「黒、ね」
私とはやてはとあるカフェテラスにてティータイムに興じていた。
「う~ん、流石に値段が張るだけあって良い香りだな」
注文したコーヒーカップを回す私の対面には、はやてが大盛りのパフェをリスのように頬張っている。
はやての今日のコーディネイトは白の長袖のブラウスにサスペンダー付の紺のスカート。ちょっと子どもっぽい。傷跡の都合上長袖でなければならないのは分かるけど、誰の選んだ服なのだろうか。
一方で私はチェックのシャツにデニムという、男っぽい格好だ。年頃の女の子っぽくない点は私も人のことを言えないか。
「もぐ……それで、あむ、一体何が……もぐ」
「食べてから喋りなさい」
とはいえ何が言いたいかは見当がつくので答える。
「私たちがやってきたここ、『オリオンズ・カフェ』は昴星官の末端グループの一つだ」
「んぐ、だから偵察? 次の戦場はここ?」
私の答えにはやては何故ここに来たか少し思い当たったようだ。昴星官の話は概要程度は聞いている。昴星官コーポレーションが襲われているということから、このカフェが次に襲撃される可能性のある場所として私が当たりをつけたのだと思っているようだ。
「もしそうなら話は単純だったんだけれどねぇ」
私は窓の外を見てため息をついた。そこには人々の行き交う屋内の通路と、その先に並ぶいくつもの店舗の姿があった。
「絞り込めれば苦労しないよ。だってここのショッピングモールの店、全部が昴星官と関わりがあるもん」
「んっぐ、全部!?」
目を見開くはやてに、私は肩を竦めた。
ここ、『プラネッタ・ガーデン』は全国にいくつも展開する大手ショッピングモールにして、昴星官コーポレーションの傘下企業だ。そして凄まじいことに、その中に収まっている店舗もほとんどが昴星官の世話になっている企業だった。
モール丸々一つを自社企業で固めるなど、全世界規模である昴星官の手広さが無ければ出来ない所業だ。流石は世界有数。
「直接の繋がりのある企業があれば、昴星官系列から材料を輸入しているだけの店だったりと様々だけれどね。でも最低でも付き合いのある企業じゃなければここには入れない。ここは昴星官の牙城だ」
「もぐ、んぐ……すごいね、本当に手広いんだ」
パフェを空にしたはやてが口元を拭きながら感心する。いや君もすごいよ。私の頭ぐらいはゆうにあった金魚鉢パフェを完食してしまうんだから……。
「そんなモールが全国十二個ある。それらを襲撃に備えて全部カバーするなんて、無理な話だ」
「そうなんだ……あれ? じゃあ護衛の話を受けても無理なんじゃ……?」
「鋭いね」
はやての言うとおり、美月ちゃんの依頼を受けたとしても全てを守ることは不可能だ。日本だけに限っても、その半分カバー出来れば御の字、実際可能なのは四割といったところか。
「多分全部が無理なことは向こうも分かっているだろう。何らかの手立てはあると思うけど……」
例えば他の組織も雇う予定があるとか、例えば襲撃地点を予測できるだとか。
前者ならともかく、後者ならローゼンクロイツにとってありがたい。割く戦力が少なくて済むからだ。しかし襲われる場所を予測できるなら何らかの規則性があるということになる。そういった類いの情報はこちらに伝えられていないが……。
「ま、結局は情報部の調査報告待ちってことだ。もしかしたら何か分かるかもしれないと一応は来てみたが、無駄足だった――」
「エリザ」
「何だ?」
「人じゃない奴がいる」
ピン、と緊張が張り詰めた。
真剣な表情で窓からモールを眺めるはやてへ、声を潜めて問いかける。
「数は?」
「1。黒いフードを被って通路を歩いてる」
「黒、ね」
これは偶発的なエンカウントか? 黒死蝶……いやまだ決まった訳では無い、か。
私たちは自分の荷物を持ちながら素早く席を立つ。
「追いかけるぞ。姿を消す魔法を頼む」
「うん……走ったら解けちゃうから気をつけてね」
こうして私たちは追跡を始め……あ、ちょっと待て。
「会計しないと」
「え、するんだ」
「いやそういうことはちゃんとしないと……」
悪の組織だからといって、食い逃げなんてチンケすぎる犯罪には手を染めないよ。
「6030円になります」
「え、たっか!」
「金魚鉢パフェが……」
「くっ……スイーツ恐るべし……」
……経費で落ちないかな……。
◇ ◇ ◇
ショッピングモールの通路を早足で歩けば、はやての見つけた件の人物の背中が私にも見えた。
黒いレインコートで顔まですっぽり隠した不審者。その異様さは周囲の人にも伝わっているようで、通行人は避けるようにして距離を取っている。
私とはやては、そんな不審者の背後を魔法で隠れながら追跡していた。
「どうして人じゃないと気付いた」
「窓から外を見てたら明らかに怪しかったから、探知の魔法を飛ばしてみたの。そしたら人間じゃない反応が返ってきた」
「遺跡で使ったあれか?」
「ううん、もっと詳しく調べる魔法。目視しなきゃ使えないけど」
どうやらはやては魔法によってあの不審者を調べてみたらしい。しかし返ってきた反応は人外を示したいた、と。出力が高い分、魔法の精度は高い。追いかけて詰問する理由は十分だな。
ちなみにはやてには魔法少女の姿に変身してもらっている。翼の生えた黒い衣装は人目につけば大惨事だろうが、今は隠蔽の魔法で隠れているおかげで騒ぎになっていなかった。いつもはやての大きな翼を隠している隠蔽の魔法は、激しい動きさえしなければ簡単には露見しない。
やがてレインコートの男は路地を曲がり、自動ドアを潜り別の建物へ向かった。ショッピングモールに併設されている、立体駐車場だ。
「む……」
駐車場は問題ない。だが自動ドアが厄介だ。私たちが通ろうとするなら隠蔽を解かなくては反応してもらえず、解けばレインコートの男にバレるかもしれない。破壊は勿論論外だ。
「どうする、エリザ?」
「……レインコートの男が視界から消えた後に侵入する。それしかない」
一瞬見逃してしまうリスクはあるが、発見されるよりは遙かにマシだ。
私たちは自動ドアを潜った男が駐車場へ入って視界からいなくなったのを見計らって、魔法を解除し自動ドアを通った。その後すぐに魔法をかけ直してレインコートの男を追いかけるが。
「!? ……いない?」
駐車場に入っても、誰の姿もなかった。停めてある車の合間を大雑把に確認してみるが、男の影は見当たらない……。立体駐車場四階には、車の姿しか無かった。
「撒かれたか?」
「いや、違う……エリザ! ここ、人除けの結界が張られている!」
「何!?」
人除けの結界、一般人に働きかけ「なんとなく近づきたくない」という気持ちを引き出すことで人を寄せ付けない低級の魔術だ。無用な騒ぎを起こしたくないときには便利だが、しかしこの結界、怪人やヒーローといった異常者ならば無視できるどころか気付かない。強者相手には何の意味も無い魔術なのだ。今回はそれが仇になった。
「まずい、これは罠――!」
気付いて撤退しようと身を翻した瞬間、爆炎が弾けた。




