表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
101/281

「うん! 美月ちゃんに会うの、本当に楽しみ!」




「どうかな、お姉ちゃん。変じゃない?」

「えぇ、とっても似合ってるよ」


 くるりと回って服装を気にする百合に、私は微笑んだ。

 今日の百合はローゼンクロイツの軍服姿ではない。ピンクのセーターに白いスカート、黒のタイツを履いた可愛らしい出で立ちだ。

 いつもの、軍服とはまるで違う。いや、それはそれで百合が着こなせば可愛らしいのだけれど、今日は普通の装いでなければならない。何せ今日は、外へ出かけるのだから。


「大丈夫? なら行こっか、お姉ちゃん」

「はいよ。じゃあヤクト、留守番よろしく!」


 私は、総統室の墨で佇む黒甲冑へ頼んだ。しかし当のヤクトは不満そうだ。表情の分からない兜でも窺えるぐらい、不機嫌だ。


「……やはり納得がいきません。総統の護衛である拙が離れるなど……」

「いや、その風体でどうするつもりなんだよ。街中大パニックだよ」


 これから私たちが行くところは、ごく普通の街だ。魔術が横行していたりする摩訶不思議都市ではない。当然、全身鎧姿のヤクトの姿は目立つ。連れて行けないのは当たり前だ。

 そんなヤクトの肩を、青年の姿に扮したヘルガーが叩く。


「ま、俺が見張っておくから、心配すんな。計四人の怪人がつくんだから、万が一があっても総統閣下は必ず逃がすさ」


 ヘルガーの装いは黒のダウンジャケットにキャップという、目立たない普通の格好だ。特徴的な銀髪も隠して、目につくのは良すぎる体格ぐらいだ。これなら街に十分溶け込めるだろう。

 彼と他三人の怪人は人間に見せかけ、私たちを遠くから見守るガードとなる。いざという時は、その身を張って百合を守る盾になる。総統のためならば命を落とすことを厭わない忠義者揃いだ。


 だが本来なら、総統が外に出るならば周りをもっと屈強なガードで固めてしまえる。ローゼンクロイツならフロント企業の社長令嬢という身分を簡単に作れるので、怪しまれずに黒服を着た人間で守ることも出来る。なんだったら行き帰りの車をガチガチの装甲車に出来る。

 それをしないのは百合の意向だ。友人のことを、あまり威圧したくないという。


 そう、友人だ。


「じゃあ、行こうか」

「うん! 美月ちゃんに会うの、本当に楽しみ!」


 百合は声を弾ませる。

 総統となった百合が友人と出会えるのは、実は異例の出来事だった。






 ◇ ◇ ◇







 事は一週間ほど前に遡る。

 その時私たちは、幹部会を開き現状を報告しあっている時だった。

 巨大な会議室に円卓で並び、ジュースを飲んでいる百合を中心に組織の報告をしあう。やる気が無さそうだが、実際にやることは無いのだから仕方ない。大抵は幹部たちと私で解決する。

 今日の議題は、朗報だった。


「ユナイト・ガードがバイドローンを殲滅したようです」


 諜報部門担当の怪人、黄薔薇型のメアリアードが端的に報告する。メアリアードは基本、嫋やかな金髪の美女の姿をしているのだが、その頭の上に顔ほどの大きさの黄薔薇が乗っているというシュールな外見だ。しかし理路整然とした思考を持つ優れた女史でもある。諜報員としてどこかに潜り込む際はその頭の薔薇を隠して潜入するらしい。

 私はそんな彼女の告げてきた報告に質問をした。


「ふむ。完全に壊滅したのか?」

「そのようです。ユナイト・ガードそのものに潜入したわけでは無く、二次情報によるものですが」


 申し訳ないように眉根を寄せるメアリアードだが、それは仕方ない。ユナイト・ガードは新興の組織故に身持ちが堅く、スパイが忍び込める隙間が少ない。流石にお母さんでも潜入は許して貰えなかった。

 ただ、ユナイト・ガードがバイドローンを滅ぼしてくれたのは私の尻拭いだ。シンカーに最終的にバレてしまった私が狙われるよりも早く、バイドローンを片付けてくれたようだ。


「しかしバイドローンはあのシンカーのようなバイオ怪人がまだ何人かいるんだろう? いくらユナイト・ガードでも苦戦したんじゃないか?」

「苦戦したのは確かのようですが、十数人ほどのヒーローを招集したようで」

「……あぁ」


 そりゃ滅ぼせる。一人でも強いヒーローが束になれば、大抵の悪の組織は壊滅するだろう。

 しかしそれはレアケースだ。ヒーローは大概、それぞれに事情を抱えていて個々で活動している。ビートショットは雷太少年と一緒に居るために組織に与さないようにしているし、はやてみたいな魔法少女は学生生活を送るために正体を隠している。

 今回招集が実現できたのは、それだけバイドローンが喧嘩を買いすぎたのだろう。遺跡の件で危機感を覚えたヒーローもいたのかもしれない。


「ウチも気をつけなくちゃな」


 ヒーロー招集は実現する可能性が低いとは言え、ユナイト・ガードには最終的にそれを行えるという切り札があるということでもある。出しゃばり過ぎればバイドローンの二の舞だ。

 まぁ、私の目指すは組織の安定だ。派手に活動するつもりは無い。


「うん、報告は以上か?」

「それが……」


 メアリアードが歯切れ悪く言い澱んだ。

 どうしたんだ? 私は先を促す。


「何かあるなら報告してくれ」

「……はい。その、私たちの情報網を通じて接触してきた人物がいます」

「何? またか」


 シンカーの一件を思い出して溜息が出る。また外部から協力の要請か? 大方あの一件を知ったどこぞの悪の組織がローゼンクロイツはチョロいと目をつけて言いくるめにきたのだろう。痛い目を見たので、しばらくは外部と提携したくは無い気分だ。


「断っておけ。ウチは誰とでも協力するようなお人好しでは無い」

「それが、悪の組織ではないのです」

「何だって?」


 私は思わず聞き返した。悪の組織じゃない? どういうことだ。


「接触してきたのは、『昴星官(ボウセイカン)コーポレーション』です」

「昴星官だって? 一般企業の?」


 昴星官コーポレーションは中国に本社を構える、世界に名だたる一流企業だ。『ボールペンから戦車まで』をキャッチコピーとする程に手広い範囲に商売をしていて、世界中に支社を持つ巨大企業。私も昴星官の製品にお世話になったことも多い。あそこの基盤は盗聴器に使えるんだよね……。

 しかし巨大ではあるものの、悪の組織では無い。いや、今のご時世悪の組織と関わりが全くないというわけでもないだろうが……それにしたって、関わりの無い上に落ちぶれているローゼンクロイツに関わってくる理由が分からない。バイドローンの件を知ったからといって、金のある巨大企業ならわざわざローゼンクロイツを選ばずとも、もっと実績のある悪の組織を従えたい放題だ。


「どうして私たちに……何か伝言はあるか?」

「はい。まずは住所。調べたところ裏社会で取引現場によく使われる口の硬い喫茶店でしたので、ここで話し合いの場を設けたいということかと」


 直接会って話したいということか……慎重かつ大胆だな。記録に残したくは無いという点は慎重だが、悪の組織という危険な輩と直接会うのは危険な行為だ。何か考えがあるのか……。


「それから一言。『久しぶりに会いましょう』と……」

「うん?」


 まるで気心のしれた相手に送るSNSのメッセージのように気安い文言に、私は首を傾げる。久しぶりって、なんだ? 前に会ったことがある相手なのか?

 その答えは、メアリアードが次に発した名前にあった。


「文末に、『夢見崎 美月』とあります」

「美月ちゃん!?」


 ジュースの入ったコップを倒しながら立ち上がった百合の目は、驚愕に見開かれていた。

 同じく私も驚いた。何故ならその名前は、百合が一番仲良しにしていた友達の名前だったからだ。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ