「はやてをどうするつもりだ、それ」
「むむぅ……まだ目眩がいたします……」
「いきなり頭が八つになれば、そりゃそうだ」
私は実験場内に入り、蛇の怪人を介抱していた。膝枕に頭を乗せ、水で冷やした布を蛇特有の狭い額の上に乗せてやる。
蛇怪人の名前は、巨大化した姿から取ってオロチというらしい。青黒い鱗をしていた。
「あれでは巨大化は使えないな……しかも、獣型怪人だから後天的に手を加えられないんじゃないか?」
「いえ、巨大化後の姿はプロトタイプなので、いくらか余裕は持たせてあります。しかしまた設計をやり直さねば……」
頭を抱えるブランガッシュと研究員だが、自業自得でもある。八つの脳を一つの人格で操ろうとしたら、そりゃ混乱するに決まっている。少し考えれば分かることだ。
「摂政様……不甲斐なく申し訳ありません……一生の不覚にござる……」
「いや君は被害者だからな。むしろ怒っていい立場だぞ」
オロチくんは戦闘員から試作怪人の実験に志願した、いわば新米怪人だ。下手をすれば命を落としてしまう実験に参加したからには覚悟は当然出来ているのだろうが、それにしたってあんな間抜けな失敗は可哀想だ。
「だが、うん……巨大化か。もし実用化すれば、大きな戦力になるのは確かだ」
大きいということは、強いということだ。少なくとも戦闘において大きさや質量はとてつもなく強力な武器になる。
にも関わらず我が組織に巨大な怪人がいないのは、コストやら移動、隠密に問題があるからだった。
身体が大きければその巨体を維持するのに食費や薬代がかかる。地下の本部は狭いし、仮にも悪の組織であるローゼンクロイツでは、動くだけで目立つような怪人はお荷物に他ならない。
なので今回褒められる点は、巨大化という部分だった。
「普段は標準サイズの怪人として活動し、いざという時に巨大化する。そして戦闘終了時には再び縮小する……それが出来るのなら我が組織にとって大きな戦力になる」
戦闘時のみに巨大化し、それ以外はは普通のサイズで過ごせばコストも移動も関係ない。それどころか敵地にこっそり侵入し、突如巨大化して大暴れ、なんて離れ業も可能だ。
考えるだけで夢が広がる。似たようなものを最近目にしてその脅威を思い知ったから、尚更。
「この巨大化の技術は、バイドローンからの着想か?」
「はい。摂政殿が採取したデータを分析し、我がローゼンクロイツの技術を以て実現しました」
「そうか、ならあの空中遺跡での失態も無駄では無かったな」
空中遺跡の一件は正直得るものがほとんど無かったが、この技術の礎になったと思えば少しはプラスになるかもしれない。
「しかしウィルスや他の能力は再現不可能でした。巨大化はシンカーの能力の一部ですが、アルゴリズムの解析による応用しか実現出来ませんでした。あのスライム能力さえ再現できればより怪人の幅も広がるのですが……」
「まぁ、それは仕方ないだろうな」
確かにシンカーの能力はすごかった。戦闘員をスライムにして偲ばせておく力も、それを纏って再生したり巨大化出来る力も。しかしあれはバイドローン内でもオンリーワンの能力のようだったから、再現出来ずとも仕方ない。もしそんなポンポンと模倣出来るなら、さっさとヒーローを真似た超強力怪人を量産している。
「今のところ、どれだけの案があるんだ?」
「いくつかの設計図は引いてみたのですが、まだ試作にはお及んでいません」
そう言ってブランガッシュが差し出してきたのは一枚のタブレット端末だった。受け取って覗いてみると、何枚かの図面が映っている。どうやら巨大化した後の姿の改造案のようだ。
「ふむ……シンカーと同じような巨人型からドラゴン型、キマイラ型か……どれも強そうに見えるが、まずは堅実に一つずつ、だな」
個人的にドラゴン型はとても魅力的で惹かれるが、かっこいいからという理由で計画を推し進めては後で大惨事になるのが目に見えている。最初はとにかく一つ一つ堅実に、だな。
「ま、しばらくはオロチくんの改善に注力してくれ。設計のし直し、頼んだぞ」
「了解致しました」
「うん。さて……オロチくん、大丈夫か?」
端末を返し、膝上のオロチに問いかける。瞼を開いた彼の爬虫類独特の細い瞳孔が垣間見えたが、その光は鈍い。
「……申し訳ございませぬ。実験再開には後四半刻ほどあれば……」
「いや、今日はもう実験はいい。居室に帰って休め。まずそうなら医務室へ行け。そして愛想を尽かしてなければ、後日また実験に協力してやってくれ」
「……承知しました」
申し訳なさそうな顔をするオロチくん。どうやら中々責任感の強そうな怪人だ。好印象だな。巨大化が改善したなら、ちょっと任務でも与えようか。
のろのろと立ち上がろうとするオロチくんへ肩を貸しながら、私はそう考えた。
一応大事を取ってオロチくんを医務室へ送り届けると、既に先客がいた。
「あ……エリザ」
丸椅子に座っていたのは、ガウンに似た検診衣を着たはやてだった。はやて用に用意されたものなのか、背中に翼を通すための穴が空いている。
「おや、はやて。どうしたの? 怪我でもした?」
「ううん。あの……」
「あなたに言いつけられたことを行っている最中ですよ、摂政様」
溜息交じりにカーテンの陰から出てきたのは、白衣を着た男性だった。三十代ほどで、左目だけ機械化している。私と同じような、小規模の改造のみを施した怪人モドキだ。
彼は医療部門幹部、プラチナム。我が組織の筆頭医師である。
「はやてくんの検査、および当面の抑止薬の投与です。発作を抑えるために必要ですから」
「あぁ、そうか」
プラチナムの言葉に私は納得し、頷いた。
はやてはバイドローンのバイオ怪人で、その翼はバイドローン製のウィルスで無理矢理生やされたものだ。元々の身体とは齟齬があり、時折発作を起こしてしまう。
しかし身体の隅々まで変化させた他のバイオ怪人とは違ってはやては翼だけだ。なので薬が無くても命を落としたりはしない。精々が激しい痛みと、翼の動きがおかしくなる程度。
だけど放っておいていい訳じゃない。なので発作の抑制と、出来ることなら治療法の調査を医療部門に頼んでおいたんだった。
「それで、発作は大丈夫そうか?」
私はオロチくんをベッドに寝かせつつ、二人に問うた。答えたのはプラチナムだった。
「発作の抑制は大丈夫です。専用の薬が必要ですが、幸いサンプルがありましたので複製は容易でした」
「そうか、まずはなにより」
こんなこともあろうかと、退去前に遺跡の内部を念入りに探っておいてよかった。
シンカーが死んだ後、空中遺跡のあちこちでキメラが湧き出した。おそらくはシンカーが有事に備えてスライム化させて染み込ませておいたものが、シンカーが死んだことによってスライム化が解除されて出てきたものではないかと推測された。
シンカーが巨大化にほとんどのキメラを使ったこともあって数は少なく始末は容易だったが、その中に抑制薬を所持していた運搬用のキメラが紛れていたのだ。長丁場になった際、自分たちバイオ怪人に打つために所持していたものだろう。それをはやてに使うためだからとユナイト・ガードを説得して、それだけは持ち帰ったのだ。
「本当、持ち帰れてよかった。まぁバイオ怪人のウィルスなんかはユナイト・ガードが目を光らせていた所為でほとんど持ち帰れなかったが……」
悪用が簡単に出来てしまうので、そこはユナイト・ガードでも許してくれなかった。あれば治療が一気に進んだ確信があるが、それはそれとして悪用してしまう可能性も否定出来ない。だってイチゴ怪人あたりなら変化させ放題だし……。
プラチナムは肩を竦めた。
「えぇ、その為、複製は出来ましたが解析はまだ済んでいません。模倣は簡単でしたが、理解が進んでいないので治療法の確立には時間が掛かるでしょう」
「そうか……」
つまり、発作を抑える薬は作れるが治す方法は分からない、ということらしい。
最低限の処置は出来た。けど根本的な治療はまだ難しいか。
「でも私からするとそれでもありがたいよ。バイドローンにいても薬を貰えず痛むことはよくあったし……言えばいくらでも貰えるなら、それだけで十分だよ」
はやてはそう言う。けど私としてみれば、その袖から垣間見える傷跡も気になるところだ。
そこにはバイドローンが行った拷問の所為でついた、消えない傷跡が刻まれている。
痛々しい。私は嘆息し、プラチナムに相談した。
「傷跡だけでもどうにか消せないか?」
「難しいですね。体組織が変化している部分もありますし、傷の縫合その物がローゼンクロイツでは未発達な面があります。我が組織では一応傷が塞がればそれで満足という風潮がありましたから」
「あぁ……」
まぁ悪の組織だからね、ローゼンクロイツ。死ななきゃ安いってところは確かにある……私も怪我の傷跡が全部消えてるわけじゃないし。
「だが女の子だぞ。それに万が一を考えたら百合が怪我してしまった場合にも必要になる。どうにかならんのか」
「そう言われてもどうにも……いっそ改造室に相談しますか」
「はやてをどうするつもりだ、それ」
これ以上改造してどうするんだ。ただでさえバイオ怪人魔法少女だぞ。
「まぁ、今日のところは仕方ない。次からの課題だな」
オロチくんを寝かせたし、医務室に用はない。去ろうと踵を返す。
……が、そこで用事を思い出す、というより思いつく。
「……そうだ。はやて、明日私の執務室へ来て。なるべく普通の服でね」
「? エリザ、どこかへ行くの?」
「ちょっとね」
会議を思い出す。調査はメアリアードに任せるけど……。
「市場調査って大事でしょ?」
それでも取引相手を知っておくことに越したことはない。




