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「何だこれは……黒い、水?」



 鋭い太刀筋は達人のそれだ。竜兄が易々と勝てなかった時点で分かっていたが、こいつもかなりの腕前だ。

 戦端を開くのは怒濤の連撃。バックステップで一撃目を避け、横凪の二撃目をしゃがんで躱す。まともに受ければ鉄すら両断する剣圧を感じながら、活路を探す。


「くっ……超電磁ソード!」


 苦しい中で無理矢理一瞬の隙を見い出し、左腕に格納された超電磁ソードを展開した。迫る刀と克ち合わせ、鍔迫り合いの形へと持って行く。


「ぐっ……感電しないかっ……!」


 超電磁ソードは高圧の電気を纏っている為、触れるだけで感電する。直接接触は勿論、金属に触れてもだ。だが目の前のレインコートに痺れた様子は見られない。

 電撃が効かないということはない。それは先の攻防で痺れたことから分かっている。つまり奴が平気なのは、そもそも刀に電気が伝ってないということだ。

 つまり、どうやら真っ当な刀では無さそうだ。


「むっ……ぐっ」


 電光を纏う剣と不気味な刀の競り合いは刀側に傾きつつあった。力は拮抗していて差はない。私が負けているのは、レインコートの男の鍔迫り合いの技術が巧いからだ。

 加えられた捻りに対応しようと刀を押しとどめると、くいと引かれ姿勢が崩れる。足を踏ん張って堪えるが、相手は体勢を立て直す暇を与えず追い込んでくる。

 技量の差が大きい。やはり相手の方が上だ……。


「ぐぅっ……!」


 迫り来る刀はよく見ると不気味な刀紋をしていた。まるで揺らめく陽炎のような、見たことのない紋様だ。何か力を感じる。特殊な品物に見えた。妖刀……か? その所為で電気が通じないのか。

 ……なんて、考察をしている場合じゃない。迫り来る現実の危機を回避しなきゃ、このままでは膾になってしまう。


「あまり……調子に乗るなっ!!」


 立て直すことが不可能と感じた私は、一か八か鍔迫り合いを捨てた。剣を弾いて大きく距離を空け、拳銃を撃ち放つ。

 放たれた弾丸は三発。いずれも胴体や頭に直撃のコース。そのままいけば、決着がつく。

 勝ったか?

 だが弾丸はそんな儚い希望毎、甲高い金属音と共に掻き消えた。

 跳弾と一緒に地面に突き刺さったそれを見て私は目を見開く。


「! これは……!」


 弾丸を弾いたのは、四つの刃を持つ小さな刃物。手裏剣だ。

 刀を利き手に構えた男は、懐から取り出した手裏剣で銃弾を迎撃したのだ。人間業じゃない。

 男はレインコートから更に手裏剣を取り出し、こちらに向けて投げる。風を切って回転する手裏剣は瞬きほどのスピードで私に迫った。


「ぐあっ!!」


 相手は銃弾を手裏剣で迎撃したが、同じ事をこちらが出来るわけじゃない。手裏剣は私の肩を浅く切り裂き、背後の壁に突き刺さった。


「……忍者ってこと? 揃いも揃ってバラエティ豊かな……!」


 魔術師に道具使い。翼の戦士に忍者と来た。バラバラで戦い方にも一貫性がないが、全員が手練れだ。一体こんな奴らを抱えている黒死蝶はどんな組織なんだ?


「! 来たっ」


 空いた距離を詰めるべく敵は駆けてくる。私の剣の技量を見切ったから、一気に懐に潜り込んで決着をつけるつもりらしい。手裏剣を投げて私を牽制するのも忘れない。


「くっ……」


 あっという間に詰められた私は、再び刀の男の連撃を凌ぐことになった。首、胸、手首。いずれも急所狙いの一撃。一発でも当たればお陀仏だろう。まるでかまいたちのように鋭い攻撃を紙一重で捌く。

 至近距離でもレインコートの中の顔は見えない。そもそも中に顔はあるのか? 幽鬼や亡霊のような、酷くオカルトな存在ではないのか? あまりに不気味な黒死蝶という組織に、背筋が冷たくなるような想像もしてしまう。

 何かおかしい。黒死蝶は、何か。


「だが取り敢えず、やられっぱなしは癪に障る!」


 頭を狙った一閃。それを受け止めたのは、バッグに入っていた対スモーク用のゴーグルだった。戦闘に耐えられるように多少の銃弾じゃビクともしない筈のそれに刀は思い切り食い込んでいたが、一息に断ち切られなかったのは面目躍如といったところか。

 おかげで隙が生まれた。

 どうせ使えないと貴重な機材を盾にしたことで得られた機会。

 逃がさん。


「ぜりゃあっ!!」

「!!」


 渾身の超電磁ソード! 切っ先はレインコートの胴を深く抉り、切り裂いた。首を斬るとはいかなかったが、それでも手応えは深い。


「よしっ! ……うぐっ!?」

「……!!」


 そのまま追撃をしようとするが、咄嗟の前蹴りを受け怯む。まだまだ動けるようで、レインコートの男は距離を取って下がった。

 だがその姿には明らかにダメージがある。胸を押さえ、切り裂かれたコートからは血が滴り……


「……え?」


 思わず目を丸くした。

 パステルカラーのタイルにボタボタと流れる血は、墨のような黒色をしていたからだ。


「あれが、血……!?」


 ドクター・ブランガッシュの報告がフラッシュバックする。


『これは……ただのインクですね』


 あの時持ち帰ったのが今滴っている液体と同じとすれば、奴らは血の代わりにインクが流れていることになる。

 人間じゃない。怪人でも聞いたことが無い。ならばこいつらは、一体何なんだ!?


「!? あ、おい!」


 焦ったような竜兄の声。振り返って見ると、拘束していたらしき蔦を切り裂いて翼の男が逃げるところだった。

 翼の男が本気で空に舞い上がれば、私たちは追うことが出来ない。


「待てっ! ……えっ?」


 追おうと竜兄がガーベラフォームから足の速いジェンシャンフォームへと変身しようとするが、目の前で起こった事態に思わず手を止めた。


 地上に残された一人、刀の男に異変が起こったからだ。


「なん、だ?」


 刀の男は胸元からだらだらとインクを垂れ流しながら佇んでいた。だがその身体は醜く歪み始めていた。

 レインコートの表面はボコボコと泡立ち、膨れ、崩れていく。千切れるように落ちた右腕が、地に落ちた瞬間にパシャリと弾けた。


「溶けて……る」


 そう間を置くこともなく、刀の男は完全に液体に崩れ落ちた。後に残ったのは、黒い水たまりだけだ。

 あまりの現象に、私たち二人は呆然となった。


「何だこれは……黒い、水?」

「いや、インクだ。我が組織の解析結果が正しければ、だが」

「インク? どういうことだ? 俺たちはインクの塊と戦っていたと?」

「分からない……私だって、分からない」


 カラフルな地面に広がった黒い染みは、あの時駐車場で採取したものと同じものに見える。だとすればこれは普通のインクだ。

 目の前で起きたことが信じられない。いくら悪の組織とヒーローの戦いには超常現象がつきものとは言え、これは流石に理解を超えている。


「黒い怪人が、インクに溶けた……黒死蝶はみんな黒づくめ。いや、それはしかし……?」


 認めたくない、考えたくない想像に思い至る。

 それが真実だとすれば、黒死蝶という組織が本当に得体が知れなくなる。

 あの兵隊たちも、黒い巨大蜘蛛も、あの戦い慣れした怪人も。


「全部……インクで出来ている?」


 自分の口から出た言葉に、戦慄した。

 私は、一体何と戦ってるんだ。






 ◇ ◇ ◇






 それからは特に何事もなく帰路についた。

 あの後私と竜兄は取り敢えずインクを採取し、遊園地の職員が戻ってくる前に退散した。

 駐車場に辿り着いた三人は無事で、怪我一つ無い。

 得体の知れない敵に疲れ切っていた私たちは、両親を守ったと得意げにしている百合に癒やされた。

 だが流石に安全を考え百合と私はその場で別れた。百合が寂しそうにしていたが、また会う機会も作れる。私がねじ込んでみせる。

 こうして貴重な家族の遠出は終わった。

 次はもっと、気兼ねなく楽しみたいものだが。


 そして帰り道、ローゼンクロイツの偽装トラック内で黒死蝶の標的も判明した。


「あの遊園地、昴星官が協賛していたって?」

「そのようです。だから黒死蝶は破壊活動に現われたのでしょう」


 情報を検索したヤクトの報告を聞き、しかし私は少し納得がいかなかった。

 本当に奴らの狙いは遊園地だったのか? それにしては破壊活動の成果が低いし、兵数も少ない。遊園地という広い敷地を制圧するなら、かつて私が遊園地を襲撃したときのように、部隊を連れてくるのが普通の筈。

 まるで私たちを狙ってきたかのような……それなら、私たちが協力するかもしれないという情報が漏れている?

 ……駄目だ、答えが出ない。


「とにかく、帰ったらもう一度改造室に解析させよう。その後は情報部の報告が来るだろうから、方針を決めて、改めて黒死蝶と戦うか決めよう」


 出来ればもう相手したくないが。

 手の試験管に収まったインクを揺らして、私はそう思った。






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