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「『黒死蝶』? また傾いたネーミングね」




「他の悪の組織だって?」


 美月ちゃんから飛び出した言葉に私は驚き、そして納得した。


「成程。私たちに接触したのはそいつらから守ってもらいたいからという事か」

「話が早くて助かります。百合の率いる組織なら、助けていただけるのでは無いかと……藁にも縋る思いでお呼びしました」


 合点がいった。どうやら昴星官コーポレーションは……少なくとも日本支社は、何らかの悪の組織に因縁をつけられてしまったようだ。独力での解決は難しいと判断してか、悪の組織に協力を打診しようと考えた。そこで百合が頂点に立つローゼンクロイツならば、すぐ協力が得られるのでは無いかと考えた訳だ。

 だが浮かんでくるのは一つの疑問だ。


「何故ヒーローに頼まない」


 そう。悪の組織に困らされているのならば、真っ先にヒーローに相談すべきだ。その為のヒーローと言っても過言では無い。

 個人活動が多いためヒーローには連絡のつきにくい存在もいるが、助けを求めれば快く答えるヒーローも多い。そうでなくても、最近ではユナイト・ガードもある。そちらに助けを求めた方が話は早いだろう。


 私の当然の疑問に、美月ちゃんは困ったように眉をひそめて答えた。


「お恥ずかしい話しながら、どうやら昴星官の身から出た錆のようなんです」

「と言うと?」

「その悪の組織、今まで表舞台に出た記録が無いんです。その上、狙うのは昴星官に関わりのある企業のみ。更にこちらの内部事情に詳しいようで、社内の人間にしか知り得ない企画を邪魔したこともあるのです」

「それは……」


 ……昴星官内部の工作にか思えない。ポッと出の悪の組織が特定の企業だけを狙うなんて、相当な恨みを持っているか社内の派閥争いのどちらかだ。内部事情を知っているのなら、断然後者の可能性が高い。

 それは美月ちゃんも承知のようだ。


「はい。私たちも、自分たちの中に裏切り者、もしくは主犯がいるものと考えています。そうなると、ヒーローに頼むのは少し都合が悪いのです」

「いざという時、自前で処理できた方がいいってことか……」

「その通りです」


 ヒーローは基本的に正義の存在だ。中には目的のためには手段を選ばないダークヒーローなんかもいるが、大抵は悪を許さない正義漢だ。

 そんな奴原に協力を仰いで、本当に社内内部の犯行だったと発覚した場合。当然ヒーローはそれを断罪しようとする。

 しかし企業側とするとそれは大分困ることだ。例えば重役が犯人だった場合、そいつの就いていた役職が抜けるわけでそれだけで大打撃。そして疑いは更に波及し、他にも色々と首が飛ぶ人間がいるだろう。そして警察沙汰に発展したら、痛い腹を探られかねない。


「なので、もし内部犯だった場合、可能な限り企業への損害を小さくしたいというのが私共の意見なのです」

「だから間違ってもヒーローにも警察にも通報しない、悪の組織に頼みたいって訳ね」


 合点がいった。それで私たちにこの話を。

 隣でメロンソーダを飲みながら話を聞いていた百合は、私に懇願するような目を向けてきた。


「お姉ちゃん、美月ちゃんの頼みだし、聞いてあげたい」

「まぁ私もそう思うけど、ねぇ……」


 話は分かったが、迂闊に聞き届けるにはちょっと大きな依頼だ。情報を精査し、吟味する必要がある。


「悪の組織の詳細は?」

「こちらのタブレットに纏めてあります。どうぞお受け取りください」


 私の言葉を聞いた美月ちゃんが鞄から出したのは、裏に昴星官の文字が書かれたシンプルなタブレット端末だった。軽く操作してみると、件の悪の組織の情報が浮かび上がった。


「『黒死蝶(こくしちょう)』? また傾いたネーミングね」


 悪の組織の名前は黒死蝶というらしい。確かに聞いたことの無い名前だ。ただ羅列された情報が、それが架空の組織では無いことを知らしめる。


「このコンビナート炎上事件は私もニュースで見た。諜報部も悪の組織の関連を疑っていたが、まさか本当だとは……」


 確か手口が尋常の手段じゃ無いから、悪の組織ではとの疑いが出てたんだよね。他にもいくつかの事件の概要が書かれていたけど、そのいずれもが昴星官に関わる事案だった。


「子会社、港、工場……どれも昴星官のものばかり。これが黒死蝶の全活動内容なら、確かに昴星官のみを狙った犯行ね」


 勿論、この情報は昴星官に与えられたものだから、鵜呑みには出来ない。後から裏を取る必要があるだろう。しかしタブレットに書かれた情報は詳細だし、コンビナートの事件も含めて確かに真実も記されている。少なくとも、黒死蝶に襲われていることは確定と言ってもいい。


「うん……帰って他幹部と会議をする必要があるけど、そうね、私の一存では受けてもいい」

「お姉ちゃん!」


 パッと百合の表情が華やぐ。百合が嬉しいのは私も嬉しいけど、一応釘を刺さなきゃならない。


「ただ、そこで棄却されたら話はお終い。ローゼンクロイツの為にならないことは、ひいては百合の為にもならない。そこは了承しておいてね」

「はい、心得ています」


 神妙な顔で美月ちゃんは頷いた。まぁ、ああは言ったけど、多分幹部会でも通るだろう。世界的大企業である昴星官との友誼が結べるのなら、それは紛れもなくローゼンクロイツにとってプラスだ。むしろ皆賛成する可能性の方が大きい。


「ま、つまりは持ち帰って要検討ね」

「それで構いません。こちらが私の、昴星官での連絡先になります。それからそちらのタブレットはお持ち帰りください」

「ああ、分かっ――」


 了承の言葉を返そうとした瞬間、店外で爆音が響いた。


「ッ!? 伏せて!」

「え、きゃあっ!」


 私は咄嗟に百合を庇い、盾となった。それと同時に、喫茶店の窓ガラスが割れる音が響く。幸い席が窓辺から遠かったおかげもあり、ガラス片は被らすに済んだ。

 次の瞬間には、私たちのテーブル席を囲うように男たちの壁が出来ていた。


「総統閣下、無事ですか!?」


 ヘルガーたち護衛部隊だ。計四人が姉妹を庇う壁になる。

 一方で美月ちゃんの方は二人の男が守っていた。グラサンにスーツという、如何にもSPといった風の男たちは、昴星官側の護衛なのだろう。


「……何が起きた?」


 私は状況を確認するために聞いた。護衛の内の一人が答える。


「店外で爆発。しかし爆音と衝撃から察して遠い。おそらくは他の施設を狙ったテロかと思われます」

「巻き込まれか。面倒な」


 どうやら私たちを狙ったものではないらしい。爆発からしばし経った今も襲撃が無いことがその証。私たち目当てなら、間髪入れず部隊が進入してきただろう。

 ただ、あながち無関係でも無いらしい。


「……アステリ・ペイントが?」


 漏れ聞こえたのは、目を瞠った美月ちゃんの声。二人のガードも緊迫した顔を浮かべている。


「美月ちゃん?」

「喫茶店の付近には、昴星官に連なる塗装業者があります。末端もいいところの、中小企業ですが……」


 その言葉に、私も嫌な予感に思い至る。

 まさか、今ここで話していたことが? もう?

 私はすぐに行動に移した。


「美月ちゃん、確認を。護衛三人はここに残って百合を守って。ヘルガー、行くよ」

「……一応訊く、何しにだ」


 訊いてくるヘルガーの声には予想がついているのか、苦みが走っていた。


「勿論、偵察に」


 そう言って、私はテーブル席を立ち店内を駆け出した。この場で偵察にぴったりなのは、ヘルガーと私だ。


「あ、おい!」

「お姉ちゃん!」


 慌てたようについてくるヘルガーと心配する百合の声を背にしながら、私は割れた窓の縁を乗り越える。


 パリンと音を立て踏み越えた先の並木通りに立てば、混乱する通行人と、爆風で被害を負って倒れる怪我人。そして黒煙を噴き上げて燃え上がる何棟かのビル。


「……おいおい。話以上だな」


 私が目撃したのは、それだけじゃない。

 目に映ったのは、わらわらとビルの周りに展開する黒い兵隊共。

 そして、燃える屋上に立つ、漆黒の巨大蜘蛛だった。

 話に聞いて、データで拝見した。

 黒死蝶だ。


「GYAAAAAAAA!!」

「参ったな……話を聞いてすぐかい」


 急展開だ。

 さてどうする?






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