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「私は、まず調査すべきだと愚考します」




「……というわけだ。諸君らの意見が聞きたい」


 アステリ・ペイント襲撃事件の後、私たちはつつがなくローゼンクロイツ本部へと帰還した。美月ちゃんとも別れ、後日協力するかどうか答えを持って会う約束も交わした。

 その翌日、私は緊急幹部会議を開き、集った幹部たちに問うた。


「昴星官コーポレーションに協力するか、どうか。忌憚なき意見を聞かせてくれ」


 円卓にはローゼンクロイツの主たる幹部たちが座っている。その中で真っ先に手を上げたのは、装備部門幹部であるヴィオドレッドだった。


「発言どうぞ、ヴィオドレッド」

「では僭越ながら。……今回の依頼してきた人物は総統閣下のご友人とのお話ですが、それは考慮に入れるべきですか?」


 幹部たちの間にピリッとした空気が走った。無理もない。ローゼンクロイツの怪人のほとんどは総統に対して盲目的だ。でなければ十代半ばの少女を総統紋があるというだけで戴いたりはしない。「総統のご友人が関わりになるならば! 勿論全面協力するべき!」という怪人は少なくないだろう。

 だが、ヴィオドレッドは外様からの迎合者なのでこういった意見も容赦なく言える。

 今回はそれが有り難い。私はヴィオドレッドの言葉に頷いた。


「あぁ、総統閣下のご友人という点は考えなくていい。あくまで組織と組織の間の問題として考えてくれ。総統閣下のご許可は得ている」


 私が視線を向けると、円卓の一番目立つ位置に座っている百合が頷いた。本人は勿論友達である美月ちゃんを助けたいのだろうけど……ローゼンクロイツ全体の利益に関わる話ということで、百合を説得した。ここはあまり情に流されるべき場面では無い。

 勿論私も百合の願いはできるだけ叶えてあげたいけど、今回の件が元になって組織の中に軋轢が生まれれば、結果的に組織が弱体化し百合に危険が及ぶ可能性もある。ここはしっかり、幹部の総意を確かめるべきだ。


「今回は純然に、組織の利益を考えてもらいたい。否決の場合、ご友人の件に関しては改めて考える」

「そういうことなら……」


 幹部たちは頷き、殺気を収めた。私の答えとヴィオドレッドの発言に納得した幹部たちは、堰を切ったように次々と質問をしたり意見を交わしたりする。


「報酬は金銭とのことですが、釣り合いますかな」

「いや額は正当だ。流石は大企業」


 今回の件を受けた場合、報酬は金銭で払われることになっている。その額はとんでもない。一般的な金銭感覚で見たら、度肝を抜かすだろう。だが悪の組織の取引と考えると妥当な金額だった。


「なら受けるべきだ。問題ない仕事だろう」

「しかしこの間の大成功と大失敗で揺れ動いたばかりだ。不安定な今は内政に専念するべきでは?」


 大成功と大失敗というのは、シルヴァーエクスプレス襲撃作戦と空中遺跡制圧作戦のことだ。前者は得るものが多かったが、後者はほとんどただ損害を出して終わった。幹部の一人が発した意見に痛いところを突かれたが、発言は至極まっとうだ。口を挟まずに意見の言い合いを続けさせる。


「だが新たな総統閣下が降臨なされてからはどちらかというと昇り調子だ。これを機にさらなる飛躍を狙うべきでは?」

「しかしリベリオン・プランは安定志向の権化だろう。それに倣ってもう少し様子を見るべきだ」

「そもそも由緒正しきローゼンクロイツが企業如きの言いなりになるべきでは無い!」

「そんなことを言ってられる時期はとうに過ぎたと分からんか!」


 次第にヒートアップしていく幹部たち。想定内だ。悪の組織という暴力機構に身を置く怪人たちは荒っぽい。だが互いに殺し合いになったとしてもやはり怪人なので、死者は出ないだろう。

 そろそろ手が出るかな、といった頃合いで一人の凜とした声が響き渡った。


「私は、まず調査すべきだと愚考します」


 答えたのは、諜報部門の幹部、メアリアードだった。怜悧な表情は強面の多い幹部の中でも負けていない迫力を持っている。その発言は、諜報部門らしい言葉だった。


「裏も取らずに判断するのは時期尚早かと。まずは調査し、それから判断するべきでは」


 幹部の一人がメアリアードの意見に頷く。


「うむ、まずは昴星官コーポレーションの言っていることが真実かどうかを調べてからだろう」

「信頼するにしろ、相手のことを知らなければどう動いていいかも分からん」

「開示されていない情報もあるかもしれないしな」


 メアリアードの言葉に幹部たちの意見が収束していく。

 大体がメアリアードの意見に同調したところで、私は立ち上がって言った。


「では、諜報部門にて調査委員会を発足し、その報告を待って第二回の会議を開こうと思う。異論はあるか?」


 ……誰も反対意見はないようだ。あったとしても、ここでは言わずに第二回の会議にいうつもりだろう。


「……異論は無いな。では今日は解散とする。総統閣下、お言葉を」

「うん。皆、励むように」


 総統を演じた百合の言葉に幹部たちは立ち上がって頭を下げ、緊急幹部会議は終了した。




 総統閣下である百合がヤクトを連れ立って退場し、それからめいめいに幹部たちが去って行く。

 私は解散していく幹部たちの中から、メアリアードに近づいてこっそり話しかけた。


「メアリアード、よくやってくれた」

「摂政殿。いえ、何も言われずとも、私はああ言ったでしょう」


 ……私とメアリアードは先んじて通じていた。会議を私の思う方向へ向けるためにだ。しかし、内通と言うほどのことでは無い。メアリアードの言ったとおり、黙っていてもまずは調査という結論になった可能性は高い。メアリアードの意見も変わらなかっただろう。なので本当にただの保険にすぎない。

 だが、調査という結論に着地するのが大事だったのだ。幹部の総意として調査を行う。それが肝要だった。おかげで幹部の間に目立った軋轢は生まれずに済んだ。先延ばしだが、次の会議ではより円滑に物事が決まるだろう。


 出来れば、私も美月ちゃんを助けたいのだ。軋轢や組織への大きなデメリットさえ無ければ、大手を振って協力出来る。この調査で、幹部の総意もその方向に向かってくれることを祈ろう。


「調査委員会は頼むぞ」

「はい。了解しました」


 これから忙しいであろうメアリアードを労っていると、席を立つ幹部の中から一人が近づいてきた。

 白衣を着た老人、ドクター・ブランガッシュだった。


「摂政殿、この後お時間はありますかな」

「この後か? メアリアードと調査委員会の構成について話し合おうと思っていたが……」


 チラリとメアリアードを見ると彼女は首をフルフルと横に振った。


「いえ、構いませんよ。その程度の些事でしたら私の方で済ませます」

「そうか? なら後で委員会のリストを送っておいてくれ。よろしく頼む」

「はい、では」


 軽く礼をし、メアリアードは去って行った。

 揺れる黄髪を見送った私は改めてブランガッシュに向き直り、用件を聞く。


「それで、何だ。まぁ改造室がらみだろうが」

「ご明察です。新しい怪人のプランが出来ましたので、ご報告を」

「そうか、丁度いいタイミングかもな」


 黒死蝶と戦う為に戦力増強するのも悪くない。

 私はブランガッシュに連れられ、改造室へ向かった。






 ◇ ◇ ◇






 いつぞやのイチゴ怪人の時にも訪れた実験場に私たちは辿り着いた。

 ガラスの向こうには、一人の男が立っている。それを指し示し、ブランガッシュが胸を張る。


「今回の怪人は、我が組織において特に革新的と言えるでしょう」

「ふむ……特段変わったところは見えないが」


 普通の人間ではないことは見て取れる。纏った衣服は戦闘員の着るローゼンクロイツの軍服だが、露出した顔は人間じゃ無い。鱗に覆われた細長い顔は、蛇のそれだった。


「蛇型怪人はいないわけではないだろう?」


 我がローゼンクロイツの獣型怪人はそのほとんどが哺乳類だが、中には爬虫類や鳥類もいないことはなかった。多少珍しくはあるが、それだけだ。新開発では無い。

 ということは、まだ何かあるのだ。


「では是非ともご覧ください。我がローゼンクロイツの革新を!」


 ブランガッシュがその言葉と共に周囲の研究員に指示し、コンソールの前に立った研究員がボタンを押す。するとガラスの中でランプが光り、蛇怪人が頷いた。合図だったらしい。


 蛇怪人はその場で、まるで力むように身体を硬直させた。


「何をする気だ?」

「まぁ見ていてください。一目瞭然ですから」


 ブランガッシュがそう告げると同時に、蛇怪人が弾け飛んだ。


「は?」


 一瞬あっけにとられるが、よく見てみると弾けたのは軍服だった。

 さっきまで蛇怪人がいた場所には、似ても似つかない存在がいた。

 うねる尾は巨大で、直径が人の身長よりも大きい。怪人でも簡単に絞め殺せそうだ。

 尾の先から上っていくと途中で身体は膨らみ、その先からは複数に分かれていた。その分かれた先には、それぞれに頭がついている。その数は、八つ。

 十六の瞳が爛々と光っているのを見て、私は息を呑んだ。


「八岐大蛇……!」

「これが我が改造室が新たに開発した怪人、『巨大化怪人』です」


 巨大化か……。言うだけはある。確かにすごい技術だ。シンカーを思い出す。アイツの巨大化もすごかった。アレを使える怪人が味方になるのは心強い。


「成程、確かに大した技術だ、が……」


 私は褒め称えようとして、口を噤んだ。

 目の前の多頭蛇の様子が、明らかにおかしいからだ。

 一つ一つの頭がキョロキョロとせわしなく動き、いくつかに至っては天井や床にぶつかっている。中には自分の首に噛みついている頭もある始末だ。

 どうみても混乱している。


「……脳味噌が処理し切れてないんじゃないか、あれ」

「しまった……人格の混乱を避けるために脳を全て繋げたのが仇になってしまったか……」


 伝説上の怪物にそっくりな恐ろしい蛇は、その場で目を回して倒れ込んでしまった。

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