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「……よくこんな家族で百合みたいな子が育ったなぁ」




 集合場所である駅前の広場に目当ての人影はあった。


「お母さ~ん!」


 久しぶりに見た母の顔に待ちきれずに駆け出した百合が、お母さんに抱きつく。お母さんは百合を抱き止めると、その頭を優しく撫でた。


「あらあら。少し見ない間に甘えん坊になったかしら?」

「えへへ、だって久しぶりなんだもん!」


 ぐりぐりと頭を擦り付けて甘える百合を微笑ましく思いながら、私は二人に近づく。するとその近くに居たパーカーの男に気がついた。

 青紫のパーカーは竜胆の色。竜胆はフランス語でジャンシアヌ。当然、見知った顔だ。


「一緒に来たの? 竜兄」

「普通に実家で寝起きしてるからな。出勤も大抵母さんと一緒だ」


 そっか、大学辞めてヒーローやってるんだったら離れて暮らす必要もないもんね。

 私と会話する竜兄に気付いた百合は笑顔を浮かべた。


「竜兄! 帰ってきてたんだ!」

「あー、まぁな」


 百合の言葉に竜兄は曖昧な表情を作った。百合の記憶ではまだ遠方の大学に通っていることになっているからだ。まぁヒーローやってるとは百合には言えない。私と違って百合は敵味方に別れたことを気にするからだ。それが普通だけどね。


「えへへ、竜兄も久々だぁ! ……あれ?」


 疑問符を浮かべ、百合がキョロキョロと周囲を見渡す。


「お父さんは?」

「車にいるわよ。最近駐禁厳しいからねぇ」

「えー、警察なのに」

「警察だからお父さんはそういうのに厳しいのよ」


 ニコニコ笑うお母さんに抱きつきながら車へと移動する百合。それを後ろから眺めながら竜兄と並ぶ。


「……ヒーローはお休み?」

「お前のところと違ってユナイト・ガードは福利厚生がしっかりしてるからな」


 そんなことないよ。大怪我がしょっちゅうだから保険が存在しないだけだよ。


「まぁ代わりのヒーローはそれなりに充実してるからな。俺がいなくてもどうにかなる」

「人材の層が厚いようで羨ましい限りだよ。分けて欲しいね」

「ヒーローを闇墜ちさせようとするなよ」


 そんな益体もないことを喋りながら少し離れた場所の有料駐車場に辿り着くと、そこには見慣れたワゴン車が停まっていた。

 近づいてきた私たちを見て、運転席の窓が開く。そこから顔を出した人物を見て百合は喜びの声を上げた。


「お父さん!」


 久しぶりに聞く娘の声に、私たちの父――紅葉 公輝も、警察官らしい厳つい顔に微笑みを浮かべた。


「あぁ、百合。久しぶりだな。エリザも」

「うん、元気そうで良かった」


 お父さんへの受け答えに嘘はいらなかった。実際、お父さんと会うのはすごく久しぶりだ。竜兄やお母さんとは違い、お父さんと顔を合わせるのは百合と一緒に家を出て以来だ。


「つもる話はあるが、一先ず車に乗りなさい。そろそろ料金が嵩むから」


 妙に庶民的なことを言い出す父に、こんな側面もあったと私は懐かしい気持ちになった。






 かくして悪の組織の総統と摂政、ユナイト・ガードの長官と所属するヒーロー。そして警察官を乗せた車は走り出した。改めてすごい集団だと思う。


「――で、上手くいっているのか」


 車に乗り込んでしばらく、お父さんが隣に座る私に話しかけてきた。

 私たちは今、車で移動中だ。これから遊びに行くところは少し遠いらしく、それなりに長いドライブをすることになった。

 運転席と合わせて三列ある座席の内、運転席にはお父さん、その隣の助手席には私。真ん中の後部座席には竜兄が座って、最後部にはお母さんと百合が座っている。つもる話が弾んでいるのか、一番後ろは随分賑やかだ。


 私は助手席で流れる外の景色を見つめながら、お父さんの質問に答えた。


「まぁまぁかな。百合はいい子にしてるし」

「お前は苦労しているようだがな……」

「はは、ちょっとヘマしただけだよ」


 一瞬だけギラリと左腕を見つめられ、私は取り繕った。お母さんや竜兄経由で情報がいったらしい。

 チクったであろう後部座席に座る竜兄を睨むが、当の本人は肩を竦めてどこ吹く風だ。情報守秘の理念が無いのかヒーローめ。


「まぁそれは置いといて、お父さんは警察の悪の組織を取り締まる部署についたんだよね?」

「そうだ。一応トップだな」

「大変だったんじゃない? そんな要職に就くの」

「そうでもない。悪の組織なんて強大な敵を相手にするのは貧乏くじそのものだ。希望したら意外とすんなり収まれたよ」


 それもそうだ。普通、警察は悪の組織を手に負えない。それは警察に力が無いからというより、悪の組織をどうこう出来るような力を持ってしまえば、警察の武力は法律を越えてしまうからだ。民間を守る組織というより、軍隊になってしまうからだ。だからヒーローに協力を要請したり、ユナイト・ガードのような組織が出来た。

 だから警察組織における悪の組織への対策部署は、避難誘導だとかヒーローの戦った後始末だとか、市民の苦情を処理するところになる。そんな苦労ばかりの部署へ敢えて就くような物好きは限られるのだろう。


「でもそのおかげで、お父さんは今のポストに就くことが出来た。『超特殊組織犯罪対策部第一課』の課長にね」


 やたら長ったらしい名前は縮めて『超特第一』と呼ばれるらしい。超特殊犯罪組織……つまり悪の組織の捜査や警備を行う部署だ。お父さんはその課長、つまりトップに立っている。ローゼンクロイツである私と百合の敵だけど……


「お父さんがその地位にいるおかげで私と百合が顔バレしてないんだもんねー」

「言っておくがあくまで顔と名前を差し止められるだけで、悪事は見逃せないからな」

「分かってるよー」


 まさか悪の組織を取り締まる筈の課長の娘が、悪の組織の総統とその摂政などとは、世の警察官は夢にも思わないだろう。

 お父さんはそのポストを利用し、私や百合の顔が世間に広まってしまうことを防いでくれている。なるべくローゼンクロイツの外に出さないようにしている百合はともかく、現場にしょっちゅう出る私の本名などがバレていないのは間違いなくお父さんのおかげだ。


 だがそのお父さんの権力でもローゼンクロイツを見逃すことは出来ない。だから警察と敵対したときは自前で頑張らないと駄目だ。


「精々捕まらないよう頑張るんだな。豚箱にぶち込まれても、俺は助けてやらないからな」

「へいへい。自力で脱獄しますよー」


 笑いながら言われた突き放すような言葉に、私は唇を尖らせる。お父さんは我が子が可愛いほどに谷底に突き落として試練を与えるような性格の持ち主だ。例外は百合ぐらい。多分本当に私が捕まっても手助けはしてくれないだろう。

 その時には上手く脱獄しなければならない。気をつけておこう。


「……よくこんな家族で百合みたいな子が育ったなぁ」


 私たちの会話と後ろで楽しそうにお母さんとおしゃべりしている百合を見比べ、竜兄は呆れたように言った。

 それは、私もそう思う。






 ◇ ◇ ◇






「……で、ここか……」


 家族で出掛けるとなれば、当然駅前でのんべんだらりやドライブをしているよりもどこか遊楽地へ遊びに行く方がいいに決まっている。

 だから車で移動して遊園地へ行くという話を聞いても楽しみだなとか、はしゃいでる百合が可愛いな、としか思わなかった。


 だが実際にやってきた遊園地の入り口に立って、私はげんなりとした気持ちになった。

 そんな私の表情を見て竜兄が首を傾げる。


「ん? 普通の遊園地に見えるが、何かあるのか?」

「……ここ、前に私が襲撃した場所なんだよね」


 そう、紅葉家遊びに来たのはなんと以前私がイチゴ怪人たちを率いて襲撃した遊園地だった。

 ビートショットと戦った、あの。






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