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「戦い慣れている。長い年月を戦場で過ごした腕前だ」



 急降下の蹴撃を間一髪で避ける。

 一瞬先まで私がいた場所に、子ども受けしそうなカラフルなタイルに似つかわしくない、凶悪な爪痕が刻まれた。

 それを行ったのは、足先についた黒光りする金属製らしき爪だった。


「こいつ……全然違う!」


 厄介な魔術師でも、小賢しい道具使いでもない。

 全く別の、三人目!


「ジャ……」


 応援としてジャンシアヌ(りゅうにい)を呼ぼうとしたら、甲高い金属音が聞こえた。

 竜兄のレイピアと、もう一人のレインコートが持つ刀が鍔迫り合う音だった。

 こいつも別人。四人目か。


「ジャンシアヌ!」

「手練れだ! そっちは任せる!」

「任せるって……」


 私は天を仰いだ。そこには、再び舞い上がった翼の男が飛んでいる。

 高い……攻撃が届きそうにない。

 だが私だって飛べる。


「電磁、スラスター!」


 翼の男を追い、私も雷の翼を広げた。空中戦と、剣戟。二パターンの一対一を形作ることになった。


「迫れば届く!」


 私の持つ指揮官用拳銃の射程は短いが、狙いはつけやすい。スコープも付属されているからだ。

 ターゲットサークルの中心に収まったレインコート目掛け、発砲する。

 弾丸は真っ直ぐと飛んだ。しかしレインコートは空中で身を翻し、容易く避けた。


「ちっ……」


 舌打ちするが、内心それほど悔しいとは思っていない。外すには外したが、それなりの成果も確認した。

 翼の男は確かに弾丸を避けたが、それは発砲前、銃口を向けられた瞬間から回避の予備動作を始めていたからだ。それは当然と言えば当然だ。普通の人間は発砲された弾丸を見てから躱すことは出来ない。しかしそれはつまり、超人的な反射神経や高速移動が可能な怪人ではないという証左。

 このレインコート、あまり多くの改造は受けていないらしい。

 だがそれは与しやすい相手とイコールではない。


「ッ!」


 瞬きの間に翼の男は距離を詰め、足の爪を振るった。服の切れ端に掠り、ビリッという音と共に上着が裂ける。

 速い、が、加速したわけではない。飛行を止め、自由落下による急降下の一撃だ。オンオフを自在に使い分けている。

 上手を取られるのは不利と感じた私が相手の上を行こうとすると、まるで滑るように優雅に先を制される。追いつけない。

 別段速いわけじゃない。どちらかというと巧い。動きに無駄がなかった。空中戦に慣れている。空での戦いを熟知しているんだ。


 空中戦は縦横無尽。何の遮蔽物も存在しない空間を上下左右自由に動けるのだから、その戦い方は自然と複雑怪奇になる。

 目に見えるテクニックの出し合い。目に見えない幾重の駆け引きが行われ、一歩でも相手に勝ろうとあの手この手を繰り出していく。

 翼の男は、その全てで私を越えてきた。


「くっ!」


 こっちが軌道を変えようと急制動を掛けるのとは違い、奴はふわりと木の葉が舞うかのように自由だ。風を読んでいるのかそれとも私の意識の陥穽を察知しているのか。いずれにせよ、私たちの動きには大きな差があった。

 経験値が違う。こいつは、熟練の空中戦巧者(スカイファイター)だ!


 くるりくるりと回転する翼の男は常に私の天を取る動きをしている。いつでも急降下による爪撃を叩き込める構えだ。

 あいつの上を取らなきゃ、こちらはいつまで経っても不利だ。


「くらえっ!」


 左手から紫電を放つ。だが一条の電撃は鉄の翼に届くことなく霧散した。


「うっ……離されてる」


 電撃は拳銃よりも射程が短い。敵の距離は電撃が届かず、かつ自分の急降下攻撃の有効な間合いを保ち続けている。

 そして今の攻撃で電撃の射程もバレた。近づいては来ないだろう。発電機関の出力を割くメガブラストは電磁スラスターと併用できない。だから私に残された攻撃手段は拳銃を当てるか、もしくは……


「? 何を……」


 相手の動きに変化が生まれた。今までは私の追う動きを躱す、鏡合わせの軌道だったのに対し、今度は円を描く動きを始めた。

 何をするつもりか? そう私が疑問に思った時、奴は動いた。


「!! しまった!」


 私の攻撃は限られている。だが敵は? 奴の攻撃が爪だけだと、誰が言った。

 レインコートの男は膝を曲げ、こちらに向けた。やはり真っ黒な膝は縦に開閉し、その中から筒状の物体がせり出してくる。

 銃器!


「くっ……!」


 電磁スラスターの出力を上げ、加速する。弾丸の雨霰が私のすぐ後ろを掠めた。

 生憎、翼の男と同様に私に弾丸を見てから躱せるような反射神経はない。追いつかれたら穴だらけにされる。私は必死に雷と翼を羽ばたかせる。

 軌道を読まれないようジグザグに動く。強烈なGがかかり内臓が揺さぶられるが、背に腹は代えられない。

 永遠に続くような十秒が終わったとき、銃弾が途切れた。弾切れだ。


「よしっ!」


 反撃しようと身を翻すと、そこにあったのはもう片方の足の膝から機関銃を現す姿。


「もう一丁……!?」


 両足に仕込んでいたか!

 銃火が唸り、再び私目掛けて降り注ぐ。さっきだけでも辛かったのに、もう一度はキツすぎる。

 それが機動に甘さを生み出してしまったのか。避けきれなかった一発の銃弾が私の肩を撃ち抜いた。


「ぐあっ!」


 焼けるような痛みが左肩に迸る。受けた衝撃にその場で回転し、錐もみしながら墜ちていく。幸いだったのが命中したのが最後の一発だったこと。おかげで立て続けに銃弾を受けずに済んだ。

 だが翼の男は逃がすつもりはないらしい。

 機械の翼を閉じた男は足の爪を展開し、私目掛けて急降下する。爪で仕留めるつもりだ。

 体勢を立て直せない。地面と衝突か、切り裂かれるか。どちらが早いか。


「ったく! 手がかかる!」


 万事休すの危機を救ったのは、頼れる我が兄だった。墜ちる私を受け止め、爪の一撃をレイピアで弾く。

 だがその代償として、竜兄の背中を刀が襲う。


「それは、私がさせない!」


 レインコートの男が刀を振りかぶるのを私は雷撃で牽制した。雷撃は男の胸を捉え一瞬その動きを痺れさせたが、大したダメージにはなってない。

 だが、竜兄が離脱するだけの時間は稼げた。ステップでレインコートたちと距離を離した竜兄は、抱えた私を降ろす。

 撃ち抜かれた肩を布で縛り、助けられた礼を言う。


「ふぅっ、助かったよ、ジャンシアヌ」

「どういたしまして。だがこいつら……ただ者じゃないな」

「うん。強力な怪人というならまだ分かる……」


 突然とてつもなく強い怪人が現われても、それはそれで納得できる。何故なら怪人は大抵改造を受けて生まれるもので、ポッと出で誕生してもおかしくないからだ。オロチくんもその部類に入るだろう。

 だがこいつらレインコートは違う。強力な能力やパワーはない。翼の男に驚異的な反射神経はないし、刀の男も私の電撃で簡単に痺れた。足に銃器を仕込むなどの改造は施しているが、他の怪人ほど大きな改造を受けているようには思えない。

 ただその代わり、一挙一動が巧みだ。精練されている。おそらく、歴戦の猛者だ。


「戦い慣れている。長い年月を戦場で過ごした腕前だ」

「それならデータを洗えば出てくるかも知れない……けど」


 長年戦いの場に身を置いてきた相手ならば、記録が残っているかも知れない。そういうのは老舗秘密結社であるローゼンクロイツの十八番だ。ライブラリで交戦記録がある可能性も無くは無い。

 問題は、それほどの熟練者が何故最近出てきた悪の組織である黒死蝶に所属してるかということだ。

 私が知らないだけで、黒死蝶は歴史ある組織なのか? それとも、まだ何かが……


「来るぞ!」

「!」


 竜兄の警句に思考から浮上し、身構える。はためくレインコートが私たちへ迫る。

 私へ襲いかかるのは、白刃ならぬ黒刃だった。


「今度は、こっちの相手か!」







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