「……分からないことだらけだが、今考えても答えは出ないか」
ローゼンクロイツ会議室は先までの紛糾を収め、静まりかえっていた。
方針が決定したのだ。情報部の持ち帰ってきた情報、既に私が何度か邂逅したという事実。そしてなにより、総統閣下が二度巻き込まれた。
それが決定的だった。総統閣下を神のように崇めるローゼンクロイツにとって、それは十分に粛正の条件たり得る。
「では昴星官コーポレーションへの派遣を決定する」
「うん。みんな、励むように」
私と百合の言葉が締めくくり、会議は終結した。
「スムーズだったな。百合が巻き込まれたのが功をそうしたか」
「喜ばれることではないがな」
自らの執務室で仕事を片付けながら、ヘルガーと先程の会議について話す。
「しかし情報部の裏取りは正しかったな……昴星官の系列会社は確かに襲撃されている」
「あぁ、美月ちゃんの言う通り、恨みを持つ犯人か内部犯の可能性は高いな」
情報部の提出した情報は美月ちゃんからもたらされた情報と一致した。疑う余地はない。黒死蝶は昴星官コーポレーションを目の敵にしている。
だがなにか引っかかるんだよな……。
「……そういえばこの間の遊園地テロ、結局ジェットコースターの爆破以外は何もなかったな」
ふと思い返す。あの時のレインコートたちの襲撃の際、ジェットコースターのコースは一部爆破されたがそれ以外の被害はなかった。遊園地へのダメージが目的なら私みたいにもっと派手にやる筈。
「これじゃまるで、偽装工作だ」
敢えて自分が傷つくことで犯人から外れる、そんなアリバイ工作のように思えて仕方ない。だが確かな証拠はない。あの場に私と竜兄が駆けつけたことでそれ以上の破壊行動を取り止めたという可能性もあるし。こうなることなら黙って見張ればよかったな。だが百合を巻き込むわけにもいかなかったし、竜兄が黙って見ているなんてこともあり得ない。言っても詮ないことか。
「そうだ遊園地といえば」
ポン、と思い出したかのようにヘルガーが手を叩いた。
「レインコート、それっぽい正体が分かったんだってな」
「あぁ、一応な」
私は該当のデータをディスプレイに映し、眺めた。
「立体駐車場のは情報が少なすぎて特定不可能だったが、遊園地のは十分なデータが取れた。ライブラリにかければ特定は容易だった」
ヒットしたのは二人の怪人。それも、組織には属していない所謂傭兵というやつだ。
「空戦兵メタルヴァルチャー。抜け忍の落水狐。どちらも要注意人物だ」
「メタルヴァルチャーは俺も聞いたことがある。あいつが雇われていたか」
ヘルガーが顔つきを引き締める。それだけの相手だと知っているということだ。
私も同意見だ。ディスプレイの文字列には、そうそうたる戦歴が書かれている。
空戦兵メタルヴァルチャー。生年月日不明。出生国不明。
彼について分かる最初の経歴はとある軍隊の特殊部隊の所属していたことだ。諜報活動も行う為、それまでの経歴は抹消されたらしい。
彼が所属していたのはある国の国軍だったが、もう既にない。国を支配していた元老院が悪の組織にそっくり入れ替わっていたのだ。権力という隠れ蓑を得た彼らは国を牛耳り、暴虐の限りを尽くした。
その国はヒーローの手によって開放され、新政府が樹立し国号も改められた。だからもう名前は残っていない。
国の体制が大きく変わったことで軍も解体、再編成されることになったが、元老院の直属であった特殊部隊は極悪非道な作戦にも関わっていたため、投獄されることが決まった。
その前にメタルヴァルチャーは逃げ出し、傭兵となって世界を渡り歩くようになったという。
メタルヴァルチャーの装備はその特殊部隊で運用されていた物の名残だ。
FMW-04機動空戦仕様機械翼。元老院と成り代わった悪の組織の科学力によって開発された、自分たちの直轄部隊へ与えられた自在に飛行できる装備だ。その機動力によって敵の頭上や背後を取る戦術を得意としていたそうだが、成程メタルヴァルチャーもそんな戦い方をする。
その後傭兵として組織を転々とする内に改造を加え、怪人と呼ばれるようになった、と。
性格はストイック。金と義理のみで動き、忠実で命令には逆らわないが度が過ぎると去って行く。三下には扱えない性格だな。だがその能力の高さで界隈にて名高い傭兵だ。
「それから落水狐。こっちは悪名高さで有名だな……」
落水狐は深淵罪忍軍の抜け忍だ。有名な悪の組織である深淵罪忍軍は頭領である『深淵右近衛中将』の復活を目指して暗躍を続ける忍者軍団だ。文化財の強盗に市民の生贄。手段を選ばずに悪逆非道を行う彼らは特に凶悪な悪の組織として認知されている。
しかし一枚岩ではないようで、そこから抜け出す忍者も少なからずいる。その非道ぶりが許せなくなり深淵罪忍軍に立ち向かうために結成されたのが『月守衆』。彼らはヒーローとして深淵罪忍軍と日夜戦っている。
落水狐も抜け忍の一人だ。しかし彼は正義に目覚めた月守衆とは真逆だった。
三百六十三。彼の手にかかり惨殺された人間の数だ。
妖刀に魅入られた彼は刀に血を吸わせることを好む。特に女子どもの血だ。三百人の内の二百人は婦女子だった。
作戦とは無関係に殺戮を広げすぎる彼を深淵罪忍軍も持て余したのか、彼は組織を裏切り追われる身となり傭兵に身を落とした。
危険で残虐な怪人だが腕前は確かなのか、彼を雇おうとする組織は思いのほか多い。だが気に入らない命令があった場合や上司がいい女である場合は即座に斬り殺すのでタチが悪い。好んで雇う組織は物好きか、余程追い込まれていることだろう。
ディスプレイに映ったそれらの情報を改めて確認し、私は呟いた。
「……解せないな」
「何がだ」
「こいつらの性格が、だよ。ストイックな元軍人と残虐非道な抜け忍。いくら傭兵という共通点があったとしても、組むとは思えない」
それに一番不可解なのは。
「落水狐の方、奴はインクとなって消えた」
あの後改造室に改めて検査させたが、結局結論は同じだった。ただのインク。メーカーが分からないという以外は不審な点は一切見受けられない、ごく普通のインクだった。
一応蝉時雨の奴にも魔術的な検査をさせたが、結論は同じだった。
「何かの忍術か? だが……」
立体駐車場にも同じものが残っていた。あそこにいた二人は別人だ。あいつらも忍者だったのか? 考え難いが……。
「……分からないことだらけだが、今考えても答えは出ないか」
まだデータが不足している。遭遇した数が少ないからだ。
これ以上解析をするには、やはり直接ぶつからねばな。
とにかく今は昴星官の防衛に集中しなくては。派遣部隊の編制は大体決まった。
「私は美月ちゃんの護衛であり派遣部隊の全体指揮だ。ヘルガー、お前も来てもらうぞ」
「あぁ、大暴れしてやる」
「頼もしいな」
どんな敵が来ようとも、最低限美月ちゃんは守ってみせる。
百合を悲しませることだけはしない。絶対にだ。




