出来れば魔法は勘弁願いたいな」
蝉時雨が苦い顔で呟く。私も同意だ。魔術と魔法。戦うなら圧倒的に前者の方が楽だ。
意を決し、扉を開く。すかさず前衛のヘルガーとオロチくんが雪崩れ込んだが、襲撃は無い。
「……一見して変わりないが……」
一目見ただけではこれまでの部屋と同じようだった。だがそうでないことを私たちは知っている。
「はやて」
「うん。こっち」
探知の魔法を継続しているはやての案内で部屋の一角に近づく。そこにはダンボールが積まれていた。
「これに魔道具が?」
「俺が開けよう」
罠の可能性を考慮し、丈夫なヘルガーがダンボールを開ける。そこに入っていたのはいくつかの古びた金属器だった。髑髏やカエルといった不気味な意匠が彫られている。
「見た目はそれっぽいな。はやて?」
「うん、これだよ。これ……全部そう」
「全部か? なら結構な数だな……」
ダンボールは四つある。それら全てに魔道具が入っているなら店が開ける数だ。
「特にこれは入ってそうだな」
私は積まれたダンボールの一つに目を向けた。一つだけ違う形のダンボール。他が引っ越しなどに使われそうな一般的な大きさのダンボール箱であるのに対し、この一つはまるで冷蔵庫でも入ってそうな大きさだ。
「しかし誰がこんな……」
罠が無いなら開けてもいいだろう。中身を確認しようと大きなダンボールに私が近づくと、ハッと息を呑んだはやてが叫んだ。
「エリザ! それに入ってるのは魔道具だけじゃない!」
「え?」
はやての切羽詰まった声が耳に届いた時には既に、私の両手はダンボールを開いていた。
隙間から、黒い腕が伸びる。
「エリザ!」
「っ! はやて!」
咄嗟に腕を引かれ、はやてと身体が入れ替わる。黒い腕に掴まれたのは、はやてだった。
「ぐぅっ!」
肩を掴まれたはやては腕を振り払おうとするが、籠められた力が強いのか離れない。そして、無視できない現象が起こった。
「!? なに、これ!?」
「はやて!?」
ヌルリと、まるで染み出すようにしてはやての身体から黒いインクが滲んだ。インクはすぐに滝のように溢れると、はやての隣で輪郭を作り始める。
「これ、は」
そこに現われたのは人だった。尋常の人間ではない。全身顔も何もかもが真っ黒な、インク人間。
だが、その姿形は見覚えがあった。
軍帽を被り、左腕だけが硬い手甲に包まれた少女。腰にはサーベルを佩いたその姿は、私の知っている通りなら、黒いインクの瞳が本来は薄紫をしているはずだった。
はやても、ヘルガーも、みんな驚愕している。私も。
何故なら二つとあるはずの無い姿なのだから。
「わた、し……!?」
見慣れているようで見慣れない。
そこには真っ黒な私が立ち上がっていた。




