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「これは墨……いやインク、かな」




「ぐっ!?」


 炎が弾け、私の視界を覆い尽くす。けど私に火の粉は降りかかってこない。全てはやての障壁で弾かれたからだ。

 私は間髪入れず指示を出す。


「車の陰に!」


 はやてはこくりと頷き、私が走り出すのに合わせて翼を羽ばたかせた。二撃目の炎球が飛んでくるが、またもはやての障壁に阻まれる。

 なんとか駐車されている車の後ろに滑り込んで、はやてに問うた。


「今の、魔法?」

「ううん、魔術。威力は高いけど」

「ならはやての障壁はしばらく保つか……」


 魔法ならともかく、その下位互換である魔術の攻撃ならばはやての展開した障壁を容易には貫けない。私には通じるが、はやての傍にいる限りは安全だろう。


「問題はこれで退くかどうかか」


 はやての障壁に怖じ気づいて撤退するならば問題ない。魔法少女の障壁という強力な防御を突破できる術がないということだ。突発的な戦闘なら備えが出来ていないのが普通だ。だがもしそうでないのなら……。


「っ、退かないか」


 車のボンネットに炎が着弾したのを見て、私は臨戦態勢を整える。

 装備は小型のリュックに収まる程度の最低限。指揮官用の高性能拳銃と、予備のバッテリー。重武装とは言い難い。だが私とは違って、魔法少女であるはやては十全の実力が発揮できる。

 拳銃に弾丸を装填しながら、はやてに向けて作戦を説明する。


「魔術師の位置は炎球を打ち出す方向から推測出来る。そこへ同時に吶喊し制圧する」

「エリザはここに隠れて、私だけが飛び出すっていう手もあるんじゃ?」

「はやての傍の方が安全だからな。それに敵が単独とも限らない……」


 今現在私たちを攻撃しているのは魔術師一人のようだが、それでも他の戦力が無いとは言い切れない。分断されて各個攻撃されたら、先に撃破されるのは私だ。それなら一丸となって突っ込んだ方がいい。


「1、2、3でいく。1、2……3!」


 拳銃を構え、はやてと共に車の陰から飛び出した。すかさず炎の球が私たちへ飛来するが、やはり障壁を貫けず飛散した。流石に鉄壁だ。しかしどこまで保つかは未知数なのでモタモタはしていられない。


「いた!」


 私たちを狙う魔術師の姿が見えた。黒いレインコート。やはりさっきの男か。

 右手の平を向ける黒ずくめの男へ、私たちは狙いを定め、撃つ。


「……!」


 私の弾丸は障壁に阻まれ跳弾するが、はやての魔法弾は敵の障壁を砕きその肩を掠める。魔術師に対し魔法少女は強い。


 だがこのまま制圧しようと意気込む私たちへ、別方向から何かが飛んでくる。


「! 二人目!」


 元より単独では無いと予想していた。素早く反応し、飛来した物体を拳銃で撃ち抜く。

 飛んできたのは……缶? いやあれは……。


「スモークか!」


 缶状の物体は穴が空くと同時に煙を噴き出し、私たちの視界を封じた。咄嗟にはやてが私の手を掴んだ。


「離れないで、エリザ!」

「分かってる! だが敵の狙いはっ」


 ギャリン! という鉄の擦れるような不快な音が響いた。はやての障壁に氷で出来た鋭利な槍が弾かれる音だ。敵は煙幕を晴らしてしまう炎の球から魔術を切り替えたようだ。

 だけどそれなら、対処は容易い。


「煙幕に乗じての貫通魔術の連打か。しかし相手が悪かったな。はやて!」

「うん!」


 私に応え、はやてが翼を羽ばたかせる。飛ぶためでは無い。風を起こすためだ。

 はやての巨大な翼が強風を巻き起こし、視界を塞いでいた煙は一瞬で吹き飛んだ。晴れた視界に、再び敵の姿が映る。


「二人……」


 敵は一人増えていた。駐車場のど真ん中に立つ魔術を放ってきた敵と、車の隙間に立つ煙幕を投げてきた敵。どちらも黒いレインコート姿で、見た目で違いは分からないが、煙幕男の方は武器を持っている。

 私たちから丁度直角線上に展開している。煙幕男が銃を構えているのを見ると、十字砲火を狙っていたのかもしれない。

 だが煙幕が晴れたことによってその目論見は潰えた。


「さて、一応誰か聞いておこうか」


 黒ずくめたちは答えない。どこまでも寡黙か。まぁ元より和解するつもりもない。


「……!」


 男たちは攻撃してきた。炎の球と、銃弾が飛んでくる。しかし両方とも障壁に弾かれる。このまま防ぎきれるなら楽勝なんだが。


「エリザごめん、負荷が大きい。ずっと受け続けるとまずいかも……」

「そうか。なら下がろう」


 はやての障壁が破られたら私が危ない。私たちは後退した。レインコートの男たちも追いすがってくる。


「のこのこと!」


 真っ直ぐに追ってくる二人に対し、私は牽制射撃した。放たれた銃弾は一人の腕を貫くが、致命傷にはたり得ない。

 だけど動きは単調だ。退きつつ撃つまくれば倒せそうな……。


「……あ?」


 ピン、という甲高い音が鳴り響く。ふと足下を見ると、赤い線。

 これは……赤外線のセンサー? ならこれは、


「地雷っ……!!」


 単調に見えたのは、トラップか!

 周囲の車が爆発四散した。爆炎が轟き、破片が私たちを襲う。


「きゃあっ!」

「くぅっ!」


 はやての障壁が爆発の威力を吸収しきれずに砕け散る。いくら障壁が硬くとも限界はある。魔術や銃弾を受け止めた上に爆弾まで使われたら、流石に堪えきれない。


「くっ……電磁シールド!」


 追撃してくる魔術の炎や銃弾を展開した雷のシールドで受け止める。着弾した衝撃に私の発電機関が悲鳴を上げた。


「がっ! くそ、重い……!」


 障壁が簡単に受け止めていた攻撃は、思いのほか威力が高かった。あっという間に私の限界値を超え、オーバーロードする。


「まじか……!」


 魔術にしては火球が強すぎる。軽く戦車砲ほどの威力だ。銃弾も普通のものじゃない。ユナイト・ガードのものに近い。

 つまりこの二人、普通の戦闘員じゃない。怪人クラス。それも相当な実力者だ。


 防御手段の尽きた私たちへ追撃しようと、手の平と銃口が向けられる。やられる。そう思った瞬間、すぐ傍で光が弾けた。


「エリザを……やらせるかぁっ!!」


 はやてが両手に魔法陣を展開し、魔法弾を出鱈目に撃った。魔法陣は両手の平にそれぞれ九つ広がり、まるでガトリング砲のように光弾を乱射していた。

 魔法少女は感情をエネルギー源としている。今ここではやての感情が爆発したのだ。

 魔法弾の嵐は全てを容赦なく破壊した。流れ弾に当たった車が紙の玩具のように舞い上がり、コンクリートの床が砕ける様はさながらビスケットのようだ。弾けた火花がガソリンに引火し、被害は更に拡大する。


「はやてっ、やり過ぎ……!」

「うわああああぁぁ!!」


 駄目だ、聞こえてない。

 破壊の嵐は止められず、駐車場を容赦なく蹂躙した。


 はやての体力が切れて魔法を収めた時には、駐車場はあまりに無残な姿に変貌していた。


「う、うわー……」


 車は軒並みスクラップに変じ、床は穴だらけ。柱もいくつか折れ、建物の強度も心配になる。

 まるで廃墟のようなその風景に、私は思わず引いてしまった。これが魔法少女。本当に味方で良かった。


 だけどはやてにもリスクが無いわけじゃ無いらしい。その場に崩れて荒い息を吐いている。相当に消耗したようだ。


「はぁ、はぁ、はぁ……敵は?」

「あー、うん。逃げた、かな?」


 正直分からない。駐車場には私たちの他に動く影は見当たらないが、それが逃走された結果なのか、跡形も無く消し飛ばしてしまったからなのかは判別がつかない。


「取り敢えず危機は去ったようだけど……おや?」


 酷い様相の駐車場を眺めていた私だったが、ふとその一部に破壊以外の痕跡があることに気付いた。

 警戒しながら近づいて、しゃがみ込んでよく見てみる。


「これは墨……いやインク、かな」


 それは、砕けた床に残った黒い染みだった。放射状に弾けたそれは、血痕にも似ている。


「奴らの残したものか? 一応回収するか……」


 怪しいと感じた私はリュックに入っていた採集キットで液体を回収する。こんなこともあろうかと持ってきていてよかった。

 そうしていると、にわかに外が騒がしくなってくる。人の声だ。


「む……そうか、結界も破壊されたから人払いが消えたのか」


 このまま見つかるとまずい。


「はやて、魔法は使えそう?」

「うん……ちょっと休憩したから大丈夫」

「なら姿を隠して帰ろう。これであいつらの正体が分かればいいけど……」


 試験管に収まったインクのような液体を揺らしながら、私たちは帰路についた。






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